確定だ
「おっ、、、ヤベっ!!」
ダニーが気付いたときには遅かった。
身体はありすにしっかりとホールドされ身動きが取れない。ありすの身体が先に罠に触れ、地面の陥没が始まった。落とし穴の罠だと気づくも一瞬にして足元が崩れ去る。ダニーはしがみついているありすを振りほどき落下に備える。少しくらいの落とし穴なら受け身を取れば大したことはないはずだ。しかし未だ衝撃は訪れない。
「どんだけ深けぇんだよ!こりゃマジヤバいぜ。」
焦ったダニーはウエストポーチから鉤縄を取り出し壁に投げる。
しかし鉤が上手く引っかからずにそのまま落下してしまった。
(マズイマズイマズイ!!このままじゃ死ぬ!待てよ、風魔術を下に向けて打ちゃブレーキになるんじゃねーか?)
ダニーはとにかく穴の底めがけてトルネードを打ちまくる。
全く手応えがない上に周りの壁を壊す始末。何かいい巻物はないかとウエストポーチに手をかけた時、手足があらぬ方向に曲がっているありすが見えた。ありすを振りほどく際に思い切り蹴り飛ばしたからであろう。ありすを壁に激突させてしまったことまでは覚えているがその後は自分の事で手いっぱいでどうなったかは確認していない。意識がないありすは壊れた人形のようだった。
「嫌だ!助けてくれ!ああはなりたくねぇ!」
ダニーは手当たり次第に巻物をかざし、後方にはトルネードを連打する。
魔力が尽きたのかトルネードにも勢いがなくなってきた。万策尽きた時、元居た場所が遠くなり薄暗く光が差しているのが見えた。その光に手を伸ばしてダニーは叫び続けた。
じめじめした苔むす場所でありすは目覚めた。
大きな岩がゴロゴロと転がっており、自生していたと思われる奇妙な草を押しつぶしている。
「うっ、痛たたたた。」
ぼんやりとしてなかなか起き上がれないありすの頭に小石が落ちてきた。
他の場所にも落ちてきているようでパラパラと音がする。首を右にうつ伏せになった状態で力が入らないようだ。直ぐには動けそうにないと判断したありすは目だけで辺りを確認する。とにかく湿気臭い。天井は暗いし角度的によく見えない。先ほどまで居た場所よりは全体的に薄暗く地面は緑色の苔で覆われていた。右手の甲に何かが這うような感覚がある。目を凝らして見つめると巨大なゲジゲジがたかっている。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!!!」
ありすはまさかの高速移動でゲジゲジから距離を取った。
右手を服に擦り付け、ふぅふぅと息を吹きかけている。
(キッ、キモッ!!デカすぎでしょ!って、あら、私動けるじゃない。)
ありすはその場に立って軽くジャンプした。
手も足も角もしっぽも何も欠けることなくぴんぴんしている。心なしか手足が軋むような感じはしたものの、血の跡はあれど怪我はないようだ。しかしボレロは無残にもずたずたになっており、キャミソールは腹の部分が裂けている。スカートだけは汚れただけにとどまっていた。ひらひらとする布だからだろうか、肌に密着していない分被害が少なかったのだろう。
それよりもありすはあのゲジゲジの方が気になってしまっている。巨大ゲジゲジを見て全身が痒くなってきたのか首やら頭を掻きむしりだした。何気なく指を見ると血の固まったようなものがついているのに気づく。乾いてカラカラになっていてまるでフケのようだ。
(え?首?頭?怪我してるの?私。)
そっと首を撫でるように触ったが傷のような感触はなかった。
頭皮を前方からゆっくりとさすっていく。すると後頭部のあたりでカピカピになっている髪の毛が引っかかった。
(頭打ったの?傷とかどうなってるの?失血死しない?)
ありすは慌ててカピカピの髪を指先でつまんでほどくようにほぐしていく。
地肌に指が届き、傷がないことにホッと胸を撫で下ろした。失血が激しければこんなに俊敏に動けるわけがないとは思わなかったようだ。
(多分上から落ちたんだよね。爆破とか炎の罠じゃなくてよかった。ぶっちゃけ賭けだったもん。黄色っぽい色の罠に見えたから土関係かなとは思ったんだけど、まさか落とし穴とはね。ランス状態だったら死んでたわ。あれって自殺行為になったのかな。でも今植物状態になってないから普通に助かったんだよね?)
ありすは不安になって仄暗い天井を見つめる。
ダニーに担がれて魔物と遭遇した時はグリフィスかドナシアンが対処していた。その時は必ずと言っていいほど魔物が罠を踏むのでありすは罠が起動したところを何度も目にしていた。そこからぼんやりと見える罠の色と発動する罠の種類の関連性が粗方わかるようになったのである。赤は炎系統、青は水系統、黄色は土系統、茶色は投擲系統など。ダニーに追い詰められたときにたまたま後ろにあったのが黄色っぽい罠の集合体だった。大きくはないものの今まで見たこともない数が直列に並んでいたので何が出てくるかわからず、一か八かの賭けに出たというわけだ。ありすは小規模な溝状のものを予想していたのだがまさか落とし穴だとは思わなかったのだ。
ありすは色々考察しながら何気なく天井を見続けている。
するとかなり遠くに先ほどいたであろう場所の天井が見えた。
(え?噓でしょ?めちゃ目ぇ良くなってない?見えるはずないでしょ。)
ゴシゴシと目を擦り、目をしばたかせ、ありすは再度天井を見上げた。
やはりその先の天井までくっきりとはっきり見えている。続いてゲジゲジの方向に目をやった。先ほどよりも鮮明に気持ち悪い姿が確認できた。それに初めに感じた薄暗さが全くない。目が慣れてきたからだとしても見え方が異常だ。電気をつけた部屋のように普通に見える。周りは落石だらけだ。ゲジゲジもそこら中に潜んでいる。
周囲を観察していたありすの目にダニーと思しき男性が横たわっているのが映った。
少し離れた場所だが仰向けになっているダニーの顔がはっきりとわかる。
(大変!気絶してる?動けないのかしら。もしかしたらダニーが助けてくれた?いやそれはないわ~。だって私、突き飛ばされて蹴られたもん!めっちゃ痛かったのは覚えてるわ!とにかく動けないんなら盗るもの盗らなきゃ、こっちが逃げられないわ。)
ありすは小走りでそっとなるべく音をたてないようにダニーに近づいた。
ぐったりしたダニーは目を見開いてピクリとも動かない。首の辺りにはあのゲジゲジがくっついていた。恐る恐る揺さぶってみてもダニーは反応しない。頭の部分に血だまりが見える。
「まさか、死んでる?うそうそ!こんなの見付かったら私が犯人にされちゃうじゃない!どうしようどうしよう。取り敢えず装備剝ぎ取ってこの場から逃げなきゃ。」
ありす自身の護身用の剣はもうどこに行ったか分からない。
とにかく身を守るために武器が欲しい。ダニーは普段こそ使わないが小振りの剣を差している。短剣より少し長い程度だが無いよりはましだろう。
太刀紐はベルトに結わえ付けられているが結び目が見えにくい上に固結びされていてなかなかほどけない。
ありすは先にウエストポーチを外すことにした。こちらはポーチのベルト部分を外せば簡単に取れた。
その時、ありすの耳にかすかに足音のようなものが聞こえた。こんなに早くグリフィスたちが来るわけがないはずだ。他の冒険者の可能性もある。ありすはいったん太刀紐から手を離し、音に集中した。
足音と言うより、引きずって歩いているような音だ。
それもかなりゆっくりだ。足が悪いのだろうか。いや足が悪いのにダンジョンには入らないだろう。では負傷しているのか。同じように落とし穴に落ちたパーティーの可能性もありうる。ありすから向かって左手の方の通路から聞こえてきていた。その通路にありすは目を凝らす。いくら目がよくなったとは言え光源のない暗闇は見えないだろう。しかしながらその気配で正確な位置がわかるようだった。それに辺りに異様な臭いが漂い始める。何かが腐ったような臭いだ。現実でも臭いに敏感なありすはあからさまに顔をしかめた。その臭いは通路の方から流れてきている。正に死臭だった。耳を澄ませばうめき声のようなものが聞こえる。
確定だ。
ゾンビに違いない。とすればここは地下五階になる。ありすは恐怖のあまり身の毛もよだつ思いだった。
(絶対にダメなやつでしょ!)
足ががくがくしてうまく動かない。
紐を解きかけていたありすは鞘ごとは諦めて剣だけを抜いて大急ぎで岩陰に隠れる。岩に背を預け剣を固く握りしめた。このまま反対側の通路へ逃げても姿を見られれば追いかけられる。タイミングを見計らわなければならない。
緊張と恐怖でありすの心臓は爆発寸前だ。
バクバクしているのが全身に伝わる。その音にシンクロするようにあの謎のSEが鳴り響きだした。
“ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン、ピコーン…”
通路からゾンビが出てきた。
二体もいる。一体はこめかみに矢が刺さっており、もう一体は膝に矢を受けて引きずるように歩いていた。服装からしてこのダンジョンンに入った冒険者だろう。身に着けているものはところどころ破れ朽ち果てかけており腐った皮膚や骨が見えているところもある。二体は脇目も振らずダニーに向かっていく。すぐそばの岩陰でありすは吐きそうになっていた。
うめき声を上げながらダニーの身体に喰らい付く租借音、血の臭い。高速SE音と共にありすの身体は小刻みに震えだす。握っていた剣が岩に当たりカチャリと鳴った。
“ヴァウゥゥ”
一体がありすに気付いたようだ。
ゆっくりと立ち上がりありすの隠れている岩陰へと向かう。ありすの額にじわりと汗がにじんだ。
(も、もうダメ!SEがうるさくて気配も分からないわ!!)
気が狂いそうになりながらありすは耳を塞いだ。
しかし塞いでも脳に直接響くような音なので防ぎようがない。俯くありすの鼻をきつい臭いがかすめた瞬間、岩陰を覗き込んだゾンビが腕を伸ばしてきた。
「いやーーーーーーーーーーー!!!!」
ものすごい力で二の腕を掴まれ、驚いたありすは岩陰から逃げるように飛び出した。
ゾンビを強引に引きはがしたからか、二の腕から血が流れている。
ありすは闇雲に剣を振り回した。ゾンビはもろともせずにありすに喰らい付こうと両手を伸ばして近づいてくる。ありすの一太刀が右手を切り落としたもののゾンビが歩みを止めることはない。落ちた右手もまだぴくぴくと動いている。
謎のSE音はありすがゾンビに対しての恐怖を感じた時に比べると明らかに連打状態になっていた。
“ピコピコピコピコピコーン、ピコピコピコピコピコーン、ピコピコピコピコピコーン……”
(ああ、うるさいうるさい!!ピコピコうるさいのよ!落ち着け私。確かゾンビゲームではヘッドショットが有効だったよね。でもこの剣じゃ届かない。それに私はゲーム実況見る専だもん。気持ち悪くて無理無理無理!)
“ギャウギャウ”と隙あらば嚙みつこうと襲い掛かってくるゾンビをありすは必至でかわしていた。
ゾンビの噛みつきがありすの二の腕に集中する。ありすは辛うじてもう一本のゾンビの腕を切り落とした。バランスを崩したゾンビがうつ伏せに倒れる。ゾンビが顔を上げた瞬間、ありすは剣を頭部に突き刺した。じゅわっと汁を流してゾンビの動きが止まる。
それと同時にありすは盛大にゲロをまき散らした。
ここまで大立ち回りをしたにもかかわらず、もう一体のゾンビはダニーに夢中である。
肩で息をするありすは口を拭ってゾンビを凝視した。うまい具合にそのゾンビはありすに背を向けている。ありすの目にゾンビの頭部が赤く映った。
(なんで赤く見えるの?怖い怖い怖い怖い。マジ怖い。このまま逃げるのもありだよね。でもこのゲームのゾンビが私の知っているゾンビでよかったわ。最近のゾンビ映画では超足の速いゾンビが多いのよね。爆走してるもん。ゾンビは足が遅くて知恵が足りないのが定番でしょ。あ、もしダニーが転化したらマズくない?絶対に超強いゾンビになるよね。ダニーが新種になったら、、、、。)
ありすはぐっと剣を握りしめ、気配を殺しながらゾンビに近づいた。
ダニーの内臓辺りに顔をうずめているゾンビの頭めがけて剣を差す。頭部の赤い色は消え、同じように汁を流し動かなくなった。
剣を引き抜こうとするが、頭蓋骨に引っかかったのかなかなか抜けない。力任せに引いたとたんゾンビの首がもげてしまった。
「うぇっ。、、、、キモイし臭いしサイアク!」
ゾンビの頭を足で押さえつけて剣を抜いた。
ありすは込み上げてきたものをすんでのところで抑え込む。口を押さえながらダニーを見た。ほんのわずかだが頭部が赤くなってきている。
「えっ、これってもしかして転化しかけてる?ど、どうしよう。み、見た目はダ、ダニーだよね。でも、あ、あ、頭潰さなきゃ、あ、頭、、、。」
極度の震えと涙が止まらない。
まだ人間であるものの頭をつぶすという行為はありすの心を壊しかけていた。しかしやらなければ殺されるのはありすだ。歯を食いしばり両手で剣を握る。
「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声とも鳴き声ともつかない声でありすは何度も何度もダニーの頭を差した。
脳内では超高速でSE音が鳴り響いていた。




