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真っ黒じゃないか

夕方近くになると噴水前広場にも冒険者らしき者の姿が見えだした。

芝生でのユージーンとのイチャラブな光景で全女性を敵に回したありすはフードを目深に被り俯きがちに歩いている。隣にはもちろん王子様のようにキラキラとしたユージーンが歩いていた。


(はぁ、面倒臭いわ。こんな顔だけ男、マジでいらんわ。胡散臭いし。)


「アリス嬢、失礼なこと考えてませんか?」


ありすは不意に声を掛けられたのもあり、肩をびくっと震わせた。

そんな様子を見てクスクスと笑うユージーン。またそれを見て周りの女性たちがキャーキャー騒ぎ出す。


「もう、ほんっとに無駄なイケメンね。」

「作りが悪いよりはいいでしょ?それよりもその刀というもの、素晴らしいですね。自動修復が付いてる武器なんて滅多に見られませんよ。大切にお使いくださいね。」

「あんたの空間収納の方がよっぽど凄いわよ。いいなぁ、ラノベ主人公の憧れよね~。」

「アリス嬢はたまに意味の分からないことをおっしゃいますが、何なんですか?」

「ヒミツ!あんたもヒミツって言ったもんね。」


ありすは根に持つタイプではないが、彼に対しては意地悪をしたいのだろう。

つんと明後日の方向を向いてしまった。


「そうですか、せっかく貴女のマントに防魔と防火の加護を付けてあげたんですけど、消しちゃいましょうかね。」


やれやれという感じでユージーンはありすに手をかざす。

咄嗟にありすは距離を取った。さすがの反射神経である。まるで毛を逆立てている猫のようだ。


「冗談ですよ。でも本当に私のことがお嫌いなんですね。心が痛いです。」

「どの口が言うのよ!私を散々痛めつけておいて!って言うか、あんたこそ万能過ぎない?何よ“加護を付けました”って。神か!もうクラウンと一緒に戦ってさっさと終わらせちゃってよ。」

「あんな下賤な種族と一緒にしないでください。それにいくらアリス嬢のお願いでも、おぼっちゃんがそれを望んでないので無理ですね。それにくだらないことに時間を割くなんて面倒でしょ。」


ありすの尤もな意見をさらりとかわしたユージーンはすれ違う人々に笑顔で手を上げていた。

ユージーンにとっての“くだらない“とは模擬戦自体なのか、争ってまで王になることなのかはわからない。





夕暮れ時の樫の木亭はより一層賑やかである。

普通の観光客も多いのだがこの時間になると冒険者たちもここの食事処を利用するからだ。比較的安価で料理が美味い。酒の種類も多いことから人気のある店のうちの一つだ。


ユージーンが戻ると一斉に従業員が黙礼をした。

客席からはユージーン目当ての女性客が手を振っている。ありすはそんな様子をげんなりしながら眺めていた。


「支配人、ベネディクト夫人からの伝言を預かっておりますが。」


受付のホテリエがユージーンに声を掛ける。


「ああ、今夜お伺いすると伝えておいてくれますか?」


内容を聞かずとも何のことなのか把握しているのだろう。

ホテリエは急ぎ待機しているメッセンジャーに伝えに行った。おそらくはベネディクト夫人というのは別荘地フランブエサに滞在しているのだろう。メッセンジャーとは簡単に言うと早馬を飛ばして伝言する職業のことだ。樫の木亭では貴族並みにお抱えのメッセンジャーが在中している。


(はぁ、どうせ夜のお仕事でしょ。軽蔑するわ。)


「アリス嬢、ただの()()()ですよ。変なこと考えてませんでしたか?」

「いいえ、別に。」


ありすはジト目でユージーンを見ながら感情なく答えている。

そのまま二人はクラウンの部屋に向かうことにした。一応クラウンの資金で装備を購入したのだからきちんと見せておくためだろう。





「なんだ、真っ黒じゃないか。もっと派手なのを選ぶと思ってたんだがな。」


クラウンの第一声にありすは不快な表情をした。

どの世界でも見た目で判断するのは同じようだ。ありすは目立つなりをしているので派手なものを好んでいるように見られがちだ。実際にショッピングでもよく店員から雑誌などに掲載されていそうなものを勧められる。それが嫌でサイズだけ合わせると地味な色をネットで購入するようになっていた。


「色白のアリス嬢にはピッタリだと思いませんか?防刃などの耐性や加護も付いていますし、それにあまり着飾りすぎるとおぼっちゃんが困ってしまうでしょう?」


ニヤニヤしながら意味ありげな言い方をするユージーンはクラウンの反応を窺っている。


「な、なんで俺が困るんだ!とにかく明日にはここを経つからお前は飯でも食って寝ろ。」


クラウンはありすの方を一切見ないで指示を出すと大して美味しくもない紅茶をあおった。


「何よ、その言い方。ガキね。装備を購入してくれたことには感謝するけど、この腹黒の所業はあんたの指示なの?大迷惑なんだけど。出来ればもう腹黒とは関わり合いたくないわね。」


そう言い残すとありすはさっさと部屋を出て行った。

クラウンは呆気に取られたものの、ものすごい形相でユージーンを睨んだ。


「おい、どういう事なんだ?アイツに何をした!」

「嫌ですよ、おぼっちゃん。そんなにムキになって。召喚者はただの手駒でしょ?そんなに思い入れなさっては今後に差し障りますよ。」

「駒でも俺の管理下にあるんだ。勝手な真似は許さん!」

「勝手な真似だなんて心外です。アリス嬢のスキルや強さを確認しただけですよ。」


ユージーンは冤罪だと言わんばかりに悲しそうな表情をする。

こういう時は大抵そうは思っていないことが多い。クラウンはそれがわかっているので質問を続けた。


「で、アイツの何が分かったんだ?」

「そうですね、スキル【★順応】は感情がキーになっていると思いますよ。一番作用しやすいのは“恐怖”でしょう。普段、嬉しい・悲しい・楽しいはそんなに最高潮になることはないですよね。でも生き物は恐怖に対してはとても敏感です。こういう世の中ですから尚更ですね。ですからアリス嬢は今まで恐怖が最高潮に達した事柄に対しては順応してきたようですね。」


ユージーンは話しながらクラウンの前の席に着いた。

今までのありすのことを思い出しているのか、うっとりとして目を閉じている。


「もう少し分かりやすく言え。」


聞いたことのない成長の仕方のスキルにクラウンは戸惑っていた。

まだ一部解明されていないスキルの育て方や解放の仕方がこの世界にはある。これもレアスキルの育ち方だと捉えるより他に無かった。

ユージーンはテーブルに置かれてあるカップに雑に紅茶を入れるとそれを飲み干した。


「恐怖に感じていた事が何とも思わなくなるとでも言いましょうか。嫌悪感は若干残っていると思いますが、彼女にとって正当な理由があれば殺しも平気でしょうね。驚いたことに死すら怖くないそうですよ。でも痛いのは嫌なようで即死を望んでいらっしゃいます。それに一度耐性の付いてしまった事柄については恐怖を感じないようですね。最終的には全ての感情が薄くなりただの人形になるんじゃないですか。」


それを聞いてクラウンは納得がいったようだ。

ダンジョンで相手を殺した後のありすの変わり様。罠を踏んだ時の落ち着いた行動。全てが恐怖を糧に順応したのだとしたら辻褄が合う。


「恐怖以外だとどうなる?」

「実際に起きてみないとわかりませんね。おぼっちゃんが彼女に最高の幸せをプレゼントするか悲しみのどん底に突き落とすか逆鱗に触れるかしてみてはいかがですか?まぁ、今のところどれも無理だとは思いますけど。アリス嬢は照れ屋さんではありますが、歳のわりには妙に達観しているところがありますからね。」


ユージーンはひじ掛けに腕を乗せ、頬杖をつきながら掴みどころのないありすを思い出していた。

よく怒りはするが本気ではない、何かに執着している感じもない。そんな変わった魔族がいるのなら耳に入ってきていたとしてもおかしくはないのだが、それも無かった。出自が不明であり関わっている人物がわからない。その上王子はヘタレだ。こればかりは本当に時期をみるしかないだろう。


「まぁ、戦闘においては機転も利くようですから問題ないんじゃないですか。スパルタで鍛え上げればの話ですが。」

「そうなのか?もしかしてお前、アイツとやり合ったのか?いい勝負をしたのか?」


あり得ないという表情でクラウンは身を乗り出す。

クラウンですらユージーンにはいいようにあしらわれているのだ。


「刀という武器を突き立てられ腹を裂かれました。普通だと思い付かないような奇天烈な行動に出られましてね、思わず彼女の頭蓋骨を粉砕してしまうところでしたよ。ただ、追い込まないと本気で戦ってくれませんよ、彼女は。」


その時のことを思い出してか、ユージーンは腹を押さえた。

何故だか少し嬉しそうに擦っている。まるで妊婦が腹の子を愛でるように。クラウンはそれを何とも言えない気持ち悪さで見ていた。何よりありすがユージーンに剣を当てたという事実を受け入れられないでいる。気まずい沈黙が漂った。


「わ、わかった。取り敢えず明日例の場所に寄ってから他と合流する。」

「ボイセンですか?あの場所、気に入っていらっしゃいますね。そんなに当たるんですか?」

「ああ、彼女の人を見る目に狂いはない。今までの二人も言い当ててるしな。今回見てもらってダメな要素があれば考え直す。」


いつの間にか注がれていた紅茶を一口飲んで、再度クラウンは尋ねた。


「それと【視界確保】と【ソウゾウ】って何なんだ?」


立ち上がりかけていたユージーンを引き留める形にはなったが、どうしても聞きたかったようだ。


「【視界確保】は文字通りどんな状況でも視界が確保されます。水中でも暗闇でも霧の中でもいかなる状況でも普通に見えますね。大概はダンジョンで開花しますよ。【ソウゾウ】は私にもわかりません。初めて見ますね、こんな記載のされ方のスキルは。それにもう成長しきっているのか点滅などの動きもないですし。」


順応は点滅するとクラウンには伝えてある。

他のはもう魔力が通っているので完成系とみなしていいということも話し合っていた。


「イメージなのかクリエイトなのかわからんな。生産職のスキルなんだろうか?」

「あのダンジョンで獲得されたからと言って戦闘系とは限りませんし。何かアリス嬢からお聞きになってないんですか?」

「自分のスキルが見えていないのに分かるわけがないだろ。」

「それを聞き出すのがおぼっちゃんの仕事だと思いますけど。あと合流後は訓練地でのご宿泊ですか?」

「そのつもりだ。そこであいつを最終的にパーティーメンバーにするかどうか決める。王都に入るのはその後だな。」

「かしこまりました。ではまたその時に。それでは失礼しますね。」


何処から取り出したのか、ユージーンはトレーに食器を乗せるとそのまま振り返りもせずに出て行った。



「本当にアイツは使える人材なんだろうな?死ぬことが怖くないってマジかよ。」


ドサッとベッドに寝転がったクラウンは、泣きじゃくるありすを思い出していた。

なかなか剣を放せなかった強張った指、動物を殺した時の嫌悪の表情、盗賊の死体に固まっていた様子。

宿屋に着いたとたんに寝込んでしまったのが原因で覚醒したのは間違いないだろう。

未だかつてそのような状態で覚醒したものはいない。何かしらの鍛錬を積んでそれが実を結んだ結果、覚醒が起きるとされている。寝込むまでにありすの取った行動はこれといって何もない。謎は深まるばかりだった。





その頃のありすはシャワーに入って汗を流し、バスローブを着て部屋で食事を摂ってソファーに寝っ転がって至福の時を満喫していた。


「まさか、日本刀が手に入るとは思わなかったわ。真っ黒でめっちゃカッコいいじゃん。刃こぼれもしないんでしょ?最強武器じゃない?これでようやく冒険者らしくなってきたわね。それにしても魂を舐めるとか他の王子に取られるとか意味わかんないわ。もう娼婦は諦めてくれたっぽいけど腹黒は要警戒ね。変なちょっかいばかりかけてくるし。まあでも明日ここを出たら一生会わなくて済むんだし、放置放置と。」


ありすは納刀してベッドに向かった。

強姦未遂や拷問、ましてや殺されかけているのに“変なちょっかい”と言い切るありすも少し問題がある。このゲームをプレイする上での補正か何かだと考えられなくもないが、一番の要因は顔が好みだということだろう。二次元面食いが発動しているようだ。


軽い掛布団をめくり、ありすはサラリとしたシーツに足を入れた。

宿屋にしてはふかふかのベッドで枕もちょうどいい具合の硬さだ。手ごろな値段で食事が美味くベッドも最高となれば人気出るのは当たり前だろう。

今日一日でかなりの体力と気力を使ったありすはもううとうとしているようだ。

不眠気味のありすでも今日ばかりはぐっすり眠れるだろう。部屋の防音がしっかりとされているのでまだ早い時間だが隣や外の音が気にならない。部屋にはありすの寝息だけが響いていた。



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