究極の恐怖
腹黒からスキルについて懇切丁寧に教えてもらった。
とても分かりやすくて教師なんかに向いているのではと思ったくらいだ。もしかしてこれがゲームの説明部分なのだろうか。そうだとしたら序盤でNPCからそれを聞き出さなければいけなかったのかもしれない。“村人全員の話を聞く”みたいなコマンドを出して欲しかった。
まず、魔力というのは特段珍しいものではなく全ての生きとし生けるものがごく普通に持っているものらしい。
多い少ないはあるらしいがそれは個人差の範疇のようだ。そしてそれを基に当たり前のように生活魔法が使える。得手不得手はあるようだが最低限の火・水・風・土属性魔法が使えるのだ。代表的なものが《着火》《モイスト》《ブロウ》《耕作》。それぞれを組み合わせたり変化させたりしてある程度の生活魔法となる。例えば風を工夫して《ウォーターガード》、火と風で《ドライ》、火・水・風で《クリーン》などだ。水の生活魔法が使えるからと言ってがぶがぶ飲めるほど出せるものではないらしい。あくまでも補助なのだそうだ。そりゃそうだろう、水飲み放題の耕したい放題なら土地をめぐっての戦いなんて起こりえない。何でも魔法で解決できてしまう。それに魔法と魔術は違うようだ。その話はまた後日と言われてしまった。奥が深いに違いない。私は使えないのだけれども!
さてスキルの話だが、スキルは生まれながらに持っている先天的なものと、後天的に取得出来るものがあるらしい。
先天的なスキルには生を受けた時から魔力が通っており既に使える状態にある。所持数は固有スキルがあればそれを含めて四個。子供たちが暴走しないようにしっかりと監督し、そのスキルを育てていくのが大人の役目だそうだ。
後天的なスキルは潜在しているスキルをイメージしながら訓練することによって開花するものらしい。
持ってはいるがスキルポイントが足りないから振り分けられないみたいな感じだと思う。そもそも潜在スキルがなければいくら練習しても無駄だということだ。だが稀に途中から潜在スキルが現れることがあるという。努力の結晶だのギフトだの色々と呼び名があるようだが一般的には『覚醒』と称されている。何を隠そう、私も覚醒したらしいのだ。アホほど潜在スキルがあるらしい。おそらくはあの白い部屋で奪い取ったプレートのせいだろう。そしてスキルは何個でも持てるということだ。あの青いヤツらは嘘をついていたということになる。後で抗議しなくてはいけない。覚えておこう。
中でも面白いと思ったのは魔族のみ魔族間で相手のスキルを奪うことが出来るということだ。
なんと固有スキルも奪えるらしい。現在の魔王たち及び近しい者たちはそれこそ夥しい数のスキルを携えているという。『〇〇のスキルを賭けて勝負だ!』などと言って対決する場面があるのだろうか。
自分の持っているスキルと同じものを奪えば自己研鑽した時と同じようにスキルのレベルが上がることがあるらしい。
それこそ“オヤジ狩り”ならぬ“スキル狩り”が横行するのではと懸念したのだが、地味に努力した方が伸び幅がいいそうなのでそんな非効率なことはやらないそうだ。中にはコレクターなんかがいて手当たり次第に収集していたらしいが、維持するための魔力が馬鹿にならないらしく途中で止めてしまうことが多いのだそうだ。
また種族問わずスキルにはレベルがあり、後天的に得たスキルでレベル2以下のものは魔力を通してから一年くらいで消滅してしまうようだ。
自分に必要ないと思えば放置して、必要なものだけを精査してレベル上げをするのが常識らしい。逆にあれもこれもと手を出してしまうと根本的な魔力不足になって使い物にならなくなる。スキルの数だけ維持するための魔力が必要になるのできちんと自分の方向性を確認して取捨選択しなければならない。もちろん最初から必要ないものやある程度育っているものでも解除できるのだそうだ。しかし消滅と同様に二度とそのスキルは復活しないらしい。
そこで、私はというと―――スキルにレベルが付いていないみたいなのだ。
実際に見てはいないが腹黒がそう言うのだから間違いないだろう。相変わらず固有スキルの【魅了】には魔力が通ってないと言う。別にこれ以上他人を魅了したくもないからこれは放置でいいと思う。なんなら削いでもらったって構わない。他に何のスキルを習得したかはざっと口頭で言われただけなのであまり覚えていない。
「で、何のスキルが点滅していたの?」
「【順応】です。ただしその前に星のマークが付いていますが。何なんでしょうね、私も初めて目にするものです。このスキル表記が点滅してたんですよ。何かに反応して点滅していたとしか思えなくてね。普通ならスキルレベルが上がっていくはずなんですよ。」
スキル表記が点滅とはいったいどういう事だろう。
思いつくことと言えばあの変なSE音だ。もしあのSE音がしたときに光っていたとしたらどうだろう。連打音だったことを考えるとそれが点滅と連動していると思えなくもない。
「あんたに襲われている間、ずっと変な音が鳴ってたわ。それしか思い当たらないもの。」
「変な音?はて、私には聞こえませんでしたが。」
やはり私にしか聞こえていないようだ。
もしあの音がこのスキルのレベルアップの音ならば、何に“順応”したのだろうか。
“順応”は“適応”とは違う。前者は環境や境遇の変化によって性質や行動がそれに合うように変わること、後者は外部の環境に適するように自らが行動や意識を変えていくことのはず。と言うことは私の意思で変えているのではなく、状況が私を変えているのだ。
“この男に襲われているという状況“が私を変えた?どういう事だろう。
先ほどは襲われたにも関わらず、あのSE音が鳴らなかった。
驚きはあったけれども、あの時のように怖いとは思わなかった。ただ好みの男とはいえ少なからず嫌悪感はある。それが証拠に私は蹴りを入れている。これが他の男なら――むちゃくちゃ気持ち悪い。考えただけでぞわぞわと鳥肌が立つ。
腹黒に対しては抵抗がないように“順応”したということだろうか。いや何かが違う。イケメンであれ襲われるのは絶対に嫌だ。でも襲われること自体には恐怖は感じない。恐怖が消えた?どうせ未遂に終わるだろうと思い込んでいるからだろうか。自分が結構戦えるようになったことを抜きにしてもだ。
ゾンビの時も鳴ったはずだ。
ものすごい連打音だったと思う。あの時は恐怖からパニックになった。気持ち悪くて何度も吐いたのを覚えている。何せこの世で一番怖い存在を目の当たりにしたのだから。逃げても根本的な解決にはならないので始末せざるを得なかった。またダニーの顔面を潰した時も転化して襲われないように自分を守るためだった。そのあとにゾンビを思い出しても、ぐちゃぐちゃに潰れたダニーの顔を思い出しても恐怖や罪悪感はなかった。
ドナシアンを殺した時もそうだ。
身の危険を感じた。嬲り殺しにされるのが怖かった。逃れる方法はただ一つ、相手を確実に殺すことだった。セーフティールームで思い返した時、単なる正当防衛としか思わなかった。あれだけ泣いたのに今では刺した感触を特にどうこう思わない。ドナシアンを殺したことに対して罪の意識は全くと言っていいほど無い。
(これって、SE音が鳴っている時に取った行動がそのまま“順応”に反映されてるのかな?もしまた同じことが起こったとしても嫌悪感はあっても怖くはないって言うか、なんか肝が据わってきたって言うか、それなりに対応できそうなんだよね。)
改めて腹黒を見た。
本当に見とれるほどに美しい顔だ。背も高く身体には程よく筋肉が付き引き締まっている。それに綺麗に整った指先。本当に性格さえ良ければお付き合いしたいくらい私の好みなのだ。
本来なら二度も犯されそうになった相手がすぐ傍にいて、しかもこちらはバスタオル一枚だなんてあり得ない状況だ。変態野郎に監禁されているのと何ら変わりはない。なのに怖いどころか相手をゆっくりと観察できるくらい妙に落ち着いた気分でいられる。ここが宿屋でクラウンが同じ建物内にいるからだとしてもだ。これが順応したという事なのだろうか。
「何か気付かれましたか、アリス嬢?」
あざとい。
“なぁに?”みたいに首を傾げられてしまった。イケメンの破壊力に思考が鈍ってしまう。今の私は真っ赤な顔をしているだろう。好みなんだから仕方がない、照れもする。
腹黒は二の腕以外の傷口はきれいに拭き終わったようで、別の容器にあの白濁液を移し替えているところだった。
甲斐甲斐しく私の手当てをする腹黒を眺めながら今度はSE音について考える。
私にだけ聞こえるあの音は本当にレベルアップの証なのだろうか。最初は危険が迫っていることを知らせる警報のようなものだと思っていた。実際に危ないことになっている時はあの音が鳴り響いていた。でもダンジョンでゾンビ以外の魔物に遭遇した時は鳴らなかった。あれはどう考えても危険だろう。
そして鳴り止むタイミングもおかしい。危険が去ったのならすぐに聞こえなくなってもいいはずだ。鳴る間隔がゆっくりになりながらもしばらくは鳴り続けていた。音が聞こえなくなってからは共通して気持ちが落ち着いている。
今までの状況をざっと頭の中で整理すると、どうも“怖い”という気持ちがあのSE音なのではないかと推測できた。
単に怖いのではなく身の危険を感じるほどの恐怖だ。あの音が聞こえてきたとき種類は違えど全てに恐怖が付きまとっていた。それも最大級のだ。事例が少ないので確定とまではいかないが概ねそうであると思う。変なタイミングで単発の時もあったような気もするがあまり覚えていない。
となると順応――“何が”私を“どのように”変えるのか――の判定基準がわからない。
“何が”というのは恐怖と感じた事柄で“どのように”が肝が据わった状態を指すように思える。SE音が関連しているということもわかる。でも一度体験した恐怖に近い状況であればあのSE音が鳴らないときもあるのだ。先ほど腹黒にされた行為は初回に近いものがあるが鳴らなかった。これは誰によって引き起こされたのかも関係するのだろうか。
関わった人物でのみの順応だとしたら、腹黒以外に襲われそうになる度に恐怖が付きまとうだろうし、他の誰かに命を狙われるようなことがあっても反撃することを躊躇してしまうということになる。
想像してみよう。
もし犯されそうになったり殺されそうになったとしたら怖いと思うだろうか。いや恐怖を感じる前に間違いなく抵抗する。その結果、相手を傷つけたとしても心は痛まない。だって相手が悪いのだから。最悪死なせてしまってもだ。
そう、この“死なせてしまっても”という発想がドナシアンの命を奪った時から芽生えている。
あれだけ人殺しはダメだと思っていたのに。もちろん無暗やたらに殺すわけではない。悪い奴は死んでもいいという感覚だ。そう考えると関わった人物限定ではないように思えてきた。
ゾンビはもう怖くない。
これは限定ではないはずだ。あのゾンビだけが怖くないわけはないだろう。見た目はほとんど同じなのだから。ビックリはするだろうが怖くて腰が抜けるようなことはない。
それに少々のグロ場面を見ても平気だと思う。
内臓をぶちまけた世紀末野郎を思い出してもダニーを思い出しても顔をしかめる程度だ。とにかくあのダニーの頭部の潰れっぷりは半端なかった。鮮明に思い出せるが吐き気は催さない。せいぜい“キモっ”くらいだ。
確か二度目の道連れの時も怖くなかったような気がする。
初めは私がダニーを、二度目はクラウンが私を道連れにしたはずだ。相手や主導権を握っている方は違えど道連れになること対しては恐怖を感じなかった。傷ついたり痛いのは嫌だから出来る限り避けたいが怖いとは思わない。やっぱり肝が据わってきたのだろうか。
そういうわけで【★順応】というスキルは究極の恐怖を代償に、それに関する一連の事象では以後動じなくなるものだと私は勝手に判断する。簡単に言うと今まで苦手だったことに免疫が付いて図太くなれるということだ。当初から言っていたグロ耐性も付いたようでありがたい。
練習とか鍛錬とかそういう問題ではなさそうなので、スキル名の前に星が付いているのではないだろうか。そんな練習や鍛錬なんて絶対に嫌だ。
あまりにも真剣に考え込んでしまったので横にテーブルを置かれていたことに気付かなかった。
腹黒は私が怪我をしている方の腕を机にそっと乗せた。見ると槌やら錐のようなものやら大小さまざまな楔が置かれている。何に使うのだろう。脚気の検査の打腱器にも見えなくはないが。
「私なりに思うところがありますので、ちょっとお付き合い願えますか?」
腹黒が安らぎの光に包まれたような笑顔でこちらを見ている。
この状況にそぐわない笑顔に一瞬不安がよぎった。これはマズいと立ち上がりかけたが、いきなり手首を押さえつけられ楔を手の甲に打ち付けられた。
「いぎゃーーーーーー!!!!」
もう痛いどころではない。
言葉にならない叫び声が自分の耳をつんざく。何故か身体が動かない。顔は強制的に自分の腕が見えるように固定されている。何がどうなっているのか全く理解できなかった。ただただ痛みと恐怖だけが押し寄せてくる。あのSE音と共に。
「面白い声ですね、ふふふ。どうです、アリス嬢。動けないでしょ?いくら大きな声を出しても構いませんよ、誰にも届きませんから。あなたの大好きな王子様にもね。」
常軌を逸した腹黒は宝石のような瞳を輝かせ享楽に耽っている。
大きく槌を振りかぶられ、手の甲だけでなく腕や爪の間にも楔を打たれた。意識が飛びそうになると何かの強い力で呼び戻される。叫び声で喉をやられ、もうまともに声が出せない。途中から腹黒の声も聞き取れなくなっていた。SE音だけがけたたましく鳴り響いている。
最後に二の腕の塞ぎかけている傷口に錐のようなものを差し込まれ、素手で押し広げられ、あの白濁液を流し込まれた。激痛が走りもはや左腕に感覚はない。
「お疲れ様でした、アリス嬢。やっぱり新しい遊びだと点滅するようですね。お陰様でだいたいは理解出来ましたよ。とてもいいものを見させていただきました。いつもいつもあなたの初めてを奪っているようで心苦しいですけれども。」
腹黒は私の頬に優しくキスを落とした。
何を言っているのか聞こえない。それがさらに恐怖を駆り立てる。異常な速さで鳴り続けるSE音。いきなりの拷問、耐え難い痛み、動けないという恐怖。もうこんなゲーム止めてしまいたい、一瞬で殺してほしいと願った。
それからゆっくりと抱きかかえられて、さらに奥の部屋へと移動する。
楔で机に縫い付けられていたはずの腕は何事もなかったかのように軽やかだった。蝉時雨のようなSE音を聞きながら私は意識を手放した。




