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それが答えだ

ヒイラギ亭のクラウンの部屋で三人の男が黙って座っている。

クラウン、ボルボ、スバルの三人だ。

少し前、息を切らせたスバルがクラウンの部屋をせわしなく叩く姿があった。なかなか返事のないドア越しからはボルボの声が漏れていた。

ようやく開けられたドアに転がるように入り込んだスバルはギルドでの経緯を早口で報告する。そして今この状況に至っている。


「どうして勝手に連れ出したりしたんだ。」


口を開いたのはクラウンだった。

氷のような眼差しでスバルを睨みつけている。


「そ、それは、アリスちゃんがあまりにも――」

「どうしてそんなにアイツに構うんだ。それとも何か?この事態はお前が仕組んだのか?」


クラウンはスバルの言葉を遮ってイライラをぶつけている。

口を閉ざしたスバルは事の重大さを改めて感じていた。しかしこの状況に嬉々としているのがボルボだ。“グッジョブ”と言わんばかりにスバルの肩をバシバシと叩いている。


「でもまさか王都で人攫いとはなー。やっぱ治安よくないんじゃねーかぁ?攫われたとなると王都外で売り捌かれるか、組織立っていなければ今頃姦されてんじゃねーか?()()()だからよ、ははっ。」


全く緊張感のないボルボはソファーにもたれ頭の後ろで手を組んだ。

そのままありすの処遇についてあれこれ列挙している。どれもこれも最終的にはパーティーメンバーから外し娼婦にすることばかりだ。


「黙れ、ボルボ。」


クラウンの一声で部屋が静まり返る。

ベラベラとしゃべっていたボルボは不満気味にため息をつくと腕を組んで目を閉じてしまった。


「スバル、支配人に王都の地図を借りてきてくれ。」

「え?さ、流石にそれは無いでしょ。」

「持っているはずだ。いいから早く行け。ボルボはマーキュリーを呼んで来い。今すぐだ。」

「へいへい。」


スバルは半信半疑で支配人の元へと向かう。

ボルボも重い腰を上げマーキュリーの滞在している階へと移動した。





数分後再びクラウンの部屋に皆が集い、地図を広げテーブルを囲んでいた。

マーキュリーは気だるそうにクラウンに寄り添っている。ありすが誘拐されたと聞いても特に何も感じていないようだ。

スバルは支配人が地図を持っていたことにかなり驚いていた。この世界では市街地の地図は貴重品である。それを基に他国に攻め込まれる可能性があるからだ。普通なら王都ともなると入手困難で主要機関くらいしか持ち合わせていないだろう。しかしながら支配人の持っている地図は城門の位置や貴族の住まいなど事細かに記されてある。流出すればこの国の一大事になり兼ねない。


クラウンは地図を前に【マッピング】を発動させるため意識を集中した。

ダンジョンよりも何百倍もの面積の王都をマッピングするにはかなりの魔力と集中力が必要になる。途中マーキュリーが腿に手をやったり寄りかかったりしたがクラウンは微動だにしなかった。

数分地図を見続けていたクラウンだが、不意に目頭を押さえ背もたれに身体を預け天井を見上げた。


「なぁ、スバル。馬車は左に曲がったと言ったな。」

「え、ええ。」


スバルの答えにクラウンは沈黙する。


「なんだよ、左だったらもう王都から出てんじゃねぇか?明日にしようぜ。」


探す気の欠片もないボルボは背伸びをしてソファーから立ち上がった。

頭をボリボリ掻きながらドアの方へ歩いていく。マーキュリーは相変わらずクラウンにべったりだ。二人ともありすの事はどうでもいいのだろう。


「アイツは今、ラハナスト侯爵邸に向かっている。」


クラウンのその一言にボルボは思わず立ち止まった。

スバルもまさかという顔をしている。マーキュリーだけは無反応だった。


「おそらく追跡を逃れるために敢えて回り道をしているんだろう。今から侯爵邸に向かう。アイツの奪還が優先だ。ただし相手は殺すな。全員生きて捉えろ。相手の身体の欠損は認めない、いいな。」


静かに言い放ったクラウンだが心中は穏やかではないようだ。

地図でラハナスト侯爵邸を確認したスバルはいち早く部屋を出た。クラウンもそれに続く。残されたマーキュリーは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。その様子をボルボは見逃さなかった。





ラズ地区大通りの一の門付近では衛兵や審査員たちが片づけを始めている。

各地区の門は早朝四時から夜九時までしか開かれていない。そろそろ閉門の時間なので梯子椅子を折りたたんで通用門の中に収納する準備をしていた。

二の門方面から割りとスピードを出している馬車の音に気付いた衛兵がランプを持って通りの真ん中に立った。ランプをグルグルと回し停車を呼びかける。この時間には駆け込みで出ようとする商人が一定数いる。事件や事故が起きても困るのである程度手前で停車させ荷物を改めたりするのだ。


停車させた馬車には御者と荷台にフード付きのカウルをつけた男性が乗っていた。

衛兵が近づき荷台を覗き込む。男性の膝を枕にし同じくフードで半分以上顔が隠れた人物が横たわっていた。白い長い髪がフードから覗いている。ありすだ。


「すみません、酔いつぶれちまったようで。急いで宿に戻るところだったんですよ。」


男性はフードを取り衛兵に話しだした。

顎髭を小綺麗に揃えている錆色の髪の中年で、商業ギルドのタグをチラつかせている。


「そうか、あんまり羽目を外すなよ。宿は何処だ?」

「ええ、そこのクラン地区を入った先でして。」

「わかった。あまりスピードを出すな。危ないし寝てるやつも余計に気分が悪くなるだろうからな。」


衛兵は荷馬車から離れると早く行けとランプをクラン地区の方向にかざした。

“どうも”と言い残し、中年男性はまたフードを被りなおす。御者に合図を出しその場を離れた。


荷馬車はそのまま大通りを走り続けクラン地区との境の壁のアーチを潜り抜けた。

すぐ先を左に曲がると突然御者が荷台の中年男性に向かって怒りだした。


「ガウディ!何やってんだよ、わざわざ顔出すなんて。それに“モノ“が起きたらどうするつもりだったんだ!」


ガウディと呼ばれた中年男性は後ろ手に縛ったありすの頭に麻袋を被せていた。

その上から液体を何度も何度もスプレーしている。


「怪しまれるよりマシだろ。それに通常の何倍もの量で眠らせてるんだ、起きるはずがない。」

「馬鹿野郎!その液体の成分がどんだけ高いか分かってんのか?『魔族殺し』だぞ!次いつ入荷されるか分かんねーんだからな!」

「細かいこと言うなよ、ボビー。仕方ないだろ、全然効かなかったんだから。いつもなら即効気を失うはずなんだけどな。お前が希釈間違えたんじゃないのか?ケチんなよ。」


ガウディは空になった入れ物を振りながら御者ボビーに文句を言った。

ひと瓶使うのには訳がある。実際ありすにこの液体を吹き付けてもあまり効果がなく、荷台でもかなり暴れられた。念のため直前に【沈黙(サイレント)】を掛けておいたので騒がれはしなかったのだが意識を失うことがなかったのだ。顔が濡れるくらいに吹きかけてようやく大人しくなった。それでもしばらくすると意識が戻るようでそれからは定期的に振りかけるようにしていたからだ。


「間違えるわけねーだろ、何年やってると思ってんだ。だとしたら『魔族殺し』の品質が下がったとしか思えねぇ。今度バイヤー(あいつら)に問い質さなきゃなんねぇな、ちくしょう!」


ボビーは手綱を握り、怒りをぶつけるように馬に鞭を打った。

中通りまで抜けるとまた左手に曲がり再びラズ地区へと向かう。壁のアーチを抜け目指すのはラハナスト侯爵邸だ。カミルとの約束の時間までに搬入業者専用の通用門に辿り着かなければならない。人気の少ない高級住宅街でボビーは慎重に荷馬車を走らせた。





ラハナスト侯爵邸の通用門を通り無事搬入用のガレージに到着したガウディとボビーは侯爵家家令のヨゼフに連れられ裏口に案内された。

ヨゼフはカミルとこの者たちとの繋がりを知る唯一の人物である。

長年クラン地区の本邸に仕えており侯爵子息たちの世話役でもあった彼は、カミルが区長になった時に自ら志願してこのラズ地区に家令として移ってきた。一番手のかかったカミルがかわいくて仕方がないらしい。もちろんカミルの性癖も知っている。


裏口からメインホール奥に到着するまでは誰ともすれ違っていない。

しかしカミルが待っているのはメインホール二階の第一応接室だ。このまま目撃されればガウディたちは終わってしまう。


「おい、爺さん、こんな状態で見回りにバレやしないのか?催し前に捕まるなんて御免だぜ。」

「それよりも重てぇよ、早くしてくれ。」


二人が小声でごねている。

荷馬車からずっとショルダーストラップの付いた丈夫な帆布担架でありすを運んでいるのだ。ありすは後ろ手に麻袋状態のまま動かない。


()()()()()()、静かにしてください。正面玄関には警備がいるんですから。あと少しでこのホールにも見回りが到着します。さぁ急いでください。」


ヨゼフは嫌味を言うとホール中央の階段をすいすいと上っていく。

ガウディたちは踊り場でいったん足を止め一息つくと家令(ヨゼフ)が進んで行った右手の階段を上っていく。

階段を上り切った直ぐの大きな木製の両開きドアの前にヨゼフは立っていた。

目的の応接室はここだろう。ヨゼフは二人が到着するのを見てドアをノックした。


「カミル様、連れて参りました。失礼しますよ。」


ヨゼフがドアを開けガウディたちがありすを運び込む。


「おぉぉぉぉぉ!よく来たなガウディ、待ってたんだぞ。早く、早くその魔族の娘をここに!」


カミルは大はしゃぎして手前のソファーをバンバン叩いている。

予め応接のローテーブルを奥のソファー側に動かしており、そのローテーブルに腰を掛け今か今かと待ちわびていたようだ。

ガウディたちは入り口付近でゆっくりと担架を下ろしありすを拘束していた布を解く。そのまま腕を抱え引きずるようにしてソファーに座らせた。


「旦那、こちらになります。」


ガウディは意気揚々とありすの麻袋を取った。

そのまま力なくソファーに倒れ込んだありすをを見てカミルは言葉を失った。ありすはピクリとも動かない。おまけに口から泡を吐いており白目をむいている。呼吸も弱弱しくパッと見た感じ息をしていないようにも見える。昼間見た美女とは程遠いありさまだった。


「どういうことだ!傷付けるなと言っただろう!」


怒りと不安とが混ざり合ったカミルは顔を真っ赤にしてガウディを怒鳴りつけた。

ガウディもありすの状態を見て一瞬ギョッとしたが、腕を組みニヤけた顔でカミルに向き合った。


「傷は付いてないでしょう、旦那。それにまだ生きてるじゃありませんか。ここまで連れてくるのにどれだけリスクを冒したと思ってるんです?夕方聞いて夜には届けろって無茶なお願い聞いたんですよ。感謝されることはあっても叱責を受けるなんて心外ですね。」


ガウディはくるりとカミルに背を向けて肩をすくめながら担架を畳んでいるボビーの方へと歩いていく。


「どうするんだ!このまま放っては置けないだろ!」


カミルはありすを指差し足を踏み鳴らして猛然と抗議した。

確かに傷は付いていないが死にかけているのだ。侯爵邸で魔族が死んでしまったとなれば厄介なことになる。そのまま闇に葬れるだろうが、ここには奴隷商たちがいる。この件であとあと脅迫されかねない。今まで対等な立場だったのが一気に不利な状況になる。

予期せぬ事態にヨゼフは双方の間でオロオロとするばかりだった。


「まあ、今日の分の報酬をいただいたら効きそうな薬をお持ちしますよ。別料金ですがね、はははは。」


奴隷商たちの乾いた笑いが響いている。

この瞬間からガウディが完全にカミルを金づるにしたことになる。


“ドガーーーーンッ”


応接室のドアが派手に破壊された。

ヨゼフが鍵を掛けていたのでドアごと吹っ飛ばした感じだ。ドア近くに立っていたガウディとボビーは外れた重厚なドアの下敷きになり気を失っている。状況を理解できないカミルとヨゼフは放心状態になっていた。


ドアから現れたのは怒り心頭のクラウンだった。

剣をかざし部屋に入ってくる。ソファーから覗いている黒いブーツを確認するとすぐさまありすの元へ駆け寄った。


「おい、アリス!しっかりしろ!」


クラウンはありすを抱きかかえて首に手をやる。

弱いながらにもまだ脈はあるようだ。そのまま横抱きにしようと納刀した時にカミルに肩を掴まれた。


「おい、何をしている。それは私のだ!触るんじゃない!お前は一体何者だ!ここがラハナスト侯爵邸だとわかっているのか?警備はどうした?どうやってここまで来たんだ!」


子飼いの奴隷商の暴挙、死にかけの魔族、正体不明の侵入者。

カミルはもういっぱいいっぱいで護身用の短剣をクラウンに突き付けている。


「ああ、俺が誰だかわからないんだな。」


クラウンは右手の人差し指に付けている指輪を外した。

認識疎外効果のあるそれを外したとたんに第三王子だとわかったのだろう。カミルは素早く短剣を後ろに隠し冷や汗まみれになっている。それでも尚、言い訳がましくありすは自分のものだと主張した。

そんなカミルを蔑むような目で見たクラウンはありすの右手のアームスリーブをめくり上げ、手の甲をカミルに見せた。そこには召喚されたものであるという証拠の紋章が浮かび上がっている。


「これでもお前のものだと言い張るのか?」

「で、でも、私は、私は―――」


“シュンッ”


クラウンは一瞬で剣を抜き、しつこく言い募ってくるカミルの首を刎ねた。


「カ、カミル坊ちゃま!!!!」


崩れ落ちようとするカミルに慌てて駆け寄るヨゼフ。

しかし血飛沫が飛んでいないし首も落ちていない。カミルは目を見開いているが意識はあるようだ。ヨゼフはしきりにカミルの首を触っている。納刀したクラウンはありすを抱えて立ち上がった。


「悪いが時間がない。『盟約の儀』を発動させてもらった。カミル、お前なら意味は分かるな?俺に関わる者全てに対して危害を加えてはならない。それと明日俺がここに戻るまで誰も屋敷から出すんじゃないぞ。以上だ。」


応接の入口にはボルボが到着していた。

ドアの下敷きになっているガウディたちを笑いながら更に踏みつけている。

クラウンはボルボに誘拐犯の拘束と王都にあるアジトの殲滅を指示し部屋を後にした。



メインホールの踊り場にはマーキュリーが立っていた。

ありすを大事そうに抱えて下りてきたクラウンを呼び止める。


「このままこの侯爵家に預けた方がその女にとっても幸せではありませんの?」

「この状態ででもか?」


クラウンは血の気がなくぐったりしたありすの顔を見つめる。

その表情はとても切なげでより一層マーキュリーの心をかき乱した。拳を握りギリギリと唇を噛みしめている。そのまま通り過ぎ階段を下りていくクラウンの背に向かって叫んだ。


「そんなにその女が大切ですの?このあたくしよりも有用だとおっしゃりたいんですの?いったいあたくしの何が気に入らないんですの!!」


本当に辛いときには涙を見せるなと教育されてきたマーキュリーの瞳には涙の代わりに憎しみが溢れていた。

クラウンは立ち止まり少し後ろの様子を覗う。


「お前がコイツと同じ立場だったとしても俺は助けに行く、それが答えだ。あとはボルボの指示に従ってくれ。」


マーキュリーはそう言い残してメインホールを出ていくクラウンを見つめながら立ち尽くす。

彼女の心の闇は消えないままだった。



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