バリエーション豊富
店に戻ると家具などの搬入は全て終わっており、テーブルクロスや飾りつけをしている最中だった。
コンセプトは貴族のダイニング。白を基調にした派手過ぎずシンプルに美しい店内に観葉植物や絵画を配置する。もちろん絵画は元骨董品だ。メイド喫茶は少しかわいく、執事カフェはちょっとクールな感じの壁紙になっている。
ヨーコさんたちが荷馬車で到着した時点で従業員予定者に二階のリビングキッチンに移動してもらった。
「みなさん、お疲れ様です。明日からお仕事に就いてもらうわけですが異存はないですか?」
集まった全員の顔を確認した。
それなりにやる気はあるような表情をしている。だいたい嫌そうな人の表情は見てわかるつもりだ。無理強いではないことを確認すると、名前を読み上げ、フランシスさんとヨーコさんに運んでもらった制服を渡していく。各自の部屋で着替えて再度ここに集まってもらうことにした。
男性の制服はほぼ既製品だ。
黒の燕尾服で中のベストは光沢のあるグレー。黒のクロスタイでパールのようなピンはそれぞれの髪色に合わせてある。男女ともに髪色がバラバラなのは有難かった。
女性のメイド服はヨーコさん他ラハナストのメイドさんに頑張ってもらった。
全体が黒の後ろ開きファスナータイプで少し鎖骨が見える襟ぐり。清楚な白レース付きの丸襟部分は白く縁が黒い。袖は三分ほどのパフスリーブでもちろん白レースを仕込んである。正面には縦に白生地に白レースをあしらって黒のクルミボタンが三つついている。ウエスト部分で少し絞りが入って裾が広がらない程度のフレアだ。
この世界で一般的なメイド服は丈が踝までのものらしいが、ここは敢えて膝上三センチにした。見えそで見えない、それでいてはしたなくない長さが膝上三センチだった。フリフリのエプロンをつけ、レース付きのニーハイとドロワースを穿けば完璧だ。
ヘッドドレスの両端とリストバンドの中央にはそれぞれの髪色のリボンを縫い付けてある。めっちゃ完璧なのでは?私は現実世界のおっぱいを強調した制服は好みではないので敢えてこのデザインにしている。
何だこの服はと言わんばかりの顔で出てきた従業員たちは少し緊張しているように見えた。
男性陣ではスーツを着るとみんなわりとオシャレさんになるのと同じく燕尾服でもその現象が起こっていた。
中でも目を引いたのがアレシュだ。初めて見た時から彼は純粋に男前だった。なんちゃってイケメンとは違う輝きがある。背も高いしグレーの髪を何気なくかき上げる仕草もいい。自分をカッコいいと思っていない点が一番いいのだ。これは当店のナンバーワンになるのでは?イケメンにかわいい系、真面目にマッチョ、一応バリエーション豊富である。
女性陣は飛び抜けてかわいい子はいないが不細工な子もいない。
集団アイドル的な感じといえば伝わるだろうか。このメイド服効果もあると思う。うちの会社も今どき新入社員女子はみんなカワイイ。それはもう区別がつかないくらいに。歳を取ると若い子がみんな同じ顔に見えてくるのは否めない。まあそれは置いといてだ、但しクセがありそうなニオイはプンプンする。仲間同士でギスギスするのだけは止めてほしい。
楽しい職場になりますようにと祈りながら自作した名札を手に、全員に見えるように説明を始める。
昨日ヨーコさんに私の名前二文字を書いてもらった。ちなみに“アリ♡”と書かれてある。
「みなさん、このように自分の名前を書いてもらうわけですが本名は書かないでください。喫茶では源氏名を使います。言ってみれば偽名です。本名なんて書いたら個人情報ダダ洩れですしストーカー被害に遭うかもしれません。もうみなさんの源氏名はこちらで考えてあります。女性は名前の最初の文字と“キ”、男性は名前の最初の文字と“伸ばし棒とク”です。例えばアンヌさんは“アキ”、ユーリヤさんは“ユキ”、モランドさんは“モーク”、ドニさんは“ドーク”ですね。女性はかわいらしさを表現するためにハートマークを付けてください。男性はそのままで結構です。」
文字が書けない人にはフランシスさんとヨーコさんに手伝ってもらおうと思ったがさすがに名前くらいは書けるようだ。
ここに居る者の識字率は意外と高いようで日頃目にするような物や事柄は読めたり書けたりするらしい。私、わからないんですけど。
こうして見ていると冷めている子とそうでない子が分かる。
最初にごねていた金髪ロン毛のなんちゃってイケメンは意外とはしゃいでいる感じだ。そんな中、ちょっと不安そうな面差しの男性が二人いる。
確かモランドとヨアキムだ。声を掛けて様子を窺ってみる。
「どうかしたんですか?」
「すまないんだが俺は力仕事以外はからっきしなんで。他の奴等みたいに顔も良くない。執事なんてガラじゃねぇんだ。」
「俺もモランドと同じだよ。学もないし筋肉だけが頼りなんだ。こう、知らない人に接するなんてとてもじゃないが、、、、。汗水たらしてなんぼの世界しか知らないんだよ。」
うーん、そうは言われても、もう頭数に入れているし。
モランドは色黒ゴリマッチョ、ヨアキムは白めの細マッチョだ。どちらも清潔感のある短髪でモランドは青色、ヨアキムは焦げ茶色、マッチョ特有の顔つきだが悪いとは思わないしこれはこれでアリなのではないかと思う。もう燕尾服越しでも筋肉が分かる。さてはヨーコさん、これを狙って敢えてジャストサイズを選んだな。
「何を言ってるんですか。私の知ってる世界では男性グループの中には必ず“ん?”っていう人がいるんです。でも意外とその人が人気だったりするんですよ。自信を持ってください!接客だって立派な力仕事ですよ!」
“ファイトっ”みたいなポーズでなんとか説得を試みる。
ここで抜けられても面倒臭いし、この種の人間はある程度の需要があると思うからだ。もう世紀末覇者なのではというくらいの筋肉、好きな人にはたまらないはずだ。力を入れただけで服が破れてくれれば言う事はない。あれよこれよと妄想が膨らむ。
とにかく一度やってみてから文句を言おうねという事で丸く収めた。
みんなが源氏名を書き終えた頃合いを見計らい、接客について指導する。
「はい、注目!ではまずお客様が入ってこられたとき掛ける言葉ですが『お帰りなさいませ!』になります。お客様が男性の場合はその後にご主人様、女性の場合はお嬢様、混合の場合はご主人様で構いません。お帰りの際は『行ってらっしゃいませ』です。」
妙な空気が漂っている。
そりゃそうだろう、普通は『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』だからだ。お手本をヨーコさんにやってもらう。それはもう見事なメイドっぷりだ。みんな最初はぎこちなかったが何度も練習するにつれてそれっぽくなってきた。現実世界では普通に学生バイトがやっているのだから大丈夫だろう。こういうものは雰囲気で何とでもなる。
次は注文の取り方だ。注文を取るのに伝票が書けなければどうしようもない。
文字が書けない者もいるだろうと思っていたので、まずはお客様にメニュー表を見せ、番号を言ってもらい、その数字を書いてもらうという流れにした。数字なら間違わないだろう。
作ってもらったメニューにはイラストも載っていて字が読めない人にも親切設計になっていた。
残念ながら私には絵心が無いのでラハナストのメイドメリンダさんに任せたものだ。
とてもカラフルで見ているだけでワクワクするようなメニューになっている。こういう才能が欲しかったなと思う。構図的にも文句のつけようがない。会社でもパワーポイントは苦手だった。企画部員としては少し致命的ではあるが今は管理職なのでニュアンスを部下に伝えればいい物が仕上がってくる。持つべきものはいい部下だ。使えないオッサンは余計だったのだが。
次は勘定をどうするかだ。
お会計なんかは誰でも出来るに越したことはない。レジ打ちなら簡単な操作だけで済むのだがこの世界にはないらしい。ましてや電卓なんてない。なんとそろばんなのだ。ロミルダさんに確認してある。アラフィフなら子供の頃にそろばんを習っていた人もいるだろう。かくいう私もその一人だ。
女性男性共に二人は経験者がいるようだがこれだと彼らに休みを与えることはできない。全員がレジに慣れるまではレジ担当を急募するほかないだろう。しばらくはそろばんが出来る者にレジは任せなければいけない。ロミルダさんにシフトを組み直してもらい、出来る人が出来ない人に教える時間もおいおい取ってもらうことにした。ちょっとした計算は出来ないと人生損をするとみんなを何とかうまく丸め込んでやっていくしかないだろう。
とにかく今日はロープレ多めの研修にしてみんなで助け合って勉強してもらう。見た感じ男女ともにしっかり者がいるようなのでうまくまとめてくれるとありがたい。今日は夕方までここでみっちり指導することにする。




