ドーレインカンパニー
翌日、会場に向かい電車を乗り継ぐ。
通勤とは反対方向の電車なので景色が珍しい。線路沿いに立ち並ぶ木々が青々としている。幼稚園か保育園かわからないけれど体操着で子供たちが列を組んで歩いているのが見えた。引率の先生、大変そう。
会場の最寄り駅についてから歩くこと10分程度。目的のビルが目に入る。
「あれ?受講するっぽい人、あんまり見かけないな。」
心の声が口に出てしまった。
そのままビルに入り受付を済ませる。
「受講票をお持ちになって少しお待ちください。」
無表情な受付嬢にロビーを指し示され、そちらに歩いて行った。
数人が同じように受付をしているのを眺めながら一階部分を見渡す。
なんか商社っぽくない。どちらかと言うと院みたいだ。ラボ的な感じがする。
少し違和感を覚えたときに召集の声がかかった。
「皆さん、会場に案内します。こちらへどうぞ。」
先ほど受付を済ませた数人と一緒に会場へ向かう。
案内してくれたのは”ザ・引率”な腕に腕章をつけたスーツ姿の中年男性。髪をオールバックにし、整髪料のせいかテカテカしている。ポマードべっちょりでクールでバッチリかよ。
会場に入ると受講票に書かれてある番号の席に座るよう促された。
小さいけれど大学の講義室みたいだ。階段状に席が設置されているのだが。
なにこれ?塾の自習室みたい。
正面部分と隣との間に仕切りが立っている。しかも座ると顔の部分になるであろう所でより大きく出っ張っていて完全に隣の顔が見えない仕様だ。
間をあけて座らされているので何人が受講しているのかわからない。頭しか見えなし、年齢層も不明だ。少なくとも一緒に会場入りした人たちは若そうだった。
九時から十時までの座学は備え付けのパソコン画面に講師が映し出されて、ヘッドフォンをして聞く形だった。
講義の内容も管理職の心得がどーのこーのとか、その辺の経済系の本と同じようなことばっかりで、ぶっちゃけ話半分くらいしか聞いてない。
それよりもこの後のVRMMO体験っしょ!楽しみ楽しみ!
受講票の下に書かれてある番号の部屋に移動するのだが、今は引率のおじさん待ち。
番号で呼ばれて数人ずつ出て行っている様子。何せ間仕切りが邪魔で見えない。パソコンも強制的にシャットダウンされて手持無沙汰だ。携帯やスマホの電源は切るように言われているから使えない。
そうこうしているうちに番号が呼ばれて引率された。ポマードおじさんに。
部屋を出て渡り廊下を歩き、隣の建物に入って直ぐの階段をカルガモの親子のように列をなして上る。
階段って、、、エレベータは使わないのか?まだ上るのか?一緒についてきている人たちは平気なようだ。若いからでしょ。会話があるかなと思ったのだが、やはり社会人か、学生とは違い無言だ。顔をガン見はされましたけど!
私の番号は「43番」、四階かしら?階段の踊り場に「3/4」という表記。とうとう着いたようだ。息が上がる。
「あなたは41番ですね。ではこの部屋に。」
先に歩いていた男性にポマードがそう言うと、すっとドアが開いた。
中から白衣の男性が顔をのぞかせる。
「こちらへどうぞ。」
ちらりと中を見たのだが病院の個室みたいな感じだった。
次の女性は42番の部屋へ。その時不意に“ガシャーン”という音が響いた。同時に勢いよく隣の部屋のドアが開く。
「ヤバいヤバい!壊れたかな?大丈夫だよな?あ、中川さん!」
大きく手を振られたポマードの表情が固まった。
眉毛だけがぴくぴくしている。
「森君、君は落ち着きが足りないな。何かありましたか?」
森君と呼ばれた男性は二十代前半ほどで目立つストライプのスーツにピンクのワイシャツ、ノーネクタイ、分厚いフレームの眼鏡、道化師のように先の跳ね上がった革靴を履いていた。
なんだ?漫才師か?服のセンスなさすぎ。ポマードの苗字は中川というのか。
森君と呼ばれた男性は私の顔を見て時を止めていた。
ま、大概の男はこうなるわな。ポマードがわざと咳払いをする。我に返った森君は俯きながら慌てて返事をした。
「いえ、ちょっと躓きまして、、、。」
「用意する時間は十分にあったよね。何してたんだ。」
「あ、あの少しトラブルがありまして、、、。」
トラブルという言葉に顔をしかめたポマードはそれ以上話すなと目で訴えていた。
そうだよね~、お客を前にして堂々とトラブルって、無いでしょ普通に。
「でも、準備は整っております!大丈夫です!」
"でも"って、、、。
えー、さっき大丈夫かなぁって疑問形じゃなかった?マジ、怪しい。若くても使えないのはうちの部でも遠慮するわ。ポマード氏、ご愁傷様です。
「もう君は下がりなさい。、、、申し訳ございません、お部屋へどうぞ。」
シッシッっと猫でも追い払うかのような手つきで森君とやらを下階に追い立てたポマードは明らかに作り笑顔でそう言った。
なんか有耶無耶にされた感満載なんですけど。
部屋に入るとまず目に入ったのは、洋服屋にあるようなフィッティングルームと女性社員だった。
年齢は森君と同じくらいか。落ち着いた雰囲気でシックなスーツを着こなしてはいるが、いかんせん若い。社会人的な化粧も慣れてないらしく、こりゃ新人だなと。
何か着替えるってパンフに書いてたよね。
「栗崎様、わたくしドーレインカンパニーの安西と申します。この部屋と栗崎様の担当になります。よろしくお願いいたします。早速ですがあちらの試着室でこちらの装備に着替えていただけますか?」
装備ときたか!
“キラリーン”と私の目が光る。
安西さんは試着室を開け、中を見せながら説明を続ける。
「下着も全部脱いで着用願います。着用が終わられましたらそちらの液体が入っている浴槽に首まで浸かってください。ヘアクリップやヘアゴム等もございますからご自由にお使いください。」
私が「は?」みたいな顔をしていたからだろうか、安西さんは補足説明を始めた。
「この装備、もとい電子スーツはVRMMOを体験していただくうえで重要な装置となっております。着用時はゆったりしておりますが、その液体に浸かることによって完全に体にフィットいたします。大変貴重なものですから、どうか爪などで引っ掛けたりしないようお願いいたします。、、、、あれ?いつもの色と少し違うけど、、、。」
す、す、すごい!まるでかの有名漫画の戦闘スーツではないか!
それが現実になるなんて、、、、科学の進歩ってすごい。大興奮している私は安西さんが電子スーツの色を気にしている事に気づかなかった。
「でも、液体に浸かってしまったら機械系統って駄目になるんじゃ、、、。」
「あ、栗崎様は機械のクリーニング洗浄をご存知ですか?」
テレビで見たことある!
特殊な液体に機械ごとジャブーンって浸けて洗うやつ。それと同じ原理なのかな?安西さんは私の顔を見てわかったのか“そういうことです”とだけ言った。
着替え終わり(やっぱり濡れなかった)フィッティングルームから出てくると、安西さんはもうベッドでの用意を済ませていたところだった。
ベッドというか、なんか日サロマシーンみたい。なんで蓋があるの?透明だけど、、、。ちょこっと配線とか出てるし、なんか冷凍保存とかを彷彿させるわ。
その横には白衣を着た初老の男性が立っていた。
お医者さん?着替え中に増員したのか?あ、最初の部屋で見た人だ。もう他の人たちは終わったのだろうか。
私はというと、足の先から首までぴっちりしたスーツ。
足は軍足みたいな感じ、手もしかり。身体のラインがめっちゃくっきり。かなりエロイ。
安西さんも私を見て少し固まっていた。そりゃそうでしょ、均整の取れた抜群のプロポーションなんだから。同性からみてもため息が出るでしょうよ。すると安西さんは鬼のような形相で、いきなり霧吹きのようなもので液体を顔に吹きかけてきた。
「ちょっと!何ですか!!」
ビックリして思わず防御態勢に入る。
ちょっとイジメじゃない?
「大丈夫です、速乾性ですから。」
そう言ってバシバシ吹きかけられる。
もっとふわっとかけてくれればいいのに、敵意むき出しじゃん!妬んでるのか?そうなのか?
猛烈な霧吹きに耐えていると、彼女は医師のような人からコップを受け取り私に渡してきた。
「続いてこちらを一気に飲んでください。」
心なしか安西さんは怒っているように見える。
毒でも入れてんじゃないの?プラカップに入っている半透明の液体はバリウムを想像させた。嫌な人は嫌なんだよね、バリウムって。でも私は好きな方。よく変態がられるけど。ごくごく飲んだけど別に味はしないしとろみだけが似てるかなって感じ。
「では栗崎さま、こちらのベッドに横向きになって寝ていただけますか?ヘッドギア装着の前にこめかみのあたりなどに線を繋ぎます。」
キターーーーーー!キタよヘッドギア!!
何?こめかみのあたりに線ですと?脳波計的な?わぉ!!ワクワクが止まらない。
「仰向けじゃなくて横向きですか?」
「はい、まれに体験中に嘔吐される方がおられます。仰向けですと気道がふさがれてしまいますから。」
なんですとーーーー!
吐くの?吐くほどの体験なの??だから二時間前までに食事?
「あのー、質問なんですが、、、、、吐くって言うことは、下も、、、、。」
「はい、失禁される方、ダップ・・・まぁ稀におられます。」
さらりと言うなよ、さらりと。
漏らしていいのか?内側が濡れるんだぞ。大切な精密機器なんだろう??
「だ、大丈夫ですよ、そもそも体験ですので30分もかからないですし。巷のゲームでもたかが5時間くらいで、尿意をもよおしたり気分が悪くなったりはしませんよ。大人はトイレに行く夢を見ても漏らさないですよね、ね!」
最後の方は強引に納得させようとしているな。
この会社の「大丈夫」はあてになるのだろうか?怖い。怪しげなカプセルにおとなしく横になる。あとはあっちを向いたりこっちを向いたりして額辺りにペタペタ線をくっつけられヘッドギアを着けられた。
ヘッドギアって聞こえいいけど、時代劇の頭巾みたいなものだ。顎でマジックテープだし。なんかしょぼいわ。まぁ、配線を押さえるヘアネットみたいな感じかな。ヘッドフォン部分も薄いから横になって着けてても痛くはないけど、、、。ちゃちいでしょ?ゴーグルとかないの?
「では、睡眠剤を送り込みます。」
鼻から下を覆う感じの、まさにICUとかで使ってるような吸入器を強引にはめられた。
安西!痛いわ!こんなのあるって聞いてないし。
「あ、あの、私あまり効かないかと。普段から睡眠導入剤を飲んでるんですが効かないことのほうが多くて。」
吸入器のせいで籠ったような声になったが、白衣の方が聞き取ってくれた。
「手術受けたことありますか?口に当てたマスクから眠たくなるガスを吸ってますよね?それと同じ感じで即効性があります。この特殊な薬を吸うことにより1~2分程度の間に、完全に眠ってしまいます。そうしたら外しますけどね。」
いいの、それ。医療だよね。
特殊な薬って、怖くない?言いたいことが分かったのか白衣が言葉を重ねる。
「VRMMOを導入するには政府の許可が必要で、なおかつ医師が立ち会わないと出来ません。料金は健康保険適用外で自己負担ですから、おいそれと皆さん遊べないんでしょうね。」
なるほど、医療行為ね。
お高いんだ~。美容整形も健康保険適用外だから高額だもんね。
「企業での体験ということで割と安めに設定されてるんですよ。一般市民が手を出しにくいならセミナーという形で企業に持ち掛けて研修用にと言う訳です。大枚はたいて遊んでも、場所は管理施設ですし、本人は寝てるもんだから実況動画にも出来ないでしょ?そんなこんなであまり普及してないのが実情です。、、、さて、始めましょうか?」
ゴクリと息を飲む。
でもやっぱ、ワクワクが勝ってしまう。いよいよ初体験!
どんな感じなんだろう、いきなりオフィスから始まったりするのかな?
それから先は意識がなかった。
「それにしてもとんでもなく美人ですね。スタイルもいいし。でも年齢見たらババァじゃん。独身だって~。どんだけ若作りしてんのよって思いません?絶対しこたまお金貯めて美容に使ってるんだわ。」
安西はそう言って初老の医師に話を振る。
個人情報をほいほい口に出すのは如何なものか。でも本体から出ている配線を間違えないように慎重に電子スーツやヘッドギアに差し込みながらの愚痴だ。
「だいたい、こんな歳まで働きたくないわよ。早くいい人見つけて寿退社するんだ~。そのためにマジ頑張ってこの会社に入ったんだから。」
「しゃべってると繋ぎ間違えてしまうぞ。だいたい入社の動機が不純すぎやしないかね。」
医師は吸入器をしまいながら、軽蔑の眼差しを安西に送る。
「何言ってるんですか?半分以上の女子が絶対にそう思ってるはずです!こんな女にはなりません!」
眉間に皺を寄せ、なかなかうまくはまらないプラグと格闘しながら安西は言う。
「あははははっ、大した自信だな。森君とお似合いなんじゃないか?」
失笑の初老に安西はあからさまに気を悪くしたようだ。
プラグを握りしめ医師を睨みつける。
「あんな気持ち悪いやつ、こっちから願い下げですよ!仕事トロいし出来ないし間違えるし。その癖、自分の非を認めないクズです。」
「まるで君が出来る女子のように話すね。ははっ。」
「私は与えられた仕事はきちんとやります!これはちょっと色が微妙に違うから間違えて繋がないように努力してるんです!!」
「なら、早くセッティング終わってくれないかね。次がまだあるんだから。」
無理やりプラグをねじ込もうとしてる安西を見て、初老の医師はため息をつく。
「、、、っと、終わりましたよ!!フンっ。」
そう言って透明の蓋を乱暴に閉めた安西だった。