しつこいって!
左に曲がった先には大きな広間になっていた。
野球場とまではいかないが、ダイヤモンドよりは広いと思う。奥には二つ通路があり、ところどころに二メートルくらいの岩が隆起している。罠は壁沿いが多くサイズも小振りなもので、何より重なっていない。広範囲のものや誘爆式のものはなさそうだ。真ん中や通路付近には見当たらない。一番近い岩に隠れて様子を覗うことにした。
天井にぶら下がっているような魔物はいない。
ただ先ほどから首筋がチリチリするような感覚がある。何かついているのかなと思い、擦ってみたものの特に何もなかった。もしかしたら魔物が近くにいますよ的なサインだろうか。ラノベでもよくそういう表現があったような気がする。とうとう私も探知系のスキルが開花したのかもしれない。そういえばあの白い部屋で手当たり次第にスキルをぶん盗ったような気がするがその中の一つなのだろうか。ステータスがオープンしないから自分では確認できない。このゲームは本当にスキルが四個だけしか持てないのかという疑問も残るところだ。
しばらく息を殺していると向かって左側の通路から魔物の気配がビリビリと伝わってきた。
ゾンビの時はそれほどわからなかったのだが慣れてきたのだろう。そういえば青いクマが“練習とかしましたか”などとほざいていたような気がする。使い込んでいけば精度が上がるのだろうか。でも自分が今何を使っているのかがわからない。
出てきたのは鳥型の魔物だった。
濃いオレンジ色の目をしているのでそうに違いない。魔物は目の色が濃いオレンジなんだと教わった。図鑑などを目にしたことがないので名前はわからないが強いて言うならヒクイドリに似ている。体全体が鮮やかな青色で、その辺の岩と同じくらいの大きさをしていることから高さは二メートルくらいだろう。鶏冠などは見当たらない。何と言ってもあの強靭な脚がヤバそうだ。太い脚の爪先には大きな爪が見えている。頭から爪まで全部青いものだから、あの青いやつらを連想してしまって気分が悪くなった。睨みつけるように観察する。この場所に罠が少ないのはヒクイドリもどきが徘徊しているからかもしれない。罠はほとんどが起動させても解除しても一定の時間になると再び現れるとダニーが言っていたのを思い出した。そうすると罠を踏んでも生きているということは罠よりも強いか、何らかの耐性があるのかもしれない。
ヒクイドリもどきをじっと見つめているとゾンビの時のように赤いものが映った。
頭部ではない。首元辺りに見える。ゾンビの時よりも鈍い色ということは正面から見えていないのかもしれない。考えられるとしたら背中側の首元になる。ちょうど深い羽根のようなものに覆われている部分と首の境目になるだろうか。
左側の爪先辺りは青く見えている。青色なんて初めてだ。あれの体が青いからではないだろう。赤しか知らないし、取り敢えずこれは置いておこう。
ゾンビは頭部が弱点であることはわかっている。
赤く見えた=“急所”なのではと仮説を立てる。ゾンビになりかけていたダニーの頭部も赤くなりだしていたからだ。
“ピコーン“
あの場面を思い出したが特に吐き気もなく、変なSE音が一回鳴っただけだった。
妙な気持ちになったのだが説明しようがない。正体のわからない思いを嚥下した。
先ほどからヒクイドリもどきは出てきた通路に戻ったり、もう一つの通路に行ったりと行動が読めない。
複数体いる気配はないので出来ればスルーして違う通路に逃げたい。タイミングを計っているのだがどうもよくわからない行動を取っている。ここで足止めを食いたくないので少しずつだが岩に隠れて前進を試みた。
あれから数分経つ。
手ごろな位置に岩がなかったり、岩のそばには罠があったりでなかなか近づけない。このままだと埒が明かないので元来た道の反対の通路に変更しようと腰を上げた。
するとヒクイドリもどきが突然地面を掘り始めた。鉄の矢がヒクイドリもどきの羽根の部分に当たる。“カツン”といとも簡単に弾き返していた。茶色の罠を踏んだのだろう。それにしてもあの羽根は相当硬いに違いない。ヒクイドリもどきは鉄の矢を気にすることもなく依然地面を掘っている。数回目であのゲジゲジどもが一斉に飛び出してきた。
「うわぁぁ!」
気持ち悪さに思わず声を上げてしまった。
もちろんヒクイドリもどきとバッチリ目が合う。思い切り気付かれてしまった。こちらに向きを変えて前掻きをしている。
変にこそこそと近づいたので入ってきた通路が直線上にない。ここからの脱出は無理だろう。岩に上ってもきっと体当たりで破壊されてしまう。突進してくるヒクイドリもどきを避けることはできない。
(そうだ!ここで三角飛びよ!)
ポーチに剣を仕舞い槍を取り出す。
ヒクイドリもどきが追いかけてくるのを確認しながら壁に向かって猛ダッシュした。あのジャンプの踏み切りを思い出して壁に飛ぶ。壁を蹴り身体を反転させて、そのまま走ってくるヒクイドリもどきの急所めがけて槍を突き立てた。
“ギョワーーーー!!“
断末魔をあげ倒れるヒクイドリもどき。
もうピクリとも動かなかった。槍が突き刺さった部分からはじわりと血汁が出てきている。思いの外、槍が深く刺さり地面にまで食い込んでいる。ちょうど入ってきた側からは見えにくいし抜くのも面倒なのでそのままにしておいた。
気になっていたヒクイドリもどきの左の爪を見てみる。どうやら爪にひびが入っておりその部分にはカビのようなものが生えていた。怪我なのだろうか。羽根の部分はやはり硬い。羽根に逆らって剣を差さないと拒まれてしまった。
しかしここまでうまくいくとは思わなかった。
ただ想像した通りに実践しただけなのに、あっという間に魔物を倒せたのだ。もしかしてこれは“俺TUEEEE!”じゃないのか。いやいや、浮かれている場合ではない。この魔物の知能が低かったからとも考えられる。もっと賢ければ私が反転した瞬間に口を開けて待っているはずだ。今回はラッキーと思っておこう。やはり基本はスルーして逃げるに限る。
先ほどヒクイドリもどきが起動させた罠の鉄の矢を拾い、右の方の通路へ向かった。
今、左側の通路を歩いている。
結局右側はすぐに行き止まりになっており、ヒクイドリもどきのねぐらになっていたようだった。こちらの通路は分岐も多いが行き止まりや罠も多い。何度目かの行き止まりの後、ようやく先に進めそうな所を発見した。
「うわっ、細いな。横向きになって進むしかないかな。」
数メートル先には縦に走るであろう大きめの道が見える。
なんとか横向きに入ったとしても圧迫感が半端なさそうだ。足元に罠があったり壁にあったら詰んでいただろう。
(よかったわ、巨乳じゃなくて。)
こういう時、必ず巨乳美少女が“壁に擦れちゃってあぁん”なんて言うはずだ。
世の男性は実際に巨乳を見たことがあるのか?明らかに垂れ下がっているではないか。普通の位置に乳首がきてないのだよ。無理矢理ブラで持ち上げているだけで、外せばドロ~ンだ。私は美しいとは思わない。自分がお椀型で大きさもそこそこで良かったと思っている。余談でしたね。
中ほどまで進めはしたが、流石にきつくなってきた。
いったん止まり深呼吸する。今は絶対に出られる幅がある状況だからさほど怖くはないが、だんだんと道幅が狭くなってくる通路や這いつくばって抜けるに抜けられない状況だと息苦しくなる。閉所恐怖症ではない。例えば洞窟探検番組などで無理して岩の隙間に入って“向こうには出られません”と言っている画像を見るだけでもしんどくなるのだ。だんだん細くなっていく場所が怖い、そういう不安障害なのだろう。
落ち着いたところで再開する。極力音は立てずに進んでいるものの、身体がこすれる音だけは消せないようだ。パラパラと土も落ちている。ここで魔物に見つかるととんでもなくヤバい。慎重に進んでいかなくてはいけない。
もう少しで出られると思ったのも束の間、“ザリザリ”と地面を這うような音が聞こえ出した。息を殺して耳を澄ませる。その音はだんだんと近づいてきていた。
(なに?蛇?いや、ミミズ?)
間から見えたのは直径一メートルくらいの円筒形ののっぺりとした触手のような生き物だ。
ぱっと見、目がどこにあるのか分からなかったので魔物か生き物かわからない。体節を伸縮させて進んでいるようなのでミミズ系だろうか。瑠璃色に近いのでシーボルトミミズのように見える。魔物でなければ襲われることはないだろうと、通り過ぎたタイミングでそっと抜け出してみた。案の定、そのまま向こうへ進んでいる。ミミズだったら目も耳もないので安心だ。ゲジゲジも魔物に食べられていたことから、このミミズも何かの魔物の餌になるだろう。そう思ってミミズの尾部を眺めていた。すると突然尾部が持ち上がり、口を開けて襲ってきたのだ。
“ギシャーーーーー”
牙はないが大きな口で粘液が糸を引いている。
バックステップで何とかかわしたものの、地面に穴が開いていた。相当な威力の持ち主だ。それにあの涎はマズい気がする。なんだか溶かされてしまいそうだ。
(何に反応したん?魔物なの?ってか、こっちが頭?)
鉢合わせた時のスピードとは違い、かなりの俊敏さで攻撃してくる。
まさか後ろ向きに進んでいたとは知らなかった。相手を油断させるための擬態か。とにかく逃げないとマジでヤバそうだ。目の位置がわからないので、何で私を判断しているのかがわからない。ジグザグに逃げても同じように後を追いかけてくる。高いところに逃げてもよじ登ってきそうだし、隙間に入っても同じように着いてこられるかもしれない。ああいう系は狭いところでも自在に通り抜けられそうな気がする。土の中に潜ってしまうかもしれない。これは確実に殺さないと永遠に追われる気がしてならない。
でもどうやって始末するか。
実はミミズを見てもあの赤いのが見えないのだ。急所がないタイプなんてあるのだろうか。
先ほどから罠を飛び越えるような感じで逃げているのだが、無理に罠を踏ませようとしてもなぜかうまく避けている。この辺りには小さい罠しかないのでうまく誘導できない。
(一か八か後ろに回り込んで切りつけるか。)
身体を急転させ旋回し、ミミズの体の横をすり抜ける。
うまく罠を避けながら本当の尾部まで辿り着いた。ミミズも反転しているのだろう。尾部が少し浮いた瞬間を脇構えから斬り上げた。“ドチャ”という音をさせて尾部が落ちる。しかし血を噴き上げることもなくもこもこと肉が盛り上がってきている。
(まさかの再生能力!?)
最後まで見届けることなくその場から逃げ出した。
異常なほどに再生が早い。斬り方がまずかったのだろうか。斬り落とされた方まで再生するとしたらプラナリア並みだ。威力の小さい罠に嵌めても分裂する可能性が出てきた。考えただけで恐ろしい。とにかくセーフティールームを目指そう。踏み込む足に力を入れた。
スタミナが切れるたびに応戦している。
とんでもなく厄介な相手だ。なるべく狭い通路には入らずに移動しているのだがそろそろマズい雰囲気がする。気配を殺して走っても、追いかけてくる相手が爆走するものだから他の魔物が気付かないわけがない。
「もう、ちょっと!しつこいって!」
あの気持ち悪い口攻撃をかわしながら息を整える。
キャミやらスカートが汗ばんだ素肌に纏わりつく。髪の毛も顔にべったりだ。いい加減にしてほしい。私以外に食べ物がないのか!
たまにチクチクとミミズの胴の辺りを剣で差すのだが、みるみるうちに傷口が塞がっていった。このまま堂々巡りが続くと私のスタミナ回復が追いつかない。エナジードリンクみたいなアイテムはないのだろうか。あまりにも燃費の悪い身体に辟易する。スタミナアップの種か草が欲しい。
スタミナがある程度回復するとダッシュ、枯渇すると応戦の繰り返しが何度か続いた後、遥か向こうが赤くなっているのが見えた。
絨毯のようにも見えるそれは赤の罠群生だ。遠目で見てもかなり続いているように見える。壁際からびっしりと敷き詰められたように罠が重なって見えた。しかもひとつひとつが前に見たのよりも大きく見える。
(やった!これを逃す手はないよね。もってちょうだい、私のスタミナ!)
素早く剣をウエストポーチに仕舞った。
私がいきなり加速するとミミズが罠を察知する可能性がある。なるべく着かず離れずで距離を見計らいながらスピードを調節しなければならない。ミミズも完全に罠を避けることは出来ないのか、途中からちょいちょい罠にかかってはその部分を再生させていた。ただ、あの罠に突っ込んでくれるかはわからない。もし手前で止まってくれればそれで良し、突っ込んで死んでくれればなお良し。私自体に反応して襲ってくるのであれば後者だと推測する。私が跳躍できるだけの加速は欲しいところだ。今のところはいい感じに走れている。後はスタミナの問題。そろそろ自分の目測した踏切地点に到達する。釣れるかどうかはわからないがここで一気に加速した。もたもたしていると自分も巻き添えを食う。右足で地面を蹴り上げ高く舞い上がった。あの時よりも角度は悪いが概ね成功と言えるだろう。
“ゴオオオオオオオオオオォォォォッ”
どのくらいフライトしただろうか、着地点に降り立つ前に爆音とともに熱波によって吹き飛ばされた。
大きな岩に胸を打ち付けられ、一瞬息ができなくなる。身体がヒリヒリして髪の焦げた臭いもする。薄っすらと目を開け自分の安全を確認した。
(今のはマジヤバかった。直撃したたら即死だわ。別に大した火傷もしてないみたいだし暫くは身を隠すかな。)
十数メートル先ではかなり広い範囲で火柱が上がっている。
おまけにくさやのような臭いもしてきた。思わず息を止める。これで完全にミミズは死んだだろう。手前で止まって炎が収まるまで待たれていたらそれはそれでビックリする。さすがにそれはないと思うがこういうときはマグマのような罠の方がよかった。腕に軽い火傷を負ったくらいで命に別状はないが、こんな強烈なファイアウォールは勘弁してほしい。触った感じで分かるが頭頂部の髪の毛は焼けているだろう。断じて禿ではない、チリチリとなった程度だ。ここはちゃんと言っておく。
ふらふらになりながらも何とか立ち上がり、まだ部分的に火柱が上がっている現場を見に行った。
火柱に気を付けつつ罠地帯の中ほどまで歩く。向こう側の罠の手前に焦げ跡が残っていた。ミミズの姿は完全に見当たらない。欠片もだ。今はもう薄くなってきたが、きっと焼けた後の臭いがあの“くさや臭”だったのだろう。頭頂部を気にしつつミミズ退治が成功したことを確認して先ほどの岩陰に戻った。
それはそうとヒクイドリもどきの時にしても今回のミミズ戦にしても、あまり恐怖を感じなかった。
自分の強さが分かったからなのか、ゲーム自体になじんで“一狩り行こうぜ!”という気分になったからなのだろうか。ゾンビの時は吐いたりしていたように思う。今思い起こせば“大袈裟な”と自分でツッコミをいれたくなるほどだ。ゾンビ系は最も怖い対象だったはずなのに、どうしてだろう。
あれこれ考えながらも周囲には警戒を怠らない。
取り敢えずは魔物の気配はないようだ。しんと静まり返っている。そのまま真っ直ぐに進む道とこちら側の罠の手前辺りに通路がある。
(しばらく休むとして、どっちに行けばいいのかな。)
地下五階の時のセーフティールームへの通路に似ているのは罠手前の通路だ。
鼻を摘まみながらどうしようか悩んでいた時にその通路から足音が聞こえた。慌てて岩に身を隠す。がたいのいいマッチョと細身の男性が出てきた。
(うげっ、グリフィスたちだ!)




