絶品ですね
クラウンがありすを抱えてラハナスト侯爵邸から出てくると、目の前に一台の馬車が停まっていた。
ドアにはヒイラギ亭のロゴマークが入っている。御者の男がクラウンを確認すると直ぐに馬車のドアを開けた。ヒイラギ亭の支配人ハルバートからの指示だと言う。
(またアイツか。)
向かいの座席にありすをそっと寝かせたクラウンは掴みどころのないユージーンの顔を思い浮かべていた。
クラウンとありすを乗せた馬車はヒイラギ亭の駐車スペースに停められた。
御者がドアを開けクラウンがありすを抱えて降り立つ。御者は勝手口から支配人執務室の前までクラウンを案内すると別れを告げた。
クラウンはそのままノックをしないで執務室に入る。
「おや、早かったですね。」
事務机に腰を掛けたユージーンがニヤニヤと笑っている。
クラウンはユージーンの方を一度も見ずにありすをソファーに寝かせた。ありすの首に手をやりまだ脈があるか確認する。
「呼吸が浅いし起きる気配がない、、、、、何とかしろ。」
苦しそうなありすの顔を見つめながらユージーンに命令した。
ユージーンはひょいと机から降りると呆れた様子で腕を組んだ。
「それが人に物を頼む態度ですか?王になる事に協力するとは言いましたが、彼女を救うことがそれに直接関係ありますか?このまま私にいただけるのなら話は別ですけれども。」
「お前も何かがあると思って使いを寄こしたんじゃないのか?だったら俺が頼む事も想定内だろ。コイツは俺の三年分の命なんだ。無駄には出来ないしお前にはやらん。」
両者は睨み合ったままだ。
静まり返った執務室に喫茶にある柱時計から十時を告げる音が聞こえてくる。ユージーンはそっと目を閉じ何かを考えた後ゆっくりとありすに近づいた。
「今回だけですよ。こんなところで死なれると迷惑ですからね。」
その言葉を聞いて少し表情が柔らかくなったクラウンを尻目にユージーンは膝をついた。
ありすの状態を確認し顔の辺りの臭いを嗅ぐと少し顔を顰めて立ち上がる。
「これは『魔族殺し』ですね。」
「魔族殺し?何だそれは、聞いたことがないぞ。」
クラウンはユージーンと同じようにありすの顔の辺りを嗅いでみた。
ありすの甘い匂い以外何の臭いも感じられない。思わず自分のした行為にハッとなって赤くなった。
「魔族にしか感じ取れない臭いですからおぼっちゃんには無理ですよ。女性の匂いを嗅ぐなんて意外と変態ですね。」
「お前に言われたくはない!だから魔族殺しって何なんだ!」
変態扱いされたクラウンは肩を揺らして笑いを堪えているユージーンを小突いている。
先ほどまでバチバチに睨み合っていた二人とは到底思えない。ユージーンは目尻の涙を拭いながら説明を始めた。
「『魔族殺し』は神族の国にのみ自生している希少な植物です。葉や茎は大丈夫なんですがその小さな果実を口にすると低級魔族は死んでしまいます。果汁を薄めて使えば大抵は失神させることが出来ますので主に神族が魔族除けに使っていましたね。アリス嬢に付着しているのは希釈されたもののようですが量が多すぎます。通常の致死量を遥かに超えてますよ。本来は輸出を固く禁じられているのですがおそらくは神族がこそこそと交易品として売り出しているんでしょうね。蛮族共の考えることは恐ろしいです。」
ユージーンは大して恐ろしくもないような口振りで大袈裟なリアクションをしている。
低級魔族にしか効かないからだろうか。致死量と聞いたクラウンは青ざめている。
「コイツは大丈夫なんだろうな!」
「ええ、ちょっと危ないですけれども。まぁ、私の体液を飲んでいなければとっくに死んでますけどね。治療方法に関しては私に一任していただけますか?」
ユージーンは涼しい顔をしてありすを眺めている。
現状でありすを助けられるのはユージーンしかいない。クラウンはしぶしぶ頷いた。
ラハナスト侯爵邸二階の第一応接室では奴隷商たちがボルボによって縛り上げられていた。
軽い尋問を受けているのか髪の毛を掴まれたりデコピンをされたりしている。
その様子を覗いながらもヨゼフはカミルを落ち着かせるため取り敢えずローテーブルに座らせている。ありすが座らされていたソファーは唾液やらで汚れているし、重いローテーブルをカミルを支えながらでは動かせなかったからだ。
「坊ちゃま、お気を確かに。あの時もうダメかと思いました。ご無事で何よりです。」
「ぶ、無事なのか?本当に首は、、、、首は大丈夫か?斬れてないか?」
カミルは涙目になりながら両手で自分の首を何度も何度も確認している。
隣に座ったヨゼフはその手を握りしめ膝に戻しカミルの目を見て静かに語りかけた。
「坊ちゃま、今のところは大丈夫です。坊ちゃまはこの国に伝わる『盟約の儀』はご存じですね?私も目にするのは初めてです。『漆黒の剣にて首を刎ねられし者、王家に逆らうことかなわず。約束ごと違えることかなわず。違背されしとき首が落ちん。』この意味が分かりますか?」
人形のようにコクコク頷くカミルは概ね状況を理解しているようだ。
カミルの命はクラウンに握られている。もう逃げも隠れも出来ない。明日になれば罪人として投獄されるか死刑になるだろう。ヨゼフは深いため息をついた。
「やはり私がお止めすべきでした。全ての罪は私が被ります。私が坊ちゃまを唆した、王子殿下の所有物を奪おうとした、それが真実です。どうか私が捕らわれましたら責任を取る形で区長の職を辞して旦那様の元にお帰り下さい。廃嫡を免れることは出来ないでしょうが命までは取られることはないでしょう。それで幾分かは坊ちゃんに対する世間の受け取り方を変えることが出来るはずです。」
カミルに跪き頭を垂れる。
白髪混じりの頭、ほっそりとした首、屈んでいるからか随分と小さく見える。カミルは改めて今までどれだけヨゼフに迷惑をかけてきたのかを痛感した。
「いや、ヨゼフ。僕がいけないんだ。責任は取るよ。皆が父上に雇い入れて貰えるよう手紙を出したい。用意してくれるか?」
カミルはヨゼフの肩に手を置き微笑んだ。
その笑顔は寂しくも見え、不安そうにも見える。覚悟を決めるにはまだ時間が足りないようだ。
「おいおい、そこ!ごにょごにょうるせえな!尋問してんだから静かにしろよ。うまく聞き出せねーだろ!お前らもさっさと居場所吐けよ!」
突然ボルボが大声を出した。
カミルとヨゼフはびくりと肩を震わせ声の方向に目をやる。入口付近でボルボが奴隷商の頭を叩いていた。奴隷商たちの顔は腫れあがり血を流している。最初の頃のデコピンから比べるとかなり過激になっているようだった。
「それならクラン地区の歓楽街にある木賃宿ですよ。」
「こ、こら!ジジイ!黙れ!」
しれっと答えたヨゼフにボビーがいきり立った。
向かって行こうとするも後ろ手で背中合わせに拘束されているので団子になって倒れる。もがく二人をボルボが足で蹴りながら座り直させようとしていた。
「何をやってるんですの?こっちは片付いてますのよ。指示を貰えと言われたから足を運びましたのに。早くしてちょうだい!」
マーキュリーがキンキンした声で破壊された入り口から入ってきた。
腕を組み転がっている奴隷商たちを眺めている。奥にいるカミルを一瞥し、また視線を奴隷商たちに戻した。
カミルは信じられないものを見たような顔をしてマーキュリーを見ている。
ガクリと肩を落とし、俯きながら拳を握ると次第に小刻みに震え出した。ふらりとローテーブルから立ち上がる。
「マーーーキュリーーーー!!!貴様、この僕を嵌めやがったな!!」
「お止め下さい、坊ちゃま!!」
マーキュリーに殴りかかろうとするカミルの腹にヨゼフが必死にしがみつく。
二人とも勢いよく絨毯に倒れ込んだ。それでもカミルはヨゼフを引きずったまま匍匐前進する。
「坊ちゃま!殿下が従者たちに危害を加えるなとおっしゃったでしょ!いけません!」
なんとかヨゼフが抑え込む。
カミルはびくりと身体を震わすと顔を伏せたままうめき声を上げ、拳を絨毯に叩きつけた。
「何なんですの、気持ち悪いですわね。ボルボ、あたくしホールで待たせてもらいますわ。」
カミルに汚物でも見るような眼差しを残し、マーキュリーは立ち去った。
コツコツと規則正しいブーツの音だけが響いている。残されたボルボは天を仰ぎ片目を覆うようなポーズでため息をついた。
「あー、爺さん、コイツら逃がすなよ。宿の奴等を片付けたら引き取りに来てやるから。」
宥めるような口調でヨゼフに声を掛け応接室を後にした。
ヨゼフとカミルのやり取りに憐憫の情が湧いたのかもしれない。泣きながら動かなくなったカミルの傍でヨゼフは両手をついてうなだれていた。
メインホールの入口付近にはスバルの姿もあった。
屋敷の警備の者や護衛たちは粗方片付けたのだろう。マーキュリーはブーツをタンタンタンと小刻みに鳴らしている。かなりイライラしているようだ。階段を下りてきたボルボを見付けるとキッと睨みつけている。
「おいマーキュリー、勘弁してくれよ。勝手なことするなって言っただろ。俺に任せとけって言ったよな?」
「何のことですの?意味が分かりませんわ!」
マーキュリーは目を閉じツンとそっぽを向く。
何を話しているのかさっぱりわからないスバルは二人の顔を交互に見た。
「はー、まさか区長とマーキュリーが知り合いだったとはなぁ。」
「え?そうなの?」
驚いたスバルは“どこで?”“どうして?”などと質問攻めにしているがマーキュリーはだんまりを決め込んでいた。
「今度からは俺に相談してからにしてくれよ、お姫様。」
ボルボは事の発端はマーキュリーだと確信したようだ。
目を合わせないマーキュリーをじろりと睨んで牽制している。話の脈絡がわからないスバルはどことなくぎこちない二人の様子を探るような目で見ていた。
すると話は終わりだと一拍したボルボがメインホールの入口を大きく開ける。
「さぁ、今からクラン地区まで行くぞ。そこにいる奴隷商を全員ひっ捕まえるからな。」
ユージーンはソファーに寝かされたありすを眺めていた。
ありすは真っ青な顔で時折痙攣を起こしている。よく見ると口角にかさつきが出ており唇のふちに水泡が出来始めていた。
「あんまり血を飲ませても後が困りますし、解毒魔法でもかけてみますか。」
両手をかざすとアリスの身体が一瞬白く光ったように見えた。
ユージーンは首を傾げ、かざした掌を握ったり開いたりしている。しゃがんでありすに顔を近づけた。
「おかしいですね。毒は抜けたようですがヘルペスが治ってませんね。」
しばらく考え込んでいたが異空間から小瓶を取り出すとそれをハンカチに浸してありすの唇を軽く何回か押さえる。
以前ありすの身体を拭きとった時のあの白濁液のようだ。違いと言えば前のものより少しとろみがついているところだろうか。それはまるで乳液のようにありすの口角や唇をしっとりとさせた。水ぶくれも消えている。
ユージーンはありすの口の端を片手でつまみ口の中も確認した。口内炎のような状態になっている。
「仕方ありません、直接治してあげましょうか。唾液くらいならそんなに化けないでしょう。報酬もまだ貰っていませんし、お薬も少なくなってきましたから補充しておかないと。」
再度異空間に手を入れ今度は取っ手の付いた横向きの受け口が広い瓶を取り出した。
どう見ても尿瓶にしか見えない。ユージーンはベルトを緩めズボンのファスナーを下ろすとそれをもぞもぞとあてがった。そしてありすに自らの唇を重ね、むさぼるように口の中を舐め回す。そっと離した唇からは涎が糸を引いていた。
「これでお口の中は綺麗になりましたね。ではささやかなご褒美をいただきましょうか。」
ユージーンは再び唇を重ねると先ほどとは違い優しく舌を絡めていく。
そうしてありすの魂をひと舐めした途端、身体の芯が熱くなり雷に打たれたような衝撃に襲われた。声にならない声が唇から吐息とともに漏れている。次第に息が荒くなり身体中の全てのものが股間に集中するような錯覚を覚え、そうして我慢の限界を感じたユージーンはありすから荒々しく唇を離す。股間の広口瓶は満たされたようだ。
「あぁ、、、、、あなたの魂はやはり絶品ですね。お薬も最高級のものが採れましたよ。」
喘ぐように呼吸していたユージーンは愛おしいものを見るような眼差しでしばらくの間ありすを見つめていた。




