ハマっている
喫茶オープン当日、二階に集まった従業員たちには一様に緊張が見られた。
昨日私が帰った後もロープレしていたらしく、中には目の下に隈を作っている者もいた。曲がっているタイやヘッドドレスを直してあげてそれぞれの職場に送り出す。
オープン朝十時半、閉店は夜七時。
こんなもんでしょ。あくまで喫茶なので夜の酒場には対抗しない。酔っ払いが来ても困るし。
取り敢えず私は【隠密】のスキル全開でみんなの働きを観察しようと思う。
まずは客入りだわな。
ありがたい事に時間前から列をなしていた。きっと口コミオバサンのお陰だろう。
入り口が二つあるものだから戸惑っているお客様もいるようだ。指示はしていないがそれぞれの入り口には遅番の従業員が立っていて説明をしている。なかなか自主的でよろしい。
お出迎えの挨拶も様になってきている。入店したお客も最初は驚いていたようだが非日常的な空間であれだけ傅かれれば笑顔にもなるだろう。
メイド喫茶も執事カフェもまあまあ席が埋まっている。
食べ物、飲み物高いでしょ?庶民だとちょっと二の足を踏むくらいの価格のはずだ。なのに厨房にはどんどん伝票が持ち込まれている。一番安いものを頼んでいるのだろうか。いかんせん窓の外からでは伝票の数字までは見えにくい。気を抜くとテーブル席のお客と目が合いそうになる。【隠密】の使い方間違っているよね。
そうこうしていると執事カフェから口コミオバサンが出てきた。
ちゃんと自分でも食べに来てくれるなんて素晴らしい。逆に品定め的な感じなのだろうか。お礼がてら声を掛ける。
「ミネアさん、こんにちは。宣伝ありがとうございます。初日でこんなに集客できるとは思いもしませんでした。」
「ンま!ちょっとーー!!!アリスさん!!あのモークっていう店員さん、どこで見つけてきたの?は~、素敵だわ。あの身体にしてあの初々しさ。私に紅茶を出すときに手が震えていたのよっ!ときめいちゃうでしょ!絶対に明日も来るわ!フォルカーの手作りケーキも絶品だもの!」
両肩をがっしりと捕まれぶんぶん振り回された。
早速マッチョが刺さった人物がいた。もう大興奮のミネアおばさまはこちらが話す隙を与えず言いたいことだけ言って上機嫌で去っていった。かなりハマっている。これはいけるのでは?思わす悪い顔になってしまった。
それにしても旦那さんがケーキ作りとはやるなあ。ケーキは数種類あったから夜中から作っていたに違いない。これはいち早く調理場の人間を募集しなければならないな。
要検討事項をメモしていた時にギルドと喫茶の間の植え込みからラミレスさんが現れた。
頭や制服に葉っぱがたくさんついている。そんなところからあなただ出てきたらダメでしょう。”野生のヤギが現れた”ってなるでしょう。
「ラミレスさん、それやっちゃダメな行為ですよ。」
「あ、アリスさん!すみません、回りこむのが面倒で。帰りはきちんとしますから。」
頭を掻きながら執事カフェの扉へ向かっている。
え?普通メイド喫茶に行かない?一応確認は取ったが食べられたら何処でもいいとのこと。隣に食事処が出来てありがたいと言っていた。ごもっともな意見だ。
「ハニー!ご飯食べに来たよ!一緒にどうかな?」
振り向くとカミルが手を挙げて近づいてきた。
もちろんジュリアスも一緒だがもう一人男性を連れていた。区役所で私をカミルの彼女だと勘違いしたおじさんだ。ちょっと気まずそうな顔をしている。私はそんなことくらいで根に持つタイプではない。器は大きい方だ、多分。
カミルにどちらに入りたいか尋ねられたので、せっかくおじさんがいるのだからメイド喫茶と答えた。
もちろんカミルは純血人族には興味が無いのでどちらでも構わないと思う。ジュリアスも女性の方がいいだろうしおじさんは貴族ではないらしいから新鮮な気持ちを味わってもらおう。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
接客してくれたのはユーリヤだった。
かわいい文字で“ユキ♡”と書かれている名札からは想像もできないくらい無表情だ。軽蔑にすら見える眼差しにおじさんは震えあがっている。しかし三人の後ろに私の顔を見付けたとたん花が咲いたような笑顔になった。これってやっぱり男嫌いだよね。ものすごいツンキャラだ。奥の四人席へと案内してもらう。
「うわ、かわいらしいメニューだね。ここは僕がおごるからみんな好きなの食べて。」
「いやしかしですな、、、。」
「マッハは遠慮しすぎだよ。もちろん経費なんかで落とさないよ。僕の自腹だから安心してよ。」
おじさん、マッハって名前なんだ。
そりゃ区役所のトップとランチなんて緊張しまくっているに違いない。逆に自腹を強調されても頼みづらいだろう。ここは率先してたかってあげるか。
「カミル区長、じゃあ私はケーキセットの二番ね。」
「私はコーヒーだけで構いません。ありがとうございます、カミル様。」
「で、では、オムライスセットで。」
がっつり食べるんかい!
でも改めて見渡してみるとランチ目当てで来ているお客さんが多い。この辺りは定職についている人が多いのか財布の紐は緩いようだ。それに何よりメイドサービスに喜んでいる。男性客が多めだが女性にもウケはいいようだ。
「お待たせ~、ケーキセットね、これヤバいくらいうまいんだから。」
ギャル語のタチアナこと“タキ”が運んできた。
お盆もうまく運んできているし置き方も丁寧なのだがこの話し方でいいのか?接客はもっとこうへりくだって、、、、いや、待てよ。これはこれでアリかも。みんながみんなかしこまった型にはめられた接客よりこういう個性がある方が個人個人に人気が出るかもしれない。もうあれだな、総選挙とかやるか。
マッハさんの注文はユーリヤが持ってきた。
無言でオムライスとサラダとスープを置いていく。しかも雑だ。ちょっとスープがこぼれている。
「ユキさん、あれ、あれやんなきゃダメでしょ?」
気が気でない私に向かって露骨に嫌な顔をするユーリヤ。
何のためにケチャップの入った籠を持っているのだ、昨日も練習したではないか。嫌でもやれ!ちょっと圧をかけてみた。
ユーリヤはムスッとしながらもマッハさんのオムライスの皿をすっと自分の前に引き、ケチャップで歪なハートを描いた。
「ゴシュジンサマ、オイシクナルジュモンヲトナエマスネ、オイシクナーレ。」
棒読み且つ目が死んでいる。
振り付けはどうした?直立不動なんて怖い以外何物でもない。そのまま一礼してキッチンの方へと去っていった。
「な、なんか独特だね、彼女。」
これには女性慣れしたカミルもどうフォローしていいかわからないようだ。
自分のサンドイッチをジュリアスにも分けながらもマッハさんを気遣っている。当のマッハさんは“いただきます”とだけ言って無言で食べ始めた。気まずい。
「か、カミル区長たちは休憩済んだらまた仕事なの?」
当たり障りのない会話を進める。
「ん?今日は土曜だからもう仕事は終わりだよ。区役所は午前でお終い。帰る前にハニーの様子でも見ようかってことになってね。」
「土曜日?曜日あるの?ウソ!じゃあ明日は日曜?」
「そうだよ。ハニーが忙しくなかったらデートしようと思ってたんだけど、無理そうだね。」
カミルの瞳が陰る。
そんな目をされても同じ家に住んでいるのだから毎日顔を合わせているし何を寂しがるのか。それよりも曜日があるなんてわからなかった。という事は土日は集客が見込めるし定休日は木曜くらいがちょうどいいのではないだろうか。色々考えていたら皆食事も終わったようなのでお会計をした。
レジには商家の娘、知的お団子ヘアーのキャスこと“キキ”が担当している。
見事なそろばん裁きであっという間に清算が終わった。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。」
一同の挨拶に軽く会釈をして喫茶を出た。
全員カミルに対しては恨みの念を込めていたようだが当の本人は全く気に留めていない。これがきっと純血人族以外だと相当へこむのだろうなと思う。ジュリアスはまんざらでもなさそうな顔をしているがマッハは元気がない。店員にあんな態度を取られたのだから怒り出すかなと思っていたのだが相当に落ち込んでいるようだ。
「マッハさん、すみません。もうちょっと教育しておきますので。」
別に私のせいではないが一応謝っておく。
あとで嫌な噂を流されても困るからだ。職員なのだから顔も広いだろうし役所からマイナスイメージを発信されたらたまったものではない。
「い、いや、大丈夫ですよ。あの“ユキ”って子、誰にでもあんな感じなんですかね?」
「あー、どうでしょう?人に依るのかも知れませんが、、、。すみません。」
「もしかして私にだけあんな態度なんだったら、、、。」
「そ、それは無いと思いますけど、、、なんとも。」
「私は、、、、私はあの子の心を開かせたい!開かせたいと言うかあの塩対応もいいと言うかもっと冷たくされたいと言うか罵声を浴びたいと言うか踏まれたいと言うか、それでいてお礼とかボソリと言われると舞い上がると言うか、、、、、。」
あ、ダメだな、こいつ。
ツンデレが好きなやつだわ。見事にユーリヤにハマっているわ。このままユーリヤには自然体で行ってもらおう。単に男性嫌いなだけで絶対にデレてはくれないと思うのだが、デレの部分だけは演技を教えることにしよう。いい金蔓が出来た。
「ハニー、また悪いこと考えてるでしょ?」
にっこり笑いながらカミルが意味あり気に私の顔を覗き込んできた。
バレてる。でもカミルは私のやり方に一切口を出さない。カミルは自分が儲かれば純血人族の事はどうでもいいらしい。その辺りは最初から一貫してブレないな。




