これはマズい
結局協議はその日の夜までかかってしまった。
翌日にでもというバルカン団長の意見は却下され、明後日に就任式は執り行われる。イザベラさんがどうしても集客したいとのことで、明日は就任式の告知をすることになった。サリアさんの葬儀も行われるので私は明日もう一度ベア観光坑道に行ってサリアさんの遺品があるかどうかを確認しに行く。サリアさんの葬儀が就任式のついでという言い方がとても気に入らなかった。
「では、私はこれで失礼いたします。」
聖堂を後にした私はふとアリスちゃんの事を思い出した。
彼女は大丈夫だったんだろうか。命に別状はないと思うが、あの足ではもう二度と歩けまい。辛い思いをしているのではないだろうか、どんな顔で会えばいいのだろうか。迷っているうちにムクゲ亭の前まで来てしまっていた。
「おや、近衛の副団長さんですね、こんばんは。」
入口から出てきた黒いタキシードを着た男性に呼び止められた。
清潔感のあるお落ち着いた物腰につい挨拶を返してしまったのだが、この男性は宿屋の主人だろうか。宿屋の寄合にはバルカン団長が参加していたので面識がない。
「当店に御用ですか?」
「あ、いや、こちらに滞在されているアリスという少女の知り合いでして。」
私がそう返すと、男性はすっと目を細めた。
さすがに怪しまれているよな。考えなしに来てしまった私が悪い。容態だけ聞いて立ち去ろうと言葉を続けようとしたとき、逆に男性から話をされた。
「クラウン様のご関係者でしたか、申し訳ありません。ご本人が起きておられるか確認いたしますのでロビーでお待ちください。」
そのままムクゲ亭のロビーに通される。
なんだか周りがみんな私を見ているような気持ちになった。計画立てた行動をしないとこうも緊張するものなのだと痛感する。
アリスちゃんは起きていたようで先ほどの男性に部屋まで案内された。
男性は支配人なのだそうだが、アリスちゃんの部屋のドアを開けるとにこやかに中に入るように促してきた。しかし今になって女性の部屋に一人で入るというのは如何なものかという考えが頭をよぎる。しかも弟の思い人だ。これはマズいのではないだろうか。
少し考え込んでいると、支配人がドアは開けておきますからと小声で囁いてきた。
それならばと足を踏み出しアリスちゃんに近づく。
「アードルフさん、こんばんは。」
「ああ、こんばんは。体調はどうだい?」
身体を起こしているアリスちゃんに挨拶する。
なるべく足の事には触れないようにしよう。深く傷ついているに違いないのだから。
「見て見て!ほら!」
いきなりアリスちゃんは毛布を捲り上げて素足をさらけ出してきた。
左足を高く上げ、足首をくるくると回している。腿まで顕わになっているその様子に思わず目を背けてしまった。
なんて破廉恥なんだ!
カミルが書いていた以上にお転婆じゃないか。カミルが翻弄されてしまうのも無理はない。
待てよ?左足?
改めてアリスちゃんの足に目を向けた。やはりそうだ、あの悲惨な状態になっていた左足が元に戻っている。
「アリスちゃん!これって。」
思わず声を上げ、踵と脹脛を両手で掴んだ
触っても違和感はなく、どう見ても怪我の後を感じさせない美しい肌だった。
「アードルフさん、がっつき過ぎですよ~、あはは。」
彼女の意地悪な言い方にハッとした。
しまった、女性の足に素手で触ってしまった。これはマズい。カミルとはそういう間柄なのだろうか。もしカミルよりも先に素肌に触れてしまったとしたら、、、何という事だ。私のフィアンセもこんなことを知ったら幻滅するに違いない。
「こ、これは失礼した。あまりにも不思議だったので、、、。申し訳ない!」
謝って済むものではないが、ここは誠心誠意頭を下げなければ。
「冗談ですって、アードルフさん。でもまだちょっと感覚が鈍いんですよね。」
あっけらかんとしたアリスちゃんは足首を伸ばして笑っていた。
ここまで精巧に欠損部分を治すのに第三王子はいくら払ったんだろう。そもそもこんなに早くに神族と連絡が取れるものなのだろうか。あのセレマという神族が絡んでいるのだろうか。
「歩けるようになるにはまだ時間がかかるのかい?」
「んー、歩けますけど、踏ん張ったりするのがまだちょっとぎこちなく感じるかな。」
「そうか。じゃあ巫女頭の就任式には出席するのかい?」
「クラウンとボルボだけじゃないですかね。私、言われてないし、興味もないし。どの道、その就任式とやらが終わったらこの街出るらしいですから。で、就任式っていつなんです?」
「明後日に決まったところだよ。」
「そっか、じゃあ自由なのは明日だけか~。つまんないな。」
アリスちゃんは不貞腐れて天井を見つめている。
確かに身体は動くのに部屋に引き籠りっぱなしなのは辛いだろう。しかし時には休養も大事なのだ。特に近衛や冒険者なら尚更だ。
「一日でもゆっくりしておかないと。アリスちゃんだって早く治したいだろ?」
「まあそれはそうなんだけど、、、。アードルフさんは忙しいんですか?」
「そうだね、明日はベア観光坑道に行ってサリアさんの遺品を探さないといけないからね。」
「うそ、マジで?だったら私も行きたいです!」
まさかこんな話に食いついて来るなんて思いもしなかった。
アリスちゃんは瞳を輝かせ、こちらに身を乗り出してきている。余計な事を言ってしまったな。これは絶対に阻止しないといけない。遊びで行くのではないのだし、召喚者とわかっていて私的に連れ出すのは第三王子もよくは思わないだろう。
「それはダメだよ。安静にしてなきゃ。」
「どうせ馬車で移動するんですよね?行きたい、行きたいです!リハビリにもなりますから!」
「絶対にダメだ。第一、クラウン王子殿下が許すはずないだろ。」
「わかりました。クラウンの許可が下りたら行っていいんですね!」
「下りるわけないじゃないか。絶対にダメだ。」
「あっそ、じゃあカミルにアードルフさんが私の足を撫でまわしたことチクっちゃおっと。」
「そ、それは!」
「じゃあ決まりですね。クラウンがオッケー出したらついて行きますからね!」
入口に立っている支配人もアリスちゃんを見て微笑ましそうに笑っている。
私はなんて罪を犯してしまったんだ。




