カミル区長に丸投げ!
「ふわぁぁ。、、、、眠いわ。でもボルボに出くわさないなんて奇跡だったわね。てっきり待ち伏せされてがみがみ言われると思ってたんだけど。」
シャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かす。
絹のような白い髪はさらさらとすぐに乾いていった。クリーナーから黒づくめの服を出し装備していく。フードを目深に被って魔女風ありすの出来上がり。
このクリーナーを世に出せばめっちゃ儲かるのではないだろうか。洗濯屋とかも出来そうだし。もしやこの大きさ以上は作れないのだろうか。今度腹黒に聞いてみよう。
まだ早い時間とは言え、仕事し過ぎでとにかく眠い。
昨日は結局ラハナスト侯爵邸で夕食までいただいた。攫われた人たちの実家宛てに手紙を書いてもらうところまでやっておいたのだ。もちろん私は字が書けないのでノータッチだけれども。私と同じように読めない書けない子供が中にもいた。代筆はヨゼフさんにやってもらったのだが読めない書けない人にちょっとばかり仲間意識を持てた。しかしこの世界の識字率はどうなっているのだろう。最初の頃、クラウンに学校とか孤児院などがあると聞いたような気もするが、この街にもあるのだろうか。
早朝の喫茶にはほとんど人がいなかった。
この宿は冒険者が泊まれるほど安そうには見えないし、お貴族様はまだ寝てるんでしょう。
フロントには腹黒が立っている。
鍵を渡すときに露骨に嫌な顔をされた。おそらく面倒ごとが増えたからだろう。そう言えば昨日はクラウンと帰った後にどんな対応をしたのだろうか。どうやってパーティーメンバーに結界を張ったのか。色々と聞きたいけど聞けない。クリーナーの事も聞けない。目が怖い。
「あ、あのさ――」
「アリス嬢、ラハナスト侯爵邸に行かれるのでしたら彼を連れて行ってください。道案内させます。」
うわ、被せてきた。
大した事させてないじゃん、そんなに怒ることですか?まぁ、その顔もカッコいいんだけれども。ってか、何で?何で色々された相手に対してカッコいいとか思うの、私。普通は顔もみたくないってなるでしょ。ボルボくらいの立ち位置のはずでしょ。私、洗脳されてない?
舌打ちが聞こえた。
顔を上げると既に腹黒はいなくなっており、代わりにあの暴発男ジェームスが立っていた。めちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。コイツが舌打ちの犯人か。
「ハルバート様の命令じゃなきゃ、お前なんかと歩きたくないんだけどな。この泥棒猫が。」
これは絶対に腹黒の私に対するささやかな嫌がらせだろう。
痛いのも嫌だけど、こう地味に精神を削られるのも勘弁してほしい。この歳になったから受け流せるけど若い子はキツいんじゃない、こういうのって。それに泥棒猫って何よ。昭和か!
「言っときますけど、私、支配人の事何とも思ってないんで。ライバル視するのは勝手ですけど、憶測で物を言うのは止めてもらえます?迷惑なんですけど。」
あー、言っちゃった。
波風立てたくはないって思っていたんだけど、言いたいことは言うのが私のモットーなんで。空気は読みますけど。
ジェームスは怒りのオーラを纏っている。お客様の手前、抑えに抑えているのだろう。そりゃ怒るよね、やっぱ言わなきゃよかったかな、ごめん。
早朝の中通りは静かだった。
大通りからは運搬業者の馬車の音がかすかに聞こえてくるがここはひっそりしている。ジェームスはすぐにベッドタウンの方へと曲がりかけたがお願いして出来るだけ中通りを通ってもらうようにした。もちろんいい買収物件がないか確認するためだ。出来ることなら冒険者ギルドの近くに新設ギルドを構えたい。
「よくもまあ堂々と魔族の格好をして歩けるよな。どんな神経してんだよ。」
手を頭の後ろで組んでジェームスは蔑むように言い放つ。
そう言われてもフードを被っているし問題なくない?ニオイで分かるわけでもあるまいし。
「見る人が見たら真の姿なんて一発でバレるんじゃないかしら?」
「馬鹿を言え!ハルバート様が掛けてくださっているんだ!バレるはずがないだろ!」
あー、これアホなやつだわ。
ジェームスの事だなんて一言も言ってないのに。腹黒も手抜きよね。角と耳としっぽだけ誤魔化してるだけじゃない。どうせなら別人級にしてあげたらいいのに。背は低いわ、見た目は普通だわ、特にいいとこなしって感じね。でもまあ乙女ゲーみたいにむやみやたらにイケメンがいても困るか。
「何見てんだよ。」
全部見てます、ははははは。
侯爵邸近くまで来るとジェームスはさっさと帰ってしまった。
お礼を言って別れたけれども、どうせならインキュバスが普段どういう生活をしているのか聞いておいたらよかったと後悔した。インキュバスだと聞いたわけではないが十中八九そうだと思う。似た種族だから何か魔法を使える糸口になったかもしれないのに。
インターフォンを鳴らし侯爵邸へと入る。
朝早いにもかかわらずヨゼフさんが快く応接室に案内してくれた。なんとなく昨日よりも屋敷全体が綺麗になった感じがする。キョロキョロしているとヨゼフさんがにこやかに話しかけてきた。
「アリス様、気付かれましたか?あれからティナさんとリィナさんがお掃除を手伝ってくださいましてね。」
どうやらロリーズたちは危機感を覚えてか自ら掃除役を引き受けたという。
二人とも“クリーン”の上位互換の“ハイクリーン”を習得しているらしく今まで掃除をしたことのない場所までも綺麗にしてくれたそうだ。疲れたから今日は起きるまで放置しておいてほしいとのこと。やっぱりこの屋敷で掃除してないところはあったのね。
使えるやつらじゃん、ロリーズ。会話が終わるころ昨日の若いメイドが紅茶を持ってきた。さすが侯爵家のメイド、所作が綺麗。そう言えば腹黒も綺麗だったな。
メイドが下がりかけた時にちょっと疑問をぶつけてみた。
「みなさん、私が魔族であることに対して何かしら思うところはないのですか?」
一瞬、間があった。
メイドがヨゼフさんの顔を見ている。発言してもいいのかどうかを窺っているのだろう。ヨゼフさんが無言で頷くとメイドは話し出した。
「カミル様は本邸でもいつも色々なご友人をお連れになっていましたから。でもアリス様はその中でも飛び抜けてお綺麗で、先ほどもみんなでアリス様のお話をしていたところだったんですよ。」
顔を赤らめて話すメイドはヨゼフさんが目配せをするのを見て慌ててお辞儀をして退出した。
「アリス様、ヨーコが大変失礼をいたしました。ご気分を害されてはおりませんか?」
「全然大丈夫ですよ。逆に魔族嫌いじゃなくて良かったと思ってます。」
それより、何?ようこって。
メイドの総称じゃないよね?洋子?妖狐?ヨーコ?日本人か?でも見た目はバリバリ赤毛のアンなんだよね。
しょうもないことを考えているとカミルが入ってきた。
屋敷中を動き回るロリーズを見て昨日は幸せだったという。よかったですね。
「手紙は出してもらえた?お迎えは早い方がいいからね。」
「ああ、その件なんだけど、ちょっと相談したいことがあってさ。」
カミルは困った様子で手を首に回している。
お前もするのか!首を痛めているようなイケメンポーズを!眼福か!――写真写真と。腹黒には遠く及ばないがカミルもイケメンだ。脳内カメラに収める。
どうやら攫われた人の中に戻る家がない人がいるらしい。
だがそう言うことも想定内なので特に驚きはしない。それに対してはちゃんと対策を考えてある。無双するって言ったでしょ。
「帰りたくない人はそのまま働いてもらうから今は放っておいていいわ。それよりも先に事務員を確保したいの。カミル区長みたいにあぶれちゃってる三男坊あたりの知り合いっていないの?出来れば文系がいいんだけど。」
「ひどい言われようだな。居なくもないけど、何人くらい?」
「そうね、五人は欲しいわね。」
窓口に三人、中に二人。
一般募集だと時間がないし、いい人材が見つかるとも限らない。カミル区長の知り合いなら教養がありそうだし事務員には持って来いだろう。ただ貴族だった場合、窓口業務に支障をきたしかねない。あくまでも接客業だから相手を見下されると困る。人当たりのいい気さくな貴族なんているのだろうか。ここはカミル区長のチョイスに任せるしかない。
「あとギルドの候補地なんだけど、区役所の並びに大きな倉庫があるデカい店があるよね。あれ、買収して。」
紅茶を飲んでいたカミル区長はものすごい勢いでむせている。
口からブーって吐かないところは貴族っぽい。お上品なのね。
「はあぁぁ??あそこは老舗の骨董屋なんだ、立ち退くわけがないだろう。それにそんなお金持ってないよ。」
「そうかしら?外壁はぼろぼろだし、窓枠には埃がたまってるし、まともに商売をしようと思ってるのかしらね。私だったらうまいこと言って安く買い叩くわ。」
先ほどジェームスと店の前を通った時に確認している。
あれは絶対にやる気のない店だ。ジェームス曰はく、先代は大層な目利きの持ち主だったが息子夫婦は全くと言っていいほど骨董品に興味はなく、商品や店の手入れを一切していないそうだ。当然商品の仕入れもしていないし、倉庫が空になれば店を畳むだろうと噂されている。だったらあそこ以上にいい物件はない。店舗の上もマンションのような居住区があった。至れり尽くせりではないか。
なのにカミル区長は煮え切らない態度で顔を曇らせている。ホントに商才があるのかいささか疑問が残る。
「じゃぁ交渉は私がするからカミル区長はついてきてよ。」
「、、、、、。」
「ひどい!エルフのお願いは聞くのに私のお願いは聞いてもらえないの?攫ってまで私の事が欲しかったくせにクラウンの所有物だって分かったとたんに冷たいのね。」
少し俯き加減で声を震わせるとカミル区長は慌てふためいて即答で了承してくれた。
ちょろいな。ニヤリとした悪い顔の私はヨゼフさんとバッチリ目が合ってしまった。少し吹き出しそうにしている彼の様子からして、こういうかわいい騙しはオッケーなのだろう。
「それとさ、建築とか改築ってここではどうするの?一から作り直さないとダメなの?」
何事もなかったかのように話しだす私を見て目を白黒させながらもカミル区長は丁寧に回答してくれた。
結論から言うと《耕作》の魔法適性が高く【建築】や【土木】のスキルレベルが高い人物であればあっという間に出来るそうだ。もちろん純血人族でも居ないわけではないが主にドワーフに多いらしい。適任者をそこは顔の広いカミル区長に探してもらうことにした。
“カミル区長に丸投げ!”って言う番組が作れるくらいに丸投げしているのだが案は私が出しているのだから問題はないだろう。
何故なら根本的な原因はカミル区長だし、自由に出来るこのゲームシステムにも問題があると思うからだ。私の取っている行動が問題なのであればクラッシュ&ビルドで製作者が解決すればいい。あくまで私は厚意でテストプレイをしているのだから。半ば強制的ですけれども!
「取り敢えずそろそろ時間だから僕は区役所に行くよ。ギルド長たちを待たせるわけにはいかないからね。よかったら昼食食べてって。」
カミル区長はとても爽やかに手を挙げて部屋を出て行った。
この辺りの地価や相場を聞いたり予算立てなどを話し合っているともう正午を回ってしまったようだった。区役所の会議室での会談の時間が近づいている。クラウンは直接向かっているはずだ。
ギルドのシステム的なものは使い回せるようなのでそれを使用する。
プレートだけは色が被ると厄介なので色を混ぜてグリーン系にしてもらう事にした。創設者クラウンのイメージカラーってことで。
あと依頼の手数料内訳は商業ギルドのようにギルド側の取り分と国への納税分とで構成してパーセンテージを出してもらう。ちなみに冒険者ギルドでは税金を取っていない。税金に当たる部分はそのギルドのある地域の公共事業に当てられているという。流行ってない冒険者ギルドの街では十分な政策が行われないって訳か。そもそも冒険者ギルドが無かったら政策も何もあったもんじゃない。だから孤児院とかも無くて識字率に偏りがあるのだろう。
「アリス様、食堂に参りましょうか。」
ヨゼフさんに連れられて食堂へ向かう。
その間、誰ともすれ違わなかった。従業員少なすぎでしょ。警備、ザルでしょ。
食堂ではロリーズが食事を摂っていた。
「ちょっとーーー!こんな葉っぱばっかりのサンドウィッチ食べられるわけないでしょ!肉はないの?肉は!!」
「ティナ、好き嫌いはいけませんよ。大きくなれません。」
「だってリィナ、私たちが食堂まで来てあげてるんだよ。好きなものを出してくれて当然だわ!」
いつでもうるさいのね、この子たち。
関わり合うと面倒なので軽く会釈だけして席に着いた。また文句を言われると思ったのかうんざりした表情で給仕(おそらく料理人の手伝い)がサンドウィッチを運んでくる。
「お口に合うかどうかわかりませんが。」
明らかに棒読みのセリフだったので喧嘩を売っているのかと思ったくらいだ。
でも仕方ないだろう、姫ロリが散々ケチをつけているのだから。私は元々舌バカだから何でも美味しいと思える。それにこのVRMMOでは全部味が薄く感じてもはや美味しい不味いがわからない。
終始うるさいロリーズを横目に綺麗に完食した。
野菜は新鮮でシャキシャキしていたし玉子もふわふわで良かったのではないかと思う。何に文句をつけているのだろう。
視界の端に唸り声をあげて飛び掛からんとする犬のような姫ロリを入れながらも紅茶で一息ついていると、あのヨーコというメイドが声を掛けてきた。
「アリス様、旦那様が戻るまで時間がございますのでお部屋へご案内するように申しつかっております。」
犬の遠吠えを聞きながらそのままヨーコさんに連れられて屋敷内の一室まで来た。
広い。広すぎる。ベッドまであるってことはお泊り部屋なのでは?身内や知り合いでもないのにこの豪華部屋はダメでしょ。普通の応接室でよくないか?
現実世界でも見たことのない部屋の広さに圧倒されている間に、ヨーコさんはまた紅茶を入れている。いい加減に茶腹になるわ!
「あの、流石にそんなに飲めないですよ。えーっと、、、。」
「私、ヨーコって言います!あ、ヨーコと申します。この紅茶は冷めても美味しいんですよ。旦那様がお知り合いの貿易商の方から買い付けているんです。」
特に要らん情報だな。
って言うか、なんか距離が近くないか?昨日は泣きべそかいてたくせに。何でこんなにグイグイ来るんだ?パーソナルスペースを守れ!ソーシャルディスタンス!
「アリス様は魔族ですよね?外ではフードを被られているんですよね?勿体無いです!とても美しいのに!」
「いや、あの、ヨーコさん?近い、近いです!」
「もしよかったらヨーコお手製のシニヨンカバーを着けてみませんか?角がちょうどお団子みたいじゃないですか!普通の魔族の方って牛さんみたいな角なんですけどアリス様は巻き角で先が後ろにあるようですのでお団子ヘアみたいだなって。だから作ってみたんですよ!縁どってるレースは長めにしてあるんでお耳の先も隠せますし、ね、ね!!よくないですか?アリス様をイメージしてお召し物と合うように徹夜で作ったんですよ!着けてみていいですよね?!」
なんだ、このマシンガントークは!
昨日は怯えてたでしょ?ドユコト?もしやカミル区長と同類?鼻息荒い!
無理矢理ドレッサーに座らされ、どこから取り出したのかわからないシニヨンカバーを半ば強引に装着させられた。なんだ、この怪力娘は!
「きゃー!やっぱり似合います!萌えです!尊いです!」
鏡越しに映ったヨーコさんは頬に手を当ててくねくねとわかめのように揺らめいている。
オシャレになった角を手で触りながら角度を変えて見てみた。なるほどめちゃくちゃ出来はいい。ラメの入った白い生地に黒のレースで中心部分に詰め物が入っている。少し平たい角をまるでお団子のように見せかけていた。レース幅が大きく耳に被っているので確かに特有の尖った耳が見えなくなっている。絞ったリボンは細い黒のサテンで甘すぎず今の私によく似合っていた。
「ねぇ、もしかしてだけど双子のロリ服もヨーコさんが作った?」
「はい!私、【裁縫】スキル10なんで!」
何となくそんな気はしていた。
あんなジャストサイズ、オーダーメイド以外に考えられない。でも仕立屋にエルフを見せるわけがないから誰かが作ったのだろうとは思っていたけれども!
なにか?ラハナストの使用人は一芸に秀でた人物を雇う方針なのか?普通に服屋やった方が儲かるんじゃないか?




