キラキラした男役
朝起きたら黒モフと一緒になってベッドで寝ていた。
肉球で頬を押されるという素晴らしいシチュエーション付きに感動すら覚えた。肉球は猫と同じポップコーンのような匂いがする。とても香ばしい。あれだけ嫌がっていたにも関わらずへそ天とはどういう風の吹き回しだろうと小さく噴き出してしまう。
程なくしてヨーコさんがハーブティーを持ってきた。
黒モフ用の新鮮な水も持って来てくれていたのだが当の本人はまだ熟睡している。無理に起こすのもかわいそうなのでトレーの水を換えてもらうだけにした。着替えを終えてシニヨンカバーを着けてもらう。自分でも出来そうだが最初のうちはどのようにして装着しているのかを観察させてもらうことにした。ここを離れるころには自分でも綺麗に着けられているだろう。
パジャマ回収を終えたヨーコさんがワゴンを引いて部屋から出て行く。
その扉は第二応接室に繋がっているはずだ。びっくりするヨーコさんの顔が目に浮かぶ。椅子に腰かけ、にやけ顔のままヨーコさんを見送る。
「失礼いたしました。」
扉の向こうでヨーコさんが頭を下げている。
あれ?おかしい。普通の廊下が目に入った。確かに昨日は第二応接だったのに。慌てて閉じられた扉に駆け寄りゆっくりと開けてみる。
「あ!第二応接室だ!」
思わず大きな声が出る。
どういう事だろう。何度開けても第二応接室だった。
「、、、、うぬが念じながらドアノブを触って開けんと反応せんのじゃろ。」
隣にはあくびをしながら寝ぼけ眼の黒モフが鎮座していた。
なるほど、自分限定な訳か。ちょっとあの便利道具の劣化版じゃない?使いどころが微妙だなと思う。ちなみに黒モフに開けてもらおうとしたら“丸いドアノブは無理”と言われてしまった。出掛ける前にヨーコさんで実験してみるか。
「いやぁ、アリスさん。私がクラークです。この度は大変いいお仕事を紹介していただいて感謝しております。」
なんだ、このキラキラした男役は。
そして無駄に声がでかい。ただのデカヴォイスではない、舞台役者のように腹の底から声を出している感じだ。カミルは確か男だと言っていたがどう見てもタカラジェンヌにしか見えない。違う意味で目が離せない。
朝食前に検証を行っていたので食堂には誰もいなかった。
急いで食べて職安ギルドに駆け付けたらこんな歓迎を受けている。
ちなみに検証結果だが、鍵のかかっている部屋への移動は出来なかった。そして私以外の者が開けても変わらなかった。結局私が開けると通れるようになるが開けっ放しには出来ずある程度の時間が経つと勝手に閉まってしまう。第二応接でヨーコさんに待機してもらっている状態で私が第二応接を思いながら自室の部屋の扉を開けると第二応接に繋がりヨーコさんを招き入れることが出来る。そして扉は自室限定ではなくどこの扉でも出来た。しかし今のところ第二応接室と鍵の掛かっていない時の別棟にしか移動できないのでこのスキルは放置かなと思う。
「クラーク、挨拶はその辺にしておいて。アリスさんが驚いてるじゃない!それよりもこっちの書類見て!」
「そんなこと言わないでくれよ、ジェシカ。女性にはきちんと挨拶がしたいんだ。」
「うるさいわね、こっちよ、こっち!」
クラークさんはジェシカさんに耳を引っ張られて奥の机に連れて行かれた。
奥に行っても隣で話しているかのように聞こえるって相当声を張っているのでは?見たところ職員は皆ビリヤードグリーンのベスト、スカートやズボンを穿いている。クラウンの髪の色と同じとはなかなか気の利く制服チョイスではないか。
掲示板には冒険者ギルドから譲渡された依頼が丁寧に貼り出されてある。受付カウンターは三つだが今日は臨時で机を出してあと二つ窓口を設けてある。他にも相談カウンターと個室での相談窓口がある。元倉庫だけあって天井は高いし広さもあるのでちょっとしたイベント会場のようだった。よく短期間で改装できたものだと思う。やっぱゲームなのね。
朝八時、ポールさんがギルドのドアを開け放つ。
いきなり男女五人が入ってきた。見た感じみんな歳を取っている。
「あら~、とっても落ち着いた感じのギルドね。」
「久々だからうまくできるか心配だな。」
ぞろぞろと入ってきた一団は口々に“カミルに頼まれて来た”と言っている。
いらっしゃいませと声を掛けながら昨日の事を思い出す。確かカミルがビラ配りとか言っていたような気がするが、この人たちの事だろうか。どう見てもフットワークが軽いとは言えない。
次々に受付へと腰掛け登録をしていく。プスリと指を刺して登録するのは他のギルドと変わらない。緑のプレートを受け取りカミルからであろう依頼書にサインをして引き換えにビラを持って出て行った。大丈夫なのだろうか。
「ラミレスさん、あの人たちビラ配りなんて出来るの?」
「ええ大丈夫ですよ。私が担当した方は元配達員でこの地区の高級住宅街を中心に回っていたようですね。一軒一軒説明に上がるようですよ。」
「私のところは普通の主婦だったけど、カミルが言うにはオバサンネットワークはものすごいんだそうよ。」
ジャネットさんも少し興奮気味に話に入ってきた。
主婦の口コミは恐ろしいわな、納得。それにしてもカミルのチョイスは素晴らしい。人を見る目はあると認めざるを得ないだろう。
私も早速隣の建物に行って元奴隷の皆さんを連れてくることにした。
従業員予定の人には喫茶で働く長期雇用契約を、帰る予定の人には喫茶での短期契約をしてもらう。明日には家具の搬入もあるので配置などに男性陣、掃除や装飾品の配置などに女性陣に加わってもらうことにした。もちろん一日だけのバイトでだ。こちらも別口で依頼書を作ってある。なので今日だけ自由にしてもらうことにした。一日だけの依頼を受けるもよし、街を散策するもよし。




