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第十一話 この違和感も一緒に


  一

 その日、恐竜たちは同じ時刻、一斉に空を見た。

 恐竜の労働力に支えられていた人間社会は、時間が止まってしまったかのように、すべての機能が静止した。ある人間は怒り、ある人間は慌てふためき、そしてある人間は恐竜たちと共に空を見た。


 三日月が極限まで細くなる。


 恐竜たちは同時に咆哮した。それは悲しい叫び。かつて大量絶滅で失った仲間たちを追悼するかのような声であった。

 空を見ていた人間たちも、原始の地上を想い起こして、声を上げた。

 同じ時刻に、一頭のティラノサウルスと一人の人間が決着したのを彼らは感じ取ったのかも知れない。

 やがて恐竜たちは空を見るのをやめて、各々の活動へ戻った。

 人間たちも疑問こそ持ちはしても、深く追及はしなかった。




「………」

 編集者は頭を抱えている。

「ど。うちの処女作は」

 デイノニクスは派手なネイルアートを見せつけながら、編集者が持つ原稿を軽く叩く。

「泥野翔先生の、お孫さんなんだってね」

「そうだけど~、うちはうちの才能を見てほしい的な?」

「しかも前科持ち」

「やだなぁ細かいことは言いっこなしで」

 編集者は原稿を机に置いた。

「誰か意識してる?」

「……さっすがプロ」

 ネイルアートを磨きながら、泥野美言デイノミコトは呟く。

「絶対負けたくないやつがいるんだ。うちの親友盗っていったやつ」

「親友ね」

「ハートまで奪われちゃったなら、こっちで勝負するっきゃないって、じいちゃんに小説のイロハ叩き込んでもらってさ。……」

 泥野美言は窓を見る。

 窓の向こうには雲一つない冬の空が広がっている。

「本当、大嫌い」

 編集者は片手で顔を拭い、額を叩いた。

「……載せましょう」

「やりぃ」

「ただし、あなたのインタビュー付きで。当時のことについて全て話してください。全て」

「なにそれ?」

 編集者は手を組んだ。

「入間マコトについて、全て話してください」



  二

 自室で寝ていると、母が起こしに来た。

「早く朝ごはん食べちゃいなさい」

 ボクは背伸びをして、床に転がっているスリッパを履いて、リビングに向かう。妹と父が席に着いていて、自分の皿は既に綺麗に平らげている。残った皿には目玉焼きとブロッコリーと野沢菜漬けが載っている。左右には味噌汁とご飯が乗ったお茶碗。

「それでね、恐竜権シンポジウムに行くのに渡航費用が掛かるんだけど、これ借りられないかなって」

 ねだる妹をしり目に母親がキッチンへ向かう。

「バイト代あるんでしょ」

「やだ~、口座すっからかんになっちゃう~」

 父は黙ったままだ。と、思ったら声を発した。

「お父さんから借りなさい」

「いいの!?」

 妹が身を乗り出す。

「甘やかさないでくださいな」

 母がキッチンから苦言を漏らす。

「恐竜の話なんだろ。気兼ねなく行きなさい」

 父は嬉しそうだった。ボクは席に座る。

「いただきます」

 堅焼きの目玉焼きを小さく切り分けて口に運ぶ。みずみずしいブロッコリーは、味噌汁につけてから食べるのがボクのやり方。野沢菜漬けはご飯にのせる。

 ゆっくりと朝食を咀嚼していたらキッチンから母が顔をのぞかせる。

「マコト、そろそろ時間じゃないの」

 ボクは時計を確認する。

「やばい」

「お姉、遅刻だー」

 ボクは急いで寝間着を脱ぎ捨てて外着へ着替える。

「ここで着替えるのやめてよね!」

 妹の声。父は新聞で顔を隠す。ズボンを履いて最後のボタンを留めて、用意していた鞄を手に下げると玄関まで走った。

「じゃ、また後で!」



 控室でボクは髪型をこねくり回していた。ある程度はメイキャップアーティストさんにやってもらったが、やはり見慣れなくて、気になる。

「どうかしましたか」

 亭羅野さんが鏡を覗き込んだ。ボクは振り向く。

「ほら、背筋伸ばして」

 小さな手が肩に乗る。ボクは座っている椅子ごと姿見の前まで押されていった。

 純白のタキシードに、花の飾りがついたベール。この取り合わせも違和感があって、気になる。コーディネーターさんは『それが良い』と言っていたけど。

「亭羅野さん、聴いてくれる?」

「髪型でしたら」

「それじゃなくて、もしもの話」

 あの日彼女と相対した時に考えていたこと。

「もしも、また、大量絶滅が起こるとして、その原因がボクだったとして、ボクの命と引き換えにでなかったら止まらなかったとして……」

 そこまで言って姿見に映る彼女の表情を見た。亭羅野さんは悲しそうに微笑んでいた。

「……止めてくれる?」

 少しの間があって、彼女は頭を振った。

「あなたがいない世界に意味はありません」

「……そっか」

「だから、世界とあなた、両方を守る方法を考えます」

 亭羅野さんは微笑んだまま、言った。

 大きな頭がボクの頬にこすりつけられる。その鼻先を撫でた。

「ボクも同じかも」

 ボクは立ち上がった。ベールを纏った亭羅野さんの手を取って。

「ずいぶん遅くなっちゃったね。結婚式」

「今日でよかったと、きっと思う日が来ますよ」

 タキシードとベールの違和感も一緒に、式場へ向かう。



  三

 恐竜たちが色とりどりのドレスアップで並んでいる。亭羅野さんの元同僚だ。アパレル会社と警察の。安部利さんもいた。若いデイノニクスの集団の中央で泥野さんが純白のネイルアートを見せつけてくる。負けるものか、とボクは背筋を伸ばした。泥野翔先生が着物の襟をかけて来てくれている。捨古さんは来れないけどお花が届いていたはずだ。亭羅野さんの両親は幼い頃に亡くなっていたけれど、多くの恐竜たちに支えられていたのがわかる。

 丑松さんが微笑んでいた。鬼島さんが天井を見上げて涙をこらえていた。あのあとメールで亡くなった弟さんの話を知った。あの日の胸のつかえはとっくに取れてたけど、真面目な人なんだと思った。石清水さんが緊張した様子で拍手していた。左手の義手は今日のためのものなのか外装自体が赤と白のリボンが絡まってできたデザインだった。かっこいいよ、と視線で送る。ここに未鐘さんがいないのは少し寂しかったけど彼は満足して逝っただろう。狗社さんがカメラを構えていた。変な記事にはしないでくれ、と心の中で思うけど、その心配はなさそうだ。

 父さんが涙を拭いている。始まったばかりなのに泣きすぎじゃない? 母さんは父さんを支えるのに必死でPTSDの症状は出てないようで、安堵した。妹はスマホで動画を撮っている。また友達に自慢するのだろうか、それでもいいけど。

 十字架の前に来て、ボクらはお互いのベールをはずす。

 そして誓いの口づけをした。



  四

 多くの人を喪った。多くの人を傷つけた。

 それでも僕らは、共にこの道を歩く。



 

 

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