陽だまり亭
「ほんと、クソばっかりね。この世界の男ってヤることしか考えてないの?草食系はおらんのか!」
「それを言われると、ちょっと、、、。」
被っているフードを引っ張りながらプリプリ怒っているありすにモーガンは情けない顔を向ける。
「だいたいね、人に物を渡すのに投げつけるってどうよ?人としておかしいでしょ。」
「ああ、それは同感だな。」
二人は冒険者ギルドを出て陽だまり亭に向かっている途中だ。
せっかく割引カードを貰ったのでモーガンはそこに泊まるという。ありすも取り敢えずはクラウンが泊っているかもしれないと着いて行くことにしたのだ。
「特に権力者はダメね。何でも自分の思い通りになるって思ってる。態度はデカいし趣味悪いし、アイツ顔も悪いし。」
「顔は余計だろ。」
「そうかしら?男の目から見てもあの顔は男前とは言えないでしょ?オッサンだし。」
「そりゃ、まあ、、、俺も人このとは言えんからな。」
「あら?モーガンはそれなりにいいと思うわよ。」
「それなりね、、、。」
肩をがっくりと落とすモーガンにありすが笑いかけている。
通りには昼を回った頃なのでランチに繰り出している人が大勢いた。ほとんどはこの街の住民だと思われるが中には冒険者や商人、人足らしき人も混じっている。ありすとモーガンも傍から見れば仲の良い冒険者カップルに映っていることだろう。
この通りの端の方に日本の時代劇でよく見る問屋のような外観の宿屋が見える。
建物の前には「陽だまり亭」と書かれた幟が立っていた。ランチの提供もしているのか人がひっきりなしに出入りしている。場所的に街の中心からは離れてはいるが閑散とした様子もなく、人混みでない分、逆に落ち着ける感じがする。
「随分お客さんが多いみたいね。食べ物屋さん?」
「何言ってんだよ、でかでかと“陽だまり亭”って書いてるだろ?」
幟を指差したモーガンは笑いながらありすの頭を撫でた。
“あ~”みたいな顔で誤魔化すありす。ありすは字が読めないので実際店頭に行かないと何の店か判断できないのだ。開け放された大きな引き戸から中に入る。
「いらっしゃいませ!お二人様ですね。本日はお食事ですか?」
少し和風な門構えとは違い、メイド服のホテリエが元気よく出迎えた。
内装も特に和風要素はない。引き戸からはすぐに板の床になっているし、普通に現代のホテルのように受付カウンターがあり喫茶がある。先に宿泊手続きを済ませるためモーガンは受付カウンターに向かった。
受付のホテリエに二人は同じ部屋に泊まるのかと尋ねられたモーガンはまた冷や汗をかきながら否定している。
ありすは宿泊するかを答える前にホテリエにクラウンが泊っていないかを確認した。
現実世界なら個人情報に関わることや守秘義務からこの手の質問には答えてくれないのだがゲーム内では大丈夫なようだ。ホテリエが帳面をめくりながら探してくれている。
「どなたかをお探しですか?」
不意に後ろから声を掛けられたありすは驚いて振り返った。
タキシードを着た背の高いロマンスグレーの初老男性が微笑んでいる。前髪は片側に流すようにセットされており、ナチュラルな質感に仕上げたショートアップバングスタイル。耳周りは短く清潔感があり、オシャレな眼鏡が際立って見える。落ち着いた優しい雰囲気を醸し出していた。
「当ホテルの支配人、マクシミリアンと申します。お連れ様をお探しですか?」
マクシミリアンは右手を下にして手を組み十五度程度腰を折り会釈した。
ありすは目を見開き言葉を失う。後退りした時にカウンターに背中をぶつけたようだ。
「、、、、、、、、、、。また腹黒なの。って言う事はクラウンもここよね、はいはい。」
かなり間を空けてうんざりとした口調で受け答えするありすは鼻と眉間に皺を寄せて、それはもう究極の嫌な顔を体現していた。
「アリス、あんたの知り合いか?」
「まあね、そんな感じかしら。」
モーガンは美人にこんな顔をさせる支配人が何者なのか気になって仕方がないらしい。まじまじとマクシミリアンを見つめていた。
マクシミリアン本人は凝視しているモーガンやありすの嫌悪の顔を全く気にする様子もなくにこやかに受付にありすの宿泊を指示している。
「で、クラウンはどこよ。」
「ああ、クラウン様はこの街を管理されているソラナス男爵の所へお出掛けされていますよ。お帰りは確か――。」
「帰りは明後日だ。」
威圧的な声がマクシミリアンの話を遮る。
入口の引き戸からありすの嫌な顔にも負けないくらいの表情をした声の主、ボルボが入ってきた。その後ろにスバルが軽く手を振っている姿が見える。ボルボはありすの傍に立つモーガンを見て更に顔を歪めた。




