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これよこれこれ!

道端や林に転がる無残な死体。

クラウンが対応したゴロツキは気を失っているようだが、死体になっているのは私の仕業だ。『クズ判定』を下したこともあって、私は悪人には容赦しないということが改めて分かった。ゲームだと認識しているので現実では絶対にやったりしないが、若い子たちがこんなゲームをしたら現実と区別がつかなくなるのではと思った。このゲーム、危ないんじゃないの?私もこのまま麻痺しちゃわない?やはり早く抜け出さないと感覚がおかしくなりそうだ。


「防水耐性のある装備、選ばなかったのか?」


その声で我に返るとクラウンが呆れた顔で私を見ていた。

そう言えば防刃耐性しか勧められなかった。店員もまさか私がウォーターガードを使えないなんて思ってもみなかったのだろう。黒だからわかりにくいがかなりの返り血を浴びている。最悪だ。


「あの~、“クリーン”していただけませんでしょうか?」


せっかくのお気に入り装備がこんな初歩的な選び方ミスで台無しになってしまった。

がっくりと肩を落としクラウンにお願いした。


「マントだけは綺麗なもんだな。ユージーンか?」

「うん、これと刀だけは腹黒が買ってくれた。」

「あいつ、わかっててやりやがったな。」


そう言ってしぶしぶ“クリーン”をかけてくれた。

わかってて?ってことはあの腹黒、こうなることを予想してたのね。もうホント、居なくなってからでも嫌がらせってどういう事よ。あのニヤついた顔が思い出される。つくづくムカつく男だわ。ムカつくと言えば―――


「クラウン!私を生贄にしたわね!!どうしてそんな非道なことが出来るの?女の子よ!」


”あーまた始まった”みたいな顔をするクラウンに畳みかけた。


「あのまま放置されたら、私、あいつらのオモチャにされてたのよ!置いていくとかあり得ないわ。こっそり抜けたり逃げたりできたでしょ?私のこと、どうでもいいの!?」


クラウンは既に耳の穴に指を突っ込んでいる。

どうしてこの物語のキャラはこんな薄情なやつばっかりなの!クラウンはまだいい子寄りだと思っていたのに。寂しくなってしゃがみ込んでしまった。こんな鬼畜ゲー終わらせたい。


「どうでもいいなんて思ってない。何度も言わせるな。」


あぁ、顔を見ていなかったら完全にナッシュだわ。

あーん、ナッシュナッシュナッシュ―――――――!!もうあなたの声だけモドキでは癒されないくらい心はズタボロなんです。うちに帰って映像あなたを見たい。

そのまま動かないでいると不意に優しく二の腕を引き上げられ立たされた。


「お前の実力を見たかったんだ。本気を出させるには窮地に立たせないとダメらしいからな。お陰で変わった戦い方を観察できた。」


誠実な眼差しで私を見つめるクラウン。

やっぱりいい子なんだ。ん?待てよ。ダメらしい?人づてに聞いてる?


「くそっ、それも腹黒の入れ知恵ね!どうしてアイツはああなの!クラウンもアイツの言うこと聞き過ぎよ!汚い大人になっちゃうわよ!」

「汚い大人って、、、、そうしないとお前、逃げること優先に考えるだろ。」

「当り前じゃない!誰彼構わず斬りつけてたら頭おかしい人でしょ。」

「既に頭がおかしい戦い方だと思うがな。剣を蹴り飛ばしてあそこまで正確に当てるか?どこからそんな発想が出てくるんだ。」


クラウンは半ば呆れたように転がっている死体を見ている。

そうだ、こんな言い合いをしているが私の周りは惨殺死体だらけなのだ。普通じゃない。血なまぐさい臭いがプンプンしている。鼻がいいだけに私にはキツい。


「そんなこと言われても、、、ヒミツよ、ヒミツ。」

「スキルに関係するんじゃないのか?って聞いても何使ってるか分かんねーんだもんな。」


思い当たる節はある。

【ソウゾウ】だろう。思い描いたように行動できる。今まで見てきた知識がフル活用できるのだから。あまり剣が高く上がらなくてもサッカー漫画を応用して叩き込めた。それ以外に思い付かない。このことはバレるまで内緒にしておこう。何でそんなことを思いつくのかなど問い詰められても説明が難しいし漫画とかアニメとか時代劇って言っても理解されることはないだろうから。


「これって、このままにしておくの?他の女の人は?助けは来ないの?」

「残念ながら女性は全部殺されてる。【探索(サーチ)】しても生存者はいない。そろそろ()()()がギルドへ連絡していると思うからしばらくしたら冒険者が処理しに来るんじゃないか?」


また腹黒か。

もう私たちが戦う前提ですよね?はぁ、ないわ。踊らされてる感半端ないわ~。


「取り敢えずこの林を下って脇道に出るぞ。そこから近いボイセンという村に寄っていく。」


クラウンはいそいそと茂みに入って行った。

気を失っている者は起きたりしないのだろうか。冒険者たちの到着前に逃げ出したりしないのだろうか。少し不安がよぎる。


「あれ?リンゴンって街に行くんじゃないの?待ってよ~。」


クラウンは気が付くと直ぐに私を置いてけぼりにする。

優しいのか優しくないのかわからない。急いで後を追いかけた。





のどかな一本道を私たちは進んでいる。

あれから林を抜け、沢を横切り、ザ・田舎な場所に出た。ランポーネの街を出て直ぐのあの馬車が通れそうなくらいの道とは違うようだ。ここからでも村の入り口は見えている。見えているのになかなか辿り着かない。これが何もない一本道の恐怖だ。


「ここで何かあるの?」

「俺はちょっと用事を済ませてくるから、村の酒場で待っていてくれないか?」

「え?知らない土地だし一緒に行くよ。一人は嫌だもん。」

「悪いが俺一人で行かなきゃならないんだ。子供じゃあるまいし、何か飲み食いして待っててくれ。代金は俺が払うから。」

「怪しいわね。愛人でも囲ってる?ん?」


肘でつんつんとクラウンをつついたら本気で怒られた。

私は字が読めないから酒場が何処かも分からないと言ったのだが、黄色い建物で酒のマークが見えるから絶対に分かると言われた。これで分からなかったら何を言われるかわからない。緊張する。


ボイセン村に入ると直ぐにクラウンはどこかに消えてしまった。

昼を回っている時間なのか、余り村人を見かけない。本当に何もないところだ。立ち寄る旅人はいるのだろうか?めちゃくちゃアウェイなんですけど。フードは被らなくても大丈夫だとは言われたものの、目立つのは嫌なんで被っておいた。


とにかく黄色い建物を探す。

黄色いって、どれくらい黄色いのかもわからない。こんな自然体な村にどぎつい黄色の建物があれば直ぐに分かるはずだ。

やる気のない青果店を過ぎたあたりで、黄色にも見えなくはない建物を発見した。

黄色というか、ペンキ剥げてますよね。色褪せてますよね。突出看板の絵も剥げてますよね。辛うじてビアマグとフォークとナイフの絵が見える。

勇気を出してウエスタンドアを押して中に入った。


「いらっしゃい!空いてる席にどうぞ!」


エプロンをした威勢のいい女性が声を掛けてくる。

そのまま料理を両手にテーブル席の客の方へと行ってしまった。見渡すとテーブル席は結構埋まっている。どこに座るかが問題だ。知らない土地の知らない店では脱出経路も計算に入れた方がいい。奥の壁沿いにはファミレスのような席もある。でもあそこは囲まれたら終わりだ。私は敢えてカウンター席の入り口から見て奥側の端に座った。


「すみません、クラウンという男性からここで待つように言われました。マスターのクオンさんで間違いないですか?」


フードを脱いでカウンターでコップを磨いている男性に声を掛ける。

無精髭を生やし、何故かねじり鉢巻きをしている男性は私を一瞥すると“俺じゃねぇよ”と言ったきり、またコップを磨き始めた。


「あたしがここのマスター、クオンだけど?何か用かい?」


真後ろから声がした。

先ほどの女性だ。髪をアップにして化粧映えする顔立ち、私よりは背が低いが女性としては高い方だろう。私は慌ててスツールから降りて挨拶をする。


「あ、すみません。私はアリスと申します。ここで飲食をして待つように言われたのですが、クラウンさんからお話は聞いておられますか?」


クオンさんはじろじろと値踏みするような感じで私を見る。


「ふぅん、そうかい。注文ならその男にいいな。」


顎でカウンター内の無精髭を指すと他の席から注文の声が上がりクオンさんは去っていった。

聞いているって事でいいんだよね?なんだか怖そうな口調にも聞こえなくはないが、酒場の女店主なんてみんなそんなもんだろう。客層もさして良くない場所のようなのであれくらいの方が舐められずに済むのだろうと思う。取りあえず無精髭に注文するかな。無精髭と言っても絶対に私よりは若いと思う。30半ばくらいだろうか。こういう場合は“お兄さん”でいいかな。


「あの、お兄さん、注文してもいいですか?」


お兄さんと呼ばれて零れ落ちるくらいに目を見開いた無精髭は慌てた感じでカウンターを指差す。


「メニュー、そこに立てかけてるだろ。それに“兄さん”なんて呼ばないでくれ。ジャックって名があるんだ。」


照れているのだろうか?

普通、居酒屋などでは店員さんを“お兄さん”“お姉さん”と呼ぶ。その感覚で呼んでしまったのだがこの世界ではダメなのだろうか?名前で呼ぶ方が馴れ馴れしくて嫌な気がするけど。

取り敢えずスタンドに立てられてあるメニューを手に取った。読めるわけがない。値段はわかるが何かがわからない。


「あの、すみません。コーヒーってあります?」

「は?そこに書いてるだろ。どれがいいんだ?」


そことはどこだ。

知ったかするよりも聞いた方が早い。


「私、字が読めないんです。どんな種類があるんですか?どのあたりに書かれてますか?」


“ガーン”みたいな顔をされた。

字が読めるようになりたい、切実に。


「下から四行がコーヒーの種類だ。上から“アメリカン”“ブレンド”“カフェラテ”“エスプレッソ”だ。」


うわぁ、覚えてるんだ。

現実世界と同じ名称だがどう見てもそうは読めない。なんかミミズが這っているような記号のような変てこな文字だ。


「じゃぁ、アメリカンをお願いします。」


一番安いしね。

人のお金で飲み食いはちょっと気が引ける。なるべく安いものを注文した方がいい。昔の私なら自分の好きなのをお金なんか気にせずに注文したものだ。メッシー君はそのためにいたのだから。


「あの、メニュー、全部覚えてるんですか?よかったら上から順番に何が書いてあるのか教えてもらえますか?」


今度は驚かずにいてくれた。

中挽きの粉の豆をペーパーフィルターに入れアメリカンを作ってくれている間につらつらと読み上げてくれた。

淹れ終わった頃には両面のメニューを全部言い終えていた。やっぱり文字の法則性がわからない。あいうえお表みたいなのがあればいいのだけれど。


「ほら、入ったぞ。」


そう言って無精髭ことジャックさんはかわいらしいカップを差し出した。


「ありがとうございます。いただきます。」


あー、これこれ。

よくファストフード店で100円コーヒーを飲んでたっけ。コーヒーは苦手だったがタバコを吸いたいがために克服したのだ。懐かしい。あの頃は店内喫煙可だったからね。そう言えばここのカウンター内の棚にもタバコが並んでいる。もう何日も吸ってないし吸いたくなってきた。でもどれがメンソールかわからない。ガツン系は苦手だ。


「嬢ちゃん、タバコ吸うのかい?未成年じゃないだろうな。」

「あ、はい、魔族なんでもう成人年齢になってます。」


あれだけじろじろタバコの棚を見ていたから吸いたいのがバレバレのようだ。

確かメニューにタバコも載ってたよね。一番最後に言われたから、、、、20円?安っ!!

アメリカンが180円?なのに?何か桁間違えてない?

ここはお店のためにも正してあげないと可哀想だ。いくら何でも安すぎる。


「えーと、タバコ安すぎません?金額間違えてませんか?」


おずおずとジャックさんに聞いてみた。

今度は“何言ってんだコイツ”って感じで見られている。


「は?20ベリだが?こんな不健康なもん、買うやつの方が珍しいよ。どれか選ぶかい?」


ふ、ふ、不健康。

ええ、わかってますとも。でも止められないんですよ。こちとら三十年の大ベテランなもんでね。ニコチン・タールの多いのは無理だけど、一ミリのメンソールは愛用品だ。


「あの、一ミリのメンソールはありますか?」

「は?何だそれ?聞いたことねぇな。タバコだぜ、何かと勘違いしてやしねーか?」


え?通じない?

アメリカンとかカフェオレとかあるくせに、ニコチンとか分かんないの?メンソールも?何なん、この世界観。カウンターにタバコを並べてくれてはいるのだが、字が読めないんだって!

なんとか数字を見てわからないものかとタバコを手にして悩んでいたら、すっと横からタバコを箱から一本出した状態で差し出された。


「味に迷ってんだろ?どう?よかったら俺の一本やるよ。吸ってみな。」


いつの間にか横のスツールに座って若い男がニヤついていた。

こざっぱりとしているのだが胡散臭い。現実世界でもこの手の男はたくさん見てきた。装備は付けてないので旅人なのか村人なのか分からない。下手に刺激して面倒なことになっては困る。


「すみません、見ず知らずの方からは物を貰ってはいけないと教えられております。お気持ちだけ頂きますね。ありがとうございました。」


にっこりと笑ってからコーヒーを飲み、一切男性の方は見ないようにする。

普通はこれで引き下がるだろうと思い、ジャックさんに話しかけようとしたらまたしつこく誘ってきた。


「ここで会ったのも何かの縁だろ?気にしなくていいって、な?」


タバコを押し付けぐいぐい迫ってくる。

近い近い、ソーシャルディスタンスを守れ。そのうち軽いボディータッチなんかしてくるんだろうな。もう、はっきり言っちゃうか。


「申し訳ないんですけど、封を開けられた物を口には出来ません。このご時世、何を仕込まれているか分かったもんじゃありませんから。そういうのって常識じゃないですか?」


姿勢を正し、相手の目を見て感情を殺した口調で言ってやった。

デレデレしていた若い男性はみるみる顔男赤くして怒りの表情になる。


「美人だからって調子に乗んなよ!魔族のくせに!」


ダンダンと足を踏み鳴らして後方のテーブル席に去って行った。

“玉砕したわね”だとか“俺の勝ちだな”とかワイワイと騒がしい。きっと落とせるか落とせないか賭けでもしていたのだろう。くだらない。


「大丈夫か嬢ちゃん、あんな言われ方して。」


ジャックさんは心配そうに顔を覗き込む。

こういう店の人っていい人多いよね。クオンさんの旦那さんかな。尻に敷かれてそー。ちょっと想像して笑ってしまった。


「あんなのいちいち気にしてたら生きていけませんよ~。それよりもここに書いてる数字の1の前の言葉って何ですか?あとこれも。」

「ならいいんだけどよ。あー、どれどれ、、、、ビリヤニだな。こっちは薄荷だ。」


おお!ビンゴ!

ヤニってことはタールよね。薄荷はメンソールじゃんよ。これよこれこれ!


「じゃぁ、これ貰います。あとマッチもください。」

「わかったよ、まいどあり。《着火》使わないのか?マッチはタダだ、ほらよ。」


タバコ一式と灰皿を渡してくれた。

生活魔法使えないんですぅなんて言わない方がいい。マッチは趣がありますからねと誤魔化しておいた。そう言えば最近喫茶店や旅館でもめっきりマッチを見なくなった。愛煙家にとっては寂しい限りだ。

このタバコはボックスタイプだからよれなくていい。慣れた手つきで一本口に咥え火を点けた。ゆっくりと吸い肺に煙を充満させる。そして先ほど若い男が座った方とは反対側に煙を吐く。至福の時だわ。うっとりとしながらアメリカンを飲む。思い出すな、仕事抜け出してファストフード店で休憩してたっけ。目を瞑りそんな思い出に浸っていると、また右側に人の気配を感じた。



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