『クズ判定』
翌朝、ノックの音で目が覚めた。
まだ眠っていたい。身体が痛い。筋肉痛みたいだ。寝返りを打って二度寝を決め込もうとしたときに耳元で腹黒の声が聞こえた。
「一緒に寝ますか?」
反射的に飛び起きた。
すぐ傍には紅茶を入れている腹黒がいる。普通勝手に入ってくるか?
「これを飲まれましたら、お着替えになって食事処でお待ちください。クラウン様もお越しになられますので。」
それだけを言うと直ぐにワゴンを押して出て行ってしまった。
断じて何かを期待していたわけではない!
美味しい紅茶をいただいて気分を落ち着かせると昨日買ってもらったカッコいい装備を身に着けて食事処へ向かった。
朝食にしては遅い時間なのか食事処にも空席が目立つ。
奥の方の席にクラウンを見つけた。
「おはようございます。」
軽く頭を下げてクラウンの前の席に座る。
挨拶をされるとは思ってもいなかったのか彼は少し驚いていた。挨拶くらい普通でしょ、って言うか常識よね?
「あぁ、おはよう。今日は飯を食ったら直ぐにここを経ってリンゴンに向かう。荷物はもう持って来てるな?」
「ええ。」
荷物って、何にも持たせてくれてない癖に。
話の邪魔にならないように給仕が朝食のトレーを置いている。置き終わった後の給仕に軽く会釈をしてクラウンに尋ねた。
「リンゴンって街の名前?」
「そうなんだが、街というより訓練場が大きくなって施設が後から出来た感じになるな。ここのような観光地じゃないから一般人は少ないが、訓練を目的とした者が数多くいる。近衛の実施訓練場もあるしな。」
「どうして王都に直接行かないの?」
「そこで仲間と待ち合わせしてるからだ。」
どうせなら王都で待ち合わせすればいいのに。
クラウンにはクラウンの考えがあるのだろうから口には出さない。とにかく今は美味しく朝食をいただこう。腹が減っては戦は出来ぬってね。
腹黒に見送られて樫の木亭を後にした。
もうヤツの顔を見なくて済むと思うと清々する。上機嫌で鼻歌を歌っている私にクラウンが話しかけてきた。
「普通の道を行きたいか?それとも近道がいいか?」
「そんな聞き方するくらいだからどっちかが胡散臭い道なんでしょ。」
「察しがいいな。普通の道なら時間はかかるが安全に目的地に着く。近道は山賊が出るんだ。剣士としてなら近道の方がいいんじゃないか?」
「何で倒す前提なの?近道をこっそり抜けるとか考えないわけ?それに山賊が出るならそれこそ近衛とか上級冒険者に討伐依頼が出てるんじゃないの?」
山賊がいるという情報が出回っているなら何故公的機関が対処しないのか。
普通なら山狩りとかして壊滅させるはずだ。もしかするとこれがイベントなのかもしれない。
「あいつらは捕まえても捕まえても虫けらのように湧いてくる。この間も駆除したところだ。」
「どんだけ悪人の人口多いのよ。わかったわよ、近道を選べばいいんでしょ。でも無駄な戦いはしないからね。穏便に済ませられるならそれに越したことはないんだから!」
結局シナリオ進行型か。
適当に刀ぶん回して追っ払って完了させよう。新しい街にも早く着きたいし、サクッと終わらせましょう。
通行人や馬車はみな右の方の大きな道を進んでいく。
だったら私たちも馬車に乗ればいいではないか。立て看板にも多分次の街の名前が書かれているのだろう。私には読めないのだけれども!
私たちはというと、なんだか道というよりも獣道っぽい山道に入って行ったのだ。
しばらく草むらを歩いていると、あまり使われていなさそうな道に出た。デコボコと石が剥き出しになった何とも歩きにくい土の道だ。
先ほどの道との違いに唖然としていると、向こうから男性がよろよろと歩いてくる。
足取りが覚束ないようだ。
「た、助けて、、、く、れ。つ、妻が、、、。」
目の前で男性が倒れる。
背中には数本の矢が刺さっていた。クラウンと顔を見合わせる。向こうからは数人の男がゆっくりと弓を構えて歩いてきていた。そのうちの一人が矢を放つ。クラウンは首だけ傾けるとそれをかわした。
「お兄さんたち、ここ通りたいの?だったら通行料払ってよ。払わなかったらそうなるよ。」
弓を放ったモヒカン野郎は倒れた男性を顎で指す。
どこにでもいるのね、世紀末な野郎たちって。私は無視して倒れた男性の首元に手をやった。脈はない。もう死んでいた。
ふと見るとクラウンは先に進んでいる。普通こんな時なら声を掛けるでしょう。慌ててクラウンに駆け寄った。
「どうしたぃ?払ってくれるのかい?」
もうなんか弱キャラ確定っぽい話し方が無性に気に障る。
一発ぶん殴ってやりたい。あっという間に数人に囲まれた状態になってしまった。クラウンは無言で正面に立っているモヒカンの肩を押しのけ先に進んで行く。
いやいやいやいや、クラウンさんや、この状況がわかってますか?
「雑魚に用はない。頭目がいるだろう。行くぞ。」
それ言っちゃう?
このモヒカン、絶対に怒りますよ。仕方なく、ささっとクラウンの二の腕を掴んでついて行く。
「あぁ?何だとコラてめぇ!どこの世間知らずか知らねぇが舐めた真似すんじゃねーよ!」
やっぱり後で騒いでます、絶対に射られます!
それでも歩みを止めないクラウン。すると横から前からわらわらと男たちが湧いてきた。よく見ると茂みで裸の女性が犯されている。一人ではない、あちこちで小さく喘ぎ声が聞こえてくる。
前方から見るからに“お頭です“的なゲスいオッサンが歩み寄ってきた。
なんだか日本の山賊って感じの格好でちょっと笑えてしまう。イベント戦が始まるのかしら。
「よぉ、威勢のいい兄さんよ。金さえ貰えりゃ通してやるって言ってんだ。うちの若い奴等は元気がいいもんでな、俺でも手ぇつけられねぇ時があるんだよ。さぁ、有り金出しな。」
和風オッサンはドスを抜いてちらつかせる。
もう前の私ならビビりまくって固まっていただろう。今ではこれっぽっちも怖いとは思わない。そしてドスを持ってカッコいいのはあの某ゲームの眼帯男だけなのだ。今すぐ引っ込めろ!
「生憎だがお前らに渡す金はない。その女をくれてやるから俺だけ通るぞ。」
そうそう、金はない。って、何言ってんの!女って私?
クラウンはそのまま真っ直ぐ歩いていく。
「ちょっと、クラウン!待ちなさいよ!どういう事よ!」
「お前も通りたかったら自分で何とかしろ。じゃぁな。」
またもノールックかい!
モヒカンたちが私を取り囲む。肩や腕を掴まれたら終わりだ。隙を見て後方に飛び退いた。じりじりと迫ってくるが、おそらく和風オッサンのオッケーが出なければ襲わないのだろう。ざっと見て八人くらいだ。遠くにはまだ六人はいる。
「兄さん、気前がいいね。だったらついでにその上等な服と剣も置いて行ってもらおうか。」
和風オッサンはゲヘゲヘ言いながら前を歩くクラウンの剣に手を伸ばす。
その瞬間、クラウンは剣を振り下ろしていた。
「うぎゃーーーーーーー!!!!」
クラウンの足元にはオッサンの右手が転がっている。
「何すんだ、貴様!!ひぃぃぃ、痛い痛い痛い!!!!お前ら、助けろ!」
血しぶきを上げて手首を押さえながら和風オッサンは痛さに転げまわっている。
私を取り囲んでいた男たちもクラウンとオッサンを注視していた。一人の男がオッサンに駆け寄る。
「おぉ、サンジ!この前商人から奪ったポーションあるだろ、早くポーションを、早くしろ!」
サンジと呼ばれた男は懐からポーションを取り出すのかと思いきや、短刀を抜いてオッサンにとどめを刺した。
典型的な下克上だな、世紀末っぽい。
「イヒヒヒヒヒヒィ!目障りなオヤジさんは死んだぜ!今日から俺が頭だ!俺が一番強いってことを証明してやる!金も女も俺のもんだぁぁぁぁ!」
サンジは高らかに雄叫びを上げて短刀を天に突き上げた。
「何言ってんだ!それなら俺がこの男を殺っちまって、ボスになる!」
「なら、俺が殺る!」
次々と名乗りを上げる山賊たち。
俺も俺もというノリになるところが知能の低さを物語っている。なんなんだ、このベタな展開は。製作者ももっと話を作りこまないとユーザーから酷評を浴びると思うのだが。
それに山賊たちもクラウンの一連の動きを見ただろうに。自分の能力を知っていたらそんな大それたこと言えるはずがない。どう考えてもクラウンには勝てないだろう。
私を放置して山賊たちは無謀にも我先にとクラウンに襲い掛かって行った。
「ほんと、お前らクズだな。」
クラウンがぼそりと言った一言が、私の現実世界でのことを思い出させた。
私の住んでいるマンションは駅近な割には家賃が安い。
五階建ての最上階、角部屋だ。残念ながらエレベーターがない。それでも運動になると思いそこは目を瞑ることにした。まあまあ眺めもいいし角部屋だからベランダでタバコも吸える。2LDKということもあり即決で入居した。
しかしながら私にとっての快適空間のはずが、夜になると大問題が発生することが判明した。
マンションの直ぐ傍にある国道を爆音をまき散らしながら車やバイクが走るのだ。そのせいでテレビの音が全く聞こえない。
夜と言えば私のゴールデンタイム。
そうアニメの録画鑑賞会だ。もちろんイヤホンをしてアニメに没頭する。それなのに奴等の爆音は音声をかき消していくのだ。奴等のせいで何度巻き戻ししたことか。全く内容が頭に入ってこなかった。
とうとう“あ、来るな”というのがかすかな音で分かるようにまでになった。
イヤホン越しでも遠くからあのエンジン音が聞こえてくるのだ。そんな時は録画を一時停止してベランダに出る。一服しながら奴等が遠くへ走り去るのを待つようになった。ベランダにはキャンプ用の椅子、灰皿をちゃんと用意してある。
マンションの斜め前あたりに信号があった。
夜間になると点滅になるやつだ。奴等は信号ではきちんと停止する。(中には信号無視をする奴等もいるのだが)それがまたうるさい。エンジンを切れ。もう乗るな。
アニメで癒されたいのにどうしてあんなアホなやつらに妨害されなければならないのか。
だんだんと殺意が湧いてきた。もちろん実行には移さない。お得意の脳内処理だ。
あの国道にピアノ線を張ってやったり、スナイパーになってヘッドショットを決めてやったり。どうせ禄でもない奴等なんだから悲しむ人なんていないだろう。
“どうしてだよ!チクショー!”とか言うのは同類の奴等だけだ。あんな子供を持った親も死んでくれてよかったと思うはずだ。人様に迷惑を掛けてばかりの子供にお手上げ状態もしくは無関心な状態だと私は勝手に思っている。悲しみ怒る親はこれまた同類なのだろう。というわけで毎回一人残らず狩らせてもらっている。
かくして私はこの脳内処理を『クズ判定を下す』と命名した。
もう何回クズ判定を下しただろう。いつも匿名の正義の味方になった気分になれた。
「そうよ、『クズ判定』を下せばいいんだわ。ここはゲームの中だもの。」
追剥ぎ、強姦、殺し。
こんなことをしている奴等が死んだって誰も悲しまない。駆除されて当たり前。クラウンも虫だなんてうまく言ったものね。バカどもがわらわらとクラウンの方へ斬りかかっている。
やはり中にはどさくさ紛れに私を犯そうという輩も出てきた。やっぱりクズだ。
五人ほどだろうか。
中には間抜けにもズボンを上げながらよたよたと歩いてくる者もいる。一度にかかってこられる数は三人が限度だと聞いたことがあるので取り敢えずは手前から順に倒していくことにする。
『クズ判定』発動!
弓使いに気をつけながら、一番手前の男に照準を合わせる。
こいつは格闘タイプか?得物は持っていないようだ。腰を落とし静かに鯉口を切る。瞬時に相手の間合いに踏み込み、抜刀からの一閃。
「あがぁぁぁ!!」
男は腹を押さえて倒れ込む。
踏み込みが甘かったのか腹を裂いただけで絶命はしていない。私の動きにビビったのか、すぐ傍の弓使いが矢を放つ。それを刀で叩き落し、次の矢を番えようとしているところを袈裟斬りにした。腕は斬り落としたものの、この男も息をしている。
「このアマぁぁぁ!!」
後ろに回り込んだのか、剣を振り上げて一人の男が大声で斬りかかってきた。
奇襲を掛けたいのなら声なんて出してはいけない。なんて間抜けなんだろう。振り返り刀を構えると、剣を受け止めると見せかけて横にずれ足払いをして転ばせる。背中に刀を突き立てた。今度は確実に息の根を止めることができた。
残りの二人は同時に攻撃しようとしているらしい。
意外にもズボンを上げながら近づいてきた奴は逃げずにナイフを握っていた。余程腕に自信があるのかナイフを小回しして逆手に持ち替えたりしている。クソしょーもない。
同じく反対側の男も短刀を抜いた。じりじりと間合いを詰められている。足元にはさっき殺した男の剣が転がっている。確か漫画ではポンメル部分を踏みつけ宙に浮かし、ガード部分を蹴って相手に刺してたように思う。落ちている剣先は短刀男の方だ。
よし、ここで想像よ!
ガシッっとポンメルを踏みつけてからのシュート、からの反転してナイフ男の首を取る!イメージ、イメージ!いざ、勝負!
わざと短刀男から目を離し、ナイフ男を睨みつける。
牽制していると思わせつつ思い切りポンメル部分を踏みつけた。思ったほど浮かなかったものの、サッカー漫画よろしく姿勢を崩して蹴り飛ばす。そのまま身体をひねり両手をついて刀を拾い猛ダッシュでナイフ男に詰め寄った。
短刀男に当たっていることを信じつつ、ナイフ男に集中する。
さすがに華麗なナイフ裁きで応戦してくるが、こちらの方がリーチがある。相手の間合いに入らないように立ち回りながらうまく切先を合わせ、絡めとるようにナイフを弾き飛ばした。二本目を隠し持っていないとは限らない。即座に首を刎ねた。
真後ろに気配を感じる。
短刀男を仕留め損ねたか。私はそのまま方向転換し、渾身の力で刀を振り下ろした。
“ガチーーーーンッ”
なんと刀を受け止めたのは、クラウンだった。
「危ないだろ、相手をよく確かめろ。」
両手がジンジンするほどの衝撃だった。
なのにクラウンは片手で軽々と受け止めている。どうやら私は全く周りが見えていなかったらしい。取り敢えず血振りをしてから倒れている男の衣服で血を綺麗に拭きとって納刀した。
「お前、修羅だな。殺す必要はないだろう。」
クラウンが凄惨な光景を眺めつつ、ぼそりとつぶやいた。
腹に傷を負った男と弓使いの男はクラウンが処理したらしい。やはり致命傷には至らなかったようだ。あの短刀男はというと、私の蹴った剣が腹に突き刺さり絶命していた。漫画とか時代劇とかアニメとかって見ておくものだよね。めちゃくちゃ参考になる。クズ判定終了の巻きだ。
でも何だろう。全くと言っていいほど罪悪感がない。ゲームだと割り切っているからだろうか。少しは怯えるとか取り返しのつかないことをやってしまった感があるかと思っていたのだが全く何もなかった。こいつらが根っからの悪人だからというのもあるだろう。同情の余地はないからだ。私は断じて修羅ではない。




