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ギルドに行かない?

「うわぁ~。」


ヒイラギ亭の中庭は道路植栽のような低木が植えられており、まるで漫画で見る王宮の迷路のようになっていた。

正に不思議の国のアリスって感じ、ありすだけに、なんつって。でも通りにくくない?テーブル席がいい感じの間隔で設置されているが今は誰もいない。奥の方にガゼボのような場所があるのでそこを目指すことにしよう。


ガゼボはちょうど屋根もあって居心地がよさそうだ。

念のため入り口付近が見える席に座る。一服したら部屋に戻るかな。久々の一人部屋のような気がする。人の目を気にしないでだらけたい。

背伸びをしたあとポーチからタバコを取り出して火を点けようとしたとき給仕の男がやってきた。

ものすごく睨まれている気がする。


「お客様、支配人からです。どーぞ。」


ガチャリと雑にカップをテーブルに置かれ、チッと舌打ちされてまた睨まれた。

呆気に取られてお礼も言えなかったが何か気に障る事でもしただろうか。彼は一瞬人族のように見えたがあれは魔族だ。耳が尖っているし私のような後ろに巻いた角が生えている。王都(ここ)は魔族に当たりが厳しいというから腹黒と同じように変身でもしているのだろう。私には全部マルっと見えているのだけれども!

それにしても従業員のくせに客に対して舌打ちとは何ぞや。腹黒の教育がなってないんじゃないのか?貰えるものは貰っておこう主義なのでちゃんと美味しくいただきますけど。

でもどうして腹黒が私に差し入れをするのか。まさか毒など仕込まれているのではないだろうか。クンクン臭いを嗅いでみても、ちょっと舌をつけてみてもコーヒーはコーヒーだった。大丈夫、何とかなるでしょう。


頬杖をついてタバコをふかしていると中庭に男性が二人入ってきた。

クラウンの言いつけ通りフードを被ったままにしているが、もっと深く被り顔を上げないようにした。こんなところで揉め事などは勘弁していただきたい。ちょうどタバコも吸い終わったので、彼らがどこかの席に着いたタイミングで出ていこうと思う。

コーヒーを飲み干してテーブルに突っ伏した。ついでに【探索(サーチ)】でどこに座ったか探ってみる。目を閉じて気配に集中した。


かなりうろうろしているようだ。

迷路みたいなのでお目当ての席に着きにくいのだろう。おや、すぐ近くに座るのだろうか。こんなに席が空いているのに?もしかしたらガゼボを狙っていたのかもしれない。男同士で?いやいやいや、否定はよくないな。そういう人たちもいるのだから。


「お嬢さん、相席よろしいですか?」


突然の声掛けに驚いて顔を跳ね上げてしまった。

すぐ近くって、この席じゃない!ちょっと私の【探索(サーチ)】、ガバガバじゃないの!

目の前にはこれまたおっとりとした感じのイケメンが立っている。おっとりかどうかはわからないがたれ目はおっとりの象徴だ!やけに品の感じられるおっとりイケメンの傍には剣を携えた護衛のような男性も立っている。そして気付いた、自分のフードが全開になっていることを。マズい、魔族だってバレてしまった。

イケメンも護衛も声が出ないでいる。魔族であるということに驚いているのか、単に見惚れているだけなのか。

この状況にどう対処していいか分からなくなったのでフードを被りなおし、“すみません!”と言って逃げるようにその場を後にした。ハードル走のように低木を飛び越え最短で中庭の入口まで辿り着く。そこには先ほどの舌打ち男が立っていた。足を引っかけるような動きをしたので思い切り睨み返してやった。そのままお部屋へGOだ!





中庭では男性二人が立ち尽くしている。


「み、見たか、ジュリアス。」

「は、はい、カミル様。とんでもなく美人でした。魔族でしたけど。」


カミルはいきなりしゃがみ込むと頭を掻きむしりはじめた。


「あーーーーーー!!絶対に手に入れたい!どうしても欲しい!!」

「カ、カミル様?落ち着いてください!」


ジュリアスはカミルの肩を抱えて立たせるとぼさぼさになった髪を整えだした。

カミルは幼いころから欲しいものがあるとこのように頭を掻きむしる癖がある。それを知ってかジュリアスはいつもカミル専用の櫛を持ち歩いていた。


「こんなことをしている場合ではない、早く奴に連絡を取らなくては!エルフ(あの子)たちと同様に無傷が条件で依頼しよう。あーーーー!早くこの手で抱きしめたい!」


悶絶しながら叫ぶカミルに格好良さも区長の威厳も見られない。

自分の世界に入っていて、せっせと髪をとかしているジュリアスは眼中にないようだ。こうなったら手が付けられないのをジュリアスは知っている。自分の主が人族以外の女性にしか興味がないのも知っている。

そして先ほどのようなよからぬ連中と交流があるのも知っていた。

王都の屋敷には知らぬ間に双子のエルフが住み着いていた。カミルを問い詰めても“助けてあげたんだよ”としか答えない。おそらくは“奴”から買ったのだろう。自分の主が裏で人身売買をしているのではないかと薄々は勘づいていた。数日前からカミル以外立ち入ることの出来ない地下牢に何かがいるのも知っている。ただジュリアスの前では決定的な証拠となる行動や言動はしていなかった。

だが今のカミルの発言は完全に黒だと確信させるものだった。ジュリアスの表情は硬い。今まで慎重だったカミルをこうも狂わせたのはありすで間違いないだろう。

ジュリアスの訝しんでいる視線に気づいたのかカミルは襟元を正し咳払いをした。


「ジュリアス、視察は終わりだ。帰ろう、早急に!」


またも勇み足で小走りするカミルを何とも言えない気持ちで追いかけるジュリアスであった。





その日の夜、騒がしい喫茶とは離れた個室の食事処でクラウンたちは日中に探りを入れた内容を話し合っていた。

区長の評判は概ね良好のようである。区民からの陳情の対応も事務処理も早く、高圧的な態度や過度な贅沢もしていない。ラハナストという家柄なのか商才があるらしく区に店を構える商人などに指導をしたりもするそうだ。ちょっと変わったところがあると言えば人族以外にも寛容だということ。区長はよく視察に出ることがあるようだが街で出会った人族以外の者にも必ず声を掛け、にこやかに話をしているという。彼が区長になってから少しだけ人族以外の種族に対しての理解が得られたらしい。ただやはり嫌悪の目で見られたり冷たい態度を取られることの方が多いのが現状だ。


「表向きにはいい区長じゃねぇか。女はともかく爺さん婆さんからもえらい人気だったぜ。使用人たちは口を揃えていい主様だとぬかしやがる。どうすんだ、クラウン。しっぽは掴めそうにないぞ。」


ボルボは骨付き肉をかじりながら話している。

相変わらずぼろぼろと食べ物をこぼしていて貴族とは思えない食事風景だ。他の三人は慣れているのか気にしていない様子だがありすはものすごく嫌な顔をしている。


「五日後に区長の屋敷で晩餐会が開かれる。そこで人身売買が行われるらしい。俺たちはそこに潜入して現場を押さえる。」

「おいおい、聞いてないぜ!」

「本気ですの?」

「その情報は確かなんですか、マスター。」


クラウンの発言に一同は驚きを隠せない。


「限られた貴族しか呼ばれていないが晩餐会が開かれるのは確かだ。そこで俺たちは食材の搬入業者を装ってラハナスト邸に入る。俺は積み荷の中に、マーキュリーとスバルは業者として中に入れ。ボルボは屋敷の通用門から逃げようとするものを確保してほしい。明日、マーキュリーとスバルには侯爵家御用達の店に行ってもらう。」


ざっくりとした作戦だがありすの名前が出てきていない。

一体どれくらいの貴族が招待されているのかは分からないが、たったの四人で制圧出来るのかいささか疑問が残る。


「あの、私は参加しないの?」


ここまで一度も会話に加わっていなかったありすが質問をした。

街にも出ていないので報告も出来ないし、まさか中庭で角を見られたとも言えなかったのだろう。すっかり空気になっていたありすにクラウンが一瞥をくれた。


「お前はボルボと屋敷の外の見張りだ。」

「おい!何言ってんだよ!魔族の子守なんてまっぴらごめんだぜ。足手まといになるくらいなら宿で大人しくしてもらってた方がよっぽどマシだ!」


ありすが最悪だと思うよりも先にボルボが喚いている。

おまけに食べかけの骨付き肉をありすに向かって投げつけた。ありすがひょいとかわしたこともあってボルボがより一層いきり立っている。


「事前に俺に相談もなしかよ、クラウン!もうちとましな方法なかったのか?おいそれと侯爵邸に入れるわけねーだろ!」

「確か搬入業者はラビナス商会だったかな。晩餐会用の仕入れや運搬に人手がいるんだろう、今臨時で従業員を募集しているようだ。」


クラウンの答えにぐうの音も出ないようで、ボルボは青筋を立てながらビアマグを握りしめている。


(こんな直前でそんな偶然ある?侯爵家がお得意様の大きな商会ならそれなりに人員確保は出来てるでしょ。胡散臭いわ~。仕組まれてる感あるわ~。これって絶対物語イベントなんだろうな~。)


ありすは頬杖をつきながらジト目でクラウンを見つめていた。

明日以降に屋敷の見取り図が手に入るようなので詳細はまた明日の夕食でということになった。

あまりにもお手軽な話の進み具合に辟易したありすは机に突っ伏している。

クラウンが出て行った後、ぶつぶつ文句を言いながらボルボががさつに立ち上がり、伏せているありすに舌打ちしながら食事処を後にした。意外にもマーキュリーは何も言わずに大人しく自室に戻っている。


「アリスちゃん、よかったら今からギルドに行かない?」


うなだれているありすを気遣ってか、スバルが声を掛けた。


「え?でも私、外出禁止だし。」

「近くだし大丈夫だよ。アリスちゃんも退屈だろ?」


顔を上げたありすに対してスバルはにっこりと笑ってみせた。





ヒイラギ亭から中通り沿いに歩いて行くと左手には区役所、右手に商業ギルドと冒険者ギルドが並んで建っている。

王都だけあって両ギルドとも景観を損なわない重厚な石造りの建物だ。夜なので魔鉱石でライトアップされている。

そのギルド前には空の小さな馬車が数台停まっていた。中には荷馬車のような簡素なものもある。現実世界で言うタクシーのようなものだ。この時間なので実入りの多かった冒険者を狙っているのだろう。昼間は区長前ということもあり利用客は一般客が多いようだ。区長前は駐車禁止のようでギルド前に停められている。


どちらのギルドの入口も解放されてはいるが、流石に冒険者ギルドの方が賑わっていた。

商業ギルドでは主に開業の申請や特産品などの取り扱い許可書の発行が行われている。素材の買取や魔物の解体等は冒険者ギルドでも請け負っていることから平時より混みあうことはない。

スバルとありすは商業ギルドはちらりと見るだけで通り過ぎ、冒険者ギルドへと向かった。

中は広く二階部分まで吹き抜けになっており、受付が複数ある。

どこのギルドも二階は例のデリヘル専用のマッチングルームになっているようだ。依頼書が貼り出されている掲示板前にはこの時間でもまだ数人が吟味している。掲示板の前辺りには背の高めの机が複数置かれてあった。長居できないようにするためか椅子がない。飲食禁止のビラが壁に貼られているのはその為だろう。

また初心者のための魔物図鑑や植物図鑑が閲覧可能なコーナーもあり、そこに併設された専用受付では初期装備の貸し出しも行われている。貸出可能の剣や胸当てなどがショウケースに展示されていた。

入口のすぐ横のカウンターには自分の能力が確認できる専用の魔道具も設置されている。

高価な物なのか壁から盗難防止の鎖で繋がれており台座も固定してある代物だ。


「アリスちゃん、これ使ったことある?」


ちょうどその魔道具には誰も並んでおらず、スバルが手招きしてありすを呼んだ。

水晶に似た玉の上に双眼鏡のような物が付いている。スバルは玉に手を置くとそれを覗き込んだ。


「あー、思ったほど棒術が伸びてないな。ステータスはまあこんなもんか。」


余り納得していないような素振りでありすにも試してみるように勧めた。

同じようにして覗き込んだありすだがその顔は晴れやかではなかった。


「どうだった?」

「うん、なんとも、、、。」

「そっか、じゃぁ掲示板でも見に行く?ここだと面白い依頼があるかもしれないし。」


スバルは元気のなさそうなありすの手を取ると、少し多くなってきた人を掻き分けて掲示板へと向かった。


この時間だと結構な割合で依頼書が剝がされている。

朝一で貼り出されたと同時にいいクエストは奪い合いになるのだ。今残っているのはあまりお得ではない依頼や高難易度過ぎる物だろう。掲示板の下の方には古い用紙が何枚も重なっている。ありすはしゃがんでその数枚をめくっていた。


「スバルさん、これはどうして放置されたままなの?」

「これは、、、クエストって言うより雑用だからだね。飼い猫探しとか庭の掃除とか配達の手伝いとか初心者でも受けないような物ばっかり書いてあるだろ?」


スバルは少し屈んでありすのめくっている依頼を眺めた。


「依頼してる人はもう諦めてるのかな。なんか可哀想ね。」

「これでも依頼期間が過ぎてるものは外されてるから少ない方かな。他の街ではこの倍くらいは貼られてるからね。」

「そうなんだ。ねぇスバルさん、私、もう一度あの魔道具見てきてもいい?」

「一人で大丈夫?」

「すぐそこじゃない。大丈夫よ。」

「じゃぁ、俺はもう少し依頼書を見てるよ。」


手を振りながらありすはその場を離れた。

フードを深く被り直し、机や人を避けながら入り口の魔道具に近づいた。そのまま誰も使っていない魔道具に手を置きレンズを覗き込む。


(はぁ、やっぱ字が読めないのは辛いな。スバルさんに言うタイミングも逃しちゃった。これだって何書いてるのか分かんないし。)


レンズ越しにごにょごにょと浮かび上がった文字を見てため息をつく。

しばらく俯いていたありすに後ろから抗議の声が上がった。


「おい、早くしてくれよ。どんだけ眺めてんだよ。」

「私たちも見たいんだから。」


新人冒険者風のグループだった。

それ以外にも数人が並んでいる。ありすは慌てて謝罪し身体をずらしたが、その拍子に入ってきた男性に思い切り肩が当たりよろけてしまった。


「あっ、ごめんなさい。」

「こちらこそ。怪我はないですか?」


フード付きのカウルをつけた男性がそっとありすを支える。

ありすは咄嗟に自分のフードを押さえ顔を上げないようにして体制を整えた。お礼を言い掲示板の方へ戻ろうとしたありすにフードの男性が声を掛ける。


「あの魔道具よりも簡素なものならギルドの表の壁沿いにありますよ。ほら、そこに見えてるでしょ。」


ありすたちが来た方向とは違う壁を指差している。

そんなものがあったのかと気になったありすは入口から外を覗き込んだ。窓があるだけでただの石の壁がずっと続いており、魔道具らしきものは見当たらない。どこなのか聞こうとして振り返った瞬間、ミスト状のものを顔にかけられた。


「――!!」

(何?何なの?え?声が出ない!、、、、うっ、このニオイ、吐きそう。ヤバい、スバルさんに知らせなきゃ、、、。)


脱力した状態のありすを抱きとめたフードの男はそのまま馬車の停車位置へと誘導する。


「おいおい、お前ずいぶん疲れが溜まってるな。先に宿に行って休もうぜ。明日にクエスト報告すれば問題ないだろ?な?」


フードの男性はあたかもありすがパーティーメンバーかのように振る舞い、強引に先頭に停まっている荷馬車に乗せた。

荷台に倒れ込むように乗せられたありすは強く頭を打ち付けたようだ。荷台の衝撃に少し馬がいななく。


「おい!出せ!」


身を投げるように乗り込んだフードの男性は大声で御者の男に命令する。

馬のいななきと騒めきに気が付いたスバルは室内にありすがいないことに気付いた。人を掻き分け急いで表に出たが何処にも見当たらない。急発進した馬車が薄暗い街中を駆けて通りを左に曲がるのが見えた。嫌な予感がしたスバルは並んでいる馬車の御者に状況を確認する。黒いフードを被った女性が急に気分が悪くなったらしく、連れと思われる男性と前の荷馬車に乗ったらしい。


「まさか、アリスちゃんが誘拐、、、。」


青ざめたスバルは踵を返しヒイラギ亭へと駆け出した。



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