ビバプレイヤー補正!
近づいた階段には一段目からもう罠があった。
今度ははっきりと見える。アニメにありがちな古代文字のようなものが書かれた魔方陣だ。色は黄色で直径十センチくらい。さすが恐怖の目薬効果だ、バッチリ確認できる。
「踏まなきゃいいんだけど、気になるわよね。さっきのヒールの欠片、持っときゃよかったわ。」
少し離れて近くにある手ごろな石ころを投げ込んでみる。
とっさに身構えたが何も起こらない。重さや勢いとかが関係あるのだろうか。仕方がないから避けて上がることにした。
だがしかし!
五段目までは許そう。一列になって通ることを予想されたような幅の階段に一か所ずつ何かしらの罠があった。しかし六段目から九段目まではびっしりと罠があるではないか。足の踏み場がない。おまけに十段目以降は右に曲がっていてさらに階段が続いているのかもわからない。上から降りてくるのなら飛び越えることも可能かもしれないが、下からだと飛ぶに飛べない。と言うか飛べる人がいるなら見てみたい。
私が思うに両手両足を左右の壁に突っ張らせて移動するのが正解なのではないだろうか。そう、ヒントはカンフーアクション映画だ。私たち世代なら誰だって一度は憧れたことがあるだろう。家具を使ったり日用品を使ったりして相手からの攻撃を防御したり、大通りで障害物を避けながら逃走したり。壁と壁の間を手と足を使って移動しているのも見たことがある。両手を一方の壁、両足をもう一方の壁では幅が幅なので無理がある。そこで大股開き方式が最適解と見た。ただ両手が塞がってしまうので剣をどうするかが問題だ。上りきった先で剣は必須だろう。かといってウエストポーチに仕舞ってしまったら二度と取り出せない気がする。実験したくても他に入れるような目ぼしいものはないので出来ないでいるのだ。
「だったら、咥えていくか。よりアクションスターっぽいわね。」
柄の部分を横にしっかりと噛んでみた。
噛めたのはいいが剣先が壁に当たってしまいそうで怖い。せめて鞘に入っていれば鞘の真ん中あたりを噛めたのにと悔やまれる。これは縦に咥えるしかないのか!何とも卑猥な絵面になりそうだが仕方がない。剣先が階段に当たっても怖いのでなるべく高い位置で移動しなくてはならない。
一段目から練習しようとも思ったが、先ほど全力疾走してわかったことがある。
私にはスタミナがない。もうめちゃくちゃ速く走れるのだが、それが続かない。だから犬コロに角をかじられたのだ。もし練習して疲れてしまったら上の階に行くのが遅れてしまう。グリフィスたちが諦めたとは考えにくいし、冒険者なら何らかの手段で罠を避けることが出来るはずだ。ここはぶっつけ本番、やるしかない!
なんとも間抜けな顔で剣を咥え、両手を左右の壁につける。
せぇので両足を突っ張らせ、垂直にある程度上がる。そこからはもうあのカンフーアクション映画が頼みの綱だ。アクションスターになった自分を想像し、あの場面を再現させる。掌に力を込め両足を壁の前方へと踏み込ませる。今度は両足を踏ん張り、両手を前へ。この繰り返しを慎重かつ迅速に行うと手足が壁に貼り付いたようにひょいひょいと移動が出来た。階段の曲がった先で着地する。この段は罠がなかった。
「うそーーーー!!私ってすごくない?あの筋肉番組にも出られるんじゃないかしら。プレイヤー補正さまさまだわ。」
残りの罠を避け、涎でべたべたの柄を手で拭きながら階段を上り切る。
上ってきた階段の両端には魔石が輝いていた。やはり先ほどの広間はセイフティールームだったのか。でも下りる階段に罠とは手の込んだ嫌がらせだと思う。
出てきたのは同じような岩が剝き出しの少し開けた場所だ。
罠も小さいものが散見された。だが今までとは違い天井まで高さがある。壁はもう崖と言っても過言ではない。実際に天井に近い部分は人が歩けそうな感じになっているところもあれば、せり出して見晴らしの良さそうな平地になっているところもある。他に行けるような通路も見当たらないのでそのまま直進することにした。
「これは無いでしょ。無理ゲーじゃん。」
ただぽかんと見るしか出来なかった。
少し歩いた先に、幅十メートルくらいはあるであろう罠の集合体に出くわしたのだ。重ならずに綺麗に整列している。全部赤色の罠だ。遠目で見た時は道が赤いのかと思ったほどだ。さっきみたいに石ころを投げ込んだが発動しない。多分ファイアウォールみたいな感じになるのだろうなとは思うけれども。いや、マグマみたいな可能性も捨てきれない。おそらくあの古代文字みたいなものが微妙に違って発動内容が変わるのだと思うのだが、私にはこの世界の文字が読めないから違いが判らない。とにかく罠は避けていれば問題ないのだが、これはちょっと限度を超えている。
「どうしたもんかな。忍者のように壁走りするか、アクションスターのように飛び越えるか。壁走りはいまいち現実味がないしな。この距離を走るって重力はどうなってんのって疑問が湧くし。」
もう頭の中では爆破の中から飛び出る主人公や、敵に追われてビルとビルの間をジャンプするアクションスターが出てきている。
こう言うと語弊があるかもしれないが、忍者でも真横になって壁走りは無いと思っている。勢いをつけて数メートルというのならば理解できるが、崖の上まで駆け上がるだとか垂直立ちするというのはちょっと現実離れしすぎているので私はパスだ。ぶら下がるのはアリ。梁や木の枝に足の甲だけを引っ掛けて自在に移動するのはまあ考えられるからだ。話は反れたが、それよりも勢いよく走り込んでエアウォークする方がカッコいいと思う。成功すればの話だが。
ここはプレイヤー補正を信じるしかない。
念のため、助走開始地点を階段付近にまで下げた。ここからマッハでダッシュし罠直前で大きくジャンプする。何度か試走してある。踏み込む位置にも印を付けた。よく見えるようになった両目で着地点辺りにも罠がないことを確認している。軽く飛び跳ねたり手を伸ばし胸の方へ引き寄せたりしてストレッチしながら目を瞑り、何度も何度も脳内で大ジャンプを想像する。勢いよく踏み踏み込んで空を駆けるように。空中を歩くように足をバタつかせ華麗に着地。これだ!
後ろ脚の膝を地面に着ける。両手を肩幅よりも少し広めにとり、指でアーチを作った。クラウチングスタートってこんなだったような気がする。赤く見える遠くの地面を見据え、そのまま視線を落とした。
(よし!いざ挑戦!!)
弾き出されるように飛び出す。
しっかり腕を振り踏切めがけて駆け抜ける。一気に加速した。もう目印が見えている。“ターン!”と右足の裏全体で力強く踏切った。
(これならいける!)
ものすごい勢いのままでジャンプできた。
大きく万歳の姿勢を取って身体を反らせる。いい感じの角度でフライトできたのではないか。ニヤリとしながらちらりと視線を落とすと赤い罠がまるでレッドカーペットのように見えた。かなりのスピードで通り過ぎてく。満足して視線を戻し大きく腕を振り下ろし腰を屈めて着地ポイントを確認した。
「えーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
飛びすぎ、飛びすぎ、私飛びすぎ!
予想着地点を遥かに超えている。しかもこのままでは目の前の茶色い罠に激突してしまう。茶色い罠は名付けて投擲系統だ。不思議なことにこの罠を踏むとどこからともなく投擲武器が飛んでくるのだ。飛んでくる方向は完全ランダム。しかも鉄の槍か鉄の矢が多い。目の前で魔物に当たったのを何度か見ている。ダニーによるとそれらを持ち帰ろうとしてもダンジョンを出たら消えてなくなるそうだ。さすがはファンタジー!そんな話はどうでもいい。勢いがよすぎて軌道修正も出来ない。
そのまま茶色の罠に突っ込んだ。
“ビュン!!”
着地と同時に真横から鉄の槍が飛んでくる。
間一髪鼻っ面をかすめて反対側の壁に突き刺さった。チートな動体視力と反射神経のお陰で回避出来たが、まるで死んだふりをしているカエルのようなポーズで後ろに倒れ込んでしまった。高い天井を見ながらゆっくりと息を吐く。
「あっぶなっ!ってか、私すごすぎ!どんだけ運動神経いいのよ。」
カンフーの跳ね起きで立ち上がり、土埃を払った。
本当は着地直後に華麗な蹴りで前転やバック転をキメる予定だったのに、四股の基本姿勢のような腰割りになってしまった上に槍を避けるためエビぞってしまった。これぞ本当の“横槍”なんつって!オヤジギャグはよそう、歳がバレる。
しかし私の全ての運動能力が半端ない。現実なら跳ね起きなんて出来るもんですか。何から何まで素晴らしい。ビバプレイヤー補正!
こんなんだと何でもできてしまう気がする。
ちょっとやってみたいことが増えた。上に続くセイフティールームを探しながら試してみたいと思う。壁に刺さった槍を力業で引っこ抜いて先へ進んだ。
数分だろうか、歩いてみたものの相変わらずの一本道だ。
魔物の気配もしないし見たことのない色の罠もない。右手に剣、左手に槍を持ち辺りを警戒しながら歩く。地面の罠が少なくなってきたポイントで実践といきましょうか。
武器を置き、辺りに罠がないことを確認して壁に向かって走る。
思いっきり突っ込んでからの壁蹴り、からの方向転換!イケてる着地に成功。
「出来た!逆サイドを突いたシュートに対する三角飛び!」
感無量。
漫画を再現できる身体に感謝。ということは、こう、ぴょんぴょんとかなりの段差でも上れちゃったりするのだろうか。実践あるのみだ!さすがに助走がないと無理そうなのでまずは向こうに見えている岩に登ってみようと思う。今のうちに色々と自分の力を把握しておかなければならない。
先を急ぎつつ、練習がてらに試していった。
進んでいくうちに突き当りに辿り着いた。
左右に道が分かれている。どちらが正解のルートかはわからない。万が一間違っているルートであっても別にいいと思っている。間違えた方にはグリフィスたちがいないのだから。時間をおいて反対の道を探せばいいと思う。鉢合わせだけは避けたい。けっこうちんたらしていたので彼らの追跡が怖い。
耳を澄まして音を拾う。実は気付くと目も耳も鼻もめちゃくちゃ良くなっていた。耳と鼻は現実世界でもかなり優れていたと思うがここでは段違いだ。両方の道で何かの音はするものの、どちらかと言うと右の方が嫌な感じがする。安全第一なので素直に左に曲がることにした。
結局のところ、私は大概のことは出来ると思う。
そうとわかっていればあの階段なんて跳躍力だけでスルーしたのに。それ以前にダンジョン外でグリフィスたちから逃げられたかもしれない。私ちょっとすごいかもというのはキャラメルボブ女の鞭を掴んだ時点で感じていた。しかしまさか私が超人的な力を持っていようとは思ってもみなかったのだ。
大概のことと言ったのには訳がある。
その場でめちゃくちゃ高くジャンプだとか空中に浮くというのは出来ない。でも思い描いた動きならば出来るのだ。テレビで見たとか漫画で読んだシーンは何とか再現できる。こうなってこうなってああなるよね、みたいな想像の域ならば可能なのだ。いろんなシーンを自分なりに繋ぎ合わせた新たな技を勝手に創造しても出来る。例えばスライディングから手をついてのバックキックや槍を思い切り地面に突き刺してそれを軸に大回転など。実用性はあるかと言われれば無いように思えるが創作したことを現実にできるのは間違いない。
ちなみに壁に垂直立ちも壁走りも試してみたが前者は全く出来なかった。自分であり得ないと思っているからだろうか。後者は助走をつければ数メートルは可能だった。以上。
あ、ちなみにウエストポーチに槍を収納できた。
普通に手を突っ込んで“槍”と念じるだけですぐに取り出せる仕様のようだ。剣を咥える必要はなかったわけである。




