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私の血

少し仮眠を取ったクラウンはこれからのありすの処遇を考えていた。

ありすはダンジョン内を隠れてこそこそしていただけではなく武器を使っての攻撃をも行っていた形跡が見受けられるスキルを取得している。内容がわからないものもあった。そしてスキルレベルが表示されていない状態だ。


「アイツの【一撃必殺】は偶然か?急所が見えているとも言ってたな。他のはどうなんだろう?先読み的な発言をしたり罠を理解していることも気になるんだ。」


向かいの席でユージーンが紅茶のお代わりを淹れている。

ありすの治療・・が終わったので飲み物を持ってクラウンの部屋に連絡に来ていたようだ。


「おぼっちゃん、アリス嬢を手放す予定はないですか?それか娼館へ入れた方がいいと思いますよ。」

「何故そうなるんだ?お前がデリヘルの方がいいと言ったんだろう。」

「私的にはその方が面白そうなんですけどね。おぼっちゃんを国王にするのならちょっと育てるのはどうかと思いまして。うまくいけばダークホースになりますが一歩間違えれば後が大変ですから。」


そっとカップに唇をつけ瞳を閉じるユージーン。

ただ雑に足を組み背もたれに身体を預けているだけなのだがどの方向からでも美しく見える。普通の白いティーカップが後宮御用達の名器のように見えるから不思議だ。


「どういうことだ?磨けば光るのか?」


クラウンは身を乗り出して食い気味に尋ねる。

机が揺れ、クラウンのカップが音を立てた。


「おぼっちゃんとまではいきませんがね。ちょっと気になるスキルがいくつかありまして。中途半端な時期に召喚者トレードされてしまうと厄介ですよ。第一王子はそんなことしないと思いますが第二王子あたりは仕掛けてきそうでしょ。」


少しこぼれた紅茶が気になるのか、ユージーンはクラウンのソーサーを見つめている。


クラウンもユージーンの助言で強くなったようなものだ。

宮廷鑑定士立ち合いの元、重鎮たちに見守られながら生まれたてのクラウンのスキルが確認された。【盾術】【毒耐性】【身体強化】【マッピング】に魔力が通っており、潜在スキルとして【剣術】【回避】【罠探知】【探索(サーチ)】【修理(リペア)】【テイム】【調合】【隠蔽】【隠密】【ブースト】【無詠唱】を保有していた。

【無詠唱】はかなり脅威のスキルである。しかし、きちんとした魔術師が師となって教えなければ大した術は使えないと踏んだ重鎮たちはクラウンには魔術指導を行わず、剣術指導もほどほどにという方針を立てた。端から立派な王子として育てる気がないのだろう。

のちに第三王女(母親)は隠蔽のスキルは出来るだけ早く習得しレベルを上げるようクラウンに助言する。隠蔽のレベルが高ければ高いほど自身のステータスやスキルも秘匿できるのだ。彼女はクラウンのことを思い、見られたくないものを隠して来たるべき日のために備えさせたかったに違いない。

そしてユージーンと出会い、魔力の通っていない【ブースト】の育て方を知った。


「そんなの断ればいいだろう、何も問題ない。とにかく有用なら娼婦ではなく普通にパーティーメンバーとして登録したいんだが。」

「アリス嬢は魔族です。快く思わない方がいらっしゃるんじゃないですか?その方が意図的に召喚トレードになるように仕組んだらどうします?」

「、、、、ボルボのことを言ってるのか。それはない!あいつは俺の意見に賛同してくれてるんだ。だから誰もなりたがらない俺の従者に名乗りを上げてくれたんだぞ。確かに魔族を嫌っている保守派の貴族の息子だが、幼少の頃からの唯一の友だ。」

「別に彼のこととは言ってないでしょう。まぁ、他人の心はわかりませんけどね。」


ユージーンはカップから視線をクラウンに戻し困ったように眉を八の字に曲げた。

含みのある言い方をするユージーンをクラウンはグッと拳を握りしめ睨み返す。


ボルボはクラウンにとって掛け替えのない友だ。

一応はクラウンも王子という建前上、五歳の頃にご学友なるものがあてがわれる。

微妙な生い立ちであったために我が子をご学友にさせたい貴族はいなかった。それ以前に皆、次期国王最有力候補の武芸に秀でた第一王子と懇意を深めたいと思っていたようだ。なかなかに選ばれがたいと判断した貴族が第二王子に流れる。

クラウンは他の王子とは違い遠巻きに眺められて噂されているのを知っていた。

そんな中、友達になろうと言ってきてくれたのがかなり年の離れたボルボだった。だいたいは同じ年齢の子息令嬢があてがわれたが、ボルボは十も年上だった。ボルボの父親が許すわけはないと思っていたのだがあっさりと許可された。

誰もいないところでは貴族らしからぬ立ち居振る舞いをし、普通に友達として時には兄のように偉そうな態度のボルボがクラウンにとっては新鮮だった。それがいつしか心地よいと感じるようにまでなっていた。何でも本音で話し合える、正に親友だと思える人物になっていたのだ。

そんなボルボを半ば愚弄された形で引き合いに出されている。


「そんな怖い顔をしなくもいいじゃないですか。私もあなたのお友達でしょう?まぁ、ボルボ殿には言ってないでしょうけれども。」


ユージーンはこぼれた紅茶を丁寧に拭き取り、新しいものを淹れなおしている。

適当に返事をしている様子を見てクラウンは声を荒げた。


「お前が友達だと?どの口が言ってるんだ。せいぜい俺が苦しんでるのを見て楽しんでるだけだろ。」

「遊び友達は大切ですよ、ふふふ。さぁ、冷めないうちにどうぞ。」


クラウンの鼻に紅茶のいい匂いが漂ってくる。

何故かユージーンの淹れた紅茶はどのメイドが淹れたものよりも美味しい。専門店顔負けの美味しさなのだ。ついつい手が出たクラウンは気まずくなりながらも紅茶を口にした。


「面倒なことになっても知りませんからね。で、先読みや罠ってなんのことですか?」

「ああ、アイツに俺がどうして国王になりたいか聞かれてな。儀式と貴族制度の廃止を進めたいからだと言ったんだ。」

「あら、そのことを口に出しちゃったんですか?その首輪からお偉い様方に知られてしまいますよ。」


クラウンの首元を指差し、大袈裟に口に手を当てる。

そんなユージーンに辟易しながらカップをソーサーに戻すとクラウンはダンジョンでのありすの様子を話し出した。


急な貴族制度廃止は反発を招き近いうちに討ち取られるだろうということ、抑え付けること自体が権力を振りかざしているということ、賛同してくれる協力者が絶対に必要であること、まずは制度を整え生まれや身分を問わない形で有識者集めをすることなど、廃止ではなく徐々になくしていく方向で長い月日をかけて行うべきだと意見されたことを聞き、ユージーンは腕を組んだ。


「なるほど、ただのご令嬢にしては随分深く先のことまで考えておられるようですね。王子様の馬鹿げたお伽話に対しても驚かず真摯に向き合っている感じですし。」

「お伽話って言うな!」

「見たところ【未来視】のスキルには魔力は通ってなかったんですが通りつつあるのかも知れませんね。何と言ってもアリス嬢は潜在スキルの宝庫ですから、ふふふ。」


軽くバカにされて顔を真っ赤にしているクラウンを目の端にやり、ユージーンはありすのことを思い浮かべた。

今まさに生まれ落ちてきたような常識のなさ、見たこともないスキル、そして何より魔族のものとは全く違う表現しがたい魂の味。この世のものとは到底思えなかった。手に入れたいという欲望が頭をもたげる。


(まぁ、いつでも奪えそうなんで、今はつまみ食いだけにしておきますか。)


ため息をつき姿勢を正したユージーンは再びカップを手に取る。

自分に対するため息だと勘違いしたクラウンは少しイライラしているようだ。


「とにかく俺が成し遂げたいことは宣誓でも言ってある。かなりドン引きされたがあいつらもまさか俺が王位につけるとは思ってもないだろう。領地だって手の加えようがない地区を与えられたしな。ところで、罠探知スキルがないのに罠が見えるってどういうことだよ。俺だってレベル7に到達するのに三年もかかったんだぞ。」


背もたれにだらりと身体を預けたクラウンは天井でゆっくりと回るファンを見上げた。

いくら罠探知のスキルを持っていたとしても罠の大きさ・色までわかるまでにはならない。せいぜいレベル4が一般人族の限界で、大きさが分かったとしても色は薄っすら程度だ。ましてや明確に古代文字まで見えるようになるのはレベルが10にならないと無理なのだ。

ここであの【ブースト】が生きてくる。クラウンはスキルを底上げすることができるこのスキルを取得している。【ブースト】をレベル10まで持っていくと各種スキルのレベルが3上がる。なので【罠探知】はレベル10だ。固有スキル【マッピング】も珍しいスキルだが【ブースト】もかなりのレアものだ。


【ブースト】のスキルを解放するには他のレベル5以上のスキルを放棄しなければならない。

スキルの放棄とは十か月以上そのスキルを一切使用せず、その後に迎える誕生日にスキルを解除することを指す。しかもレベル10にするためにはさらに3つのスキル放棄が必要だ。この方法でスキルを解放したりレベルを上げることをこの国の者は誰も知らなかった。魔力の通し方のわからない数少ないスキルの一つである。

出会ったときにそのことをユージーンから教えられたクラウンは【盾術】【修理(リペア)】【調合】【テイム】を放棄し、レベル10の【ブースト】を取得していた。もちろん【無詠唱】もユージーンが練習のコツを教えてくれたのでレベル10まで到達している。


「それに何だよ、お前が珍しく物をくれるって言うから見てみれば“罠解除効果のあるブーツ”って。おちょくってんのか?」

「儀式前でしたのでプレゼントしたんですが、、、、。要らないなら返品してくださればいいのに。」

「これに付いてる他の加護がありがたいから貰っておいてやったんだ!」


クラウンは自分のブーツを大きく指差し抗議した。

《俊足》と《踏ん張り》の加護がついている貴重なブーツだ。レア装備に間違いないが出所がわからない。


「それにしても罠が詳細に見えるとは驚きました。中身はともかく、アリス嬢は普通の魔族のはずなんですがね。見た所、そういうスキルは所持していなさそうですし。何かきっかけがあったのでしょうかね。」


ユージーンは顎に手を当て伏し目がちにテーブルを眺めている。

それを聞いたクラウンは思い当たることがあったのか自分のポーチを漁りだした。


「そう言えば、アイツ、これを使ったって。」


取り出したのは半分以上減っている黒色の目薬だった。

ありすから取り上げた販売禁止のあの目薬だ。


「あ、それ、極僅かですが私の血が入ってますね。」


見ただけで分かったのか、ユージーンは真顔で即答した。

思わずクラウンは目薬を放り投げる。摘まんだ指にふーふーと息を吹きかけて服に擦り付けた。


「なんですか、その態度は。私が汚いみたいじゃないですか。」


ユージーンは投げられた目薬を拾いながらぶつぶつと文句を言っている。

シャカシャカと振り、窓から入る光に透かしながら席に着いた。


「よくこんなもの手に入れましたね。これってかなり古い私の血ですよ。魔族ならまだ何かしらの効果があると思いますが人族がこれを差すのはちょっと、、、。指で数えられるくらいのうちに失明しますね、完全に。視神経から脳までやられてしまいますよ。」


“困ったさんだな”くらいの感覚でユージーンは苦笑いしている。

クラウンから発売禁止になったのが最近だと聞いてますます眉尻を下げた。何やら怪しげな草や木の実、虫などが混ざっているらしく、ユージーンの血液成分は微々たるものらしい。それでも人族にはかなり危ない代物なのだそうだ。対面で話しているクラウンは飛沫が怖いのか口を覆いだした。


「嫌だなぁ、おぼっちゃん。今更気にしても遅いですよ。何年こうやって話してきてると思ってるんですか?私は誰かさんみたいにお汁を飛ばしながら話したりしませんよ、育ちがいいもので。」

「悪かったな、品がなくて!」


ふふふと笑うユージーンとむくれるクラウン。

いつもこういうやり取りをしているようだ。


「この目薬のせいで見えるようになったかは不明ですが、少し観察しましょうか。おぼっちゃんが王都の宿に着くころには私から何らかの回答が得られると思いますよ。」

「取り敢えずは王都に着くまでにアイツの有用性を見極めることにするか。じゃぁ、アイツの装備を揃えてやってくれないか。金は出す。()()()()()を見繕ってやってくれ。」

「ご自分で行けばよくないですか?」

「どうせ暇なんだろ。ついでに手合わせしてやったらどうだ?」

「決めつけはよくないですよ、おぼっちゃん。はぁ、かしこまりました。アリス嬢が目覚めたら連れて行きましょう。」


自分で誘うことが出来ない根性なしの王子を面倒臭く思いながら仕方なく依頼を受けたユージーンであった。





―― 閑話 ――


「しかし、なんでこの街のギルドにレア鉱石の採取依頼なんか出したんだろうな。今回は依頼主にも悪いことをしたと思ってる。」

「あ、それ、私です。シヴァとナヴァ(あの子たち)の好物なもんでね。」

「は?あの犬が食べるのか?」

「ええ、犬ではないですけれど。あの純度の高い鉱石はおやつみたいなもんですよ。」

「だったら自分で行けよ!暇なんだろ。」

「何度も言いますが、決めつけはよくないですよ、おぼっちゃん。」



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