“メイド喫茶”と“執事カフェ”
カミルが帰ってくるまでヨーコさんに延々と被服創作について語られてしまった。
そういうことに全く興味がない私は心を無にするしかなかった。お陰で少し悟りを開けたような気がする。
「おいお前、ちゃんと俺の話聞いてたか?」
「だ、大丈夫よ、聞いてるわよ。」
そうだった、ここは応接室だった。
カミルだけが帰ってくるものだと思っていたらクラウンまで一緒だったのだ。応接室にはマリアさんに連れてきてもらったんだっけ。
ついついクラウンの“ええ声”に心を奪われていた。悟り後のナッシュの声は魂に染み渡る。嫌味しか言われたことないけど。
洗脳レベルのヨーコさんの説法から救い出してくれたのがマリアさんだ。
カミルの到着を知らせてくれただけなのだが、要するにそれまで私が軟禁状態にあったことを使用人たちは把握していなかったのだ。この家、大丈夫なのか?
マリアさんというのはこの屋敷のメイド長でヨゼフさんの奥さんでもある。職場結婚らしい。この時代背景で職場結婚はアリなのだろうか。
「とにかく了承を得られたんでしょ、次は場所よ。カミル区長には言ってあるんだけど目をつけてる物件があるのよ。そこを明日買収しに行きたいんだけど。」
紅茶を飲みながらちらりとクラウンを見たが私の回答に驚きを隠せない表情だ。
こんな顔も出来るのね。いつもむすっとして眉間に皺を寄せているイメージがあるから意外だった。
「ちょっと待って、アリス様。僕もさすがに公務が溜まってるんだよ。明日は無理だ。ただでさえ三日後に晩餐会も控えてるって言うのに。」
焦ったようにカミルが身を乗り出して話してきた。
忙しかろうが何だろうが身から出た錆だ。それに今までこんな使用人の数で晩餐会なんてよく開けたなと思う。まぁカミルが来られないならそれでもいい。
「だったら土地の評価額を教えて。そこから妥当な価格で交渉するわ。あと【鑑定】のスキル持ちを補佐に付けてくれたらカミル区長は要らないから話だけ先に通しておいて。」
「い、要らないって、ひどいよアリス、、、、。」
しれっと人の名前を呼び捨てにしやがったな。
公務公務と騒ぎ立ててはいるがハンコ押すだけマンなのでは?副区長にでも任せておけばいいのではないかと思う。そもそも副区長がいるのか知らんけど。
「俺はそんな話聞いてないぞ!」
「だから“カミル区長には話したけど”って言ったじゃない。だったらクラウンも一緒に来られます?」
少し声を荒げてしまった。
クラウンもクラウンで面倒臭い。王子なんだったらどんと構えていればいいのだ。会話の流れから話を察することくらいできるでしょうに。ああ、もう職場の使えないオヤジたちを思い出してしまった。イライラする。顔には出さないけど。
「あの差し出がましいようですが、私はスキル【鑑定】を持っております。よろしければご同行いたしましょうか?」
そっと私たちを窺うような眼差しでヨゼフさんが申し出た。
なんと【鑑定】スキル持ちだなんて、天は二物も三物も与えるのか。優秀な執事すぎる。思わず祈りのポーズでヨゼフさんを見つめてしまった。
「【鑑定】と申しましても、物品の価値くらいしかわからない下級のスキルですが。」
ヨゼフさんは申し訳なさそうに手を頭に当てていた。
それでいて謙虚とは出来すぎ執事か!ヨゼフさんの爪の垢を腹黒に煎じて飲ませたいわ。
「下級だなんてとんでもない!それで大丈夫です!やっぱヨゼフさんって神だわ。」
「何でコイツが神族なんだ。どう見ても人族だろ。」
クラウンがジト目で私を見てくる。
え?神様とか信仰されてないの?なんだか一気に場がシラケた感じがする。
「えーと、みんな教会とかで神に祈ったりしないの?仏様だったりする?神父とか牧師とかシスターっていないの?」
「信仰対象は聖霊だ。どうして他種族を拝まねばならないんだ。なんだ?魔族は神族を崇め奉っているのか?お笑いだな。」
またクラウンに馬鹿にされた。
ヒドイ。いつになったら優しい言葉をかけてもらえるのだろう。あの蔑むような眼つきも嫌いじゃないのでご褒美と言えばご褒美なのだが。何度も言うが、私はクラウンはアリだと思っている。腹黒のインパクトが強すぎるだけで私的には好みの範疇。断じて声がいいからではない。
どうやら精霊信仰というのは間違いないようだ。
人族が使える魔法の根源らしい。火やら水やら、ぶっちゃけ自然信仰のような感じだと思う。だから教会に行ったところで復活するわけでもないし怪我が治るわけでもない。もっぱら怪我などは薬草頼りのようだ。欠損はもう治らない。神族ならば“神の御業”とか何とかで治せるそうだ。おそらくスバルさんの言っていた光魔法の特権なのだろう。神族が門外不出にするわけだ。
ちなみに光の聖霊は極稀なので人族では回復の光魔法を使える者がほぼいない。使えてもハイポーションよりちょっと上かなくらいの程度だそうだ。
そう考えると私は聖霊には愛されてないのだろうか。あ、魔族だと根源は違うのかもしれない。腹黒に聞くのは癪だからそういう事にしておこう。
とにかく明日午前中にクラウンとヨゼフさんで商談という名の地上げに行く。
今日はクラウンと共にヒイラギ亭に帰ることになった。ギルド設立についての説明をパーティーメンバーにしてほしいという。きっとボルボあたりがごねているのだろう。胃が痛い。
帰り際にフードを取って挨拶をしたらカミルが硬直したまま動かなくなった。
ヨゼフさん曰はく、おそらくはその髪飾りが似合い過ぎて坊ちゃまのメーターが振り切った結果であろうと。自分でも似合っているとは思ったが、そこまで過剰反応するだろうか。現実世界では失神されることは無かったのでこれはこれで面白いと思う。カミルはいい手駒になりそうな予感がした。クラウンは相変わらず煮え切らない。似合っているならそうと言ってくれればいいのに目も合わそうとしない。“ええ声”で褒めてもらいたかったのにこれはこれで残念だ。
場所は変わってヒイラギ亭の個室お食事処。
本来なら楽しい夕食のはずが取調室のような雰囲気になっている。まあこのメンツでは楽しくはないかもしれないが、スバルさんだけが私の心配をしてくれているように見える。
もちろん尋問官はボルボだ。食べ残しのある肉の骨をこちらに向けてものすごい剣幕で睨んできている。
「なに余計なことしてんだよ!どうやってクラウンを誑かした?あ?お得意の色仕掛けか?さっさと区長諸共突き出してりゃ事は済んだんだ!」
「お得意の色仕掛けって、どっかの元皇女じゃあるまいし。それにギルド設立の何が悪いの?職安ギルドよ。ゆくゆくは三大ギルドなんて呼ばれるかもしれないじゃない。税金も徴収できるし何が不服なのよ。いい貢献だと思うわ。」
ふんぞり返ってお水を飲んでやった。
マーキュリーが青筋を立てているけど無視。
「職、、安ギルドって、、、、。」
スバルさんが驚いたように目を見開いている。
さすがスバルさん、目の付け所が違うわね。ここの冒険者ギルドでスバルさんと掲示板を見ていなかったら思いつかなかった案件だ。取り敢えず長期雇用・短期雇用・ド短期バイトなど何でも職を探せるし募集も出来るギルドだと説明した。危ないことはしない一般向けのギルドであること、商業ギルドのように税金も徴収出来ることなども付け加える。
「とにかくこの件は私に任せてちょうだい。ただ勘違いしないでよ、お膳立てはしてあげるけど軌道に乗るかどうかはカミル区長にかかってるんだからね。」
どや顔でボルボを眺める。
しばらくムスッとして俯いていたボルボだが、顔を上げてどや顔返しをされた。
「じゃぁお前が王都に残って区長をサポートしたらどうだ?俺たちと一緒に来なくても問題ないだろ。さっさとパーティーから外れてくれ。」
「そうですわ!それにこの宿に泊まらなくてもカミルの屋敷に泊めてもらったどうですの?色んな意味で都合がよろしいんじゃなくて?」
女狐にもどや顔をされた。
色んな意味とはどういうことだ、失礼な。でも確かに行き来するには時間がかかるし面倒臭い。それもアリかなと思う。王都でのんびり暮らすから、そっちは勝手に模擬戦まで視察だの修行だのなんでもしてくれればいい。
「わかったわ、じゃぁ今日から区長の屋敷に寝泊まりするわね。宿代ケチれてよかったじゃない。こっちも穏やかな気分でゆっくり仕事が出来そうだわ。」
腹黒に関わらなくて済むし、鬱陶しい男女とも会わなくて済むのなら願ったり叶ったりだ。
この世の知恵袋スバルさんと離れるのはちょっと残念だけれども仕方がない。異世界風のんびりライフといきますか。
とっとと侯爵邸へと向かおうと水を飲んでいるとクラウンと目が合った。
嫌な予感がする。
「では二週間で軌道に乗せろ。俺たちは晩餐会の後ここを発ち、隣街ローブッシュへ向かう。お前がこちらに到着するまでに領主との会合の段取り、近隣の村や平原の様子を確認しておくからお前は終わり次第すぐに合流しろ。いいか、これは命令だ。」
思わず噴いてしまった。
正面のスバルさんに盛大にかかる。スバルさん、ごめん。
みんなクラウンを信じられないというような顔で見ている。もちろん私もだ。たぶん“信じられない”という内容は個々に違うと思うのだが。
「に、二週間って晩餐会イベントも考えると実質十日ほどじゃない!」
「出来ないのか?だったら白紙に戻してカミルを突き出すまでの事だ。」
冷ややかな目で私を見つめるクラウン。
これってパワハラよね!ボルボとマーキュリーはしたり顔でこっちを見ている。
「わかったわよ、やればいいんでしょ!晩餐会まではあんたをこき使ってるから覚悟しなさいよ!明日、区役所で十時前に待ってなさい!」
ムカつくムカつくムカつくムカつく!
のんびりライフを妨害したクラウンにもそうだけど、ボルボとマーキュリーには頭に来た。どうせ出来っこないとか未達の時の処遇などを考えているのだろう。あの憎たらしい顔はそういったことを考えているに違いない。だったら受けて立とうじゃないの。俄然やる気が湧いてきたわ。
ガタリと大きく椅子の音を立てて食事処を出て行ってやった。
宿を出るとき腹黒に見られていたような気がするが、もう会話もすることはないだろうと無視することにした。
「あ~あ、私のスローライフ、、、。」
思わず声に出してしまった。
揉め事のない職安ギルドの長にでもなってのんびりできるチャンスだったのに。がっくりと肩を落としラハナスト侯爵邸まで行こうと歩いていると後ろに気配がした。
「はぁ、、、。何よ、暴発男じゃない。何で私を尾行するわけ?」
「暴発って何だよ!ハルバート様に言われなきゃ、誰がお前なんかと一緒に居るもんか!ただでさえ忙しい時間帯なのに勘弁してくれよ。」
あー、腹黒の指示ね。
そう何度も埒られてたまるかっつーの。過保護なの?
この子、なんていう名前だったかしら。ダニエル?ブラウン?もうどうでもいいわ。上司に無茶振りをされている点においては彼と私は同類だ。終始無言のままラハナスト侯爵邸まで送ってもらった。
「アリス~、アリスアリス!君から来てくれたんだね!嬉しいよ!!君は本当に美しい。きっと私のために聖霊様が遣わしてくださったんだ。これも思し召しだよ、結婚しよう!」
突然の訪問にもかかわらず歓迎してくれているのは有難いのだが、先ほどからずっとムズムズするような言葉を並べたてられている。
もちろん相手はカミルだ。応接間に通されてから膝を着いてずっと愛を囁かれている。どういう状況よ。
「カミル区長、迎え入れてくださったことには感謝します。でもいきなり呼び捨てってどうよ。」
「いいじゃないか、殿下がいないんだから。僕はね、君の名を呼ぶ度に胸がぎゅっと締め付けらるんだ。これが真実の愛ってやつかな。」
「ただの不整脈じゃないの?」
「あぁ、このままでは僕の心臓がもたないよ。あ、アリス!はぁぁぁ、ダメだ。君を伴侶にするまではハニーと呼ばせてもらうよ。」
カミルはそっと私の手を取り口づけをした。
不細工だったら絶対に蹴飛ばしているな。って言うか、全然私の話を聞いてくれていない。双子の事が好きなんじゃないのか。もうどうでもいいわ。
そして昼間に通された客室が今日から私の部屋になった。
とにかくこの企画は絶対に成功させてやる。絶対にあの二人に吠え面かかせてやる!
部屋に備え付けの紙とペンに思いつく限りやるべきことを書き留めておいた。もちろん日本語だ。誰にも読めはしまい。
翌日、定刻通りクラウンが区長前に現れた。
でもヨゼフさんはクラウンがわからなかったらしい。襲撃事件の時に数分間見たそうだが記憶が曖昧で思い出せないらしい。今の姿と同一かは定かではないそうだ。
たぶんクラウンの指にはめられているあの指輪のせいだろう。真眼持ちの私には緑の化身に見えているのだが、ヨゼフさんに聞いてみたら身なりはいいがどこにでもあるような特徴のない出で立ちだと言う。そのままでも王子様要素はないよとクラウンには言えない。きっと本人が一番気にしているだろうから。
ちなみにクラウンの剣についても聞いてみた。山賊に襲われたときに山賊の頭がクラウンの剣に反応したからだ。剣だけあの真っ黒のままだと王子だとバレかねない。答えはノー。鞘に丁寧な彫が施されているが高価な物ではないらしい。価値のわからない者はいい物だと思うかもということだった。
例の物件主には訪問を予告してもらっている。
不機嫌なクラウンと並んで歩く。後ろにはヨゼフさんがいた。一歩下がって着いてくるなんて、やっぱり執事の鑑だ。
結論から言うと買収は成功した、即戦力と共に。
そう、ここの夫婦を味方にできたのだ。味方と言っても料理人としてだけれども。
最初はお金を払ってさっさと出て行ってもらう予定だった。必要な家財道具以外を一式買い取ったのだ。特に店頭や倉庫に眠っている骨董品はヨゼフさんに鑑定してもらって、それ込みの価格を提示したらあっさりと手放したのだ。もちろん評価額は少なめに見積もっている。逆にこちらが儲かっているくらいだ。骨董品の価値をわからないにしても破格の安さなのに即決だった。理由を聞くとどこかの片田舎で食事処を営みたいという。そこであれば死ぬまででも使いきれない金額だそうだ。そこで私は閃いた、彼らを雇うということを。遅かれ早かれ料理人を雇いたいと思っていたのでこれは僥倖だ。
正式にはタダ働きしてもらう。買取金額以外は出さないが仕事をしてもらい、寝泊まりは自由にこの家を使ってもらう。このことについては二人の了承を得ている。この世界では引っ越しも一苦労らしい。田舎までとなると長距離を何台もの荷馬車で運ばなければならないし、天候にも左右される。店を出せるのであればと逆に乗り気になられた。
聞けば二人ともが料理を作ることが出来るらしい。得意分野も違う。これは使えると踏んだのだ。改築工事着工からお声掛けがあるまではヒイラギ亭に連泊するらしい。何故ヒイラギ亭なのかはわからないがありがたい事だ。
「お前は何を考えている。」
終始腑に落ちない顔のクラウンが話しかけてきた。
ここは区役所の会議室である。商談を終え、カミルに報告に来たのだ。私はまた紅茶かと思いながらカップを眺めていた。職員らしき男性が先ほど紅茶を持ってきたばかりだった。ヨゼフさんは直接ラハナスト侯爵邸に帰っている。
「お店を開くの。彼らを働かせるためのね。」
さすが区役所、紅茶の味がカミルの家と同じだ。
それくらいはわかる程度に味覚はある。いい茶葉を使っているのだろう。
「奴らは職安ギルドで職を見つけるんじゃないのか?」
「それもあるけど確実に利益を上げたいのよ。カミルが損したままだとモチベーションが下がっちゃうわ。だからカミル名義で店を出すのよ。」
「僕がなんだって?」
ちょうどカミルが仕事を抜けて会議室に来てくれた。
自分の名前が出て何事かというように席に着く。そこで改めて背筋を伸ばし二人の顔を見ながら満面の笑みで発表した。
「カミルがオーナーになって喫茶を出すわ。その名も“メイド喫茶”と“執事カフェ”よ!」




