表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/258

なんでサキュバスなの!!!

「・・・きろ。」


何かが聞こえる。なんだろう。

暗闇の中に横たわっているようだ。意識はあるけれども何も見えず、目が開いているのかも定かではない。でも何かが聞こえたように感じた。


「お・!・・んだ。」


かすかに聞こえる、誰かの声のようだ。

くぐもった感じでうまく聞き取れない。


(私は、、、何を、、、、。)


意識が混濁しているのか、体も思うように動かせない。


「おい!起きろ!!」


今度は耳元ではっきりと聞こえた。


(これは、ナッシュの声!!!)


そう感じると反射的に声が出た。


「ナッシュ!!」


叫びながらガバっと勢いよく起きる。

目の前には知らない男性が横向きに寝転がり、片方の腕で頭を支えている。

バッチリ目が合った。


「え?(なんだこの状況。そして私は素っ裸!!)」


強引に毛布をはぎ取りながら慌ててベッドから転げ落ちると、ゴキブリ並みの速さで壁際まで後退りする。


「な、なんなのよ、これ!!」


周りを見渡すと、小さなログハウスのように見えた。

床には変な魔方陣が描かれてある。


「聞きたいのはこっちだ!」


男性がベッドに胡坐をかき、こめかみを押さえながら話を続けた。


「なんで召喚して一時間後にベッドに現れるんだ!普通すぐにサークルの中だろ!何で服を着ていない!!」


いきなりキレられている。

どういうことなのかさっぱりわからない。落ち着けはしないが眉間に拳をあて考える。


(そ、そうよ、私は研修に来てたのよ。あの女子社員に変な水かけられたりしたじゃない!きっと何かの間違いだわ。すぐにログアウトしてもらわないと!!)


男性を無視して天井を見ながら大きな声で叫んだ。


「スタッフさーーーん!なんか違うVRですよーーーー!ログアウトさせて下さーーーい!」


し~ん。

ちょっとイタイ子のようになってしまっている。が、そんな事には構っていられない。


「ちょっと、聞こえてるのーー?」


キョロキョロしたが、どう見てもこの雰囲気はRPGだ。

これが社会人の研修とは到底思えない。裸で怒られるシチュエーションがあってたまるもんですか。

ふと壁の奥にある姿見が目に入る。壁に追い詰められて毛布を抱えている姿が見えた。


「え?」


妙な違和感に襲われ、四つん這いになってそろそろと姿見に近づいた。


「な、なにーこれ、私じゃん!!」


CGアニメのように表現されているが、忠実に”ありす”だ。

髪は胸が隠れるくらい、インナーカラーはルビーレッド。でも実際の髪の毛の黒い部分が全部白。眉毛もまつ毛も白い。瞳はインナーカラーと同じく赤いが、どちらかというと血赤サンゴっぽい。ご丁寧に化粧もされている。


「どういうこと?」


そのまま「いー」と歯を見る。

普通だ、いつも見慣れた白く歯並びの良い口元だ。舌を出してみた。ピアスが1つ。耳を交互に見る。お気に入りの真っ赤なピアスをつけている。現実のありすと寸分変わらない。


おかしいのは耳の形だ。先端が尖っている。

何よりおかしいのは頭の白いコブだ。コブというか角だ。あのホールで見た人形と全く同じ精巧な作りになっている。両手で握っても堅いだけで角自体には感覚はない。


「うそでしょ?」


あのホールのような場所で観察していた角女子にそっくりなのだ。

もう一度念入りにチェックしていると鏡にあの男性が映った。


「ナルシストか?それともケツ丸出しで後ろからヤってほしいのか?」


心底軽蔑するような眼差しで睨みつけられ、ナッシュの声で暴言を吐かれ、生きた心地がしなかった。

もう心は死んでいる。居た堪れなくなり慌てて毛布を引き寄せうずくまる。その時手に何かが当たった。


「ん?」


握って持ち上げると髪と同じ色の白いホースのようなものだった。

手繰り寄せるとお尻の辺りに感覚がある。


「えーーーーー!!!しっぽぉぉ?!」


掴んだ時から何かに触られている感はあったが、まさか自分のしっぽとは思いもよらなかった。

しっぽを見つめ固まってしまう。


(なになになになに、ファンタジーですか?これはこれでご褒美というか何というか、、、)


色々ありすぎて訳が分からず、ニヤニヤしたり驚いたりと百面相を披露してしまった。

男性の更なる軽蔑の眼差しが痛い。より一層小さくなって毛布に顔をうずめてしまった。


「今回はハズレだな。どうしたもんか、、、、」


ハズレとはひどい言われようだが、声だけを聞いているとナッシュなのだ。

逆にナッシュの声で言われるとかなりキツイ。もう心は死んでいるのだが。


「おい、ちょっとこっちに来て座れ。」


腕を引っ張られベッドの方に連れて行かれる。

ナニをさせられるのかと変な緊張感が伝わったのか男性はこう言った。


「お前を襲うんならとっくにやってるよ。種族や適性を見たいからそこの椅子に座れ。」


顎でベッドの向かいの椅子を差された。

取り敢えず毛布をバスタオルのようにぐるぐる巻いて座った。男性は腰のポーチから眼鏡を取り出し掛ける。


(おぉ!メガネ男子。ご褒美だわ。顔は悪くないのよね。言うほど男前ではないけど、声がいいから許す!何しろナッシュなんだから、うふ。)


男性は背が高く、身長168センチの私でも見上げるほどだった。

髪はサラサラした短髪でビリヤードグリーン、二重で瞳はシャルトルーズグリーン。緑好きの私にはたまらない。

トップスは生成りのハイネックのプルオーバーシャツで胸元から襟元までが編み上げになっている。紐は結んではいない。でも何だ?変な首輪みたいなのをしている。黒の革っぽくて正面には透明の石が付いているものだ。ヘビメタロックバンドか?ロールアップした袖からはたくましい腕が見えている。

黒革のベルトにポーチを通し、黒のピッタリ目のパイレーツパンツに裸足だ。ベッドの脇には鉄黒色のブーツと外側が編み上げ・内側がカシメタイプのスナップボタンのブーツカバー、鞘から柄までランプブラックの剣が立て掛けてある。上着はテーブルの上に放置されているようだ。白を基調とした詰襟のチェスターコートだろうか。

服のセンスもいいしまんざらでもないわねなんて考えていた次の瞬間、衝撃の言葉が降り注いだ。


「はぁ?サキュバス?だから裸か、、、真昼間からお盛んなこった。しかも平民レベルのランクEって、、、もう最悪だな。スキルが【魅了】だけ?おまけにそれも未取得状態かよ。潜在スキルもないし魔力属性も表示されてないじゃないか。ステータスは全部パッとしないし、、、、とにかく非戦闘員枠だな。種族からして娼館にでもぶち込んで稼ぎ頭にでもなってもらうしかないな。」


なんだか色々けなされたような気がする。

こんなにまでひどい言われようをしたのは新入社員時代以来だ。こういうふうに頭ごなしに人のことをバカにするお局様がいたのを思い出した。新人女子にはあたりがキツく、男性社員には媚びを売っていたような、、、、。話が反れたが彼の眼鏡によると、どうやらサキュバスらしい。私は心の中で叫んだ。


(なんでサキュバスなの!!!なんかこうカッコいい悪魔が他にあるでしょ!お願いだからその声で心をえぐらないで。)


そして娼館送りになる予定らしい。

“これは由々しき事態だ!何とかせねば!”と脳内で警報が鳴る。落胆している男性に恐る恐る尋ねた。


「あ、あの~、娼館っていかがわしいところのことですよね?身体売るってやつですよね?」

「それ以外に何がある。」


アホかコイツみたいな反応をされた。

その表情にムカつきすら覚えたが、それと同時に疑問も湧いてきた。


(この男性はNPCなの?やけにリアルじゃない?会話もすらすら出来て文法に違和感ないし。それに頭の上とかに名前出てないなぁ。でもRPGで最初に会う人って言えばやっぱ主人公にレクチャーするとか、然るべき場所まで連れて行ってくれてその過程で育ててくれるとかだよね?旅人の服とかお金とか剣とか貰えるんじゃないの?)


あれこれ考えこんで俯いていると、私が観念したと勘違いした男性は眼鏡を仕舞ってさっさと帰り支度を始めていた。

とにかく自分の力量が見たい。服を貰って剣を貰って初期装備でどこまでの強さになるのか確認しなければ。そこそこやれる子だと認めてもらえれば仲間として連れて行ってもらえるに違いない。


「ステータス、オープン!!!!ステータスオープン!!オープン!!!」


一心不乱で大声で叫んでみた。


「おい、あんまり意味不明なことを言わないでくれ。頭おかしいのか?いい加減ここを離れるぞ。」


素敵な声で悲しいことを言われ、泣きそうな顔で男性を見つめる。


「ねぇ、もうログアウトさせてよ。ステータスも確認できないし。なんか装備ないの?あなた名前は?プレイヤー?NPC?何とかしてよ。」


男性の腕をつかみ顔を覗き込んだ。

彼は一瞬言葉を失い、驚いたようにじっと見つめてくる。少し顔が赤い。固まっちゃった?やっぱNPCかな?目の前で手を振ると我に返った様子で気まずそうに話しだした。


「、、、だいたいお前の言ってることの意味が分からない。魔族の隠語か?それに服を着てないのは自分のせいだろう?学校で習わなかったのか?学校に行ってなくても孤児院なんかで基礎知識として話くらい聞いてるだろ?」

「え?学校ってあるの?孤児院もあるの?基礎知識?そもそも私は何を知らないの?」

「はぁ、召喚で記憶が飛んだのか?この国の王位継承についてだよ。召喚されるかもしれない年代なら誰だって普段通りの生活を送っているはずだ。何か?サキュバスはしょっちゅう昼間からまぐわっているのか?」


NPCそっちの言っている意味こそわからんわ。

どうしてもログアウトさせないつもりらしい。なんとも失礼な発言をされたが、取り敢えず物資は現地調達ってわけなんだと勝手に解釈して部屋中のタンスや壺(無かったけど)を探しまくった。

突然の奇行に慌てて男性が止めに入る。


「おい、何してるんだ!」

「だって、部屋のタンスとか開けるの常識でしょ?で、あんた名前は?」


開けても開けても空っぽのタンスやクローゼットに辟易しながら男性の名前を尋ねた。


「常識ってなんだよ、、、俺はクラウンだ、知らないのか?」

「あ、そ。有名人なのね、知らなかったわ。私は()()()よ。」


そう言いながら窓辺に近づいた。

隣の家までは少し距離がある。アメリカ映画でよく出てくる距離感だ。なんとなく眺めながらある結論に至った。


(これはチュートリアルまでやらないと終わらない感じね。装備ゲットしたところくらいで“お疲れさまでした~続きは有料版を”的なやつよ、きっと。NPCもログアウトを回避させて来るしね。それにしても流暢な受け答えだわ。ゲームの世界って進んでるのね~。普通2パターンくらいでしょ?なのにこちらの質問にはあらかた答えてるし。生成AIってすごいわ。)


フムフムと感心していると、隣の家から数人の男が出ていくのが見えた。

見るからに柄が悪そうでその家の住民には見えない。


「ねぇ、クラウン。お隣さんって男所帯?」


そう言って振り返った瞬間、クラウンに頭を押し込められ、しゃがまされた。


「ちょっと!」


掌で口を塞がれ後ろから抱きしめられる。

映画や漫画などでよくあるシチュエーションだ。現実世界では絶対にありえない。


「黙れ。あれは盗賊だ。この辺りは貴族の別荘地だからな。不在なのをいいことに金品目当てで押し入ったんだろ。」


小声で後ろから耳元で囁かれる。

クラウンの息がかかってどんどん自分の顔が赤くなるのがわかる。


(ちょ、ちょっとこれはアラフィフの心臓には悪い。ナニコレ、めっちゃリアルじゃん。現実での感触じゃん。うわぁ、恥ずかしい。でもVR万歳!)


じっとしてやり過ごすのか、クラウンは動かない。

バックハグのままだ。向こうの気配を探っているのか私が真っ赤なことには気づいていないようだ。


(でもでも、これは討伐イベントか物品ゲットイベントじゃないの?それなら行かなくちゃ。今は今で結構ご褒美イベントだけど。NPCが盗賊を回避してるとしたら、戦いではなく隣の家を探索しろって事ね。)


いろいろ考えているうちに、ようやくクラウンから解放された。

そのまま顔を見られないようにして扉へと向かう。


「おい、お前!どこに行くんだ!待て!」

「今がチャンスなの!隣の家、行かなくちゃ!探してくる!」


“ちょっとコンビニ”的な軽いノリで手を振りいそいそと家を出た。





勢いよく飛び出したものの、後悔していた。

裸足で駆け出すのが相当に痛いことを思い出したからだ。そして今も痛い。裸足で土の上を歩くなんて小学生の体育の時間以来ないのだから。若い子はそんな授業を受けたことはないだろうけど、だいたいのアラフィフ世代は“裸足で体育”だろう。


何とか無事に隣の家に入ったが、ほとんどが荒らされていて残っているものがなさそうだった。

この家は裕福なのか二階建てになっている。一階はキッチンとリビングっぽいので二階へ上がる。盛大に散らかされて、“ザ・空き巣にあった家“だ。とにかくクローゼットやタンスを覗いてみる。放り出されたカバンに着られそうな服や下着、靴下などを入れていく。もちろん靴は玄関でゲット済みだ。


「まさか使用済みなんてことはないよね、あはは。」


ボクサータイプのパンツを手に取って苦笑いした。

金目のものが持って行かれたのか、普通の服や小物なんかは乱雑に投げ出されている。

最後の部屋の散乱物を座りながら吟味している時に階段を上る音がした。


「クラウン?結構あったよ、着られそうなやつ♪」


なんだかんだ言ってNPCは着いてくるんだなと思い笑顔で振り返った。


「おぉ!めちゃくちゃいい女だな!!衣類も回収しに来て正解だったぜ。こんなオマケが付いてくるなんてよぉぉ!」


そこに立っていたのは見るからに世紀末の荒くれ者といった風貌の男だった。

舌なめずりをしながら近づいてくる。


「あちゃー、魔族かぁ、惜しいなぁ。売り飛ばしても金にならねぇなぁ。殺しちまって、部位ごとに売りさばくか。いい身体してるから死んでから抱いてみるのもありだな、ぐふふ。」


荒くれはそう言うと腰の剣を抜き取り高く振り上げた。

その恐ろしい姿に声も出ない。


(もう駄目!こんなのアリ?チュートリアルの最中に死ぬの?クソゲーじゃない!)


振り下ろされる剣を見た瞬間、ぎゅっと目をつむり頭を抱えた。

何か生温かいものが体中に降りかかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ