反則でしょう
自分史上最悪のクソゲー確定だ。
心の病んだ王子様と心中。初めてのVRMMOがそんなサイアクな終わり方があっていいのだろうか。人肌恋しいお年頃だとは言え、こんなエンディングを迎えるとは思わなかった。こうなったら思い切り抱きしめてやる。
だが、いつまで経っても痛みやら衝撃やらが来ない。
恐る恐る目を開けてみた。まあまあ顔の整ったクラウンにダンジョンの壁、何一つ先ほどと変わったところはない。巻き戻り系なのだろうか。もう一度クラウンの顔を見る。
「俺のブーツは罠を無効化できるんだ。」
は?今、とんでもないことを聞いた気がする。
罠を無効化?
「ちょっと!!騙したのね!もうホントに終わったと思ったのよ!ひどいわ!」
本気で泣けてきた。
もう誰も信じられない。人間不信ってこういったところから起こるんだと思う。クラウンを突き放しその場にへたり込んだ。そうだ、クラウンは最初から私を騙してたではないか。冒険者と偽ってデリヘルだなんて。って言うか、なによ、デリヘルって!
「試すような真似をしてすまない、本当に何か隠してるんじゃないかと思ったんだ。」
ほらほら、うまく話を収めようとしてきてる。
その手には絶対に乗るもんですか。【隠密】とやらを使ってさっさとこのダンジョンから出てしまおう。どう使うのかはわからないけれど、見つかりたくね~とか願ってれいばいいのではないだろうか。無言で立ち上がりクラウンに背を向けて歩き出した。
「待ってくれ。ここからどうやって出るつもりだ?悪かったから機嫌を直してくれ。」
「もういいです。どうせ私をATMにしようとしてたんでしょ。こちらこそすみませんね、デリヘル出来なくて。さようなら。」
どうせ八時間で終わるんだったら適当に冒険でもしてのんびり生涯過ごします。
召喚とか王様になるとか知ったこっちゃない。罠を避け適当に魔物のいなさそうな通路を選んだ。
「“えーてぃーえむ“の意味は分からないがデリヘルにしたいとは思っていなかったんだ。」
その声で“デリヘル”とか言うな!
着いてきているとは思わなかったが後ろでクラウンの声がする。向こうも隠密使いだった、忌々しい。逆に私が気取られている可能性もあるけど。しつこい奴は無視に限る。しばらくは声を掛けられなかったがそのうち腕を引かれてしまった。
「もう放っておいてよ。どうせ私が死んでも構わなかったんでしょ。お役に立てそうにありませんのでこの辺りで退場いたします。」
心底面倒臭そうに言い放ってやった。
するとどうだろう、クラウンが真剣な眼差しで私を見つめてくるではないか。
「死んでもいいなんて思ってたら、ここまで追いかけてはこない。」
ここでそんな顔してそんなこと言う?
反則でしょう、その声で。わかんないけどまた泣けてきた。おまけにそっと抱きしめられた。恋愛フラグ立っちゃったかしら。
「クラウンってさ、何で私がいる場所が分かったの?」
もう仲良しになってしまった。
自分の優柔不断さに、押しの弱さに反吐が出そうだ。実際にはもう何回か吐いてるけれども!そうよ、性格は変えられない、現実でもそうだった。少し優しい言葉や押しの一手で来られると断れない。それでずるずると付き合っていたこともあった。
「俺にはマッピングのスキルがあるんだ。建物や洞窟、それこそ街やフィールドでも発動できる。範囲が広いと魔力消費が半端ないからそうそう使わんがな。【マッピング】と【探索】(サーチ)をかければ大概の者の居場所はわかる。特にお前は俺が召喚してるからな。【探索】(サーチ)するとお前の手の紋章に呼応して青く光って見えるんだ。」
そう言われてみれば、右の甲に変な魔方陣みたいなマークがあった。
ヘビメタグローブをはめるときになんか見た気がする。完全にマーキングされてないか?これでは逃げようにも逃げられない。地獄の果てまで追跡されそうだ。
「地下二階にいた時に真下の辺りの地下四階でお前の反応があったんでな。ちょうど落とし穴の罠があったから使わせてもらった。」
「四階まで落ちる罠だって見て分かるわけ?それに罠無効化のブーツなんでしょ?発動しなくない?」
「罠の文字を読めばどれくらい落ちる穴かは分かるな。いい位置にあったもんだ。足で踏む前に身体ごと突っ込んだ。」
かなり無謀なお方のようだ、この王子は。
そこまでして私を助けに来たのだろうか?やっぱいい人なんじゃないのかなー。こうやって並んで歩いていると顔が見えないものだからナッシュとお話できているようですごく嬉しい。
クラウンについて上機嫌で歩いていると前方から嫌な気配がしてきた。
首元がチリチリする。ヒクイドリもどきの時もこんな感じだった。これが【探索】(サーチ)なんだろうか。ミミズの時はチリチリしなかったのだけれど。わかんないから落ち着いたら確認しよう。
現れたのはオオカミみたいな魔物六体だった。
後で聞いたがケイブウルフというそうだ。オオカミっぽく群れで行動しているらしい。魔物って人間がいなかったら何を食べているのだろう。魔物同士共食いとかがあるのだろうか。そんなことを考えているとクラウンが私から離れて氷のランス状のものを放った。無詠唱だよ!この世界の魔法かしら。見事三体に命中した。
残りの三体の意識はクラウンに向いている。これはヘイトかしら。クラウンってものすごく強くない?もう一人で勝ちまくって優勝したらいいんじゃないかと思ってしまった。
放っておいてもクラウンの勝確だとは思うけれども、ここで何もしなければまた何か文句を言われそうな雰囲気がする。
じりじりと距離を詰めてくるケイブウルフの一体を確認すると眉間と心臓部分が赤く見えた。四つん這いの状態で心臓はさすがに当たりにくいから、ここは眉間でしょう。ポーチに鉄の矢が入っていたことを思い出し、そろりと取り出す。ポーチも今のところはいい感じに使えているようだ。
(当たるか当たらないかは別として、とにかく“ブスッ”と頭を射抜く感じ、いや弓がないからダーツみたいな感じかな。)
ケイブウルフの眉間、私の目、鉄の矢が一直線になるように狙いを定める。
腕を前後させてタイミングを見計らい力の限り投げつけた。
“キャウーーーン”
悲鳴と共にケイブウルフが倒れ込んだ。
やってしまった、魔物とはいえ至極動物に似ている。罪悪感が半端ない。ごめんねって思った瞬間に“ピコーン”と鳴った。きたきた、この変な音。一体何なのだろう。この音が鳴り終わったらいつも変な気持ちになる。どう表現したらいいのだろう。まあいっかとか仕方がないが一番しっくりするかもしれない。直前の気持ちとは反対に近い感情が頭をもたげる。
そんな気持ちを自分なりに整理していたらクラウンが近づいてきた。
「お前、また【一撃必殺】か?急所が分かるのか?」
さして息切れもせず平然とした顔で話しかけてきた。
一撃必殺?なんだその世紀末な文言は。そんなスキル名なんだろうか。それに“また”って何?一撃必殺ってそう何度も出ないでしょ。
「いや、ただ赤く見えるっていうか、だいたいはその急所なんだろうなってところが赤いから、そこ目掛けてっていうか、そんな感じ?」
急所がわかっているからといって全部が全部一撃必殺になるとは思わない。
なんとなくだ。こういう類のものは理詰めでは計り知れないものがあると思う。要はフィーリングなのだ。センスとでも言おうか。内勤でも営業でもセンスのある人は自然と成績もいいし周りからも慕われる。センスのない人は何をやっても無駄がある。それと同じなのではないかと思う。
私の答えに納得がいかないのか、クラウンは眼鏡越しに私の中身をじろじろと見てくる。
“クリーン”をかけてからはずっと眼鏡を掛けている。これはこれでアリだ。メガネ男子大好き。それにしてもあんな眼鏡でスキルが見られるなんてちょっとずるい。私にも掛けさせてほしいものだ。物欲しそうな感じを悟ったのだろうか、クラウンは自分のポーチに眼鏡を仕舞ってしまった。いろんな意味で残念。
そこからは早く帰りたいのか、クラウンは私をお姫様抱っこしたまま一気にダンジョンを駆け抜けた。
さすがマッピング能力凄すぎる。全く道に迷わないし、魔物にも遭遇しないし、罠を踏んでも大丈夫だなんて冒険者にとっては夢のようなスキルと装備だ。私にもこれがあれば何とか平凡な日々を過ごせるのではないかと思う。羨ましい気持ち半分、お姫様抱っこしてもらって嬉しい気持ち半分で素敵なひと時だった。あともう少し話してくれればサイコーだったのだが。道中ほぼ無言。“アリス、お前なしではダメなんだ”なんて言ってほしかった。それはこれからの課題にしておいて、取り敢えず今はギュッとしがみついておこう。むふっ。
地上階ではいったん降ろされたものの、クラウンがものすごい爆風魔法で魔物を一蹴し手を繋いで駆け抜けた。
場面が場面だけに“あははうふふ”の渚の追いかけっこにはならなかったが、手をしっかりと繋いでもらえたのはポイントが高いと思う。うん、やっぱりいい子なんだと思う。
ダンジョンを出た時にはもう日が落ちていた。
街へ帰ったとしても夜中になるようなので野宿を提案された。ほぼ強制だけれども!
ある程度ダンジョンから離れ、魔物のいなさそうな場所で暖を取った。さすが魔法を使える王子は火起こしもお手の物のようだ。でも何故王子がそんなこと出来るのだろうか。私の偏見だが王子様はお城でぬくぬくと育っているボンクラが大半なのではないのかと思っている。悪役令嬢物の読み過ぎかしら。
「クラウンってさ、何でも出来るよね。めっちゃ強いし。だったらさ、一人で模擬戦出たら勝ち抜き出来るんじゃないの?私、必要ある?他の人もある程度強いんだったら大丈夫なんじゃないの?」
それとなく私の不要性を訴えてみた。
お金とか領地運営とか正直言って二の次なのではないかと思う。こんな作品なら“力こそ全て”的な、ねじ伏せちゃったらいいんじゃねって思ってしまう。
「第一王子は俺よりも強いと思う。いいとこ行って五分五分だろうな。結構いい手駒を揃えられたらしいから俺が無傷で戦えるとは限らない。出来れば俺はシード権を行使したいんだ。第一王子には第二王子とやりあって疲弊してもらった方が楽だからな。シード権を得るには領地運営が肝になる。何か功績を上げないと無理なんだ。第二王子と当たってからの第一王子戦になるとさすがの俺でもキツい。」
焚火にかざした手を見つめ、ちらちらと炎に照らされたクラウンの顔は真剣そのものだった。
声フィルターもあって尊すぎる。脳内カメラに保存しておいた。
でもなんだかサラッと答えられたけど重い気がする。そんなシリアスゲームなのだろうか。“うぉっしゃー!勝ったぜ!次!”みたいなノリじゃないのは確かなようだ。
「クラウンはどうして王様になりたいの?第三王子なら補佐とかいい要職につけるんじゃないの?」
私なら面倒な王様よりも適当に手が抜ける役職で満足して面白おかしく人生を満喫するけどなと思いながら尋ねた。
「お前、知らないのか?王になった王子以外は殺されるんだぞ。争いの種を失くすためにだ。もちろん仲間もな。」
がーーーーーーん。
なんですと!殺される?幽閉とか追放くらいで勘弁しておきなさいって話だ。
とにかく軽い気持ちでゲーム参加していたけど、殺されるとなっては話が違う。あれ?死んだら現実世界に戻れるんだっけ?でも今までのこのリアルな感じからして死ぬのはめちゃくちゃ痛いだろうし、時代背景からしてスナイパーに狙われて気付いたら死んでいましたなんてシチュエーションはなさそうだ。
絶対に強烈に痛いと思う。
痛みには強い方だと自覚しているが、切られたり焼かれたりは御免被りたい。痛みに強いとはいっても注射が気持ちいいと感じるくらいだ。殺すのなら私が気付かないように殺してほしい。次の瞬間死んでましたみたいな。あら?私、死ぬのが怖いとは思ってない?何でだろう。
私の複雑な表情を見てクラウンは説明するように話し出した。
「俺はこの国の“王位継承の儀式”を失くすために王になりたいんだ。もちろん王になったら他の王子は殺さない。有用な駒はあるほどいいからな。そして貴族制度を廃止したいと思っている。理不尽に虐げられる者がいない平等な国を作りたいんだ。」
クラウンはなんだか遠くを見つめだし、物思いに耽っている。
だが、しかーーーーし!
ものすごく難しいコトをこれまたサラッと言っちゃっている。なんちゃらの儀式は失くせるかもしれないけれど、貴族制度廃止は無理でしょう。日本の戦後改革だっててんやわんやだったんだから。あなたの代では成し遂げられませんって。それが最終目的?私、その頃にはこの世に居ませんよね?
「あ、あのさ、それってものすーごく時間がかかると思うなぁ。周りの反発は必至だし、貴族から権利を剝奪しちゃってからの自分が国王っていうのもちょっと。権力を一人で振りかざすんでしょ。全ての制度を一から作り直さないといけないと思うんだよねぇ。徐々にしか出来ないんじゃないかなぁ。ほら、有識者とか集めてさぁ。あ、そこは国籍問わず平民から貴族まで幅広く人材を募ってさ。って聞いてる?!」
ちょっと無理ゲーですよと言いたかっただけなのに、クラウンが私をガン見している。
怒らせてしまっただろうか。もうちょっとオブラートに包んだ方がよかっただろうか。それとも出来る出来ると囃し立てた方がよかったのだろうか。顔が近い近い!
「お前、どんな教育を受けてきたんだ。ただの世間知らずではなさそうだな。何故見てきたかのような発言ができるんだ。」
「いや、普通に考えたら分かるでしょ。猛反発の上に逆に討ち取られるんじゃない?まずは賛同を得られる人物を増やさなきゃ無理でしょ。独裁者は長続きしないわよ。って言うか、私いつまで縛りなのよ。クラウンが王様になったら終わりでいいんだよね?」
「召喚の契約は王位継承の儀式が終わるまでだ。その後は自由にしていい。その手の紋章も消えるだろう。取り敢えず現段階のお前の身柄については要検討だ。何を仕出かすかわからないからな。」
「じゃぁ、ずっとクラウンの傍にいるからさ、娼婦の件は無かったと言うことで。」
「その案件は別途考える。」
この言い方は何?いい方向なのだろうか。
ビジネスシーンだとちょっとは前向きな考えをしてくれる時の反応のはず。いや、日本語は難しいから雰囲気で感じ取らなければならないときもあるか。出来れば娼婦からは脱却したい。こんなに動けるのだから剣士とかでいいのではないだろうか。でもデリヘルって何だろう。どういう定義?もし戦える娼婦とかだと非常にヤバい。今の私、ピッタリじゃないの。
「今日はもう寝ろ。見張っててやるから。」
デリヘルの適正に戦慄を覚え、ぶるりと震えた私にクラウンが上着を掛けてくれた。
反則でしょう、その声で上着掛けてくれるとか!




