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デジャヴ

あちらこちらに木の根っこが隆起し、苔が蒸し、膝下丈のシダ系植物が群生している。

地面は濡れた落ち葉で覆われており、足音は出にくいものの転倒の危険がある。周りは木の幹しか見えず遠くを見渡せない。頭上には生い茂った葉が重なり合い日の光を大いに遮っている。日が落ちてきているのか更に薄暗さが増してきていた。


獣道にもなっていないような所をクラウンはどんどん進んでいく。


「ねぇ、ちょっと待ってよ、はぁはぁ。もうだいぶ歩いたわよね?まだ着かないの?ねぇ、クラウンってば!」


全くトレッキングには適していない、センスのかけらも感じられない服装のありすは木の幹に体を寄せ立ち止まってしまった。

あの家を出てからかなりの時間が経つ。ありすの足も限界が来ているようだ。


「そうだな、もう少しで開けた場所に出るはずだからそこで野営の準備にするか。」


クラウンは少し立ち止まって方角を確かめると直ぐに歩き出した。


「や、野営?聞いてないんだけど!」

「あぁ、言ってない。」

「!!!!!」


ノールックで即答したクラウンにイラっとしたありすは足が痛いのも忘れて猛スピードで後を追った。


(ぜぇっったい、ひっぱたく!!)


追いついた瞬間クラウンが左手で静止の合図を出した。

思わずありすはたたらを踏む。


「そこに魔物がいるぞ。」


クラウンが右手で差している辺りの草むらが揺れた。


(魔物!?はっは~ん、きっと最初はスライムとか定番のやつね。ちまちま倒して経験値を稼ぐ!これお約束。クラウンが強いんだからレベリングも簡単だよね!レベルが上がれば魔法も使えちゃうかも。)


ありすがキラキラした目でワクワクしながら草むらを眺めていると、突然クラウンが歩き出した。


「相手にしても何の得もないから、行くぞ。」


クラウンは歩みを止めない。


「えー、何でよ!倒してくれなきゃレベル上がらないじゃん。こっちは武器無いんだからね!」

「大した魔石も落とさないのに無駄だろ。」


どんどんありすから遠ざかって行く。


「無駄じゃないって!私が強くなったらお得でしょ?」

「お前が戦わないのにどうして強くなるんだ。」


二人が口論をしているといよいよ草むらの揺れが大きくなる。

がさがさという音とともに、それは這い出てきた。


イグアナのようなフォルムだが、どう見ても顔や手足は人間っぽい。

顎を突き出したような不自然な形で頭がついており、口は耳の方まで裂けている。最初から裂けているのではなく、裂かれた感じだ。爬虫類の独特なぬめり感は見て取れるが、皮膚に凸凹はなくツルンとしている。体色は深緑で草木に紛れやすそうな保護色になっており目だけが濃いオレンジ色である。


(ナニコレ、、、、変態おっさんみたい。チョーキモイんですけど。何が“最初はスライムかしら”じゃい!自分が恥ずかしいわ!かわいさのかけらもないじゃないの!)


顔が引きつってドン引きしているありすは動く事が出来なかった。

その場から少しでも離れなければと魔物から目を離した隙に何かをかけられた。


「え?」


視線を戻すとすぐそこに抜刀したクラウンが立っていた。


「な、得なことねーだろ?」


クラウンの血振りからの納刀に既視感を覚えたありすは自分の身体に目を移す。


「いやーーーーーーー!!!!」


ありすの絶叫が空しく木霊した。

当然のことながらウォーターガードをしていないありすは魔物の血しぶきまみれ。

対するクラウンは涼しい顔をしてもう先を歩いている。


「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!ドユコト?魔物は倒したら“キラキラ~”ってなって魔石が“コロン”って落ちるのが普通でしょ!クラウン!!ちょっと!“クリーン”しなさいよ!」


両手をぶんぶん振り回し激昂状態のありすの元に、頭をかきながら面倒くさそうにクラウンが近づいてきた。


「お前が言うことを聞かないからだろ。それに何で召喚魔に施ししないといけないんだ。そもそもキラキラコロンってなんだ?殺せば血も出るし、魔石は解体して取り出すもんだ。その歳で絵本しか読んだことないのか?あ?」


腕を組み呆れ顔のクラウンにありすは返す言葉もなくうなだれている。


(噓でしょ?このRPGってずっとこのスタンスなの?何が面白いん?おかしいおかしい、誰が買う?この完成度で内容がこれ?さっきの魔物、なに?キモっ。マジないわ~、無理無理無理。そしてアッシュの声で年齢のこと言われたことが一番ショック。)


悲壮感漂うありすを見て居た堪れなかったのか、クラウンが頭をぽんぽんと軽く叩く。

クラウンの優しい手に思わずありすは顔を上げ見つめた。ありすも背が高い方だが、クラウンは頭一つ分くらい高い。

こうしてみるといい感じになった二人が甘い雰囲気を醸し出しているようだ。


「安心しろ、娼館に行ったらこんな目には遭わないからな。」


ありすにとってクラウンと出会って初めて優しく声をかけられた言葉、初めて優しく笑ってくれたのがこの言葉だった。


「ちょっとときめいた私が馬鹿だったわ!早く“クリーン”してちょうだい!」






木々の間隔がだいぶ広くなり、周りにもシダ系植物以外のものが見られるようになった。

少し開けたところに来た時に、クラウンが左手でありすを制した。


(デジャヴだ!もうさっきの二の舞はごめんだからね!)


さっと身構えたありすの方を振り返りクラウンは左手の人差し指で自分の唇を押さえた。

右手ではポーチの中からナイフを取り出している。


(もう絶対に動かないし声も出しません!)


怒った目で訴えるありすを見つめながらクラウンはナイフを前方の向こうの木の幹へと投げた。ガツンと確実にナイフが突き刺さった音を聞いて正面に向き直す。


「す、すごいわね、見ないでも当たるんだ。何がいたの?」


ありすの問いかけには応じずクラウンはナイフの刺さった木の幹まで歩いていく。

慌ててありすも後を追った。




「無理無理無理、絶対無理!あんた、頭おかしいの?怖いわ、サイコだわ!」


ありすはそう言って後ろを向いてしゃがみ込んでしまった。

クラウンの手には死んだリスのような動物が握られている。


「何言ってんだよ、晩飯に決まってんだろ。」


そう言いながらクラウンは小動物の毛をむしりだした。


「ほんっっっとダメだから。私の世界ではそれペットとかに区分される愛玩動物よ。それを殺して食べるなんてありえないわ。普通携帯食とかあるんじゃないの?信じられない!」


しゃがんで顔を隠したまま声を荒げるありす。

そんなありすを鼻で笑い馬鹿にしたようにクラウンは言った。


「魔族がペットねぇ。まぁ、それはいいとして携帯食も肉の加工品だぞ。誰が加工してると思ってんだ?店先に並んでるもんしか食ったことねーのかよ。とんだお嬢様だな。」

「だから日ごろから感謝して何でも残さず食べてるわよ!説教されなくてもそんなことくらい百も承知ですぅーーー!!」


社員食堂でも自席でも当たり前のようにご飯を残す人には少し軽蔑の念を抱いていたありすにとって至極当たり前な説教をされたのが異常にムカついたようだ。

クラウンの方を見ないで立ち上がりプンスカ怒っている。


「食べるんならクラウンが食べればいいじゃない。私は遠慮します。あ、調理もそこでやってね!そんなムゴいの見たくないし。私は向こうの方で休ませてもらうわ。一日くらい何も食べなくても死にませんから!」


ありすはクラウンの方を一度も見ず、怒りを表すかのようにダンダンと足音を響かせながら目視できる範囲の離れた木の根元に向かって行った。


「はぁ、、、どうやって育ったらあんなのになるんだ?ほんとわかんねぇな。」


クラウンはぶつくさ言いながら小動物を焼くための焚火作りに取り掛かった。






空が白み始め鳥の鳴き声が聞こえ出したころ、二人は街を目指し歩いていた。

とにかく慌ただしく、グロい場面しか見ていないありすは眠る事が出来ずに今に至る。


(あぁ、ちょっと頭痛くなりかけてるかも。いつもの片頭痛の兆候だわ。寝られなかったのが一番の原因かな。)


ありすは年季の入った片頭痛持ちだ。

子供のころから頭痛になると三日は寝込んだ。当時は学校が嫌だから嘘をついているなど心無い言葉を受けることもあった。今になってこそ健康番組などで片頭痛が認知されているが、それまでは噓つき呼ばわりされ、彼氏にまで会いたくないからじゃないのと言われたことさえあった。会社でも我慢しすぎて上司にタクシーで自宅まで送ってもらったほどだ。自然に口数も少なくなる。


「今日はやけにおとなしいな。お嬢様も観念したか?」


そんなクラウンの嫌味にも答える事が出来ず、ありすは黙々と歩いた。


(ヤバい、吐きそう。熱出てるわ。)





「おい、もう街の入り口が見えてる。着いたぞ。」


ありすが歩みを止め息を整えているとクラウンから到着したとの報告があった。

何とかして吐き気を押さえたありすは体調の変化に気づかれないようそのままクラウンについて行った。


街道に出ると少し向こうに町の入り口らしきものが見える。

門番のような者が二人立っていた。近くに来てみると街全体は低い壁と簡易な柵で囲まれており、入り口には物見櫓が設けられていた。そこの上にも見張り役が立っている。


「おかえりなさい。」


気さくに門番が声をかける。

クラウンは軽く手を挙げただけで挨拶はしなかった。ありすもなんとか軽く会釈を済ませて通り過ぎる。


(や、やっと街に着いたわ。も、もうチュートリアル終わりだよね。ヤバい、ガンガンしてきた。)


真っ青になりながらもありすは懸命にクラウンを追いかける。

足取りがおぼつかないので恰幅の良いっ男性にぶつかってしまい尻もちをついてしまった。


「あ、お嬢さん、すまないね。」


そう言って男性がありすに手を差し伸べる。


「こ、こちらこそすみません。」


早く立ち上がろうと焦るありすは男性の手を取ろうと手を伸ばした。

正面とは違う方向に思いのほか強く引かれたので抱きつくような姿勢になり慌てて謝罪をする。


「あ、す、すみません。」


顔を上げると抱きしめていたのはクラウンだった。

状況がよくわからず、ありすは周りを見渡してみた。するとぶつかったであろう男性が揉み手をしながらクラウンに近づいてきている。


「いやぁ、旦那のお連れ様でしたか。いや、いいものをお持ちで。ぶつかってしまったのはこちらですから旦那の言い値でお引き取り致しますよ。」


ごてごてした装飾品をたくさんつけてやたら派手派手しい色合いの洋服に身を包んだ品性の欠片もないような中年男性だった。

口髭を撫でながらニヤニヤしてクラウンの回答を待っている。


「、、、、引き取るね。こういうのは事実上人身売買なのでは?」


クラウンが冷たい目で言い放つと中年男性の態度が一変した。


「な、何を根拠にそんなことを言うのかね!だいたいお前も“連れ”の女にみすぼらしい格好させているじゃないか!おまけに不健康極まりない!それこそアウトなんじゃないのかね!下手に出てりゃ付け上がりおって、この若造が!魔族の女なんぞ、こっちから願い下げだ!ふん!」


真っ赤な顔をしてわめくだけわめいた男性はさっさと向かいの通りの方に歩いて行ってしまった。


「お前よりもうるさいやつっているもんだな。」


クラウンはボソッとつぶやいてありすの手をつかみ、宿屋へと向かった。


(あぁ、もう反応すら出来ないわ。頭痛い、、、、。)


ありすの呼吸が荒くなってきた。

繋いでいない方の手で痛い部分を必死に押している。




しばらく歩いた先には新しく出来たばかりであろう小綺麗な宿屋があった。

通りに面していて活気のある立地に繁盛しているようだ。開け放したドアからは中の様子が窺える。クラウンはそのままありすを連れて中に入った。


「樫の木亭へようこそ。」


制服に身を包んだ清楚なホテリエが話しかける。


「お戻りですか、クラウン様」


そう言って出迎えたのは黒いロングテールコートに身を包んだ妖艶な男性だった。

背は高く均整の取れた体躯、さらっとしたチャコールグレーの髪、澄んだ青い瞳、声や仕草まで洗練された正にハイスペックイケメンだ。


「ああ、支配人。今戻った。」


支配人と呼ばれた男は嘘くさい笑顔でクラウンに近づいてくる。

その時、ドサッという音とともにありすが倒れた。みんなの視線が一斉に集まる。倒れたありすの目は虚ろで助けを求めるように支配人に手を伸ばしていた。


(あれ?よく見ると黒髪に赤い目、、、、まるで、黒い執事、、、見たい!見たいけどもう限界、、、、。)


ありすはそのまま意識を失ってしまったようだ。


「お、お客様!!」


清楚系ホテリエがありすに駆け寄った。

軽いめまいのようなものだと思ったのだろう、大きな声で呼びかけ身体を揺さぶっている。


「支配人、取り敢えず空いてる部屋へ運んでくれるか?たぶん疲労だろうから寝かせたい。俺もシャワーを浴びたらお前の執務室へ行く。少し話があるからな。」


クラウンはそう言い残すとフロントで鍵を受け取り部屋へと向かって行った。


「支配人、お客様、熱があります。お医者様を呼ばれますか?」


担架に乗せられたありすを見ながら気が気でないホテリエはおろおろしている。


「モネさん、落ち着いてください。他のお客様もいらっしゃるんですから。それに彼女の主が寝かせろというのですから指示に従いましょう。」


そう言ってモネという名のホテリエの肩に手をやった支配人はありすを凝視している。


(おぼっちゃんも面白いのを連れてきたものですね。何の相談なんだか、、、、ちょっと興味がわいてきましたよ。)



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