足蹴にしたい
翌朝、ギルドに到着した私たちはこの前とは違う別室に連れて行かれた。
あまりぐっすりとは眠れなかったが、クラウンの上着が身体にも心にも温かくて夢心地だったのは確かだ。そして今も羽織らせてもらっている。彼シャツみたいでちょっと嬉しい。羽織ってなかったらただの破廉恥ねーさんですから。
詳しい状況をギルド職員に話す。
まずはクラウンがキラーエイプの雄のフェロモンを浴びせられ雌のキラーエイプに襲われたこと。その場でトマホークメンバーのシモンが犠牲になったこと。私を奪取してダンジョン内でトマホークが仲間割れをし、ダニーが死んだこと。私を助けに来たクラウンがグリフィスとドナシアンを殺したこと。
冒険者同士の殺し合いは禁止されているらしい。破ったものは冒険者登録抹消となり罪人として扱われるのだそうだ。一部の果し合いなどではギルドが許可する形でギルドが指定した日にち・場所で執り行われることはあるようだが。でも今の時代、果し合いって。このゲーム内だとあり得るのだろう。
「つまり、トマホークはあなたたちを陥れたということですね。わかりました。嘘はついていらっしゃらないようですし彼女の状態を見ても事実であろうと思われます。これまでも少々トラブルの多いパーティーでしたから私共でも手を焼いていたんですよ。報告のご協力ありがとうございます。」
ギルドの要職らしき男性が逆にお礼を言ってきた。
ギルドマスターだろうか。こうギルドマスターっていうからには屈強なオッサンをイメージしていたのだけれども、何とも物腰の柔らかいお客様相談室に居そうな気の良さそうなおじさんだった。“嘘はついていない”と分かることから【看破】などのスキル持ちなのかもしれない。ギルマスではなくそういうトラブル系を対処する専門職という可能性もある。机にもどこにもウソ発見機的なものは置いていなかった。私も出来ればそういう事務系の仕事に就きたい。
「違約金は彼らがギルドに預けているお金から出しましょう。あとはこちらが没収し多方面での活用をさせていただきます。依頼主にはこちらからお詫びを入れておきますので。とにかく純潔が守られたようで何よりですね、お嬢さん。」
おじさんににっこりと笑いかけられ、思わず固まってしまう。
(じゅ、純潔!そういえばこのゲームでは処女だったんだ。十七歳だもんね。しっかし言葉に出して言うかなーこの人。悪気なさそうだけど。)
ちょっと気まずくなって俯いてしまった。
“はい、よかったです!”と笑顔で言えばよかったのだろうか。
「管理者さん、彼女をデリヘル登録のままになさいますか?こうまでお美しいとこの手の事件に巻き込まれることも多いかと思いますよ。お手元に置いておかれる方がよろしいのではないですか?今解除しても後から変更できますし。」
いいこと言いますやないですか、おじさん。
思わず顔がほころぶ。その様子を見たおじさんも嬉しそうに笑ってくれた。でもデリヘルはオプションなのだろうか。きっとクラウンが代筆してくれた時のチェックマークのどれかだろう。やはり字が読めるようになりたいと思う。
とにかくクラウンがうんと言えばいいのだ。このおじさんは正しいことを言っているのだから。クラウンを見つめながら返事を待つ。まるで“待て“をさせられている犬のようだ。
「そのままでいい。」
は?そんな、身も蓋もない。
ここは“そうします”じゃないのか。全然いい子ではないではないか。
「少々の枷を付けておかないと、何をされるかわかったもんじゃないからな。」
蔑むような目で私を一瞥するとクラウンは報告書のようなものにサインをして席を立った。
意味が分からない。まるで私が危険分子のような言い方ではないか。おじさんもいわくつきのヤバいものを見る目に変わってきている。風評被害も甚だしい。
「そ、そうですか。ありがとうございました。では普通のご依頼は通常受付で、デリヘルでのご参加は二階で行っておりますので。初物で出したければくれぐれも“お手付き”はなさいまんように。」
部屋を出るタイミングでおじさんが声を張る。
(ちょっと!なんでそんなことデカい声で言うのよ!“お手付き”なんかされるわけないでしょ!空気読んでよ!)
夕方近くもそうだが、ギルドには朝方にも人が多い。
先ほどのおじさんの声が聞こえていなくても目立っているのだ。勘弁してほしい。なるべく人目に付かないように端を歩いてくれているのは有難いけれども!
こそこそと逃げるようにギルドを出た。(のは私だけなのだが。)
この方向だと宿屋に向かっているとは思うのだが帰ったところでどうするのだろう。
「ねぇ。」
「あまりしゃべるな。」
「まだ“ねぇ”しか言ってないでしょ!」
「ギャーギャーうるさいんだよ、お前は。ガキか。」
「普段はもっと大人ですぅ。クラウンがそんな態度だから合わせてるんですぅ!」
二十以上も歳下にガキ扱いされる筋合いはない。
確かにゲーム内ではかなり低年齢化しているのは自分でもわかっている。私は元々こんなキレキャラではない。あの青いやつらには切れ散らかしたような気もするが、状況が状況だったからノーカウントだ。それに言いたいことは言うタイプだがここまでおバカな言い回しをしたりキャンキャン吠えるような人物ではないのだ。もしやこっちの世界の年齢に引っ張られているのだろうか。そもそもこんなに誰かと会話したことはここ数年ない気がする。その反動なのかもしれないが、なにも相手に合わせる必要はないのだ。ここは大人な女性を演じる、いや実際大人なのだから平常通り対応すればいい。ゲームだからとはしゃぐのは止めて、取り敢えず黙っておこうと思う。
無言で着いた宿屋“樫の木亭”ではあの腹黒に出迎えられた。
まるで帰ってくるタイミングを見計らったように入り口で待ち構えている。暇なのだろうか。従業員はみな忙しそうにしているのに。
「その様子では、失敗に終わったようですね。お帰りなさい、お疲れ様でした。」
無駄なイケメンぶりが目にしみる。
中身を知らなければ本当にいい男だったのに残念で仕方がない。お疲れ様とは思ってもいないだろうとツッコミを入れたくなったがぐっと堪えた。
「おい、ちょっといいか?」
クラウンは腹黒に目配せすると、私の手を引いて宿屋の奥の支配人専用の執務室へと向かった。
「これまた盛大にやられたようですね、アリス嬢は。」
腹黒はくすっと笑うように口に手を当て、クラウンを見ている。
人の不幸を笑うやつにいいやつはいない。いくらハイスペックイケメンだからと言っても全てが許されるわけがないのだ。ちなみに私はクラウンに上着を返したのでヨレヨレ露出狂な衣装のまま立たされている。
「こいつ、一度死にかけたんじゃないのか?後頭部に血の跡がべっとり付いていたぞ。四階ほどの高さから落ちたんだ。骨折もしてただろうに。」
(え?死にかけてたの?骨折?うそ!)
クラウンの発言に驚きを隠せない。
もしかしたら“知らん間に死ぬことが出来た”説があったのではないだろうか。痛みに気付かない楽な死に方が。どうしてそのまま逝かせてくれなかったのだろう。
「だから言ったでしょう?私の体液をかなり飲んだって。それくらいでは死にはしませんよ。」
「擦り傷ならまだしも、骨折が治るなんて馬鹿げてるだろ!」
得意気に話す腹黒と怒り出すクラウン。
話について行けない。体液を飲んだ?体液って何?得体の知れない気味悪さに背筋が凍る。二人の顔を代わる代わる見ていたが、そのうち腹黒が私の腕に傷に気が付いた。
「おかしいですね、ここは治ってないようですが。」
「痛い!」
二の腕を傷口が開くように下から掴まれ、思わず声を上げた。
絶対にわざとだ。この腹黒のやりそうなことだ。
「ああ、そこは地下五階のゾンビにやられたみたいだ。本人は転化するんじゃないかって大慌てだったぞ。」
クラウンにうんざりするような目で睨まれる。
このぞんざいな扱いは何なのか。そんなに面倒ならもう放逐してほしい。
「ふーん、ゾンビですか。ちょっとゾンビの毒が悪さをしているようですね。感染した細胞が再生を遅らせている感じでしょうか。どおりで他にも生傷が多いと思いました。内臓も少し損傷してるようですし。普通ならすっかり治っているはずなんですけど、おかしいですね。元の細胞とうまく融合したのでしょうか。おぼっちゃん、治します?」
「毒には耐性があるんじゃないのか?ほどほどに治してくれ。特定の魔物でもないのに自然治癒できるなんておかしすぎるからな。」
「私は治りますけど魔物じゃないですよ、ふふふ。」
「ちょっと二人ともいい加減にしてよ!」
今まで黙っていたが口を挟まずにはいられなかった。
まるでモノ扱いではないか。この二人にとっては私の意思などもうどうでもいいらしい。腹黒は“ああ、居たんだっけ”という感じで私を見ると器用に口の右端だけを吊り上げた。
「これはまた、いろんなものが使えるようになったみたいですね。おぼっちゃんはご覧になりましたか?」
わざとらしく驚くふりをして私の神経を逆なでしようとする。
本当に腹黒としか言いようがない。今すぐにでもぶん殴りたい。わなわなと震える私からはきっとどす黒いオーラが出ていることだろう。腹黒はわかっていてなお私の後ろに回り肩を掴んで顔を近づけると悪魔のように囁いた。
「今からゆっくり確認しましょうか。」
そして私は今バスタオル一枚で椅子に座っている。
あれからクラウンは腹黒に私を預けると治療が終わったら呼んでくれと言い残し部屋を出て行った。それから腹黒に執務室内のシャワールームに案内され頭や身体を洗うように指示された。そして現在に至る。
腹黒は床に膝をついて身を屈め私の足首をそっと持ち上げている。
ガーゼで丁寧に傷口を拭っているのだ。跪いて足を舐められているような構図になっている。これはこれでかなりオイシイ。理想通りのイケメンが私に傅いている。何だったら足蹴にしたい。
が、しかーし!
謎の白濁の液体で拭き取られているのだ。それがまた異常にしみる。しかもどこかで嗅いだことのあるような独特の嫌な臭いだ。一体どこで嗅いだことがあったのだろう、思い出せない。ガーゼを当てられる度にびくびくしながら痛みに耐えていると腹黒の視線を感じた。
「なんだったら、私が舐めて差し上げましょうか?そうして欲しいんでしょう?」
いやらしく目を細めニヤリと笑うと本当に足の指を口に含みだした。
こいつは心が読めるのか!これは非常にマズい。ぬるっとした舌の感触に違う意味で身体が震える。反射的に反対側の足で蹴りを入れるも、簡単に防がれてしまった。そのまま膝をこじ開けられ、もう太ももの辺りまで腹黒の指と唇とが這いずり回ってきている。あの時ほどには強引ではないものの、襲われていることには変わりない。だが怖いとは思わなかった。それよりも心地よさが全身を駆け抜ける。
(もう、タイプだし、いっかな、、、、)
このまま身を任せようと覚悟を決め、腹黒の手を握ろうとしたその時だった。
「、、、、やはりもうダメみたいですね。」
腹黒は突然興味を失くしたかのように立ち上がり私を見ている。
あの目は私の中身を見ている目だ。縦になっていた瞳孔を人間のそれに戻すと何事もなかったかのようにまた傷を拭い始めた。
「なんなのよ、その気にさせといて!私が欲しがってるみたいじゃないのよ!」
「アリス嬢は自分のスキルが視認できなかったんでしたっけ。」
「それが何?わからないんだから仕方ないでしょ。それと、こ、こんな、は、破廉恥な行為とどう関係があるのよ。」
ムカつくことに腹黒はこちらを見ずに傷口を丁寧に拭き取りながら話している。
本当に足蹴にしたくなった。きっと防がれるだろうけれども!
「最初に私に触れられ口づけされたとき、アリス嬢はどう思われました?」
いきなり何を聞いてくるのだろう。
いつのこと?もしかしてあのベッドで押し倒されたときのことを言っているのだろうか。腹黒はあれが“触れる”行為とでも言いたいのだろうか。冗談じゃない。あれは“襲い掛かってきた”の間違いだ。いったいどの面下げて聞いてきているのだ。
「同意もなしに強引に辱めを受けるのではないかと恐怖したのではないですか?」
その通り。
分かっているのなら聞くなよと思う。やっぱり強姦されるような状況は怖かった。ドキドキするを通り越していたもの。小説や漫画ではありきたりなのかもしれないけれど、実際にその状況に置かれると恐怖の方を先に感じてしまう。
「その時にね、実は一つだけアリス嬢のスキルに魔力が通ったんですよ。普通はスキル名が濃くなるだけなんですが、アリス嬢の場合、点滅を繰り返していたんですよね。お心当たりありませんか?」
黙っていた私の顎を持ち、あの瞳で覗き込まれた。
怪しく光る赤い瞳に少し金色が混じり瞳孔は縦に変化している。まるで希少価値の高い宝石のようだ。目が離せない。
「わ、私には魔力という概念がわからないわ。魔力が通ればスキルが使えるようになるの?」
「はぁ、そこからですか。思っていたよりも記憶の欠落がひどいですね。本当に生まれたてのようだ。」
腹黒は悩まし気な顔つきで目を閉じてしまった。
やはりどこであってもその土地土地での常識は身につけておくべきだと感じた。と言うか、前知識のない状態で勝手にゲーム内に放り込んだ青いヤツらが悪い。取説やチュートリアルは必要だろう。基本の使い方がわからなければまともに遊べやしないのだ。どこまでもユーザーに優しくないゲーム仕様になっている。こんなバグだらけのゲームは開発中止になってしまえばいいのだ。ついでに青いヤツらも責任取ってクビになってしまえ!




