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やることが多い

非常にマズい、このままでは話せる黒モフが出て行ってしまう。

土下座までしたのに誠意が足りなかったのか。見た感じまだ体調は万全とは言い難い歩き方だ。


「お願い、ちょっとだけ私の我儘に付き合って。怪我を治した分だけでも!お願い!」


形振り構っていられない。

後ろから黒モフに果敢にアタックし羽交い絞めにした。予期せぬ私の行動に黒モフは一緒になって転倒しもがいている。それをいいことに思い切り猫吸いしてやった。

ふはー、いい匂い。ぐりぐり顔をうずめて思い切り匂いを嗅ぐ。


「な、何をする!放せ!」

「出て行かないって約束してくれないと止めないからね!」


カニばさみで黒モフの胴体はロックしてある。

猫吸いし放題だ。前足は後ろからホールドして黒モフの後頭部で手を組んでいるので外れないだろう。可動域も人間とは違うのでバタバタと動かしているだけのようだ。そんな夢のようなじゃれ合いのさなか、扉が開く。


「ハニー、何やってんの!そんなことは僕にしかしないでほしい!」


あー、ややこしいヤツ来た。

周りが聞いたら誤解されるやつでしょ。ヨーコさんしかいないからいいけど。


「カミル区長!ドア閉めて!」


私の叫び声に驚きながらもカミルが扉を閉める。

拘束を解いたら黒モフは牙を剝いてカミルを威嚇した。


「は、ハニー、どういう状況か説明してもらえるかな。」


ヨーコさんを盾にしてカミルがおどおどしながらこちらを窺っている。

女性に隠れるってどうよ。ヨーコさんは動じてないようだけれど普通は逆でしょ、庇うでしょ。


「唸られて当然でしょ、この子を激ヤバ貴族に売ったんだから。」

「そ、それはわかるとして、何で抱き着いてたの?」

「引き留めてたんですっ!まだ完全に元気な訳ないのに出て行こうとするから。こんな市街地に大型動物が繰り出したら捕まっちゃうでしょ!良くなるまででいいからここに居てってお願いしてたんですっ!」


モフりはしたが事実だ。

それよりも黒モフのカミルに対する警戒心を解かないといけない。どうすればいいのだろう。思い悩んでいるとカミルの方から切り出した。


「すまない、あんな仕打ちを受けているとは思わなかった。貴重な商品なんだから大切に扱われていると思い込んでいたんだ。申し訳ない、この通りだ。」


深々と頭を下げるカミル。

商品という言い方が気に入らないけれど、あとは黒モフがどう受け止めるかだ。ちらりと隣を盗み見る。相変わらず唸り声を上げていた。これはなかなかに厳しそうだ。


「なら体調が回復するまでの間、この屋敷でカミル様を観察するというのはどうですか?その間は私がお世話いたしますよ。」


ヨーコさんが黒モフにまさかの提案を出した。

その上カミルはいい人だから絶対にわかってもらえると断言までする始末。本当にいい人なら奴隷売買しないだろう。ヨーコさんには事実を伏せているものだからカミルが気まずい顔をしている。ポンコツ区長にはこの使用人たちは勿体無すぎるなと思った。ポンコツではないところもあるけれども。


「それとカミル区長、クラウンとバカ貴族に早馬を出してもらえる?午後からこの屋敷でバカ貴族を成敗するから。クラウンの所にはついでにあの店のご夫婦に午前中に店舗に来てもらうようにお願いして。バカ貴族には骨董品を選んでもらうからとか何とか言って迎えに上がる旨を伝えてね。」

「早馬?あ、メッセンジャーの事かな?いいけど、アクシス侯爵をどうして迎えに行くの?来てもらえばよくないかな?」


カミルは黒モフの様子を窺いながら及び腰になっている。

来てねと言って定刻通りに来るようなタマではないだろう。それにアクシス侯爵だけに来てもらう方が都合がいい。事の顛末を知るのは奴だけで十分だからだ。


「断罪するのにバカ貴族の関係者がいない方がいいからよ。黒モフの身バレも防ぎたいからね。送迎してもらえるなんて光栄なことだと思わせておけばいいわ。」


黒モフの頭を撫でながら悪い顔をする私を見てカミルが一瞬びくりとしていた。





本当なら直ぐにでも森に帰りたかったであろう黒モフは渋々ヨーコさんの提案を飲んだ。

そして今私の部屋に連れ込んでいる。カミルが別の部屋を用意すると言っていたが個人的にもっとモフりたいので必殺のおねだりをしてみたのだ。

取り敢えず料理人のゼストさんに消化のいい食事を作ってもらい食べてもらっている。見た感じお粥みたいな食べ物だ。味見をしてみたが注文通りの柔らかさと温かさに仕上がっている。猫舌かもしれないのでぬるいやつをお願いしてみたのだ。私には味がいまいちわからない。この世界の食事は総じて薄いとしか感じないからだ。

そしてお皿を直置きだと逆流しそうなので、現実世界によくあるペットのための食台っぽいものを簡易で用意してもらった。お陰で少しずつだが確実に食べてくれている。

やっぱりアニマルは癒されるなとニコニコしながら眺めていたら気が散って食べられないと注意された。

あとトイレは砂などを用意した方がいいのかと尋ねたらこちらも少し拗ねたように拒否された。

部屋に備え付けているトイレで用は足せるとのことだ。便座に座るのかなと考えているとデリカシーがないのかと小言までいただいた。もしや心が読めるのだろうか。腹黒と同じ感じかもしれない。

昼からは少しだけ貴族退治に付き合ってもらうことを約束して、この部屋は自由に使っていいと告げ退出する。





正直、今日はやることが多い。いや、今日()だわ。

まずは午前中に地下のみんなを新しい家屋に連れて行く。午後からは屋敷に戻ってあの憎たらしいお貴族様を懲らしめる。それからギルドについての最終的な詰めの話もしなければならない。ゲームなのに全然楽しくないんですけど!


カミルが出掛ける前に昼の打ち合わせをした。

クラウンはそろそろこの街を発つはずなので手短に済ませようと思う。カミルが不安そうな顔でこちらを見ていたが、なにも痛めつけようなんて考えていない。きちんと責任を取ってもらうだけだ。





朝食後、みんなを引き連れて喫茶になる予定の建物へ向かう。

拒否られたりするかなと思っていたが意外とみんなちゃんと着いてきてくれているのだ。まるでガイドさんになった気分である。豪華な家の立ち並ぶ一番奥の通り沿いに歩き左折する。もちろん私は道なんかわからないのでラハナスト侯爵邸の警備の一人であるマーカスさんと一緒に歩いている。マーカスさんは黒モフにポーションを掛けてくれた人だ。髪は短く刈られておりガタイのいい拳闘士みたいな感じの人だ。寡黙だけど心優しい感じが伝わってくる。マーカスさんは何に特化した人なのだろう。カミルが雇っているだけに期待が膨らむ。


目的地に着くとドワーフたちが喫茶辺りの工事を進めていた。

こちらを見て棟梁が手を振る。屋敷で打ち合わせ時に一度顔を合わせただけなのによく覚えているなと思う。ここは愛想よくしておくか。


「みなさん、毎日ありがとうございます!こちら差し入れです!お昼休みにでもどうぞ!」


大きく手を振り返してやや大げさにはしゃいでみせた。

マーカスさんに押してもらっていた台車にはどぶ漬けに飲み物が入っている。氷が入っているので昼くらいまでは冷えたままだろう。トイレ問題はあるだろうがこういうのは嫌がられないはずだ。

気をよくした大工さんたちの横を通り、喫茶の建物の二階へと向かう。

一階はまだ改装中だが二階には行くことが出来るのでそのままぞろぞろと上がった。



「あらまあ、若い人たちがたくさんね。活気が出ていいんじゃない?」


元店主の奥さんの方が声を掛けてきた。

名前をロミルダという。その後ろで荷物を整理しているのが旦那のフォルカーさんだ。


「おはようございます。大所帯でご迷惑をお掛けいたします。」

「いいのよいいのよ、元々ここは先々代の時にお弟子さんたちに使ってもらってた寮みたいなもんだからさ。」

「え?骨董品取り扱うのに弟子を取るんですか?」


鑑定学校みたいなものだろうか。

それこそヨゼフさんみたいに鑑定のスキルを持っていたら勉強も何もないと思うのだが。


「違うのよ、うちは元々窯元でね。お爺さんはたくさんのお弟子さんたちに陶芸を教えてたわ。でも父は才能が無かったのね、お爺さんが亡くなってからは他人に後を継がせるくらいなら廃業した方がいいって辞めてしまったのよ。たまたま【鑑定】スキルがあったもんだから古美術品を扱う店にするって。その時に買い漁った品物があの倉庫の中にあったやつね。あたしにまで婿は鑑定スキル持ちじゃなきゃダメとか押し付けちゃってさ。」


なるほど、どおりでマンションのような造りをしているわけだ。

旦那さんはというと鑑定のスキルは持っていないらしい。親と喧嘩別れしてよその街に逃げるようにして駆け落ちしたそうだ。親の危篤を聞いてからこの家に戻り、亡くなった後も何となくだらだらと骨董品店を営んでいたという。そりゃやる気のない門構えになるわなと納得した。


今までご夫婦が使っていた二階はそのままに、三階から上を従業員で埋めることにする。

二階の奥がご夫婦の居住区になっているのだが、手前のリビングダイニングは共有にとの申し出があった。昼休憩の時などここで寛げると有難い。そうなると下の階の調理場から賄を上にあげられる食品用のエレベーターをドワーフに作ってもらおう。さすがにご飯片手に二階に上がるのはお客様の手前いけないと思うからだ。一階からの階段はメイド喫茶側に一つしかないので裏から直接二階に上がる階段も付けてもらおう。ゲームだから何だって出来るでしょ。


男性は三階、女性は四階に分ける。

二十人中四人はお迎えが来るそうなのでそれまではこの建物の雑用をお願いしようと思う。もちろんこれも正式にギルドに依頼を出してからを想定している。

各自割り振られた部屋を片付けさせている時に赤毛の元男爵令嬢から声を掛けられた。

確かオルビス子爵三男のデリックに調教されていた訳あり令嬢だったっけ。


「あの、すみません。私、今すぐにでも帰らなきゃならないんです!アイツがやったこと全部暴露して貴族社会に居られないようにしてやらないと家族が浮かばれません!」


なんだか重めの話だ。

これはサブクエスト扱いなのだろうか。だったら今受けなくてもいいかなと思う。私も手いっぱいなのだ。もしかして時間制限があったりするのだろうか。


「取り敢えず、部屋を片付けながら話を聞くわ。戻るにしても先立つ物が無いでしょ?」


周りの目もあるので元男爵令嬢を部屋へと押し込む。

彼女の名前はアンヌ・シャーマル。ダース地区アハマニエミ子爵領マル市出身の商家の娘で父親が箔を付けるために金で爵位を買ったそうだ。小説でもあるあるな設定ですな。

話はこうだ。

マル市を領地として持っていたアハマニエミ子爵は度重なる失策と湯水のように金を使う夫人により貧困状態にあった。

色々な方面での借金を肩代わりする見返りとしてアンヌの父シャーマル男爵は自分の娘をアハマニエミ子爵長男に嫁がせ、その長男に家督を譲るよう約束を取り付ける。ちょうどその頃シャーマル男爵の事業は手を付けるもの全てが成功し金の卵をいくつも持っている状態にあった。結婚と同時に長男ハンスが家督を継ぎ傾きかけていた子爵家は息を吹き返した。今から二年前になる。

何かと口出ししてくるシャーマル男爵を疎ましく思ったハンスとその父ズールはアンヌをうまく丸め込み一年で全ての利権をその手中に収めた。アンヌのためだとかアンヌが事業主になればこの商品は売れるだとかこれからは女性もこういう分野に台頭すべきでアンヌはその先駆けとなるだとか。アンヌもハンスに愛されていると疑わなかったし、シャーマル男爵も自分の娘を大切にされてまんざらでもなかった。

しかし事態は急変する。

アンヌが使用人と駆け落ちしたという報告と何枚ものアンヌの署名入りの離縁状がシャーマル男爵家に届けられた。後日憔悴しきったハンスと怒り心頭のズールがシャーマル男爵邸に乗り込み半ば強引に離縁する。貴族社会での醜聞にマル市での嘲りの目に耐えることが出来なくなったシャーマル男爵一家は数日のうちに姿を消すこととなった。

アンナは勿論事実ではないと言った。

アハマニエミ子爵邸の地下牢に軟禁されていたアンナは事の顛末を見張りの使用人から面白おかしく聞かされたらしい。数か月経った後、面影もなくなるほど瘦せ細った状態で奴隷商に売られたという。


どこまでが事実かはわからないが今アハマニエミ子爵邸に行っても何も解決しないだろう。

逸る気持ちもわからなくもないが悪手に違いない。ここはカミルにでも調べてもらって何かしらの策を用意して臨んだ方がいいと告げた。アンナにもそれは理解できたのかすんなりと受け入れてくれたようだ。


何このイベント。

いる?絶対にサブクエだよね?もう少し余裕のある時に起こってほしい。とにかく今はギルド第一優先事項、喫茶第二優先事項だ。足りない家具などを聞き取り現場を後にした。





所変わってラハナスト侯爵邸の第一応接室。

もうクラウンはソファーに座っていた。急いで入室した私の方をじろりと一瞥し紅茶を飲んでいる。紅茶好きだな、この物語の面々は。


「ねぇ、クラウン。必要があればその剣でよろしく頼むわよ。」


よろしくなさそうなクラウンの横にゆっくりと腰を下ろし柱時計の時間を見た。

指定した時間までまだ余裕がありそうだ。続いてヨーコさんが黒モフを連れて入ってきた。一瞬だけ驚いたような表情をしたクラウンは何事もなかったように紅茶を口にした。飲み過ぎでしょ、おしっこ行きたくなるわよ!

ヨーコさんが退出した後、横のソファーをポンポンと叩いて黒モフを呼んだ。

なんと素直に横に来てくれたではないか。かわいすぎる。そしてカミルも到着しこちら側のメンツは揃った。でもみんな無言ってどうよ。気まずっ、空気重っ。



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