人間出来てます
私は灰皿に軽く灰を落とし右側を見た。
一つ間隔を空けて緩いウエーブのかかった茶色の髪の男性が座っている。清潔感のある白のブラウスにサスペンダーを着けている。どこかのボンボンのようだ。右の手の甲で頬杖をつきこちらを見ている。左手にはロックグラスを持ち、透明の氷と琥珀色の飲み物が入っていた。何か?この席は男性ホイホイなのか?全く落ち着くことが出来ない。
視線を正面に向けるとそのまま無視してまたタバコをふかした。
「見とれちゃうな。美しさは本当に罪だね。」
なんだか鼻にかかったうざったい声だ。
こんな言葉、生で聞けるとは思わなかったわ。逆に感動すら覚える。こいつも村人か?もう面倒臭すぎる。さっき追い返した男を見ていたでしょう。それとも自分ならイケるとでも思ったのだろうか。
目の前にいるジャックさんを通り越して遥か遠くを見ていた。もう隣は見なかったことにしよう。
「つれないね、ベイビー。一緒に飲まないかい?美味しいものも食べさせてあげるよ。」
ベイビーて、アニメでしか聞いたことないわ。
あー、相手するしかないのかなー。しゃべってたらタバコが勿体無いのよね。でも無視しても延々話しかけられたりしたら地獄だしな。おごってくれるのか?全て金で解決すると思うなよ。解決することが多いけれども!
もう一度灰を落とすとボンボンの方へ身体を向けた。
「ありがとうございます。でもあなたのお連れの方々が寂しそうにしてらっしゃいますよ。せっかく今日を楽しみになさっているようですし、お席にお戻りになった方がよろしいのでは?私ではご期待にはそえませんよ。」
ボンボンが座っていたであろうテーブルには美女二人が鎮座している。
めちゃくちゃこちらを睨んできているので丸わかりだ。いいではないか、そこそこの美人をもう二人も釣れているのだから。
私はあちらのテーブルに掌を向けてお帰りを催促する。
「三人だともっと熱い夜を過ごすことが出来ると思わないかい?恥ずかしがらないで、こっちにおいでよ。」
あー、こういうタイプかー。
マジ面倒だわ。夜まで何時間あると思ってんのよ。さっさと彼女たちをお持ち帰りして出て行ってもらおう。
「すみません、私、待ち合わせしてるんですよ。あなたほどではありませんがとても素敵な方なんです。ほら、彼女たち、あなたが私なんかに声を掛けるから悲しんでますよ。ここに長居されたらせっかくのいい雰囲気が台無しになりません?落ち着いたところに移られてはどうですか?」
首を少し傾げ、慈愛の笑みでボンボンを見つめる。
提案という名の強制退場じゃ。早よう、往ね。
「そ、そうだね、残念だけどそうさせてもらうよ。」
悲しんでいるというより帰りかけている女性陣を二度見して、ボンボンは慌ててテーブルに戻って行った。
きっともうすぐお会計をして出ていくだろう。主導権は彼女たちが握っているようだ。もうちょっと自分を磨きたまえ、ボンボンよ。
せっかくのタバコが根元まで灰になってしまった。
勿体無いけどもう一服させてもらいます。マッチで火を点け、オッサンのように堪能していたらジャックさんに声を掛けられた。
「嬢ちゃん、いくつだい?女性に歳を聞くのは失礼だってクオンには言われてんだけどよ。」
頭を搔きながら聞きづらそうに明後日の方向を向いている。
ジャックさん、いいわ~。無骨なオッサンって感じがいいわ~。クオンさんが躾けたのかしら。
「私、十七ですよ。」
「へ?マジか?それにしちゃ場慣れしてるっつーか、落ち着いてるっつーか、、、。」
「あぁ、よく言われます。こんな容姿ですのであの手の輩の対応はそれなりに心得てますから。」
おほほほほと口に手を当てにっこり微笑んだ。
本当は五十過ぎてますけどねー。基本、私基準のイケメンしか受付しませんので、他は無難なお断り路線でやらせてもらってます。
ジャックさんとのなごみの時間を過ごしていると、いきなりカウンターにドカンとビアマグを叩きつける音がした。見るとガラの悪そうな大男が仁王立ちしている。
「おう!オッサン!女とイチャついてんじゃねーよ。わざわざお代わり取りに来てやったんだぜ。」
見るからに冒険者風だ。
あちこちに傷跡がある。それをまるで勲章のように見せつけていた。私から言わせると、“怪我を負わされてやっと倒せたんでしょ、恥ずかしい“である。本当に強いのなら怪我しないでしょ。それにポーションとかがあるんだから治せって話。ビビるどころかアホなんじゃないかと思ってしまう。
「そんなに俺が気になるか?そうだろう、そうだろう。この鍛え上げられた肉体に目を奪われない女なんていねーもんな。俺の女にしてやってもいいんだぜ。結構な上玉じゃねぇか。」
そういう意味で見ていたんじゃないんですけど。
この世界の人々は自分中心で回っていると思っているのだろうか。そういう輩にやけによく出会う。なんかまともな人ってジャックさんだけだよね。垢抜けないオッサンだけど。改めてジャックさんの顔を見た。
「ちゅ、注文ならホール女性が受けるはずだが。」
私が顔を見たことで助けを乞うているように思われてしまったのか、ジャックさんは声を上ずらせながらも大男に言い返した。
ダメだよ、一応あなたも店員なんだから注文聞かなきゃ。ホール一人じゃ回んないよ。
「呼んでも来ねーから、こっちから来てやったんだろうが!こんなしけた村で飲み食いしてやってんだぞ、あぁ?」
「あたしゃ、呼ばれなかったけどね。」
クオンさんがトレーを持ちながらカウンター側までやってきた。
確かに私も注文する声は聞いていない。私、耳もいいからね、全部聞こえちゃうのよ。
「オバサン、耳遠いんじゃねぇの?俺はちゃんと呼んだけどな。じゃぁオバサン、追加でビール持って来てくれよ。」
オバサン連呼はダメでしょ。
クオンさんの顔がヒクヒクしている。こんなカスハラ野郎、殴っていいぞ。アメリカンを飲みながら傍観していると急に腕を引っ張られた。弾みでコーヒーカップを放してしまい床で砕け散った。
「お前は俺たちと一緒に飯食おうぜ。かわいがってやるからよ。」
大男は私の腕を持ったまま顎でテーブルを指す。
見ると最初にタバコを断った男がいる席だった。派手な女性もいる。パーティーメンバーなのだろうか。大男はニヤリと笑い、顔を近づけて酒臭い息をわざと耳元に吹きかけてくる。
はい、『クズ判定』出ました。半殺し、かくて―。
「クオンさん、この男、営業妨害ですよね。割れたコップ、この男の飲食代に入れてもらえます?」
「当り前じゃないか!でも悪いけど揉め事は御免だよ、外でやってくんな。」
クオンさんはトレーを小脇に挟んで腕を組み私と大男を睨みつけている。
私まで厄介者扱いとは困ったものだ。取り敢えずこの汚い手を解きますか。
掴まれた方の掌を大きく広げる。
大男に向かって大きく踏み込み肘を上げて振り切った。腕を掴まれたときの護身術だ。この技を知らないのか大男は何故手が外れたのか分からないでいる。その隙に軽く後ろに離れた。
「店の中で暴れたら迷惑でしょ。さっさとお金払ってしけてない素晴らしい街にでも行ったらどうなの?行かないのならここでの出来事をギルドに報告しようかしら?私、冒険者なんで。」
「なんだとぉ、このアマ!」
大男は目が血走り、まるで茹蛸のようになっている。
ギリギリと歯を食いしばり握り拳を作っていた。いいぞ、いいぞ、もっと怒れ。
「あら~、ブチ切れてますぅ?ここで暴れたらまた金額嵩みますよ。それに冒険者同士の私闘はギルドではご法度なんじゃないですか~?いい大人が小娘相手に本気になりますぅ?嫌だ、恥ずかし~。」
もちろん先に手を出してもらうための挑発だ。
そうしたら正当防衛成立でしょ。悪いけど二度と歯向かおうなんて気が起こらないくらいまで痛めつけますからね。まぁ、所謂“躾”ってやつですな。殺さないだけましに思いなさいっての。
私の“ヤル気”がダダ洩れだったのか、先ほどのタバコ野郎も派手な女性も慌てて大男を止めに来た。
“あの女はヤバい”だの“もう金がない”だの、お二人とも必死のようでお可哀想に。
「ご精算がきっちり終わったら、表に出てお相手してあげてもよくってよ。」
これ、言いたかったんだよねー。
女王様言葉“よくってよ”
悪役令嬢、憧れるわ~。ゴスロリみたいな恰好で言いたかったわ~。扇子で口元隠して言いたかったわ~。
妄想が妄想を呼び、どっぷりと自分の世界に浸っているとコツンと頭を叩かれた。
「痛っ、何すんのよ、もう!」
「そっちこそ、何してんだ。」
目の前にはクラウンが立っている。
あの大男たちは既に退散していた。お支払いも終わったようで、クオンさんは“まいどあり~“とウエスタンドアに向かって笑顔を振りまいていた。
嘘でしょ、どれくらい妄想してたのかしら。
「ちょ、ちょっといつの間に帰ってきたのよ!」
「今だ。」
「今って、いつよ。どの辺りなのよ。」
「なんかお前がトリップしてる辺りだな。」
「おっほー、聞かれてはいないのね、安心安心。じゃ、早くリンゴンに行きましょうよ。」
「いや、クオンに話があるんでな。もう少し待っててくれ。」
クラウンは床に割れたカップとこぼれたコーヒーの後を目で追ってカウンターを見ている。
あ、何か騒動があったと確信している目だわ。でも特に問題なく過ごせたんじゃないかしら?最後のアホを除いては。カップを割ったの私じゃないし。
「お前、タバコ吸うのか?」
「吸いますけど、何か?女性が吸ってはいけないとか法律ありますか?偏見じゃないですか?」
「聞いただけだろ。何突っかかってんだよ。なんか飲み物頼んで待ってろ。」
そのままクラウンはクオンさんと店の奥のスタッフオンリー的な部屋に入って行った。
それにしてもよく大男は耐えたな。メンバーが押さえた感じかな。かかってきてくれた方が楽しく成敗できたのに。
ん?成敗?何考えてるの私。何が楽しいの?ネットの正義中毒か!
怖いわ、なんか自分が強くなった気分でいる。『クズ判定』発動はヤバいな。でもあの大男は横暴過ぎたよね。人様に迷惑かけてたよね。だから仕方ないよね?
「嬢ちゃん、ブレンド淹れたからさ、割れたカップの片づけなんてしなくていいよ。店側の仕事だからさ。」
ジャックさんに言われて初めて自分が割れたカップを拾い集めていることに気付いた。
バックヤードで向かい合うクラウンとクオン。
長い沈黙の後、話し出したのはクオンだった。
「前のお姫様とはずいぶん違うね。あれで十七歳かい?妙に落ち着いてるのかと思いきや最後は結構ハラハラしたよ。いいとこのお嬢さんなのか言葉遣いや礼儀もよかったように思うね。」
クオンは【以心伝心】というスキルを持っている。
ジャックと共有することによってジャックが聞いた内容が全て伝わってくるのだ。
クオンは腕を組みじっとクラウンの顔を見つめる。
クラウンはバックヤードに置かれている缶詰や小麦の袋などを手に取りながら聞いていた。
「それで。」
「字が読めないんだって?魔族語なら読めるのかい?うちのがメニューを読んでもちんぷんかんぷんだったみたいだよ。」
「おそらく魔族語も読めないと思う。」
クオンは少し驚いたようだが、また話し始めた。
「一番安いコーヒーとタバコを注文したよ。お姫様とは大違いだね。あれは注文するだけ注文しといて“不味い”だの“量が多い”だの文句ばっかりでさ。うちのなんてまるで召使扱いだよ。顔には出さないがかなりイラついてたね。」
ジャックの不機嫌そうな態度を思い出したのかクオンはくすりと笑った。
何を言っても堪えない旦那があの時ばかりは最高に機嫌が悪かったのが面白かったのだろう。
「変な男に絡まれてもうまくあしらってたね。丁寧な口調でやんわりと断ったり、核心をついて追い返したり。ああいうのに慣れているのか全く焦りは見えなかったよ。尻軽ではないから安心しな。まぁ尻軽でないにしてもあのお姫様は少し男にちやほやされたらあんたの金なのにガンガンおごってたからね、どうしようもない女だよ。比べちゃいけないんだろうけど、どうしてもお姫様は悪目立ちしすぎたからね。」
「マーキュリーの事はもういい。他には何かあるか?」
クオンは余程お姫様ことマーキュリーが気に入らなかったのだろう。
はいはいという感じでエプロンのポケットに手を突っ込み、壁にもたれ大男に絡まれたときのことを話しだした。
「あの男に掴まれた手を振り解いたのには驚いたね。完全にテーブルに連れてかれていやらしい事されると思ったんだけどさ。うちの備品のことも気にしてくれてね。ただ、最後の方は完全に相手の事を挑発してたよ。」
「そうだったのか、、、。」
クラウンは思い当たる節があるのか顎に手を当てて少し考えるような仕草をしている。
ここに来る前の容赦ない振る舞いを思い出しているようだった。
「結論から言うと、あの子は一応控え目で人当たりがいい、けど芯のある人物だね。歳の割りには思慮深いし警戒心も強い。正義感が強いように見えるけど行き過ぎには気を付けた方がいいよ。素直なようだけど何か隠しているような感じがするから本心かどうかは分からないけどね。総合的にはまあ出来た人格、いや魔族だから魔格かしら?これがあたしの見立てだよ。」
そう言ってクラウンに右手を差し出す。
クラウンは金の入った革袋を手渡した。これが見立ての報酬なのだろう。
「まいどあり。よかったんじゃない?最初の男の子もいい子だったし。一人くらい面倒なのがいても何とかなるでしょ。」
ずっしりと重い革袋にご機嫌なクオンはクラウンの肩をポンポンと叩いた。
ガチャリと奥の扉が開いた音がした。
コーヒーも飲み終わったところだしちょうどいい時間ね。タバコとマッチはポーチに仕舞っておく。
「おい、行くぞ。」
クラウンに声を掛けられたので慌てて席を立つ。
置いて行かれるのは御免だ。
「ジャックさん、ご馳走様でした。美味しかったです。クオンさんもお世話になりました。」
「あたしは何にもしてないよ。」
そうは言っても少し迷惑を掛けたと思う。
ちゃんと挨拶をするのは人として大切なことだ。私はお店を出るときには必ず“ご馳走様”と“美味しかったです”は言うようにしている。別にいい子ちゃんアピールをしているわけではない。それが普通だと思っているからだ。自分で言うのもなんだけど人間出来てますからね~。
お辞儀をして急いでクラウンを追いかけた。




