魔族をパーティーから外したい
クラウンたちの席のではホテリエや給仕が割れた水差しや濡れた床を掃除していた。
先ほどの大立ち回りに周りの客は大興奮だ。マーキュリーは勢いよく店を飛び出している。
「ボルボ、悪いがマーキュリーを見てきてやってくれないか。」
「はぁ?なんで俺が?大人なんだしほとぼりが冷めたら戻ってくんだろ。それよか魔族はおっかねーなー。顔色一つ変えずにあれだぜ。まぁ、お陰でいい動きが見れたけどよ。」
ボルボはニヤリと口角を上げた。
ありすの身のこなしに興味を持ったようだった。最初は顔と身体だけのお荷物としか感じていなかったものの、言った通りのメニューも一応やって帰ってきた様子からあながち山賊を倒したのも嘘ではないと思ったのだろう。
「俺はこの件で支配人と話があるから無理だな。行ってきてくれ。」
クラウンは床に開いた穴を眺めながら大きくため息をついてみせた。
「へいへい、せいぜいうまく交渉しておいてくれよ。金が少ねぇんだからよ。はぁ、後始末はいつも俺か。」
残っていたビールを一気に煽るとボルボはふらりと外へ出て行った。
「マーキュリー、めちゃくちゃ怒ってましたよね。アリスちゃんが何か小声で言ったような気がするんですが、なんだったんですかね。」
スバルはクラウンの方に身体を向け顎に手を当て首を傾げている。
あれだけ相手を怒らせる短い言葉が思い当たらないのか相当悩んでいるようだ。
「マーキュリーはバカとかそういうありきたりな言葉で怒るような子じゃないし。それにアリスちゃんも妙に落ち着いていませんでした?普通あんなことされたら大声で怒りますよね?大人って言うか達観してるって言うか、ものすごく年上感ないですか?」
「どうだろうな。俺といるときはいつもうるさいし怒ってるような気がするけどな。」
クラウンは床掃除が終わった給仕たちに手を上げて下がらせ、コーヒーを飲んでいる。
余計な話はしないし話しかけにくいマスターが原因なのではとは言えないスバルであった。
「取り敢えずスバル、お前は部屋に戻ってアイツを見てろ。変わったことがあれば連絡をくれ。俺は支配人の所へ行ってくる。」
スバルの後ろを通り軽く肩を叩くとクラウンはそのまま支配人の執務室のある方へと歩いて行った。
一人残されたスバルは周囲の痛い視線を一斉に浴びている。
(はー、女の戦いって怖いよな。どっちにしろ巻き込まれるのは御免だよ。)
がっくりとうなだれたスバルもコーヒーを飲み干すと重い足取りで食堂を後にした。
薄い水色で統一された壁紙やインテリア、入り口付近には応接セットが置かれている。
落ち着いた雰囲気のここは支配人の執務室だ。大きな窓に背を向けて配置されている事務用の机は珍しい黒曜石で作られた特注品である。柔らかく身体になじむ椅子に腰をかけユージーンは前日までの収支報告やお客様の声の紙に目を通す。リネン購入の計画書にサインをしようとしたときに執務室のドアが勢いよく開けられた。
「おい、今いいか?」
ノックもなしに入ってきたのはクラウンだった。
いつもより機嫌が悪いのは目に見えてわかる。返事も待たずにそのまま応接セットのソファーに座り込んだ。
「床の修理代の請求書は出来ておりますよ。」
ユージーンは請求書の紙をヒラヒラさせながら席を立った。
机を回りこんでクラウンの正面に座りその紙をローテーブルのクラウン側にすっと差し出す。それには目もくれずにクラウンは前のめりで尋ねた。
「お前、昨日中庭で何をしていた?」
「何のことだかさっぱり。何かありましたか?」
足を組んでソファーにもたれかかりユージーンは薄っすらと笑ってみせた。
ユージーンがこういう態度の時は大概心当たりのある時だ。クラウンは眉間に皺をよせ態度を固くした。
「アイツに何をした。」
「あぁ、窓からご覧になってたんでしたっけ?覗きが趣味でしたか。」
「もう一度聞く。アイツに何をした?」
「冗談も通じませんか、、、、アリス嬢を強く抱きしめ泣かせてしまったようです。それが何か?」
「ちょっかい出すなって言ったよな。」
「とんだ誤解ですね。一応助けたみたいですよ、暴漢から。不本意ですが私がやったことではないですし、責められても困ります。もうあれはいませんしね。そんなに言うなら床の修理代を半額に負けますけど、いかがです?」
請求書を手にしてユージーンはふむふむと何やら頭の中で計算しているようだ。
ユージーンの全く悪びれもない態度と自分が修理代を値切りに来たと思われたのが癪に障ったのかクラウンはローテーブルを平手打ちした。
「お前がやってないなら、あれは誰なんだ!お前そのものじゃないか。」
「あー、それ聞いちゃいます?あまり答えたくない質問ですね。まぁおぼっちゃんにだけ特別にお教えしましょうか。あれは私の一部です。それ以上はヒミツですよ。」
ユージーンはふふふと笑っているがそれ以上は聞くなよというオーラを纏っている。
それが証拠に目が笑っていない。冷たく突き刺すような視線をクラウンに向けている。
「では、まだ私は執務が残っておりますのでお引き取り願えますか?」
ゆっくりと席を立ったユージーンはこれで話はお終いと言わんばかりにクラウンに背を向け、また請求書をヒラヒラさせながら執務用の椅子へと戻っていった。
三階に差し掛かる階段から食堂のざわつきを目にし、スバルはため息をつく。
今までこんなトラブルは全くなかった。パーティーメンバーに女子が二人いるとこうもややこしくなるのもなのだろうかと頭を悩ます。スバルのパーティーメンバーに女子がいたことはあまりない。いたとしても一人だけだった。黙々と自分の仕事をこなすようなタイプばかりで、今回のように個性のキツいキャラはいなかったのだ。
ありすにどのように声を掛ければいいのか考えるだけで足取りが重くなり、嘔吐きそうになる。自室のドアの前で立ち止まると意を決したようにドアをノックした。
「アリスちゃん、入るよ。」
ドアを開けて目にしたのは、タバコをふかしているありすだった。
唖然としたスバルだがすぐさま駆け寄りタバコを取り上げた。
「ダメだろ!未成年がタバコ吸っちゃ!身体に悪いんだから!」
いきなり怒られて目を丸くするアリスの前で机の灰皿にタバコを押し付けた。
「ス、スバルさん、落ち着いてください!私一応成人です。スバルさんは煙ダメでしたか?窓開けてたんですけど。」
ありすが眉で八の字を作って申し訳なさそうに頭を掻いている。
机の上には衝撃で落ちた灰が散乱していた。スバルはすっかり失念していた、召喚対象は成人であるということを。
「あ、ご、ごめん。そうだよね、つい、、、。」
「スバルさんはタバコを吸う女性に偏見とかあります?」
「いや、そんなことはないよ。」
「ふふ、ならよかった。」
少し手で口を押え控え目に笑うありすを見てスバルは少しの間固まってしまったようだ。
ありすではない誰かを思い出しているように見える。
「スバルさん、どうしました?」
「あ、ちょっと知り合いの子にアリスちゃんが似てたから。アリスちゃんみたいに美人じゃないけど、仕草とかがその、、、。」
スバルは誤魔化すように机の灰をかき集め器用に灰皿に落とし入れた。
そんな様子をありすは微笑ましいものを見るような眼差しで眺めている。
「それって知り合いじゃなくて恋人か思い人ですよね。いいなー。」
ありすは椅子に手をついて足をバタつかせ天井を見上げた。
髪からはまだ雫が落ちている。部屋に戻って直ぐにタバコを吸い始めたのだろう。それを見たスバルは慌てて窓を閉め、ありすにシャワーに入るよう促した。
リンゴンのメインストリートを早足で歩くポニーテールの金髪女性がいた。
先ほどありすにしてやられたマーキュリーだ。国内外でもこんなひどい仕打ちを受けたのは初めてだった彼女は怒りをうまく制御できないでいる。周りを見ずに突き進むものだからすれ違った二人組の男に肩をぶつけてしまったようだ。
「おい、ねーちゃん!痛てぇだろうが!謝れ!」
「慰謝料取っちゃえよー、うぃ~。」
かなり出来上がってしまった二人組のようだ。
ぶつかった方の男は尻もちをついている。もう一人が腕を引っ張って何とか立たせようとしているがこちらも千鳥足なのでなかなかうまくいかないようだった。握っている手がスポッと抜けて同じように転がっている。
「ふん、これくらい避けられなくてどうしますの?どんくさい冒険者だこと!」
マーキュリーは蔑むような目で男たちを睨むとそのまま歩き出す。
後ろから酔っ払いの喚き声が聞こえてきた。
「うるせーぞー!うぃック。ありゃ、客に逃げられた娼婦だな、ガハハハ~。ざまぁみろ!」
「いくら若くてもあんなキツそうな女はダメだってぇ、えへへ。もっとお淑やかで別嬪さんじゃなきゃな!」
マーキュリーは両の拳をギリギリと握り、そばに置いてあったゴミ箱を蹴飛ばした。
ガランガランと大きな音を立てて道の端に転がっていく。行き過ぎる人たちは何事か気になるようだったが、変にとばっちりを受けたくないのか見て見ぬふりをしている。遠くではヒソヒソと何かを囁き合っているようだ。
「どうしてあたくしがこんな思いをしなくてはいけませんの!!」
早足でそこを抜けると人気のない公園に辿り着いた。
イライラを隠せないマーキュリーは魔鉱石で照らされたベンチにドサッと座る。足を開き前屈みになって膝に腕を置いた。そのまま頭を下げる。足元には飴玉が転がっていて蟻が群がっていた。
マーキュリーの人生においてこれほど屈辱的なことはなかった。
彼女が内親王の時も騎士団長になった時も誰もが彼女に傅いた。ましてや女性で歯向かう人物は存在すらしなかったのだ。なのについ最近出会ったばかりのしかも魔族の女に侮辱されたのだ。女性としても剣士としても。
マーキュリーはどの令嬢よりも努力し王族としての振る舞いや知識は早いうちに全て習得した。
その後は剣術に力を入れ、王国屈指の剣士にまで上りつめた。うまく皇族の身分を離れることができ、地位も名誉も手に入れた。文武両道の彼女に誰も何も言えなかったし逆らうどころか親しくなりたいという者が大勢現れた。正に順風満帆な人生だった。
そんな時召喚にあったのだ。
うまくコネを使えば代理を立てることも出来たが彼女はそうはしなかった。
相手は第三王子だったが自分が活躍することによって王へと導き、そのまま婚姻を結べば大陸全土にその名が轟くだろうと考えたからである。
冴えない王子ではあるが早急に懇意になる必要があると踏んだマーキュリーは積極的な態度に出た。
幸い王子には婚約者はおらず、女性にも興味が無いようだった。王族なので安易には手出ししてこないだろうと確信していた。だからこそ安心して大胆にアプローチしていたのだ。クラウンもそんなに嫌な素振りは見せていなかったので王妃の座は間違いないと思っていた。
そこに魔族の女が現れたのだ。
絶世の美女。マーキュリーは認めたくはなかったが容姿では完全に劣っていると悟った。その上サキュバスなのに剣士だという。それだけは認められない。魔族の女を娼館に入れるように進言したのに受け入れてはもらえなかった。
“処女でしょ”
マーキュリーの脳裏に魔族の女の顔が蘇る。
まるで処女であることを馬鹿にされたような物言いに、愛用の剣を二度も踏みつけられたことに、深い憤りを感じたのだった。
今日までの事を思い起こしているマーキュリーに後ろから近づいてくる者がいる。
気配を察したマーキュリーは体勢を変えることなくゆっくりとブーツに仕込んでいるポイズンダガーを握りしめた。
「それ以上近づいたら命の保証は致しませんわよ!」
背後に伸びる腕にダガーで斬りつける。
マーキュリーは素早くベンチから離れ迎撃態勢を取った。寸でのところでかわした人物が魔鉱石に照らされて闇から出てくる。
「よぉ、マーキュリー。やっぱお前はキレがいいなぁ。」
ひょうひょうとした感じで出てきたのはボルボだった。
頭を掻きながらベンチに腰掛け、隣をポンポンと叩いてマーキュリーを誘っている。
「悪いけど座らなくってよ。要件は何かしら。」
「そうつれない事ばかり言うなよ。たまにはいいだろ?」
「結構ですわ!何もないなら帰っていただきたいのですけれど!」
腕組みをしてこちらを見ようともしないマーキュリーにお手上げのポーズを取ったボルボはポケットから酒の入ったスキットルを取り出した。
軽く口に含むと“くぅ~”っと酔っ払いのように呻く。
「何を言われたのか知らねーけど、いつも冷静なお前があんな魔族にコケにされてよ。どうしちまったんだよ。」
「あの女、本当に目障りですわ。早く娼婦にしてちょうだいな!なんでしたら実戦で帰らぬ人にしてもよろしいんですのよ。」
「おいおい、慌てるなよ。俺としても娼婦になってくれた方が都合がいいんだ。王子様パーティーに魔族は要らねぇ。でもクラウンが了承しないんだよ。まあ何とかしてやるからよ、任せとけって。」
ボルボはまたスキットルの酒をあおろうと逆さまにしたが数滴しか落ちてこなかった。
少々不機嫌な顔になったがそれを仕舞い立ち上がる。立ち去ろうとするボルボをマーキュリーが引き留めた。
「この街を出るまでに娼婦にできないのなら、あたくしが王都までの道のりで仕込みますわ。あらくれなんかをお金で雇えばすぐなんじゃなくて?もちろんあたくしのポケットマネーからお支払いいたしますわ。」
「そんなことしてみろ、魔族の女が襲われる前にクラウンが全部倒しちまう。もうちょっと頭使わねぇとな。取り敢えず俺もお前もあの魔族をパーティーから外したい、目的が一致してんだったらお姫様らしく大人しくして待っててくれよ。」
ズボンのポケットに片手を突っ込みながら反対の手をヒラヒラさせてボルボは行ってしまった。
掴みどころのないクラウンの側近に苛立ちを覚えたマーキュリーは唇を嚙みしめ、ダガーを強く握りしめていた。




