チュートリアル
(あれ?死んでない?)
そっと目を開けると、床には胴体を真っ二つにされた荒くれが倒れていた。
盛大に臓物と血液をぶちまけている。
「え?」
生温かいシャワーは荒くれの血液だったと知る。
「!!、、お、おぇっ、、、」
吐きそうになりながらも口元を押さえて何とか堪え、前を見た。
クラウンが仁王立ちしている。手に持っている剣からは血がしたたり落ちていた。
(なになになになに?RPGでしょ?対人は峰打ちとかじゃないの?ナニこのグロ画像。モザイク掛けろよ。ダメでしょ、ダメダメ。サブスクでスプラッター映画さんざん見た私でも吐きそうになるわ。絶対におかしいでしょ?)
もう目の前で起こった惨劇に頭がついてこなくなってきている。
ぽかんと見ることしかできない。クラウンが剣を振り下ろして血振りを行い納刀しながら話しかけてきた。
「なんだ、魔族なのに死体を見たのは初めてか?って言うか、お前“ウォーターガード”かけてないのかよ、汚ったねーな。」
床に散らばっている臓物を見るよりも汚いものを見るような目で見られた。
(この状況に何の躊躇いもなく話しかけてくる?流石NPC、ぶっ飛んでいるわ。つーか、このRPG制作陣がおかしいんじゃないの?こんなファンタジー要素満載なのにグロいなんてあり得ない。発売出来ないでしょ、売る気あんの?ないわー、ないない。なんか知らないワード飛び出してきてるし、もう止めたいんだけど、、、。)
うなだれているとクラウンが強引に腕を引き立ち上がらせた。
「こいつの仲間が来たら面倒だ。いったん帰るぞ。」
そうクラウンに言われたが、思うように立てない。
どうやら腰が抜けていたようだ。足ががくがくしてまた座り込んでしまった。
「面倒臭せぇやつだな。、、、“クリーン”」
そう言ってクラウンに手をかざされ、横抱きされた。間近にクラウンの顔がある。
(ここでお姫様抱っこって、何なのーーーーー!!人生初だわ!)
心の嬉しい叫びとは裏腹に、どんどん気分が悪くなる。
(“クリーン”って言った?なんか乾いてるような気もするけど。はぁ、流石に気持ち悪い。頭が回らないよ。あ、カバン、せっかく集めたのに、、、、)
残念なのとしんどいのとで目をつむってクラウンにしがみつこうとした瞬間だった。
「おい、着いたぞ。”クリーン“は掛けたが一応洗い流しとけ。」
「え?」
気が付けばもうあの家に戻っていた。
動いていただろうか。全く気が付かなかった。人生初の出来事だらけで気が動転していたからだろうか。
(早すぎない?あの距離だよ?もしかして瞬間移動?)
横抱きされたまま浴室に運ばれ、ゆっくりと床に降ろされる。
「トイレタリー用品は数年使ってないから保証はしない。タオルなんかはここにあるから適当に使え。あと、カバンもここに置いておくからな。」
そう言い残してクラウンはドアを閉め向こうの部屋へ行ってしまった。
(タオルあるんなら先に言ってよ~。タオル巻いときゃよかったじゃ~ん。あんな目までして向こうの家に行く必要あった?もうサイアク!、、、、まぁカバン持ってきてもらってただけありがたいと思うか。)
よろよろと立ち上がってグルグル巻きの毛布を外す。
(本当に汚れてないわ。あれだけ盛大に血飛沫浴びたのに。)
丁寧に毛布を畳んで脱衣場に置き、浴室のドアを閉めた。
蛇口をひねると直ぐにちょうどいい感じのお湯が出た。
昭和とはえらい違いだ。最初は冷たいものと決めつけていたから少々ビビってしまった。外国のようなシャワー。ヘッドが高い位置に固定されている。バシャバシャと頭の上からお湯が流れる。
(私、何してんだろ。)
曇った鏡に映るしょぼくれた顔を覗き込む。
目の前で人が殺されたのだ。血の生温かさも鮮明に覚えている。そして飛び散った内臓も、、、、。これってまだチュートリアルなんだろうか?これは絶対にダメなやつだ。絶対にトラウマになる。
「ちょっと!スタッフさん!!聞こえてる?早く出してよ!!」
天井に叫んでも虚しくシャワーの音にかき消された。
「ステータスオープン!!ステータスオープン!!」
やはり反応はない。
(ダメだ、無反応。こうなったら変な戦闘は避けて穏便に終わらせるしかないわ。)
この選択しかなかった。
やけくそになってシャンプーやらボディーソープやら洗顔なんかを使いまくる。
使用期限とか知ったこっちゃない。盛りだくさんの泡をすっきり洗い流して脱衣場へ出た。タオルでターバンのように髪を覆い、バスタオルで体を拭きながらカバンを物色する。
(取り敢えず、、、、、気持ち悪いけどパンツ穿くか。)
男物のトランクスに両足を通しグッと引き上げる。
「痛っ。」
お尻の付け根辺りに痛みが走る。
「ちょっと、しっぽ?邪魔なんだけど、もぅ。」
仕方がないので片方の足に沿ってしっぽを収納して履いてみる。
「こりゃ、ズボンは駄目ね。ワンピみたいなのがいいかな。」
なんだかんだとカバンに詰め込んできたのでそれなりの服装になった。
ブラは無かったので上着だけ重ね着している。かなりやぼったい着こなしではあるが良しとしよう。
髪を乾かすために洗面台へ向かう。
きれいに磨き上げられた鏡には落ち着いた装飾がされており、使用していた人の可憐さがうかがわれた。化粧品と思しきものや歯磨きセットが並べられている中、無造作にドライヤーが置かれてあった。
(あれ?コンセント無いの?)
ドライヤーを手にしたとたん、勢いよく温風が出た。
「うわっ!!どうなってんのよ、これ?」
慌てて放すと温風も止まる。
なるほど、握れば出るみたいな感じになっている。もうRPGなんだから何でもありだろうなと思って気にせず髪を乾かし始めた。
何気なく鏡を見ていると、なんとなく違和感を覚えた。
確か顔も洗ったはずなのに化粧が残っている。というか化粧が落ちてない。そして肌が突っ張ってない。
「ナニコレ?」
目の辺りや唇をタオルでゴシゴシ擦った。
しかしタオルは綺麗なまま。肌だけが痛かった。
「うそん!落ちてない!これ、画期的じゃない?アートメイク以上じゃん!」
それにシャンプーの匂いかなと思っていたけれども、これは普段私のつけてる香水の匂いだ。
どこまで現実に寄せてるんだ、素晴らしい。
ちょっとはしゃいでしまったが、さっき見たグロい臓物を思い出すとやはり気分が萎えてしまった。
何とかしてこの状況を打破しなければならない。
「とにかく区切りのよさそうな場所まで行けば終わるよね?クラウンからは情報収集しなくちゃ!」
気を取り直して隣の部屋に向かった。
「シャワー浴びるだけで、何であんなに騒がしいんだ。意味不明なことばかり言いやがって。」
クラウンは椅子にもたれながら睨んできた。
普通の顔をした方がわたし的にはイケてると思うのに、勿体無い。
「もう怒んないでよ。私もいろいろ聞きたいことがあるんだから。」
向かいに腰を下ろすと、今から何がしたいのかをクラウンに尋ねた。
「ここから一番近い街の宿屋まで行く。そこでお前が娼館で働けるよう手続きする。以上だ。」
返ってきた答えがこれだ。
クラウンは不機嫌そうに頬杖をつきながら明後日の方向を見ている。これまた選択肢がない。
「ねぇ、普通さ、『剣士になる~』とか『魔法使いになる~』とかあるでしょ?なめてんの?」
「なめてるのはそっちだろ!人斬り見て腰抜かして、生活魔法もろくに使えないのに剣士だ魔法使いだと?笑わせんな!」
クラウンは何となく正論っぽい、論破できない。
剣士を選んでも魔法使いを選んでもグロ画像に結びついてしまう。だからと言って身体を売るのは絶対に嫌だ。好き好んで娼婦になんかなりたくはない。どこまでがチュートリアルなのかわからなのだから。
「じゃぁ、商売人とかは?頭使って仕事するからさ。」
「その商売とやらと娼婦、どっちが短期間で稼げると思うんだ?商売をするにしろ、基本生活魔法が使えないと話にならないんだぞ。」
さっきからクラウンは生活魔法を連呼している。
重要なスキルなのかもしれない。それにしても稼げる稼げないと、まるで悪人ホストのようだ。女子を食い物にするなんてけしからん。
「、、、、、、ねぇ、“生活魔法”ってなに?さっきの“クリーン”っていうやつ?」
何気なく疑問をぶつけたのだが、クラウンは目が点になっている。
何かマズい発言でもしたのだろうか?
「お前、今までどうやって生きてきたんだ?“クリーン”は生活魔法の最上級で家令かバトラー、もしくはメイド長クラスしか使えない。逆に言うとそういう魔法を使える者しかその職業にはなれないんだぞ。生活魔法のほとんどは最低限の火・水・風・土属性を使ったものだ。お前はどの属性も全く見えないんだがな!」
がびーーーーーん。
思わずあんぐりと口を開ける。ファンタジー世界で魔法が使えないというあまりにもひどい仕打ちに泣きそうになる。魔法が使えないから頑張って成長する主人公もいるけれども!それはそれ、これはこれだ。
気を取り直してRPGあるあるで他の属性も尋ねてみることにした。
「や、やだなー。ほら、む、無属性とか?光とか闇とかさぁ。」
指を畳んで手を合せて組むお願いポーズで満面の笑みを浮かべる。
これでなんとか活路を見出したい。
「知識だけはあるようだが、無属性は自分の持っているスキルに機縁して開花するものだ。基本光は神族のみ、闇は魔族のみ。まぁお前は魔族で【魅了】が備わってるんだから闇属性系なんだろう。でも取得してないから使い物にならん。」
クラウンにシュラッグのポーズをとらせてしまった。
バッサリと音が聞こえそうなくらい一刀両断されてしまったものの、まだまだ食いついていかないと道は開けない!私はめげないわ!
「ねぇ、どうしたら【魅了】を使えるようになるの?」
「個人や種族によってまちまちだからわからん。お前、サキュバスなんだから男の精気でも吸ってりゃいいんじゃねぁか?」
「精液?!」
グロの次はエロかと若干引き気味に叫んでしまった。
ハーレム系ってやたら胸のでかいギャルが多いのよね。必要以上に露出度高いし。そんな一員にはなりたくない。
「はぁ?精気だよ、せ・い・き!何聞いてんだ!!」
「性器ですって?!、、、うわぁ、この声で聞きたくなかったわ~、NGだわ~。」
よりによって、あのナッシュの声で卑猥な言葉を聞く日が来るとは思わなかった。
エロゲー確定か?とても残念でとてもさみしい気持ちになる。机に突っ伏して心で泣いた。
(ナッシュはそんなやらしいこと言わないもん、、、。そもそもこんなに口悪くないもん。)
「あのな、何勘違いしてるのかわかんねーけど、生命の源だよ!っつーか、誰といちいち比べてるんだ。腹立つな。」
クラウンにも言葉のやり取りの意味が分かったのだろう、慌てて補足説明を付けたようだ。
かわいいところはある。精気ね、オッケーだ。でも何故ナッシュのことが分かったのだろう。さっきの言葉は口にしてないし聞かれてないはずだ。いや、無意識に声に出してしまったのだろうか。しかもご立腹とは、さては主人公に恋するキャラだったりするのだろうか。エロと見せかけて恋愛シミュレーションなのか。改めてクラウンの顔を見る。
(顔的にはモブに近い感じがするんだけどなぁ。ぱっと見、育ちのいいお貴族様崩れの冒険者って感じ?全体的に品はあるのよね、言葉遣い以外は。)
意味あり気な視線を感じたのかクラウンはさっと目をそらした。
(ほほぅ、なかなかうぶな若造じゃのぅ、からかい甲斐があるわ~。)
まるで若いツバメを見つけたご婦人のごとく目を輝かせニマニマしてしまった。
こんなに若い子と話すのは久しぶりだからテンションが上がってしまう。おそらく年齢は新入社員くらいだろうか?昔はうちの部にも若手が配属されていたのに、今となってはオヤジの森と化している。つらい現実だ。
出来の悪いオヤジたちに思いを馳せながらクラウンを見つめていると外が騒がしくなってきた。
「ちっ、もう来やがったか。」
クラウンが膝を小刻みに動かしだした。
焦っているのだろうか。時間制限があるのだろうか。少し不安になって尋ねてみた。
「なに?どうしたの?さっきの盗賊の仲間?」
「それだったら全部片づけてもいいし、この家に身を潜めていてもいい。この家には人除けと認識疎外の結界魔法もかけているからこっちには来ないだろう。」
「だったらじっとしてましょ、安全第一よ。全部片づけるのは絶対にダメ!」
もうスプラッターはお腹いっぱいなので、顔の前で大きく✕の印を作り猛然と抗議した。
グロ画像は絶対に阻止する。
「ただ、盗賊だけじゃなく近衛も来るとマズい。各家を回って聞き込みに入るだろうからな。」
そう言ってクラウンは立ち上がり窓辺に近づき身を隠した。
かなり集中して周囲に目を凝らしている。意外とカッコイイ。声がいいとカッコよく見えるのだろうか。
「ほら、やっぱ人殺しはマズいんじゃん!」
「あぁ、貴重な労働力を失うからな。」
「え?そこ?」
発想が基本的に違う。
なるほど罪人は労働資源だから殺さず重労働させるみたいな感じなんだろうか。中世風RPGあるある?それに近衛兵って言い回しをしているからにはこの別荘地は王都に近い場所に違いない。
クラウンに近づいてとにかく質問を続行することにする。
「でもなんでこんな田舎みたいな所に近衛なの?自警団とかじゃないの?ここどこなの?」
「ここは王国直轄の保養地だ。だから近衛が動く。中心には詰め所もあるからな。今の時期でも二、三人は常駐してるはずだ。」
「なるほど、近衛が駐在ね。でも近衛が駆けつけるかはわからないでしょ?一日見回りしてるわけ?」
たかが数人で見回りなんてやっていたら日が暮れてしまう。
盗賊やりたい放題ではないか。
「ここの家のほとんどは他者侵入防止の結界魔法を張っていると思う。それが破られれば近衛が異変に気付くようになっているはずだ。まぁここらは貧乏貴族の別荘だから何とも言えないがな。きちんとした結界師に頼めたらの話だ。」
「ア〇ソックかよ、、、、。警備体制すごくない?そんなに発達してるんだ。」
「きちんとした結界師ならって言ったろ。金がなければお粗末な結界しか張れないし、悪徳結界師なら盗賊と組んで結界を解除しやがるからな。見たところ結界をこじ開けた感じだし、盗賊の中に結界師崩れがいるんだろうよ。」
「じゃぁ、一応遅かれ早かれ近衛は来るんだ。」
これはヤバい展開になりそうだ。
NPCが捕まってしまったら物語の進行が止まってしまう。引き離されてしまってはどこに行けばいいのかもわからなくなる。いや、これもイベントなのかもしれない。どうしようという表情でクラウンを見つめた。
「俺は盗賊の検挙に貢献したが、お前は、なぁ、、、。」
クラウンが含んだ言い方でじろじろ見てくる。
まるで“やっちまった人”を見るような目だ。
「な、何よ。私だって殺されそうになってんのよ。被害者だわ!」
「ほー、どこで殺されそうになった?その服は?」
クラウンの冷め切った目が痛い。
こんなところでRPG勇者盗人疑惑が裁かれるとは思わなかった。
「、、、、い、行きましょうか、あはは。」
がっくりと肩を落とした私を労ってか、クラウンは無言でぽんぽんと肩を叩きドアへと向かって行った。