崇高な趣味
馬車や人が多く行き交い、遠目からでも街の入り口に成している人々の列が見て取れる。
ここはラズ地区の二の門付近だ。王都は強固な高い壁に覆われており、各地区に二つ門がある。王都近くの各地区の境界辺りに近衛の駐屯地があり、それも立派なレンガ造りになっている。ちょうどこの辺りからでも目にすることができた。
大門は右側と左側で王都への入口・出口に分かれている。大きな扉は入る側は王都側に開けられ、出る側は外に開いてある。その扉の傍には御者台の高さに合わせた折り畳み式の梯子椅子が置かれ審査員が座っている。これは主に荷馬車が通るところだ。槍を持った二人の衛兵が一台ずつ誘導し、他の審査員が荷台を確認している間に梯子椅子に座っている審査員が必要な書類やプレートをチェックしている。
その大門の左右には歩行者用の通用門がある。こちらはどちらも王都側が鉄格子の扉、外側が鉄の扉になっていた。それぞれを壁に沿って開けており、審査員のほかに剣を持った衛兵も立っている。
クラウンたちの順番が来たのは並んでから三十分ほど経った時だった。
ありすが角を見せないよう少しフードを上げギルド発行のプレートを見せた時、審査員にあからさまに嫌悪の目で見られた。
(職員が偏見を持ってるってどうよ。平等に仕事しなさいよ。)
ありすはフードを目深に被りなおしてクラウンたちの後を追う。
入った正面が馬車のロータリーになっており、停車して荷を下ろしている者やそのままロータリーを回って大通りに出て走っていく馬車もあった。通りは全て中央に薄っすらと線が入っており右側通行で現実世界の日本と同じ感覚だ。駅前のような光景にありすは思わず立ち止まる。
(結構広いし、よく考えて設計されてるわね。人が多いから売り子なんかも出てるんだ。)
御者台や荷台で弁当を食べている者、談笑している者が多く見受けられる。
大きな馬車から小回りの利く馬車に荷物を乗せ換えている業者もいるようだ。ここを見るだけでも活気のある街だというのがわかる。
「アリスちゃーん、こっちこっち!」
スバルが大声でありすを呼んでいる。
大門付近は騒音もかなりあるので大声で叫ばないと聞こえないようだ。
ロータリー前を過ぎた一行は角を曲がり一本奥の通りに入った。
先ほどのロータリー前の道が大通り、今いる通りが中通りと王都民には呼ばれている。この二本の道は三地区をぐるりと繋げているものだ。さらに奥の通りは貴族の別邸や富裕層の家が並んでいるが地区ごとの壁に阻まれており各地区を通り抜けることは出来ない。今彼らがいる中通り沿いにはたくさんの店や民家、宿泊施設やギルドが建っている。
この中通りのダース地区に近いところのひと際豪華な外観の宿屋が今回彼らの宿泊場になる。
ヒイラギ亭だ。
美しい白の漆喰の壁に木材は全て黒茶色で統一され、窓も大きくとってあり全体的に明るく清潔感がある。正面入り口は緩やかな階段とスロープ・手すりが付いており足の悪い人でも入りやすい仕様になっていた。馬車を止めるスペースも十分にあり、今正にポーターが馬車の荷物を運んで客とみられる人物と会話をしている。
「クラウン様、ようこそお越しくださいました。ご予約ありがとうございます。」
宿屋に入った五人に話しかけてきたのは燕尾服をすっきりと着こなした品のある貴族のような佇まいの男性だった。
短く整えられた金色の髪、憂いのある瞳はエメラルド、リンゴンの樫の木亭の支配人に負けず劣らずの色男だ。
「しばらくの間厄介になる。よろしく頼む。」
「かしこまりました。私はこちらの宿の支配人をさせていただいておりますハルバートと申します。夕食の時間までごゆっくりとお寛ぎくださいませ。」
ハルバートは胸に手を当て深々とお辞儀をした。
その姿を見てありすが固まる。
(げ!またユージーンじゃない!どうなってんの?どうして行く先々で現れるわけ?とにかく今回も見なかったことにしよう。)
挙動不審のありすを見ながら周囲に聞こえるような音量でマーキュリーが嫌味を言う。
「計算高い女ですのね。いい男を見ると直ぐにしおらしくなるなんて。」
どうやら支配人を見てすぐさま俯いたありすを勘違いしたようだ。
当の本人はギュッとフードを押さえとにかく顔が見えないようにしている。マーキュリーの言葉は耳に入っていないようだった。
「そんなことを言っていただけるなんて光栄です。クラウン様、素敵なお連れ様方ですね。」
「、、、、早く部屋の鍵をくれ。」
「申し訳ございません。」
ハルバートはにっこりと女性陣に笑いかけ、フロントから鍵を持ってきた。
ボルボたちに一つずつ鍵を渡していく。今回は一人一部屋のようだ。ボルボとスバルは受け取ると直ぐにそれぞれの部屋へ向かいだした。少しゆっくりとしたいのだろう。
最後にクラウンに鍵を渡しながらハルバートは小声で話しかけた。
「今、喫茶の奥にカミル区長がおられますよ。」
クラウンはそれとなく喫茶奥のソファー席を確認した。
マーキュリーもちらりとその方向を窺う。こちらに向かって座っているのが区長のカミルと呼ばれた人物のようだ。そばには護衛が立っている。衝立があるので誰と話しているのかは分からないが穏やかに笑っていることからそう込み入った話をしているわけでもなさそうだ。
ハルバートに視線を戻したクラウンは鍵をポケットに仕舞った。
「わかった。俺は外に出てくる。マーキュリーも行くか?」
クラウンからの思いがけない指名に驚いたマーキュリーだが少し休憩したいと辞退した。
部屋に行きかけていたありすは驚きでマーキュリーを二度見している。喜んで腕を組んで出ていくと思っていたのだろう。これはチャンスとばかりにクラウンのお付きに立候補したが無情にも部屋にいるように命じられてしまったようだ。がっくりと肩を落としている。
そんなありすに見向きもせず、クラウンはそっと宿を出ていった。
「ハルバートさん、あたくし喫茶でお茶がしたいの。持って来てくださる?」
マーキュリーはクラウンが完全に外に出たのを確認すると甘えた声でお願いした。
胸の少し横で掌を合わせ谷間を強調させている。クラウンが出かけたとたんに美形支配人に色目を使っているのが露骨過ぎて他の従業員も驚いていた。誰もが計算高いのはマーキュリーの方だと思ったに違いない。
既にありすはその場を離れており、フロントの男性に話しかけていた。
「あの、部屋でタバコは吸えますか?」
「申し訳ありませんが全室禁煙となっております。中庭でしたら喫煙可能ですよ。」
「わかったわ、中庭へはどう行けばいいの?」
中庭への通路を教えてもらったありすはフロントを後にする。
マーキュリーはその後ろ姿をじっと見つめるとニヤリと口元を吊り上げ、そのまま喫茶の一番手前の席へと向かった。
喫茶の奥の席では二人の男が談笑していた。
奥の席に座っているのはカミル=ラハナスト、ラズ地区王都の現区長だ。少したれ目ではっきりとした二重、鼻筋が通っているなかなかの美男子だ。さらりとしたアッシュグレーの長い髪はきちんと束ねられサイドに下ろしている。派手な装いではないが襟や袖には生地と同系色の美しい刺繡が施されており一目で上流貴族だとわかる。
「ではカミル様、他に何かご用立てがありましたら何なりと。開催日までは王都のいつもの宿屋に控えておりますので。」
カミルの正面に座る商人風の男が伝票を持ちながら席を立った。
フード付きのカウルを着用しており顔がよく見えない。区長の前でも脱がないことから親しい間柄か見られては困る相手かどちらかなのだろう。
「ああ。当日までは何もないだろうから久しぶりの王都を堪能しててくれ。」
カミルは軽く手を上げ挨拶を済ませると残っている焼き菓子に手を伸ばす。
甘党のカミルは先ほどの者が全く手を付けていなかったのを幸いにいくつかを一気に頬張った。これぞ至福の時と言わんばかりのデレた顔で頬に手を当てている。
そんな無防備なカミルに近づいてくる者がいるようだ。コツコツと規則正しくブーツの音が響く。カミルは何事かと顔を上げたが立ち塞がった護衛の背中しか見えない。
「レディー、お待ちください。どのようなご用件でしょうか?」
後ろ手に組んだ護衛の手には小さなナイフが握られていた。
後先考えずに室内で剣を振り回すようなタイプではなさそうだ。状況をきちんと把握している。
「カミル、久しぶりですわね。」
主人を知っているような口ぶりに護衛が一層警戒を強める。
こういう手口でターゲットに近づき怪我を負わせるということもよくあるのだ。握ったナイフに力が入る。その手にそっとカミルが触れた。
「ジュリアス、大丈夫。下がってて。お前では敵わない。」
ジュリアスと呼ばれた護衛を後ろに下げると、カミルは立ち上がり声を掛けた主に恭しくお辞儀をした。
「これはこれは、元王族の騎士団長マーキュリー様ではありませんか。どうしてこんなところに?」
突然王都に現れたマーキュリーに驚きつつも顔色一つ変えずに穏やかに対応する。
これが貴族の嗜みというものだろうか。マーキュリーも満面の笑みでカミルを見ている。お互い腹の探り合いだろう。
「あたくし、常に高みを目指しておりますの。国外に出て見聞を広めつつ剣術にももっと磨きをかけようと思いましてね。修行とでも言えばいいかしら、自己研鑽で期限付きの旅をしているんですのよ。」
「それ以上お強くなられてどうします。学園でも向かうところ敵なしだったではないですか。」
「あれはみんながが弱すぎたんじゃありませんこと?そう言えば剣術留学の方々も大したことありませんでしたわね。―――ねぇ、カミル、座ってもいいかしら?」
カミルの返事を聞くことなく椅子に座ったマーキュリーは自分の紅茶を給仕に運ばせた。
もちろん給仕は新しいものに淹れなおしている。マーキュリーはアップルの甘い香りのする紅茶を少し嗅いでから口に運んだ。招かれざる客に肩を落とし仕方なくカミルも席に着く。
「そういえばカミルはどうしてここに?あなたの実家はクラン地区ではなくって?」
マーキュリーはカップを置きわざと大きく足を組んだ。
対面に男性が座っているのに普通はそんなことはしないだろう。しかしカミルは全くの無反応だった。ソファーにゆったりと背を預け微笑んでいる。
「僕、いや私は、今は王都ラズ地区の区長なんですよ。こうやって市井の視察も区長には必要なんです。皆の暮らしぶりが直に見て取れますからね。」
あたかも人々との交流を大事にしているかのような口ぶりだが先ほどの会話からして何かを商談していることは間違いない。
しかしその何かを問い詰められても話を聞いてあげていたというスタンスで押し通すのだろう。
「あらそう。やっぱりカミルは純血の人族女性には興味ないんですのね。こんなに誘っているというのに表情一つ変えないんですもの。そっちの護衛の方がよっぽどかわいらしくってよ。」
一瞬でもマーキュリーの膝に視線が行ったジュリアスはバツの悪そうな顔をしている。
「留学の時でも他の種族の女性たちにご執心でしたわよね。今でもその変態じみた趣向は変わってないのかしら。」
「何がおっしゃりたいのでしょう、マーキュリー様。これでも私は忙しい方でして、まだ視察が残っているのですが。」
カミルは落ち着きを見せているがどことなく焦っているようにも感じられる。
それを見抜けないマーキュリーではない。もう一口アップルティーを口に含みゆっくりと間を空けた。
「いえね、まだその崇高な趣味が健在なのであったなら、この宿でいいものを見たから教えてあげようかと思いましたの。でも残念ね、もう興味がないのならあたくし行きますわね。」
「待ってくれ!」
立ち上がり背を向けかけたマーキュリーをカミルが慌てて引き留めた。
その顔は完全に話に食いついたことを物語っている。
「あら、聞きたいんですの?でもその前に大して綺麗でもないその手を放してくださらない?」
マーキュリーは自分の二の腕あたりを掴んでいるカミルの手を虫でも見るかのような表情で見つめた。
カミルは慌てて手を放す。仮にも男性であるカミルがきつく握ったのでマーキュリーの二の腕は赤くなっていた。
「も、申し訳ない。」
「よろしくってよ。そのがっつき方は昔と変わりませんのね。あんな異形共のどこがいいんだか。ま、カミルの趣味かどうかはわからないけれどこの宿の中庭に魔族の女がいるわ。確認するくらい構わないんじゃなくて?じゃぁ。」
軽く手を振ってマーキュリーは喫茶を後にし、宿の外へと出ていった。
よろよろとソファーに崩れ落ちるカミルをジュリアスが支える。カミルの息遣いは荒く何かに興奮しているようだった。
「どうされました、カミル様!あの女に何かされたのですか?」
「い、いや、何でもない。ただの世間話さ。あいつは昔から僕の好みをよく知ってるからな。」
「どういうことです?あの女と本当にお知り合いなのですか?」
ジュリアスは少しカミルを落ち着かせようと菓子の乗った皿を手前に引き寄せた。
カミルはその菓子を無造作に口に放り込み紅茶を胃に流し込む。
「僕の留学先だった国のお姫様だよ。ジュリアス、確認することが出来た。この宿の中庭に行くぞ、ついてこい。」
「カ、カミル様!お待ちください!」
ジュリアスは悪い顔をしながら勇み足で中庭へと向かうカミルを必死に追いかけていった。




