魔族嫌い
クオンさんの店からはすぐに村の出口らしき場所に着いた。
現代でいう〇〇町くらいの規模だろうか。小さな村なのである程度は自給自足っぽい。街と街の間にあるから物資には苦労しないだろう。
「ご馳走様でした。それでさ、クオンさんって、愛人?何話してたの?」
ちらりとクラウンの顔を覗き込んだ。
めっちゃ般若みたいな顔をしている。王子様なんだから愛人くらいいてもおかしくないでしょ。市井の女性はマズいかもしれないけど。
「この辺りの様子を聞いてただけだ。」
「そんなの王国の調査員とかに任せたらいいんじゃないの?それくらい出来るでしょ?」
領地運営には調査員は使えないとか?
それともここはクラウンにとって大切な場所なのかもしれない。それならあまり詮索するのもよくないかな。それよりも早く次の街に着きたい。この村ではさっきの大男イベントだけだと思えばいいか。
「ま、いっか。王子様なんだから言えないこともあるわよね。さ、早くリンゴンに行こ!」
ちょっと小走りでクラウンの前に出てにっこり笑ってみせた。
これでちょっとは機嫌が直るかな。もう一度クラウンの顔を見た。“あぁん?”みたいな顔されてるんですけどー!何か私、選択肢間違えましたか?
「今から行っても中途半端な時間になるから無理だ。」
「じゃぁ、村に――。」
「戻っても宿泊施設はない。もう少し歩いて適当なところで野宿する。」
何でなのよ!
だったら最初から村に寄って野宿してリンゴンに向かうって言えばよくない?だいたい私、携帯食持ってないんですけど!その前にお金も貰ってないんですけど!
中途半端な時間でも街に行けばいいじゃん。仲間が待ってるんでしょ?そこに泊めてもらえば済む話でしょ?そんなに野宿が好きか?キャンパーなのか?野営人なのか?仮にも王子だろ!宿に泊まれ!
「不服か?」
「いいえ、別に。ただお仲間と待ち合わせてるんなら一緒に泊まればいいのになって思っただけです。」
どうよ、正論言うてやったわ。
“あ、そっか”とかぬかしやがったら、ぷぷぷーってバカにしてやるんだから!
「あいつらは多分リンゴンには泊まっていない。俺と合流するまで野営しながら鍛えてるからな。」
何それ、ブートキャンプか?
そんな屈強そうなメンバーがいるのなら、私必要ないよね?自由に冒険を満喫しちゃダメですか?
もう何も言いますまい。ただただクラウンに着いていき野宿の準備も全部彼に任せて、私はひたすら寝て過ごすとしよう。絶対に野生動物は食べませんから!
翌朝、目が覚めるとクラウンはいなかった。
近くに水筒らしき革袋と湿ったタオルが置かれていた。早速喉を潤し、タオルで顔を拭く。でも本当に不思議なのが、いくら顔を拭いてもメイクが落ちないことだ。現実世界もこれくらい便利になればいいのに。お気に入りの香水の匂いもちゃんとしている。もはや体臭がこれなのではと思うくらいだ。
そうこうしていると少し離れた場所に人の気配を感じた。
これが【探索】の感覚だろうか。魔物を探すときにしか使わなかったような気がするが人間に対しても使えるのだと初めて知った。そう言えばクラウンがやってたっけ。
今、意識しないで使っているということはフルオート状態なのだろうか?スキルの使い方も全く分からないし、その辺をもっとレクチャーしてほしいものだ。
どうやら【探索】に引っかかったのはクラウンのようだ。
木々の間から姿が見えた。一応道沿いから外れた雑木林のような所に野宿したのだ。道の傍で寝たりはさすがにない。それは私でもわかる。
「クラウン、おはよう。タオルとか水とかありがとね。宿に着いたら洗って返すから。」
「ああ、おはよう。それらは返さなくていい。お前にやるよ。」
あー、王子様は庶民の使ったものは要らないってか?
じゃぁ、ありがたく貰っておきますよ。それよりもお小遣いが欲しいわ。
既に太陽が真上を過ぎている。
この時間までにすれ違ったのは行商人のような三人組の男性のみ。過疎ってるでしょ。ランポーネからの大きな道には結構な人が行き交ってたよね?どんだけ遠回りしてんのよ。ランポーネからリンゴンまで一日もかからないんじゃないの?さてはあの村、結構離れた場所にあったな。クラウンはほとんどしゃべってくれないし。声くらい聞かせろ。癒せ。そんな思いが通じたのかクラウンが話しかけてきた。
「この辺のはずだ。少し待つぞ。」
「待つって、何を?」
「仲間だ。言ったろ、この辺りで研鑽してるって。魔物でも倒してるんじゃないのか。」
クラウンが立ち止まった辺りは丁字路になっている。
三方向を示す立て看板も立っている。きっと左右どちらかがランポーネとリンゴンで、こちらを指しているのがボイセンだろう。やっぱめっちゃ遠回りではないか。
ボイセン側の道の角にちょうど座るのに良さげな白い岩があった。
そこに座って【探索】を意識してみる。チリチリ感はないので魔物はいないようだ。動物とかはわかるのかな?左右を見渡すように、でも目視ではなくレーダー的なのを想像しながら首を動かす。なんかぶれる感じがするから首は振らない方がいいか。目を閉じるとその間になんか攻撃されてもやだし。どうすればいいの!息をするように自然に出来ないものかしら。常に情報が入ってきたら邪魔だから、知りたい時にだけピピッと分かるみたいな。やっぱ練習あるのみかな。
うんうんと試行錯誤を続けていると突然前方からものすごい勢いで近づいてくるものが引っかかった。
魔物や動物ではない。この気配は人だ。三人確認できるがそのうちの一人が猛ダッシュでこちらに向かっている。ヤバい、もうすぐそこまで来ている。頭のおかしな奴だったらマズいことになる。クラウンに伝えようか迷ったが、私は白い岩陰に隠れることを選択した。
クラウンだったらもう気付いてるだろうし、何とかするでしょ。
フードを目深に被り岩陰から観察してみる。
土埃を上げながら爆走してきているのはポニーテールの金髪の女性だった。クラウンは棒立ちしたままだ。怖くないのか?
「ダーーーーーーリーーーーーーーーン!!!」
叫びながら走ってきてるよ。
怖い怖い怖い。ダーリンて、鬼っ娘か!その後を男性二人が頑張って着いてきている。一人は若くて一人はオッサンかな。女性の方はどんどん近づいてくる。しかもスピードを緩めない。体当たりする気か?もしやこの人たちがクラウンの言う仲間だろうか。
「ダーリーン!お会いしたかったですわ!!」
マラソンのゴールテープを切るように両手を上げてクラウンに突っ込んでくる。
クラウンはすっと横にずれ華麗にかわした。金髪女性はハグを透かされ自分自身を抱きしめるような格好でたたらを踏む。それでも身体を反転させてクラウンの腕にしがみついた。胸当てをしていないから、もうクラウンの腕にはムニムニとおっぱいが当たりまくっている。どう見ても金髪女性が故意に擦り付けている感じだ。クラウンは微動だにしない。もしやああいう事をされるのが好みなのか?
「マスター、お久しぶりです。」
膝に手を当て息を整えながら額の汗をぬぐい、若い男性が到着した。
こちらの男性は20代半ばだろうか。可もなく不可もなくという顔立ち。要は特徴がない。髪も目も黒いから日本人をモチーフにしているのだろうか。服装もなんかありふれた冒険者基本装備みないな感じだ。もしかしたらものすごく丈夫な素材なのかもしれない。
で、マスターって呼んでるよね?クラウンがマスター?何の?召喚されたからか?
「おいおい、急に走るなよ。魔物退治中だったろ。はぁはぁ、、、、。」
最後に辿り着いたのはブルーアッシュのくせ毛で無精髭の小汚い顔の濃いオッサンだった。
たぶん普通の女子ならダンディーだとか言うんだろうけれど、私は小汚いのが嫌いだ。髭はきちんと剃れ。ソフトもじゃがさらに減点だ。寝ぐせなのかパーマなのかはっきりしろ。
「はぁー、疲れた。マーキュリーはクラウンの事となるとこれだからよ。たまには俺にも抱き着いてくれよ。いつでも大歓迎だぜ。倍返ししてやるよ。」
しかもエロときたら終わってるでしょ。
小汚くてガサツで女好き、嫌なタイプだわ。声だけはいいんだけどね。こういうオッサン俺様タイプにあるあるの声優さんって感じ。それだけに残念だわ。
「ところでよ、クラウン。そいつか?最後の召喚者ってのは。」
え?バレてる?
めっちゃ気配消してたんだけど。このオッサンが凄いのか私が消しきれてなかったのか。
「ああ、そうだ。おい、いつまでそうしてるんだ?早く出てきて挨拶してくれ。」
若い男と金髪女性は驚いた感じだった。
と言うことは気配は消せてたってことね。じゃぁ、このオッサンが凄いのか。仕方ない、ここはしっかり挨拶して皆に溶け込もうではないか。そういうの苦手だけど。
岩陰からゆっくりと出てフードを取る。
足をきちんと揃え背筋を伸ばし両手を前で揃えた。一応全員の顔を見ておく。金髪女性はずっとクラウンにくっついてるけど。
「アリスと申します。これからよろしくお願いいたします。」
腰から上体を一秒で下げて、そのまま一秒キープ、そして三秒かけて上体を戻した。
どうよ、完璧なお辞儀でしょ。男性陣は呆然とし、女性はきつく睨んでいる。はいはい、いつもの事ね。
「おい、クラウン。こいつ魔族じゃねーか!どうすんだよ。何か強力な魔術が使えるのか?魔族だから癒し手な訳ないだろ?こんななりだからタンクではないだろうしな。剣持ってるけど、まさか前衛じゃねぇよな?護身剣か何かだよな?」
捲し立てるように質問するオッサン。
最悪なものを見る眼つきに変わっている。一瞬鼻の下を伸ばしていたのに魔族とわかったとたんに掌返しだ。
「魔術というか、魔法が使えない。記憶も曖昧で常識がない。一応は剣士だ。」
「は?種族は?ヴァッサゴとかエリゴスあたりの有名どころだろうな?」
「いいや、サキュバスだ。」
「淫乱かよ!――あちゃー、ここでクラウンの幸運も尽きたか。この二人が良すぎたからなー。サキュバスで剣士ってあり得ないだろ。さっさと娼館放り込んでタンクかヒーラー雇おうぜ。」
クラウンの説明も説明だけど、オッサンも言いたい放題ね。
これが腹黒の言ってた“魔族嫌い人族”の態度か。他の二人が召喚者ってことはこのオッサンは何?クラウンのお付きの人?にしては王子様に対して馴れ馴れしすぎない?
オッサンとクラウンを交互に見ていたら、クラウンにべっとりな金髪女性がずずずぃっと前に出てきた。
「それに剣士ならあたくし一人で十分じゃありませんこと?そんな剣も握ったこともないような売女、必要ないんじゃなくて?何なら今、お相手いたしますわ。」
いきなり剣を向けられても困る。
見た感じかなりの手練れに思う。こんなところでやり合っても勝ち目は薄いし意味もない。私たちはパーティーになるのだから。売女は余計だけど、穏便に流しますか。
「そんな、先輩に剣を向けるなんてとんでもない。未熟者ですがよろしくご指導願います。」
「未熟と分かっているのであれば剣士なんて辞めて本業に専念なさいな。」
本業は会社員じゃい!
何処をどう見ても上から目線のお嬢様騎士って感じね。騎士なら騎士らしく装備を固めろ。胸当てしてないってどうよ。貫かれたら死んじゃいますよ。おまけに寄せて上げての盛り盛り仕様ブラではないか。そんなのちょっと動いたら乳首が“こんにちは“しちゃうわよ!あんなに擦り付けてたらクラウンにも貧乳がバレバレね。ヒラヒラのスカートにミドル丈のドロワーズって戦う気あるの?要は見せパンだよね?そっちの方が娼婦寄りじゃない?
もう何も言う気が無かったので黙っているとオッサンはクラウンの肩を組んで歩き出した。
リンゴンに向かっているのだろう。金髪女性も慌ててクラウンを追いかけ強引に腕を組んでいる。“リンゴンで娼館に入れる”だの“あの女に何かされませんでしたの”だの、仲間になる気が一切ないように見える。先が思いやられるなぁとため息をついたとき、肩を叩かれた。
「よろしくね、アリスちゃん。俺はスバル。棒術、えーっと棍使いかな。記憶が曖昧って召喚の時に何かあったりした?」
あの印象が薄い男性が話しかけてきた。
この人はまだまともなのかもしれない。棒術?どこに武器があるんでしょう。失礼ながらもじろじろと観察してしまった。
「あ、ごめん。俺より年下だよね?俺二十五だからさ。さっきの彼女はマーキュリーで、あの年上の男性がボルボさん。俺が一番目に召喚されて二番目がマーキュリーなんだ。ボルボさんはマスターの従者でなかなかの剣の使い手だよ。」
おー、説明君か。
ありがたい。こういうキャラは大切だよね。それにしてもマーキュリーにボルボって。クラウンとスバルは国産車じゃない。なんかウケる。
「はい、わかりました。よろしくお願いいたします。」
「そんなに硬くならないで、普通に話してくれて構わないから。」
「ありがとうございます。慣れてきたらそうさせてもらいます。色々教えてくださると助かります。」
最初っから馴れ馴れしく話すものではない。
私は会社でも丁寧語で通している。後輩にはたまに普通に話すこともあるけど。この人とは徐々に打ち解けあえたらそうしようと思う。取り敢えず一緒に歩こうと提案してくれた。
遠くに三人を見ながらスバルさんと肩を並べて歩いた。




