病床エンド
「私が埒られたでしょ。そのあと斜面を下った先の麓の転移装置で中に入ったのよ。」
クラウンとありすは座った状態でセーフティールームの壁にもたれている。
ありすは膝を抱え三角座りをしながら指で地面をなぞっていた。もちろん“クリーン”はかけてもらっていない。顔を膝にうずめ淡々と語っている。
「転移装置?そんなのあったか?」
「他の冒険者が見つけてたみたい。地上階のセーフティールーム前までしか行けなかったけど。」
転移装置は公として国家機関に所属する者にしか製造・使用権限はない。
そもそも転移魔術を編み上げられる人物自体が少ないのだ。乱用されると犯罪に繋がりかねないことから、どこの国でも多かれ少なかれそのような人物は国家が囲い宮廷魔法師団等に所属させている。国家のためだけに使用するという契約魔術によって縛られるが死ぬまで贅沢ができるほどの待遇で迎えられるのだ。宣誓を破った者は契約魔術の効力により死に至らしめられる。ちなみに魔力は使用すると“魔力痕”というものが残り、人それぞれ違うものになっている。誰一人同じ痕跡を持たない。魔力痕を調べれば誰が使用したかがわかる。現代でいう指紋のようなものだ。
しかしまれにダンジョンからレアドロップ品として質の低い転移石が出ることがある。今回はそれを使用し移動手段として使われたのであろう。左程遠くへも移動できず一度使えば壊れることから冒険者の間では非常時の脱出手段として用いられることが多い。
「それからあいつらが勝手に喧嘩して、私とダニーだけちょっとの間別行動になったのよ。その時にダニーに襲われたんだ。」
「襲われたって?!まさか、その、、、。」
「うん、犯されそうになった。不細工だしチビだしキモいから罠踏んで道連れにしたのよ。そしたらその罠が落とし穴でね、地下五階まで真っ逆さま。私は運良く助かったけど、ダニーは頭をぶつけて死んでたわ。」
「え?地下一階から地下五階まで落ちたのか?」
「ええ、そうよ。、、、、そうそう!!そこ、ゾンビがいたのよ!私、腕引っかかれちゃったんだった!ね、解毒剤ないの?早くしないと私ゾンビになっちゃう!!」
ありすは慌てて自分の左腕を確認した。
ゾンビを振りほどいたときに二の腕部分に大きなひっかき傷ができたはずだ。出血もしていたので間違いないだろう。今までが慌ただしすぎてすっかり忘れていたようだ。
「あ、、れ?傷口がそんなにひどくない。そんなに痛く無いし。、、、って言うか塞がりかけてない?ねぇねぇクラウン、どうしよう!体内にゾンビエキスが入ってるかもしれないわ!だからあんなに人間離れした動きができるようになったのかも。そのうち腐ってくるかもしれないわ!何とかして!!」
泣きそうになりながらクラウンの腕にしがみつく。
なるほど傷口は塞がりかけているように見えるが別に変色していたり跡がデコボコもしていない。ただ少し切れているかなという程度で綺麗なほっそりとした二の腕だ。
「ちょっと落ち着け。引っかかれてからどれくらい経つんだ?普通なら数分で転化するぞ。遅くても一時間以内には完全にゾンビになる。お前は心臓も動いてるんだろ?」
クラウンにそう言われ、ありすは自分の胸に手を当てた。
もちろん止まっているわけがない。規則正しく鼓動している。安堵の表情を浮かべるありすを見ながらクラウンはポーチの中から眼鏡を取り出だした。怪我が治るというのに少し引っかかるものがあったのだ。何かのスキルを習得している可能性が高い。
「“クリーン”をかけてやるから、ちょっと立て。」
クラウンは眼鏡を掛けながらありすを立たせた。
ようやく綺麗にしてもらえるとありすはウキウキしながらクラウンの顔を覗き込む。しかしクラウンの表情は固まっていた。あり得ないものを見てしまった、そんな感じの表情だ。眼鏡越しに見るありすのスキルがとんでもないことになっている。
【剣術】
【視界確保】
【隠密】
【隠蔽】
【探索】(サーチ)
【体術】
【パリィ】
【カウンター】
【槍術】
【一撃必殺】
【★順応】
【ソウゾウ】
【マイナス効果耐性】
これら全てに魔力が通っていた。
しかもレベルが表示されていない。ただ使えるだけなのか達人級なのかこれでは判断が出来兼ねる。普通ならばレベルまで表示されるはずだ。それに“マイナス効果耐性”は大雑把すぎるだろう。毒耐性、麻痺耐性などを指しているのだろうか。それ以外にもまだ魔力の通っていないスキルがたくさんあった。
“新種の魔王ですかね”
改めてスキルの多さに驚いたクラウンはユージーンの言葉を思い出していた。
新種なら新種のスキルというところだろうか。スキル名の前に星印が付いているものがある。それに“ソウゾウ”とはどういうスキルなのだろうか。明らかに他のものと表記のされ方が違う。
クラウンは軽く首を振りありすの怪我の状態を確認し始めた。
考えても分からないものは帰ってからユージーンに確認することにしたのだろう。自然治癒らしきスキルがないのに怪我が治っているのはおそらくユージーンの体液を飲んだからだと考えられる。本人がちょっとやそっとじゃ死なないと言っていたのだからありすに何らかの影響が出ていてもおかしくはない。
クラウンは“クリーン”をかける前にアリスの身体を入念にチェックする。
後頭部にも血の跡が付いていた。髪をかき分けて地肌を確認するも怪我をした跡がない。高所から落下したにしては捻挫や打ち身、骨折をしていない。いや、していたのだろうが治っているのだ。これが“体液”のお陰ならいくらなんでも流石にやりすぎだろうと露骨に顔をしかめた。
「クラウン?どうしたの?何か変かな?」
あまりに間近でじろじろと見られた上に軽く触れられもしたのでちょっと恥ずかしくなったありすは考え込んでいるクラウンに声を掛けた。
ありすは自分の身に起きたことをわかっていない。いや気を失っていたので覚えていないのだろう。
「いや、何でもない。じっとしてろ。」
“クリーン”をかけてもらい上機嫌なありすと複雑な気持ちのクラウンはようやくセーフティールームから出て行った。
地下三階もそれなりに複雑な地形をしている。
地図がなければ大抵の冒険者は迷ってしまうだろう。クラウンが落ちてきた落とし穴の罠はすぐ近くのはずだが、そこは普通に岩の壁になっていた。おそらくは中が空洞状態で罠のあった階と直接繋がっていると考えられる。
セーフティールームを出ればもうあちらこちらに罠が見られた。密集しているわけではないので“罠感知“があれば簡単に通り抜けられる。
クラウンはいきなりありすを横抱きにするとそのまま真っ直ぐに歩き始めた。
「え、ちょ、ちょっと待って。何でお姫様抱っこなの!私、歩けるってば!」
何の予告もなしからの横抱きにありすは肝を冷やした。
初めて出会ったときにされたような一瞬の出来事ではない。クラウンの瞳の色、まつ毛や唇までじっくり観察できる時間だ。何が起こったかよくわからなくてしばらく放心状態だったがようやく現状を理解し恥ずかしさのあまり発した言葉だった。
「静かにしろ。俺だって不本意だ。おんぶの方がいいか?お前に歩かせたら罠踏んじまうだろ?いいから黙って隠密発動してろ。」
どうやらクラウンはありすが罠を踏んでしまわないように仕方なく横抱きしているらしい。
魔物に見つからないようクラウン自身も気配を殺していることから、ありすにも隠密スキルを発動してもらいたいようだ。
「わ、私、罠見えるもん、大丈夫よ。でもクラウンがどうしても私を抱きたいならいいかな~なんてね。」
そう答えた瞬間、ありすは地面に落とされた、故意に。
打ち付けた尻をさすりながらひどい仕打ちのクラウンを睨み返す。
「何すんのよ!痛いじゃない!」
「どうしてお前に罠が見えるんだ。罠感知のスキルは持っていないだろ。」
「そんなこと言っても知らないわよ。見えるものは見えるんですぅ!【隠密】とかさ【罠感知】とかさ、なんかスキルの話しちゃってさ。私、自分のスキルわかんないもん。」
「な、わからずに使ってたのか?嘘だろ?罠が見えるっていうのも感覚じゃないのか?」
「ちゃんと見えてますぅ!いろんな色や大きさがありますぅ!最初はボヤっとしか見えなかったけど、これ差したら見えるようになったんだから!」
ありすは得意満面の笑みでウエストポーチからあの目薬を取り出してクラウンに見せつけた。
例のダニー専用墨汁目薬だ。もう半分以上無くなってはいるが、シャカシャカと振ってみせる。
「いいでしょ♪欲しい?」
「馬鹿野郎!貸せ!」
言い終わるか終わらないかのタイミングで目薬を奪われた。
クラウンはものすごく慌てた顔から怒った顔に変わっている。ありすは返せ返せとクラウンの周りを飛び跳ねていたが、ただならぬ雰囲気を察知しておとなしくなった。
「お前、これ劇薬指定された発売禁止の目薬だぞ。どうやって手に入れたんだ。」
「、、、、このウエストポーチに入ってたの。ダニーが差してるの見て、罠が見えるぜーって言ってたから。でもね、全然痛くなかったのよ。気持ち悪い色だけど、、、、。」
ありすはクラウンの怒りの目力に怯え、後半は尻すぼみのように声にならなくなった。
そのまま泳ぎ出した目をクラウンは逃がさない。ありすの顔を引き寄せ目の下を強引に引っ張ったり瞼を引っ張り上げたりする。美人が台無しだ。異常は見られなかったのか、今度は罠の近くまでありすを連れて行った。
「じゃぁ、ここに罠があるのはわかるな?」
「あ、は、はい。」
「なんの罠だ、言ってみろ。」
地面にブーツをトントンと打ち付け、ありすを睨んだ。
まるで悪さをした生徒と先生のような構図になっている。犯人を決めつけているかのような口ぶりだ。理不尽だと思いながらもしゅんとしたありすはしぶしぶ答えた。
「あ、茶色です。大きさは三十センチくらい。投擲武器の罠だと思います。周りに描かれてる変な文字によって何が出るかは決まってると思うけど字が読めないからわかりません。以上です。」
なかなか返事をしないクラウンをありすは上目遣いで確認する。
クラウンの表情は硬かった。驚きで顔が強張るというのは正にこのことだろう。
「おい、踏め。いいから踏め。」
ありすは耳を疑った。
ちゃんとありす自身が見えているものを正確に、経験を生かした上で答えたはずなのに踏めと強要されている。しかもクラウンは有無を言わせないようなオーラを身に纏っていた。
(どうせなら、クラウンに当たっちゃえ!!)
ありすも怒りに任せて罠を踏みつける。
正面から鉄の矢が飛んできた。ありすは気合を入れ掴み取ろうと踏ん張ったが矢が届く前に先にクラウンが叩き落していた。
「何なの?何がしたいのよ!」
「いや、本当にわかっているのか疑わしかったんでな。」
「こんな時に嘘なんて言わないわよ。だったらクラウンだって見えてるんでしょ。」
クラウンはプンプン怒っているありすを強引に引きずって別の罠の前に立った。
ありすの手を繋いだまま赤の小さな罠を見つめている。
「赤い罠よ。炎系の罠だわ。だから何なのよ。」
「これは小振りだが瞬間火力が最も高いファイアーボールの罠だ。ピンポイントで当たるから死ぬやつは死ぬな。」
「それ、罠の周りの文字読めるって事?」
「あぁ、ほんの一部だがな。これは古代文字だとも言われているが解明されていないのがほとんどだ。文字が刻まれている事や色・大きさがわかる奴なんてそうそう居るもんじゃない。」
「クラウン、すごいじゃん。」
「どっちがだ。お前こそ何故そこまでわかる。」
「何でって言われても、見えるもんは見えるんだし。仕方なくない?」
見えたままを答えているだけのありすに説明のしようがない。
にっこりと微笑んだのが逆効果だったのか、クラウンには何かを隠しているように思われたようだ。意地悪く笑い返され身体を引っ張られたありすはクラウンに強く抱きしめられる。
「じゃぁ、このまま罠を踏んでみようか。」
「ちょっと、何でそうなるの!放してよ!」
「俺が踏んでやるよ。」
こんなに密着していればありすにも少なからず被害が及ぶだろう。
両腕をしっかりとホールドされ身動きが取れないありすにはどうすることも出来ない。これはありすがダニーを嵌めたのと同じ構図になっている。
「ダメよ、二人ともただでは済まないわ!」
「じゃぁ、教えろ。」
「だからわかんないって!」
「、、、そうか、残念だ。」
ありすはクラウンが罠の方向へと足をずらしたのが分かった。
自分を抱きしめていたクラウンの重心が少し右へと移動したからだ。右側にはあの赤い罠がある。ダニーの時にはうるさいほどにSE音が鳴っていたはずなのに、今のありすには聞こえてこない。現状に焦ってはいるようだが、心なしか落ち着きさえ感じられた。
(こんなヤンデレ展開がラストなの?抱きしめられてはいるけれども!!こんなの完全に死ねるとは思えないわ!病床エンド確定なの?!)
ありすはギュッとクラウンの胸に顔をうずめ最期の時を待った。




