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処女でしょ

翌朝、人の気配で目が覚めた。

昨日はかなり寝つきのいい方だったと思う。仰向けに寝ていたはずなのにソファーの背もたれの方向に顔を向け横向きになっていた。そのままうーんと背伸びをして振り返るとスバルさんが慌てて顔を背けた。


「ご、ごめん。おはよう。その、変な気持ちで見てたんじゃないんだ。魔族は初めてだから、その、しっぽが気になって。いやホントだよ。」


まずこの人はそんなことしないだろう。

何かするなら私をこの部屋に連れ込んだ時点でヤっているはずだ。それに確かにソファーからだらりとしっぽが垂れている。私だって初めてしっぽを見た時は驚きと興奮で我を失ったくらいなんだから。


「おはようございます。スバルさんはそんな人じゃないって分かってますよ。やっぱ、しっぽって気になりますよね。でも普通に猫みたいに骨盤の辺りから繋がっているんですよ、ほら――」

「いい、いい、見せなくていいから!!」


スバルさんは身体ごと向こうを向いてしまった。

やっば!パンツ穿いてなかったわ。すみませんすみませんと謝りつつ、慌てて服を着た。初対面同然の人に尻を見せるところだったわ。


起こそうとしたタイミングで私が起きたものだからスバルさんは驚いていた。

元々眠りが浅いのだと話したら、疲れが取れないんじゃないのと心配された。この人、優しすぎるやろ。惚れてまうやろ。ま、惚れないけどね。


時間もちょうどいいので食堂に向かうことにした。

スバルさんと雑談をしながら階段を下りていくと、部屋から出てくるマーキュリーにばったりと出くわした。彼女は私たちを見るなり顔を赤くし興奮したように喚きだした。


「あ、あ、あんたたち、寝たのね!信じられませんわ!不潔!不潔よ!やっぱり売女だったんですのね!」


大慌てで階段を駆け下り“ダーリン!ダーリン!!”と叫んでいる。

朝からキンキンうるさいわ。同じ部屋に泊まったからってヤッたとは限らないでしょう。二人ともいい大人なんだから。あ、私十七だっけ?精神年齢が高いからいいのよ、そんなもん。何にもなかったんだから、どんと構えてりゃいいのよ。ね、ってスバルさんの方を見ると片手で顔を覆って“あちゃー”みたいな表情をしている。


「スバルさん?」

「いや、ホントごめん。変な誤解受けちゃったよね。別々に出てきたらよかったかな。」


もうマジで謝りすぎなんじゃない?

誤解する方が悪いのよ。って言うか、女狐が私を部屋に入れないのがそもそもの原因なんだからね。


「申し訳なく思うんなら堂々としててくださいよ。何にもやましいコト無かったんですから。」


バシッとスバルさんの背中を軽く叩き、食堂に向かった。





あー雰囲気悪っ。

ゴミでも見るような表情のマーキュリーとニヤニヤしてるボルボ、相変わらず不機嫌そうなクラウン。昨日と同じ席に着いたとたんにマーキュリーが騒ぎ出した。


「ねぇ、ダーリン!こんな尻軽女、早く娼館へ送ってくださいません?同じ空気を吸うだけで汚されるような気分になりますわ!」


だから机のかなり端に座ってあげてるでしょう。

ホント面倒臭いわ、この女。久々だわこの感覚。コンパや入社した時くらいに味わって以来だわ。


「おい、スバル~。魔族の女はどうだったよ。いい感じに抜けたか?あ?」


このオッサンも朝からキツイわ。

女子を目の前にその発言する?今じゃセクハラで訴えられるわよ。もう反論すら面倒臭いと思いかけた時にスバルさんが毅然とした態度で経緯を話してくれた。結局マーキュリーが怒られたのだが、謝りついでにクラウンにベタベタするわ、ボルボは話を茶化すわで収拾がつかない。

そんな時ジャストタイミングで腹黒と給仕が朝食を持って来てくれた。

昨日の事があってから腹黒とは初めての対面だ。この腹黒は彼なのだろうか。最後の言葉が頭によぎり腹黒に対して気まずさを覚える。腹黒は私を、私は腹黒を一切見なかったが、何故かクラウンがこっちをを見ている。見ているというより睨まれていると言った方がいい。

むちゃくちゃ機嫌が悪そうだ。もしかしてスバルさんとの仲を疑ってる?そんなわけないよね、あの不機嫌さはいつものことだし。私と一緒にいた時で機嫌が良かったことなど一度もない。何か分かんないけど気にしたら負けだ。美味しく朝食をいただこう。





朝食後、クラウンとマーキュリーは腕を組みながら出て行った。

クラウンはそれでいいのか?あんな女に腕を組まれて嫌じゃないのか?まぁ人それぞれ好みがあるから何とも言えないのだけれども!マーキュリーは勝ち誇ったような顔で私を見ている。なんだかとてもムカつく。顔には出さないけれども!





ボルボに引き連れられてやってきたのはこの街の屋外の訓練施設だった。

かなり広い陸上競技場みたいな感じになっている。そこまで整備されていないが芝のトラックがあり、そこをランニングしている者や内側では剣の稽古などをしている者がいる。トラックの外側は林や森を少し開拓した感じになっているが基本自然のままだ。


「取り敢えず太刀筋とかが見たいからよ、二人で試合してくれや。」


芝の真ん中で頭を掻きながらだるそうにボルボが指示してきた。

試合?何それ。お互い得物も違うのに試合って何?辺りを見まわしてみた。なるほど他の訓練者も槍だの剣だので打ち合っている感じだ。でもあれって自前の得物だよね?本物ってことですよね。


「あのボルボさん、私出来ません。練習でも人に武器を向けたくありません。」


加減がわからないし、もし当てても当たっても色んな意味で痛いではないか。

百歩譲って竹刀とか模造刀なら何とか許す。出来ないと思うけど。でも真剣はダメだ。危ない。絶対ダメ。仲間内なら尚更ダメ。そこは曲げません。腹黒は例外だったけど、あれは状況が状況だったからノーカンで。


「はぁ?お前、舐めてんのか?実際に戦ってもらわないと実力が分からんだろ。」

「でも当たったら怪我するし、練習なら刃のないものでやればいいと思います。」

「だったら当たらないようにすりゃぁいいだろ。先に倒してしまえば怪我無く終わるだろうが。」


ボルボは今にも殴らんとばかりに拳を握っている。

でも相手が怪我をするでしょう!断固拒否の姿勢を貫いて睨みつけていると肩をドンと突かれた。


「もうお前はいいい。どうせ娼婦になるんだから腕前を見たところで何の役にも立たねぇだろ。邪魔だから向こうに行ってくれ。離れた所からでも見てろ。」


ラッキー♪

私はウキウキでトラックの外側まで走っていき、倒木に腰かけた。逆に私があんたたちの実力をとくと拝見させていただきますよ。ついでに周りの人たちの動きも参考にさせてもらおう。何かに使えるかもしれないしね。





しばらくは真剣に二人の戦いぶりを見ていたのだが動きが単調過ぎて飽きてしまった。

もっとカンフー映画みたいにわくわくさせてほしい。ボルボとスバルさんの実力の差がありすぎるからかスバルさんが防戦一方になることが多い。せっかく三節棍を自在に操れるのだからもう少し早く変形させてボルボをシバきまくればいいのに。でもオッサンの動きが早いんだよね。戦い慣れてるっていうか、相手の動きをうまく読むんだよね。きっとスバルさんの視線や筋肉の動きから察してるんだと思う。あのオッサンを超えるのは至難の業だな。もうオッサンが“召喚されました~”って模擬戦に出ろ。


周りの人たちもそんなに代わり映えしない戦い方だった。

こういう展開の時はなんか凄いヤツが登場しないのか?極悪非道の最強戦士とか、魔術極めました男とか。

そんなことも全くないであろう平和な時間が過ぎていたので、今私は一本の木に向かって走り込み、幹の中ほどより上を蹴ってオバーヘッドキック状態でクルンと回転して着地するという大道芸を実践している。

これがなかなか面白い。ハムスターが回し車を延々走り続ける気持ちがわかる気がする。もう私も何回回っているか分からない。楽しい。そのうち幹を蹴った時に落ちてくる葉っぱを斬ってみたくなった。


助走をつけて走り込み、幹を蹴った瞬間に鯉口を切る。

逆さまの状態から一枚の葉っぱに狙いを定めて一閃!あー、思うようにいかない。ヒラヒラする葉っぱにはうまく当たらなさそうだ。それに斬った動作の後は着地するまでに納刀した方がカッコいいのではないだろうか。


試行錯誤した結果、葉っぱ斬りに成功!

やっぱり練習ってするもんだなぁ。視界にボルボとスバルさんが入ってきたので着地した後倒木に座ってこっちにやってくるのを待った。


「お前、何やってんだ。見てろって言っただろ。共通語の意味も分かんねーのか?あ?」


この人、口悪いなぁ。

だからクラウンも影響受けてるんじゃないの?王子様なのにあの口の利き方はないわよね。やっぱボルボが悪の元凶か。


「見てました。途中で何の変化もなくなってきたんで時間を有意義に使わせていただきました。以上です。」


つんと澄まして横を向いてやった。

ちらりとボルボの方を見ると怒りでプルプル震えている。おちょくるのって楽しい。相変わらずスバルさんはアワアワしている。平和主義なんだね。


「おい、あばずれ!腹筋・背筋・腕立て千回、トラック百周するまで帰ってくんな!夕食までには戻れよ。そうだな五時くらいだな。戻れなかったら飯抜きだからな!俺に誤魔化しは効かねぇから覚悟しろ!」


あばずれって久しぶりに聞いたわ。

目が血走っているし怖い。私はプロテクターを着けているから胸ぐらは掴めないので鎖骨あたりの服を掴み、今にも殴りかからんとばかりに拳を握りしめている。頼むから汚いお汁を飛ばさないでほしい。大きな声で罵声を浴びせられたものだから周りの人たちが注目しだしている。目立ちたくないから止めてほしい。そのまま突き飛ばされて尻もちをついてしまった。もう最初のダンジョンでつきまくってるから痛くも痒くもない。何か言いたげなスバルさんを強引に引きずってボルボは居なくなってしまった。


「はぁ、大きな声で怒鳴れば大人しくなるとか思ってるのかしらね。小さい男だわ。」


どうして誤魔化しが効かないのか分からないが、虚偽の報告をして信用を失うよりやってやったぜ感を出して大きく出たい。

地道にセットを組んで取り組むことにした。





日が傾き、訓練施設は一帯が夕焼けに染まっている。

帰り支度を始める人たちも多くなってきた。私はと言うとまだ後三セット残っている。自分で言うのもなんだけど結構頑張った。なにぶんスタミナがないのでランニングでへとへとになってしまう。もう汗でベタベタだ。クラウンにクリーンしてもらいたい。

美女が汗だくで黙々とメニューをこなしているものだから注目の的だった。言い寄ってくる奴等には適当に返事だけして後はフル無視を決め込んだ。トレーニング中はマズいと思ったのか途中からは終わり待ちの男性たちが次々と集まってきている。こんな時に無駄なイケメン(腹黒)がいてくれれば散ってくれていたものを。

とにかく、あと少し頑張らないと!




「だーっ、やっと終わった~。」


腹筋を最後にそのまま地面に寝転がる。

現実のジムでやっていたようなメニューとは言え、もう身体がバキバキで痛くてしょうがない。辺りはすっかり夕闇になっていた。まだ少し残っている男性たちは視界に入れずスタミナが回復したのを見計らって猛ダッシュでその場を離れる。途中何度か迷いそうになったが見覚えのある宿屋に辿り着いた。もうしんどすぎる。


「お帰りなさいませ。」


ホテリエが笑顔で迎え入れてくれる。

息の上がったクタクタ女をよくそんな笑顔で受け入れられるな。ホテリエに何とか会釈をして急いで食堂にいるであろうみんなの元へ向かった。





「ただいま戻りました、はぁ、疲れた。」


座れと言われていないが定位置になりつつある端の席にドカッと腰を下ろす。

案の定、マーキュリーがものすごく顔をしかめた。さらに私の腰の刀を何度も足蹴にしている。これ以上向こうには行けませんって。って言うか、人の大切なものを足で蹴るか?


「遅せぇぞ、三十分超過だ。もう飯は注文しねーからな。」


ボルボは木製のビアマグをわざとガタリと机に置いた。

そのまま骨付き肉にかぶりつきながらジロジロとこちらを窺っている。ちゃんとやってきたか確認しているようだ。でも見ただけでどうやってわかるのだろう。そんなスキルがあるのだろうか。

給仕が水を持って来てくれた。他の空いたコップにも水を注いで回っている。給仕が注文を聞きかけたとたんボルボが追い返してしまった。


「別に注文しなくても残ってるじゃない。勿体無いからいただきますよ。」


いくつかの皿に残っているものをかき集めると一人分くらいにはなる。

食べられない人もいるんだから感謝して食べなきゃね。空いている皿にせっせと残り物を入れていく。マーキュリーの前の大皿に手を伸ばした時にフォークを突き立てられそうになった。思わず皿を引っ込める。


「汗臭いだけじゃなく、貧乏くさいんですのね。育ちが知れますわ。」


マーキュリーは左手で頬杖をつきながら器用にフォークをくるくると回している。

人の手にフォークを刺そうとする人に言われたくありませんー!その前に私の刀を蹴ったよね?それこそ育ちが知れるわ!

無視して取り敢えず集めた食べ物を口に入れようとしたら今度はボルボに物言いをつけられた。


「言われたことはやってのけたみたいだが、まだ食っていいとは言ってないぜ。」

「そうですわ!それに違うことで汗をかいてきたんじゃありませんの?汚らわしいっ!男なら誰でもいいんじゃなくって?見境のない盛りのついた獣ですわね。」


もう、何なのよこの二人、勘弁してよ~。

これイジメでしょ。クラウンも何とか言ったらどうなのよ。私はイジメには屈しませんけれども!


「それってマーキュリーさんの事ですか?顔のいい男性がいたら目で追ってますよね。だいたい自分こそ娼婦のように露出してません?品がないのはどっちでしょうね。」


さらっと言い終えると、もぐもぐと残り物を口にした。

元々宴会でも残り物をせっせと食べていた私にとっては大したことではない。冷たくなったこれはこれで意外と美味しいのだ。細切れになっている肉を頬張ろうとしたとき、頭から勢いよく水が降ってきた。

何が起こったのか分からず顔を上げるとそこには鬼の形相をしたマーキュリーが水差しを掲げているではないか。周りのお客さんもみんな私たちの方を見ている。

あ、そういう事か。ムカついたから水をぶっかけたってやつね。極道映画の女の争いか少女漫画でしか見たことないわ。


私はおもむろに席を立ち椅子を入れた。

マーキュリーを見てにっこりと微笑む。私の挙動が彼女の思っていたものと違ったのか、たじろいで一歩引いた姿勢になった。そのまま私はゆっくりと彼女に顔を近づける。耳元で囁いてやった。


「あんた、処女でしょ。」


あは、ブチって音がした気がする。

マーキュリーは目にも止まらぬ早業で剣を抜き思い切り私に振り下ろしてきた。悪いけど私には最強の動体視力があるのよ。少し身体を傾けただけで軽々とかわしてやったわ。彼女ご自慢の宝剣は見事に床を粉砕しめり込んでいる。すかさず上から踏みつけてやった。


「どうかしら?自分の武器を足蹴にされた気分は。」


さらにめり込むように踏みしめる。

マーキュリーはもう鬼婆じゃないかと思うくらい醜い顔をし、真っ赤になって喚き散らしている。さすがにクラウンも彼女を羽交い絞めにして押さえつけた。


「マーキュリーさん、ありがとう。ちょうどさっぱりとしたかったのよ。夕食、ご馳走様でした。スバルさん、鍵貸してもらえる?」


いきなり話を振られたスバルさんは慌てふためきながらもズボンのポケットから部屋の鍵を取り出し渡してくれた。


「ありがとう。私、先に部屋に戻ってるわね。」


スバルさんに満面の笑みでお礼を言うと濡れた髪をかき上げ、颯爽とその場を去ってやった。

階段を上りながら食堂のざわめきを聞きつつ、ポーチの中のタバコを握りしめた。



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