第十七話 隣人
一
『来たか……』
千之はコンゴの森林に居た。ヴィクトリア湖で淡水を補給し、待っていたのだ。
『義雄。お前は来ると思っていた』
白色の巨人が森林に降り立つ。野生のマルミミゾウが鼻を振り上げて走り去っていく。
『永久の命を手に入れたお前と共に、この地上を楽園に変えよう。義雄……』
千之は気付いた。
この巨人は、中山・ユング・義雄ではない。
立ち姿が、気配が違う。
『誰だ……?』
二
三十分前にさかのぼる。
「……や、山田くん。無理だ」
「教授! 教授なら千之を必ず説得できます!」
「違うんだ山田くん、違うんだ」
中山教授は急性腰痛症、いわゆるギックリ腰に見舞われていた。全方向ベルトコンベアの上で静止したまま一歩も動けなくなっていた。
「BIG-AHAは脳波で動きます、腰が動かなくても!」
「山田くん、きみたちも、良く聴きなさい。痛みを舐めてはいけない」
命の危機を知らせる激痛によって中山教授の脳波は滅茶苦茶になっていた。学生たちがヘッドセットを投げ捨てる。
「ここまでか!」
安部利の尻尾が激しく床を叩いた。
ボクは顔を上げる。
三
そして、今。
BIG-AHAは構える。手を緩く開いた状態で、顔の前にかざす。
『義雄ではない……だが、面白い』
千之は尻尾を振り上げる。その先から十八メートルの超振動カッターが、しなりながら現れた。二頭は対峙する。
『名乗らぬか。では、切り刻んでやろう』
千之が動いた。振りかぶった尻尾が巨人を襲う。カッターが当たる前に前転しBIG-AHAは千之の懐へと入り込む。首を捉えた。
『無駄だ』
千年耐えるという強化プラスチック同士がぶつかり剥がれ落ち合金が露出した。千之は自ら首を振り回し、BIG-AHAを投げ飛ばす。巨人の背中で森の木々が倒れる。千之は高熱熱線を吐くために口を開いた。
その時だった。
千之の尻尾を掴む者がいた。
『入間さん!』
サハラ砂漠に置いてきたBIG-ADAだ。搭乗者は亭羅野、と言ったか。千之は電子頭脳で考えを巡らせる。
『お前たちは森を破壊している。人間たちの吐いた二酸化炭素を浄化する森を』
千之は動揺させるための言葉を吐いた。しかし、
『それがなんだ!』
声を発したのは巨人の方だった。千之は笑う。
『破壊を肯定するのか』
『そうだ、ボクたちは破壊しながら生きてきた! 自分たちの繁栄のために!』
『開き直る気か? 未熟な』
『破壊するし、再生もする! これも自分たちのため、そう、人間のエゴだ!』
千之の動きが止まる。
『………』
『恐竜は一度絶滅したのに、人間のエゴで復活した。労働力のため、生存のため、寂しい人間の友達になるため』
『………』
『ボクらは間違ったのかも知れない。けれど、だから出会えた。間違えたから恐竜と人類は、出会えたんだ。時を越えて』
背後のティラノサウルスが、尻尾を持ち上げる。
『ボクはそれが、嬉しい』
千之は嘲笑した。その笑顔はモニターには表示されなかった。
ジェットエンジンを出して噴射する。が、その根元を断ち切られた。巨人の手刀によってだ。
浸透圧ユニットがある腹を巨人の前に見せる。
『お前、何者だ』
千之はたずねてみたくなった。
『恐竜の隣人だ』
破裂音が森を揺らした。森林に真水と海水が混ざって降り注ぐ。
四
ボクはヘッドギアを外した。
疲労感で椅子から落ちそうになるボクの体を、安部利さんが支えてくれた。
「亭羅野さんの所へ」
ボクが言うと、彼は頷いて背中に乗せてくれた。
「今回だけだ」
操縦室がある第三トラックの前では、亭羅野さんがヘッドギアを外した状態でボクを待っていてくれた。安部利さんの背中に乗っているボクを見て彼女は嫉妬したようだった。頭を擦り付けられる。そのまま彼女の頭に乗り移った。
「疲れましたね」
「うん」
ボクらは地面に転がった。空を見上げると、白色の巨人と巨大なティラノサウルスが僕らを見下ろしていた。
『義雄』
自立行動ができなくなった千之の頭がトラックの中でつぶやいた。このまま中山研究室まで送り届けられる。
『我は未熟だった。いいや、私は未熟だったようです。自分自身の心すらわからない。もう一度人間の隣で、学ぶことにします』
千之の口調は執事の言葉に変化した。中山教授は彼の表情パネルを撫でる。
「いいのかい、また、私の隣に居ることになるよ」
『苦しくとも、それが勉強です』
「そうか、私の隣は苦しかったか」
『はい。……なぜ、泣いているのですか?』
「嬉しいからだよ」
教授は震える声で言った。
五
町内会の行事で水路清掃に参加した。
完全防備の亭羅野さんは一生懸命、水路にたまった落ち葉を拾っていた。
「あーッ!」
大向さんが水路に落ちた。
「大丈夫ですか?」
ボクは咄嗟に彼女を助け出した。足についた泥を落とし、怪我がないか確認する。
「痛いところあります? 救急車呼びましょうか」
「い、いえ、いえ、大丈夫です」
大向さんは目を白黒させながら後ろへ下がった。大事が無いようなのでボクは安心した。
「気を付けましょう、あッ!」
今度はボクの足が溝にはまった。襟を引っ張られる。
「気を付けましょうね」
振り返ると亭羅野さんがボクを銜えてくれていた。
「ありがとう」
ボクはお礼を言う。
大向さんはボクらを交互に見て、ほっ、と息をついた。
「これが終わったらお昼ですよ。炊き出し、用意してきてるので」
大向さんは微笑んでいる。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。うちの旦那もあなたたちくらい甲斐性があればね」
大向さん掃除に戻りながらつぶやいた。
ボクらは顔を見合わせる。なんだか照れくさくなって、泥の付いた手で顔をこすった。




