獣人の始祖
翌日、続々と例の貴族の馬車が現れた。
なんとあの夫人は男性と女性両方の奴隷を買っていたのだ。貴族内では有名なバイセクシャルらしい。奴隷はどちらも金髪で顔立ちが良くスタイルのいい者だった。男性の方は普通に振舞ってはいたが女性の方は人形のように生気が見られなかった。怪我や傷はないようだが心が壊れてしまったのだろうか。心底軽蔑する、このババァ!
クラウンがいないのをいいことにガルヌラン伯爵夫人は最後まで憎たらしい仕草で嫌味を言っていた。
こいつの旦那は奴隷の存在に気づいてなかったのだろうか。まぁ、こんなオバハンじゃ旦那も愛想尽かして放置なのかもしれない。二度と関わり合いたくない相手だ。
オルビス子爵三男のデリックは赤髪の女性を、もう一人の貴族はグレーの髪の女性を連れてきた。
二人とも健康状態はいいのだが怪我が数か所見受けられた。長袖の服を着せているが私の真眼にかかれば全てマルっとお見通しだ。怪我をさせていれば支払から差っ引くようにすればよかったと後悔した。
次にひょろっとしたちょび髭の貴族だが(名前を忘れた)赤いロングヘアの男性を連れてきた。
ずっと手を繋いでいるが、同性愛者か?奴隷はぱっと見女性にも見える綺麗な顔立ちだった。きっと受けなのだろう。逆だったらビックリする。上辺だけでは両者の関係は良好のように見えた。好き同士なら引き離した後、ギルド経由でお勤めしてもらおう。もう何も言うまい。
ヨゼフさんと共に最後の赤髪の男性を第二応接室に通す。
第二応接には警備を一人つけている。万が一彼らが屋敷から逃げては困るからだ。
連れて来られたのは総勢五人。まずは事情聴取を行う。自らを売りに出したのか売られたのか攫われたのか。それによって今後の方針が変わるからだ。自ら売ったのが二人、孤児院からの闇売買が二人、デリックが連れてきた赤毛の女性だけは少し事情が違った。
彼女は元男爵の娘で子爵に嫁いだのだがそこで子爵の策略に嵌まり行方知れずの扱いになっているらしい。詳しいことは彼女が落ち着いてから確認しよう。明日までに故郷に帰りたい者は申し出てもらう。
今日は地下の牢屋で過ごしてもらうことも話した。
金髪男子は何やら文句を言っていたがそこは我慢してほしい。まだ店の方が工事中で二階には上がれないからだ。明日には上がれるようなので皆で移動を開始する。家具のない部屋もあり掃除もしていないと夫婦から聞いているので、各自割り振られた部屋を掃除してもらうことにした。家具は簡易なものをこちらで用意すると話していると最後の奴隷が到着したとの連絡が入った。ヨゼフさんと警備を残して正面玄関に向かう。
なにやら屋敷正面の庭でざわついている。
警備の者たちと口論になっていた。慌てて現場に駆け寄ると荷台に乗せられた檻の中に黒い動物が見えた。死んでいるのかと思うくらいピクリとも動かない。少しだが腐敗臭も漂っている。
あの憎たらしいお貴族様は来ていないようだ。御者たちに尋ねるとアクシス侯爵には荷台の荷物と引き換えに骨董品を受け取るようにとだけ言われたらしい。言っちゃ悪いがこんなおんぼろの荷台に骨董品を乗せたら絶対に破損する。御者たちが荷の中身を見て驚いていたくらいだからこちらに来る際にも揺れや衝撃を気にせずに来たのだろう。最初から麻布が被されており中身が何なのかは確認しなかったそうだ。かなりの重量があり乗せるときに難儀したという。引き攣った顔で檻を荷台から下ろし台車に乗せた業者たちは何処に運べばいいかを尋ねてきた。この様子では屋敷に入れるのも一苦労だろう。
「ねえ、フランシスさん。昨日晩餐会をした別棟に運んでもらってはどうかしら?」
「それはカミル様に確認しないことにはどうも…」
「カミル区長には私からお願いしておくから、いいでしょ?」
柄ではないがお願いポーズで上目遣いにフランシスさんを見つめる。
すぐそこの別棟の方が扉も大きいし数段上ればいいだけだ。あの獣のためにも絶対にその方がいい。
フランシスさんは仲良くなった警備の人だ。骨董品を売りつける貴族の選定作業に忙殺されていた合間にお馬さんにでも癒されようと厩舎に訪れた時に出会ってお近づきになった。癖っ毛・童顔で可愛らしいのに二十歳を超えているという。素直な性格でいじり甲斐のある人物であることは確認済みだ。これで首を縦に振ると踏んでのお願いポーズである。
「はぁ、、、、約束ですよ、きちんとカミル様にお話ししてくださいね。」
おお、やっぱり美人って得だわ。
顔を赤くしたフランシスさんに腹が立ったのか御者たちが舌打ちをしている。騒ぎに駆け付けたメイドの一人に別棟の鍵を開けてもらい、そんな御者たちにも笑顔を振りまいて丁寧にホールの隅に運ばせた。アクシス侯爵に骨董品は後日こちらからお届けに上がる旨を伝えてもらうことにして御者たちを返す。
メイドに厚めの毛布を数枚と水を持って来てもらうようにお願いしてフランシスさんと檻の中を観察した。
「息はあるようですが、かなり衰弱してますね。とてもじゃないけどこの檻からは出せそうにないですよ。どうします?アリス様。」
「この檻を分解できないかしら?ほら見て。金具で固定されているわ。何か工具はないの?」
「庭師のジローなら持っていると思います。ちょっと探してきますね。」
ん?次郎?二郎?ジロウ?
またもや和風名称だ。私の戸惑いも気にせずフランシスさんは素早く出て行った。入れ替わりにヨーコさんとロリーズが毛布と水を持ってやってきた。
「いやだ、始祖じゃないの。しかも汚いし死にかけてるじゃない。」
「滅多なことは言わないの、ティナ。アリスさん、毛布を持ってきたわ。彼の傷んでいる部分にポーションでもかけたらどうかしら?少しはましになると思いますよ。」
ロリーズにはこの獣が始祖だとわかるのだろうか。
私にはクロヒョウにしか見えない。変身とかしてくれれば昔のアニメそっくりなのに。窮屈な姿勢でぐったりしている獣の口元に水を付けてみるが全く反応がない。そうしているうちにフランシスさんが工具箱を持った庭師を連れてきた。この爺さんは庭師だったのか。
「すみません、こちらの檻の分解をお願いできますか?」
ジローと名乗った庭師は私が言い終わらないうちから可哀想にとつぶやいて工具箱からドライバーのような物と金槌を取り出し、衝撃を与えないようにして作業に取り掛かった。
なんかめちゃ簡単に取れたんですけど。さてはこの庭師もやる口だな。ここの使用人はみんな神か!
ロリーズにクリーンをかけてもらった始祖をフランシスさんほか警備の面々が素早く毛布に移し替える。さながら救命士のようだ。警備の一人が手持ちのポーションを傷口に振りかける。ジュクジュクとした怪我は無くなったものの、禿げている部分や骨の見えているところは治らない。
「ひどいことをするもんだ。」
ジローさんは少し涙ぐみながら始祖の頭を撫でている。
たぶん始祖って知らないんだろうな。ペットか何かだと思っているはずだ。自然や動物を愛する優しい人なのだろう。
「このままだと本当におっ死んじゃうわよ。どうするのよ、アリス。」
腕を組みながら始祖を眺めるティナも言葉とは裏腹に憐みの表情を浮かべている。
リィナは無言でジローさんと並んでしゃがんでいた。あのバカ貴族、始祖が虫の息だって知ってて送り返してきたんだわ。絶対に助ける!――と言っても私には魔法も使えないしこれ以上の高級なポーションを買うお金もない。背に腹は代えられない、一番イヤな奴にお願いしてみよう。
「いらっしゃいませ!」
笑顔で迎えるホテリエたち。
そう、ここはヒイラギ亭だ。フランシスさんに馬車を飛ばさせて来たのだが腹黒はいるだろうか。ここの従業員は私の事を知っているのでクラウンにでも会いに来たのだろうとそのまま通してくれる。奥に行きかけた時に立ちはだかる者がいた。
「どうされました?当店には泊まってないようだが。」
顔をひくつかせたジェームスだった。
私に対してあんまり敬語使わないな、こいつ。ホテリエとしてどうよ。構っている暇はないので腹黒がどこにいるのか聞いた。
「あいにく出掛けておりますよ。もうお帰りくださいね。」
強引に回れ右をさせられ肩を掴まれた。
ぐいぐい押してくる。いいのか、客にそんな態度で!ジェームスの手をするりと抜け出し、腹黒の執務室を探す。またジェームスに捕まる。またかわす。そんな攻防を繰り広げていると後ろから声が掛かった。
「アリス嬢、お久しぶりですね。どうされましたか?」
嘘くさい笑顔を貼り付けた腹黒の登場だ。
久しぶりじゃないだろ、昨日も会ってるし!露骨に嫌な顔で睨みつけると腹黒はジェームスを下がらせて執務室へと案内してくれた。
「で?要件は何ですか?」
腹黒らしからぬワイルドな感じでソファーに座り込むと値踏みするように私を見てきた。
なんとなく私が言いたいことはわかっているような気がしてならない。何でもお見通しなところがムカつくけれども!
「獣人の始祖が死にそうなの。ポーションをかけてもマシになっただけでどうしていいかわからないのよ。お願い、なんとかして。」
顔の前で大きく手を叩き、目を瞑って腹黒を拝み倒した。
しばらくしても何の反応もない。恐る恐る片目を開けてみると真顔で腹黒がこっちを見ている。何か間違えましたか、私。
「おぼっちゃんにも言ってますけど、私にそんな義理はありませんから。何故お願いばかりするんですか?始祖を救ったところでおぼっちゃんが国王になれますか?何も関係ないでしょう?それに私に何の得があるって言うんです?」
うんざりとした表情の腹黒はもう顔を背けていた。
それはそうだ、何の関係もない。始祖が死んだらあのクソ貴族がニンマリするだけだ。いや、それはマズいのでは?クソ貴族が今回のクラウンの行動を漏らしたら?ちょっと雲行きが怪しくなる。それは避けなければならない。
「回りまわってクラウンが追い詰められちゃうかもしれないのよ!バタフライエフェクト知らないの?お願いだから!何でもするから!」
とにかく頭を下げまくった。
もちろん必死なのだがそこに演技も加味させてもらう。
「何でも、、、、ねぇ。では貴女のスキルを一つ譲渡していただけませんか?それなら助けてあげてもいいですよ。」
またあのいやらしい微笑みだ。
確か魔族同士ではスキルを奪えると話していた気がする。譲渡なんてそんな簡単なことでいいのだろうか。また決闘をするのか?絶対に何か裏があるに違いない。腹黒が欲しいと思うようなスキルを私が持っているとは考えにくいからだ。何せ目の前にいる男はとてつもなく強大な力の持ち主なのだから。
断るのもアリだが代替え案が思いつかない。あの獣を救いたいのならば素直に従った方がいいのだろう。渋々だが了承することにした。
「スキルって言っても私は自分が何のスキルを持っているかわからないわ。逆に何が欲しいのよ。【魅了】だったらありがたいけれど。」
「残念ですがそちらは必要ありません、そんなもの無くても間に合っておりますので。そうですね、では貴女に選ばせてあげましょうか。」
さらっと“俺カッコいい”って自慢してない?
そりゃモテるだろうけれども!
不敵な笑みを浮かべた腹黒は私の持っている四つのスキルを提示してきた。
【仮説立案】
【★順応】
【未来視】
【ソウゾウ】
聞いたことがないスキルがある。【仮説立案】と【未来視】だ。こんなスキルを持っていたなんて知らなかった。仮説立案なんて営業か!もしかしたら論理的思考やプレゼンなどのスキルも所持しているのかもしれない。前回プレゼンと言う名の小芝居しましたけど。だいたいRPGにこんなスキルは要らないでしょ。物理と魔法と補助系スキルでしょ!
「決めかねますか?私が決めても?」
「ちょっと待って!だったら【未来視】を渡すわ。」
「、、、、意外ですね。他の意味の分からないものを差し出すかと思いましたけど、いいんですか?まだスキルに魔力が通っていませんが後々役に立つかもしれませんよ。」
腹黒は目を細めて私に問いかけてくる。
【★順応】と【ソウゾウ】は絶対に譲れない。消去法で行くと【仮説立案】だろう。
「未来視って言ってもどれくらい先の事かわからないじゃない。数秒だけ先のことかもしれないし何年か後かもしれない。そんな不確定な情報なら見えない方がましだわ。未来は自分の力で切り開いていくものよ。」
めっちゃ臭いセリフを言ったけれども、現実世界では未来なんてものはわからないのが当たり前だ。
それにいつの事かわからない内容に振り回されるのもごめんだ。だったら仮説立案の方がよっぽど役に立つ。もう使っているのかもしれないけれど。
「はぁ、私にとっては一番不要なスキルですね、興味もないですし。まさかこれを選ばれるとは、残念です。貴女は喜んで残しそうな気がしたんですがね。」
「もう!要らないんだったらこの件は終わり。早く助けに行きましょう!」
急ぎ部屋を立ち去ろうとした私の肩を腹黒が掴む。
何をするんだとばかりに振り返った私の視界に入ってきたのはあの縦長の瞳だった。
「約束は約束です。守ってもらわねばなりませんよ。」
拷問の時と同じ雰囲気だ。
反射的に腹黒から距離を取る。本能がヤバいと感じ取った瞬間にあのSE音が鳴った。こめかみにじわりと汗がにじむ。
「な、なんなのよ。」
「何って、スキルをいただくだけですよ。何を怯えてるんです?」
笑いながら手を伸ばし近づいてくる腹黒からは何とも言えない忌まわしさが漂っている。
後退りする私の背中に執務室の壁が当たった。もう逃げられない。腹黒の大きな手が私の顔面を掴んだ。そのまま壁に押し付けられる。
「さあ、今度はどんな声で鳴いてくれるんですか?あの時のお遊びよりも激しくなると思いますよ、ふふふ。」
ギリギリとこめかみを締め付けられる。
痛いというレベルではない。もう腹黒の指が頭蓋骨にめり込んでいるかのようだ。声よりも先に泡や涎が出てくる。そのままずるずると壁伝いにしゃがみ込んでしまった。全身に倦怠感が漂い抵抗する力が出ない。何度も突き刺されるような鋭い痛みが胸から頭にかけて走る。まるで脳天からズルズルと心臓を引き抜かれている感覚だ。腹黒の声も聞こえないくらいにSE音が鳴り響いていた。
「はっ!、、、、どうなってるの?」
慌てて飛び起きたら、どうやらソファーに寝かされていたようだ。
息が上がり全身びっしょりと汗をかいている。胸の方は鈍痛程度だがまだ頭は掴まれたように痛い。腹黒は向かいのソファーで脚を組んでこちらを見ていた。
「面白くないですね。もっと絶叫してもがき苦しんでくれるかと思ったんですけど、、、。力加減を間違えましたかね。魔力の通っているスキルならもう少し楽しめたかもしれません。」
ため息をついて視線を遠くに移している。
ヤバい。スキルを奪われることがこんなにも痛いなんて思わなかった。“ハイ、どうぞ”的なものではなかったのだ。スキルを賭けた戦い自体が危険なものだと認識していて、譲渡はオマケみたいなものだという考えが甘かった。そんな取引を腹黒がする訳がない。最初に感じたヤバ感はこれだったのか。きっと腹黒はそれを知っていて私に教えなかったのだろう。
あの拷問といい今回の事といい、腹黒は何故私を恐怖に陥れようとするのか。
大方は恐怖に対する【★順応】の調査というところだろう。多分レアスキルで特性がわからないからだと思う。だいたいの察しはついていると思うので腹黒にとっては半分以上が遊びだとは思うのだが。でもお陰でこちらも拷問と聞いてもスキル奪取と言われても今後は落ち着いて対応できる気がする。と言うか、強姦同様絶対回避事項だ。
「さあ、時間も惜しいので行きますか。」
完全に固まっていた私に腹黒から声を掛けてきた。
そうだ、どれくらい気を失っていたのだろう。長時間ならフランシスさんも探しているだろうし、第一獣の命が危ない。
「そんなに時間は経ってませんよ。力加減を間違えたって言ったでしょう?さ、こちらから出ますので着いてきてください。」
心を読むな!
執務室にある休憩室へ続く扉に消えた腹黒を追う。ふらふらとしているが歩けないことはない。でも確か休憩室には外に通じる扉なんてなかったはずだ。攫われたときに見覚えがある。天井にはファンが回っていて窓しかなかったと記憶している。
部屋に入ると腹黒は壁に手をかざしていた。
「こっちには出口は無い――え?!」
私が言い終えるまでに腹黒が壁をすり抜けた。
マジか!偽装の魔法か何かか!ホロか?後に着いて恐る恐る手を伸ばしてみる。壁にめり込んだ、と言うか壁の感触がない。思い切って歩みを進めた。
「うわ~、すごい。」
本当に外に出たのだ。
振り返って壁を触ったがもう硬くなっている。窓からは先ほどいた休憩室が見えた。
「こんなことくらいでいちいち驚かないでくださいよ。」
舞い上がっていた私に水を差すような腹黒の声がする。
見ると白衣を着て如何にも医者が持ちそうな黒のがま口風バッグを持った老人が立っていた。いや、腹黒だ。
「どうして毎回ジジイなのよ!」
「アリス嬢は口が悪いですね。貴女には一瞬しか見えてないのですから別にいいじゃないですか。」
「気持ち的によくないわよ!」
「お元気になられたようで何よりです。では参りましょうか。」
穏やかな風が腹黒の髪をふわりとなびかせる。
少し乱れた髪を耳にかけにっこりと私に微笑んだ。その笑顔には騙されませんから!脳内カメラには残しますけど!!




