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第四話 春色染まるは蜂の魔女

クロとカルネが森に足を踏み入れた瞬間、数十匹の蜂が襲い掛かってきた。森の奥に続く池のほとりだ。

 クロは剣を振り、一匹また一匹と正確に蜂を斬り落とす。その乾いた斬撃音が森に響き渡り、独特な音楽のように木霊していく。


 「カルネ、西の魔女の話、どう思う?」

 蜂を斬りながら、クロは平然と問いかけた。


 「西の魔女が死んだのなら、その椅子を狙って魔女たちが動き出すのも当然ね。きっと今日の議題にも上がるでしょう。」

 「だろうな。どのみち時間はない。最短で行く。カルネ、捕縛の準備を。」

 「わかりました。」


 森を進むたび、蜂の数は増し、その魔力も濃くなっていく。一匹一匹が明確な殺意を持って襲い掛かってくる中、クロは薄紅色の闘気を纏い、息を吐いた。


 「ちょっと、五月蠅くなってきたな。」



 クロが大きく息を吸って、吐いた。薄紅色の霧が、クロを包む。風に靡いて森を覆っていく。

 そして静けさと共に剣鬼が舞う。

 一振り、二振り、また一振り――。舞い散る葉を全て切り裂くようなその剣舞は、森を駆け抜け、蜂たちを次々と消し去っていく。

 落葉全て切り裂く時、この舞は初めて完成する。果て扨て、それはいつになるのか。麗、秋麗。故にこの名は、

 

 「万葉:朽ち無し」


 葉に代って切り裂かれるは蜂の群れ。一瞬間に朽ちては空へと舞い上がり、風に溶けて消えていく。

 終わりなき剣舞は、一振りごとに世界を蜂の血色へと染め上げていく。これこそが剣鬼が刻む詩、刃の律動――万葉を名に持つこの舞は、森の奥地にたどり着くまで、続いていた。




 そして森を抜けたときに、蜂の嵐はぴたりと止んだ。そこには怪しげな家が建っていた。土手の上に立つそれは、まるで城の天辺を切り取ったような奇妙な形だ。


 静寂――蜂も鳥も空気さえも音を失い、全てが息を潜めている。


 沈黙を破ったのは、紛れもない魔女の声だった。

 「ボン・バーナス!!」


 クロが戸に手を伸ばした瞬間、それを打ち破るように家の中から爆風が轟いた。壁は砕け、火炎が窓を嬲るように吹き荒れる。


 「あっはははは!ざまぁないねぇ、クソ虫ども!」

 不快な声を響かせながら、老婆のような魔女が姿を現した。その腕には少女――ミネが抱えられている。


 「離して!いやぁ!」

 泣き叫ぶミネに魔女は怒鳴り返す。

 「五月蠅い!あの村にお前らが来てからずっと見てたんだよ。いい気になりやがって、ぶっ殺してやる!」


 カルネが静かに手を構える。両手で作ったひし形の中に魔女を捉えると、足元に雪の結晶を思わせる魔法陣が現れた。宙に浮いた氷柱が魔女を囲む。


 「その子を放しなさい。さもなくば……。」

 「さもなくば、何だい?不細工!!言ってごらん!!」


 魔女は懐からナイフを取り出し、ミネの喉元に突きつけた。カルネは歯ぎしりしながら魔法陣を解除するしかなかった。


 「さぁ、お前の血を寄越しな()()()()()()を!!この餓鬼は幼すぎていけない!!」

 魔女の狂気じみた言葉に、カルネは静かに呟いた。

 「あなた、魔力に吞まれてるのね。」


 「ほれ、早く、、、!!脱げ、、そして血を寄越すんだよ!!」


 「浮世離れしすぎて、女の勘が鈍ってるわよ。おばあちゃん。」


 「あ?」


 「私が清いままだと?」


 カルネが嘲るように魔女を挑発した。


 理性を欠いた魔女が、持ち得る全ての脳活動で彼女の言葉の意味を推察する。そして、一つの答えにたどり着いた。


 「クソガキとブサイク同士お似合いってか?気持ち悪いんだよ!!」


 魔女はナイフで吹き飛んだ戸の方を指し示す。立ち込めていた爆煙が風に流されて消え去った時、そこに剣鬼の姿は無かった。



 「そんなわけないでしょ。おばかさん」


 カルネがやれやれといった様子で両手を挙げ、肩をすくめる。


 「いないいない…」


 魔女が後ずさりをした時、辺りに声が響いた。


 「ばあっ!」


 声の主は、魔女の背後からである。クロだ。



 「ひょ・・・」


 「春雷一閃」


 春に鳴る雷の様に、

 剣鬼の無比の一閃が、魔女に迫る。薄紅色の闘気が軌道を描き、瞬く間に霧散した。そして一瞬の後、魔女の左腕がずり落ち、ミネは背中から地面に落下していく。一方のクロは、間髪入れずに魔女の腹に蹴りを入れて燃え盛る家の方に飛ばす。そして、宙に放り出されたミネを抱きかかえ、カルネの隣に飛び去った。


 

 「団長!!魔女は?」

 クロの怪我を心配しない辺りに、カルネがクロに寄せる信頼が伺える。


 「救助優先!!...あれでやられてくれたら楽なんだがな。」


 「うぇーーーん。離して!!いや!!」

 クロとカルネの会話を余所に、

 ミネがクロの腕の中で暴れだした。気が動転したのだろう、ミネはクロの服だの髪だのをむやみに引っ張りだした。その様子は母親であるミレそっくりであった。


 「ちょ、ミネちゃん。ちょ引っ張らないで。大丈夫だから。あ、、痛い。痛たた。」


 「...子供って、加減を知らないからあれよね…。」



 「ちょっとカルネ?何とかして。」



 クロの願いとは裏腹にカルネはそっぽを向いた。頼み方があるんじゃない?と言わんばかりだ。



 「おま…」



 「……。」


 「助けてください。カルネお姉ちゃん。」

 クロの涙目をカルネは先頭の最中に、心ゆくまで堪能した。

 __映像記録魔法にもバッチリと抑えたわ。フフフ、今夜のお酒の肴ね。



 「ミネちゃん、、、こっちを見て」カルネは、未だに暴れているミネの額に触れ、少女の髪をかき上げた。


 ティル・ビルで作り出した魔法薬は、子どもには少々利きすぎるため、幽かに匂いを嗅がせるためだ。




 「え、、あぅ。」香りが微かに漂い始めると、ミネの小さな指が次第にクロの髪を離し、次第にクロの髪を握る力を弱めていった。




 「ミネちゃんよく頑張ったね。もう大丈夫。助けに来たよ。」


 カルネは少し屈んで、ミネの目線に合わせた。彼女の薄氷色の長い髪を耳に掛ける姿が、ミネに母親が放つ安らぎを感じさせていた。ミネは安心した様に、こくりと頷いて。


 「…お姉ちゃん!!」


 ミネがクロの腕から這い出て、カルネの胸に飛び込む。カルネの瑞々しく且つ、実りを迎え始めた胸にミネの涙が伝った。そしてミネはカルネの首筋から漂うシモレナミクサの、まだ咲き切らない蕾に似た、柔らかな香りを鼻いっぱいに吸い込んだ。



 「……解せない。」



 「子供に文句言わないの。」



 「わだしを無視すんじゃんねーよ、クソカス共!!」

 燃え上がる火炎が、うねる様に舞い上がる。火柱の中から、魔女が勢いよく飛び出してきた。切り落とされた箇所から、血がぼたぼたと垂れている。ぎゃーーと叫びながら突進してくる魔女の形相に驚いたミネは、カルネの胸に顔をうずめた。



 「はぁ。カルネ、ミネちゃんを頼む。」



 そう言って、クロは二人の前に進んで、魔女と対峙する。

 クロは魔女を斬り伏せんと、剣を振り下ろす。しかし、魔女がニヤリと笑みを浮かべた。そして、指を鳴らす。



 瞬間に生じた違和感は、クロが手に持つ直剣からであった。__あまりにも軽い!!!


 

 「チっ!!」


 クロは攻撃を止め、剣を魔女に向けて投げ放つ。放たれた刃が魔女の額に届く刹那、剣は切っ先から粉々に砕けた。砕けた破片は宙に舞い、ぶんぶんと音を立てている。


 「大事な剣が、なんてザマだい。···解せないって顔してるね。」


 魔女は嘲笑を浮かべながら語る。

「お前ら、道中の蜂を雑魚だと思ってたろ?あの蜂どもには術式のスペルを一文字ずつ組み込んでたんだよ!丁寧に一匹一匹殺してくれたおかげで私の魔法は最高の出来!!これなら、、、」


 魔女の手の中で、蜂たちが変貌を遂げる。クロの剣が砕け散り、5匹の巨大な蜂へと姿を変えた。拳大ほどの顎をカチカチと鳴らして、今か今と魔女の命令を待っていた。


 「...その程度で四方の魔女に座れると?」

 呆れ果てたような口調でクロが呟いた。


 「何だって?」


 クロは嘲るように顎をあげ、「天職は養蜂家だって言ったんだよ。耳が遠いのかな、おばあちゃん。」と呟いた。そして続けざま、こう吐き捨てた。「知り合いにハチミツ通がいるんだ。今度紹介するよ。」


 「なめくさってんじゃないわよ!!クソガキがーーー!!」


 激昂した魔女が、五匹の内一匹に命令を下す。蜂は一直線にクロに飛び掛かってくる。その針は短剣のように鋭く輝いている。...()()()()()()()()()


 迫りくる巨大な蜂に対し、クロは闘気を纏った手刀を一閃する。蜂の頭が砕け、紫の血が飛び散った。クロは紫に染まった手で突き出た針を引き抜き、それをじっと見つめた。


 「...鈍らだ。」


 「よくも、よくも、よくも!!」

 魔女が地団駄を踏み、怒りに満ちた声を上げる。四匹の巨大な蜂が彼女の命令で一斉に動き出し、クロに迫った。


 蜂たちは連携して鋭い動きで襲いかかる。一匹、また一匹と突進するたび、クロを囲む殺意が濃くなる。


 クロは手に持った針を軽く振り、付着した血を払い落とした。

 「穀雨四突き。」


 クロの動きが閃光のように鋭く加速する。針に集中した闘気が紅の軌跡を描き、繰り出された四度の突きが蜂たちを次々と貫いた。


 蜂の残骸が紫の血を散らしながら崩れ落ちる。その四撃は、穀雨の中に輝く至宝の雨粒――華麗にして致命的な刺突だった。その様子に魔女の表情が恐怖に凍りついていく。


 「……。」


 クロは魔女をじっと睨みつけた。その目に宿る静かな怒りが、魔女の体を硬直させていく。


 「いや、、くるな、、、ブサイクがうつる!!」


 クロが魔女に歩み寄る。魔女の腰は抜け、尻から地に崩れ落ちた。四つん這い――否、片腕をもがれた魔女は三つん這いで、もがくように逃げ出そうとする。その背中に、影が覆い被さるのは一瞬のことだった。


 クロの手が魔女の肩を掴み、容赦なく引き戻す。強引に振り向かされた魔女の瞳に映るのは、振りかぶられた針――染まる一閃は薄紅色。まさに鬼の一振り。眉間に突き立てられようとする破滅の化身。


「あぁ……。」

 魔女の思考は焼き尽くされ、恐怖の色だけが胸を支配する。走馬灯すら機能を失い、ただ、目の前の鬼の凶刃が世界の全てを覆い尽くしていく。



 ブンッと音を切り裂く音が鳴り響く。

 剣鬼の一振りが巻き起こす突風が辺りの火を消し去った。


 「…小さい子が見てるんだ 殺しはしないさ。俺はあれだ、、、健康優良不良少年ってやつさ。」


 寸止め。しかし、そのあまりの剣幕に魔女の意識は彼方に吹き飛んでしまった。…魔女は泡を吹いて倒れ込んだ。





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