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第十四話 初デート応援大作戦

  一

 月曜日。

 石清水さんから通話が入った。

『で、で、デートって、ななななにを持っていけばいいんでしょうか』

 石清水さんの第一声はそれだった。

「連絡先を貰った映画スタッフさんですか」

『は、は、は、はい、着ぐるみを郵送しましたので、そのれ、れ、連絡をしたら』

 デートに誘われたと。

「日程はいつですか」

『つつつ、次の日曜日です』

「わかりました。それまでにどこかで集まりましょう」

 ボクはスケジュールを確認した。


 木曜日。

 オープンカフェに集まった。

 丑松さんと鬼島さんと亭羅野さんも呼んだ。なぜか泥野さんも来た。

「んで、そいつ暴力団かなにか?」

 丑松さんがとんでもないことを聴く。

「い、い、い、一般人です」

 石清水さんは答える。丑松さんは頭の後ろで手を組んで背もたれに体を預けた。

「あーしは恋愛経験あんまりだしな~そのへんは入間ちゃんたちのほうがわかるんじゃない?」

 何のために来たのだろう。そういえばメッセージを送った時も『面白そう』『行く』と返信していた。

「じゃ、うちに聴いてよ。なんてったってプロの恋愛小説家だし」

 泥野さんがカチカチとネイルアートを鳴らして言う。

「最初はがっつかないように気を付けてね、相手をその気にさせんの」

「な、なるほど」

 石清水さんが泥野さんの言葉をメモ用紙に書き込む。

「うなじのガード崩しといて」

「それ要る?」

 亭羅野さんは聴いた。

「ヒュー、色仕掛けだ」

 丑松さんが口笛を吹く。

「肉食同士は歯形がついてるのが愛の証的な?」

 生々しい話だ。女子が多いとこういう方向に逸れていく。

「んンッ、そういうのはもっと関係が進展してから考えるとして、目下はデートでの印象だろう」

 鬼島さんが咳払いをして言う。

「グループディスカッションに近いと私は思った。相手がどんな人間か、対処力を見るためだと思ったほうがいい。それは相手から見ても同じだ」

「な、な、なるほど」

 石清水さんがメモを取る。

「えぇー、お硬ーい。デートって楽しむものじゃないのー?」

 丑松さんが鬼島さんの肩に腕を回す。鬼島さんはうっとおしそうにしていた。

「楽しんでもいいが、自分が見られていると意識することが大事だ。服装のサンプルもいくつかピックアップした。フォーマル過ぎない程度に清潔感を重視している」

 リュックサックからファッション雑誌が五冊くらい出てきた。付箋が大量に貼ってある。

「あ、あ、ありがとうございます」

 石清水さんは雑誌を受け取る。

 ボクは手を上げる。

「ボクから言えることはそんなにないけど、石清水さんは良い人だから。素直に接していれば十分だと思う」

「人柄も大事だよねぇー。あーあ、警察なんて疑うのが仕事だもぉーん」

 丑松さんが鬼島さんにもたれかかる。鬼島さんは迷惑そうだ。

「あ、あ、ありがとうございます」

 石清水さんが頭を下げる。

「相手がオオカミになったらあーしにすぐ連絡して。即逮捕すっから」

 丑松さんが親指で自分を指してウインクする。

「暴走恐竜に遭遇した時は安全を確保してから通報してください、先輩は頼りになりますから」

 亭羅野さんが微笑む。

「お、お、覚えておきます」

 石清水さんは立ち上がった。

「皆さん、わ、私みたいな人間のためにここまで、か、考えてくださって、あ、あ、あり……」

 石清水さんの目に涙が浮かんでいる。

 ボクらは顔を見合わせて、そして笑い合う。


 石清水さんのデートを、こっそり追跡することになった。



  二

 お相手の名前は辰己タツミケイコ。専門学校を卒業後、今の映像会社に就職し造形責任者として働いている。と、丑松さんが教えてくれた。

「じゃ、じゃ、じゃあ、行きましょうか」

「あ、は、はい」

 待ち合わせ時間の10分前に落ち合い、緊張した様子で並んで歩き始める。今日は観劇の予定だ。石清水さんの服装は薄い紫のワンピースに落ち着いた栗色のコートを合わせていて、辰己さんは黒のジーンズとダウンジャケット。どちらも無難な選択だ。

「天気、晴れましたね」

「そ、そ、そうですね」

 ちなみに二人の会話は、石清水さんの義手の通話機能を傍受して聴いている。

「いいのかな、こんなことして」

 ボクは疑問を口にした。

友達ダチのためだよ」

 丑松さんは楽しそうだ。

 大勢でついていくと怪しいため何人かに分散している。ターゲットの東にボクと丑松さん、南に鬼島さん、北に亭羅野さんと泥野さんがいる。

 スマホにメッセージが入った。鬼島さんからだ。

『開演まで20分も時間がある 早すぎる到着は✕』

 大手リクルート会社の社員として思うところがあるらしい。それはそれとして二人は時間をつぶすために劇場近くのカフェに入るだろう。ボクは丑松さんにアイコンタクトを送る。

「行くよ」

 ターゲットが席に着いたのを見計らって、ボクらは大胆にも入店した。緊張した二人は気付かない。

「て、天気がよくてよかったですね」

「ほ、本当ですね、天気がよくて……」

 ずっと天気の話をしている。会話がもたないかもしれない。スマホにメッセージが入った。鬼島さんから。

『無難な話題もそろそろ切り上げたほうが○』

 ボクは亭羅野さんに合図を送った。入店のベルが鳴る。

「マジだるーい」

「パフェ食べたーい」

 泥野さんの暴走族仲間が入ってきた。着飾ったデイノニクスたちは中央のテーブルに陣取る。

「つかつか、今日の演目ヤバくない?」

「イグ出るんでしょ、あー早く会いたーい」

 さりげなく話題を提供してほしいと伝えたのだが上手くいってるだろうか。

「あ、そうだ、イグアノドンの井口恭イグチキョウが出るんですよ。彼の演技、私結構好きで」

「そ、そうですか」

「はい。………」

 沈黙。

 会話が続かない。ボクはデイノニクスたちに合図を送る。

「つか彼氏欲しくない?」

「今いい人いないの?」

 デイノニクスたちはかしましく話題を変える。それを拾った辰己さんが石清水さんに質問をぶつける。

「今、お付き合いしてる方は」

「い、い、いません、いたことありません」

「そうですか、あ、あの、私もいままでいなくて」

 今度は上手くいったと思う。ナイスアシスト、とデイノニクスたちにボクは合図を送る。

「き、き、気になる人は皆、いなくなってしまうので……」

「えっ。……あ、そうですか。……」

「………」

 石清水さんの衝撃の告白に空気が固まる。スマホにメッセージが入った。鬼島さんから。

『想定外。ちょっとわからない』

 次の手を考えてるうちに、いい時間になった。

「……行きましょうか」

「そ、そうですね」

 二人は劇場へ入った。

 ボクと丑松さんも当日券を買って立ち見席に入る。


 演目は恐竜主演至上最長ロングランを記録したミュージカル『新訳:ロミオとジュリエット』だ。ボクも二十回は見ている。

 ロミオがジュリエットへの恋心を歌いあげるシーンに入る。

『恐竜と人間、そこに違いがあるだろうか』

 イグアノドンの平均よりは小さいが、全長八メートル、体高二メートルに及ぶ体を誇る井口恭。彼が演じるロミオは運命を嘆いた。そして力強く客席へ語り掛ける。

『恐竜と人間、そこにどんな違いがあるだろう。僕らは生きているのに!』

 ロミオが客席に降りてきて、石清水さんの肩に手を置いた。

『恐竜も人間も、男も女も、良い奴も悪い奴も、生まれも育ちも関係ない。僕らは生きている。愛し合うのに必要なのは、ただそれだけ。ただそれだけ……』

 拍手。

 ボクは舞台に見入ってしまっていた。二十回も見たのに涙が流れる。ふと我に返って二人の席を探した。

 石清水さんの席をぼんやりと赤い光が包んでいた。

「………」



  三

「ちょっと待って、石清水さん」

「失礼します。厚生労働省の者です」

 辰己さんの制止も振り切って石清水さんが楽屋に突入する。メイクを落としている最中の井口恭が振り返った。

「井口さん、あなたの体から麻薬成分の反応が出ました。警察署までご同行をお願いします」

「クソッ」

 井口恭は石清水さんを突き飛ばして駆け出した。廊下にいたボクらにも唾をかける。

「邪魔だっ!」

 舞台で見せたロミオの雄姿は消え失せている。

 石清水さんが無言で追いかける。ボクたちは目に入ってないようだ。

「待って、待って、石清水さん、石清水さん!」

 辰己さんが後を追う。

 パタララララ、と軽い音がした。小道具室のほうだ。

「っ……!」

 廊下の壁に寄り掛かった石清水さんは、右肩を抑えている。赤い鮮血がワンピースの袖を染めていた。小道具室から出て来た井口恭は自動小銃を構えていた。小道具に見せかけて本物を置いていたのだ。

「おれは、おれはまだやれる。まだロミオをやれるんだ!」

「やれねぇよ。大人しくしな」

 丑松さんが警察手帳を掲げた。

「傷害に銃刀法違反。ほら、そいつ置いて座っとけ」

「……いやだ!」

 井口恭が駆け出した。恐竜の巨体はそれだけで人間を傷つけかねない上に、銃まで所持している。

 尻尾に石清水さんが掴まった。

「石清水さん!」

 その足を辰己さんが引っ張ろうとするが、一緒に引きずられる。

 井口恭と共に二人が舞台へと躍り出た。

 残っていた観客たちは、最初は何が起こったか分からなかっただろう。アンコールの演出か、別の舞台がはじまったのかと思ったはずだ。石清水さんから立ち上る血の匂いに恐竜たちが気付き、井口恭の自動小銃が照明を割ったことで現場はパニックになった。

「全員動くな! ケータイも使うな! 使ったら殺す!」

 井口恭の言葉は観客席を凍り付かせるのに十分だった。尻尾には石清水さんが掴まったままだ。

「今からこの女どもを、ええと、殺しはしないが、警察。そうだ、警察に要求する! 逃走車両と海外逃亡の手配だ!」

 アドリブには弱いようだが、そんな呑気なことを考えている暇はない。丑松さんも鬼島さんも手出しができないでいる。

「石清水さん、逃げましょう……!」

 辰己さんが叫ぶ。

 石清水さんが動いた。

「……ふふ」

 幻聴だろうか、笑っている声が聴こえた。いや、石清水さんが笑っている。傍受した音声がスマホから流れる。

「ふふ、ふ、ふふふ、また機械部分が増える。うふふふふ、嬉しい」

 聴いてはいけないものを聴いてしまったかもしれない。彼女の左肘が折れ曲がり、巨大な注射針が出現した。

「それから……あっ、お前!」

「はい、どーん!」

 尻尾に突き刺さった。

 言葉にならない咆哮が井口恭の口から発された。発射された弾丸でまた照明がいくつか割れた。


 恐竜用の麻酔薬で井口恭は大人しく眠り、警察署に連れていかれることになった。

「大丈夫ですか」

 担架に乗せられた石清水さんに辰己さんが駆け寄る。石清水さんは口の端を上げて微笑んでいる。

「はい、う、う、上手いこと神経がイカレていれば、右腕も機械化できます」

「されないといいですね」

「うふふふ」

 石清水さんは不気味に笑うだけだ。

「きみ、この人の妹?」

 救急隊員が聴いた。

「いいえ、恋人です」

 辰己さんは迷うことなく答えた。ボクは目を見開く。ヒュー、と丑松さんの口笛が聴こえた。

「じゃあ一応乗って」

「はい」

 救急車に乗り込み、サイレンが鳴り始める。二人は病院へ向かう。

「いいなぁ、まっすぐで」

 ボクは呟いた。



  四

 三か月後、石清水さんと辰己さんの結婚式の招待状が届いた。

 右腕は機械化されなかったようで、石清水さんは残念そうだった。

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