怖ぇえ~
沈黙が怖いと思ったのは初めてだ。
気まずいと思ったことはあっても怖いなんて思わなかった。俺、どうなるんだろう。蕁麻疹どころの騒ぎではなくなった。もう痒さが吹き飛んでしまうくらいに緊張している。握った手はもう汗でベタベタだ。
目の前には第三王子が、その隣には優雅に足を組んで魔族の支配人が座っている。
この部屋の入口は俺の後方だ。走って逃げるか?いや、無理だな。逃げたってどうせ連れ戻されてしまう。
第三王子がカップを机に戻した。
「まず、紋章を確認させてほしい。ちゃんと俺の紋章に書き換えられているか心配だからな。どこにあるんだ?」
「え?紋章?えーっと、、、。」
そういえばどこにあるのか知らなかったや。
シャワーに入っても見えるところには無かったし。どうしよう。なんだったら消えてくれていても構わない。そしたらもう故郷に帰れるんじゃないのか?
「左の肩口の後ろにありますよ、おぼっちゃん。」
支配人はねっとりとした眼差しで俺を見ている。
え?え?え?この魔族、紋章の場所が見えてるのか?
「そんなに大袈裟に驚いてくれるなんて、可愛らしいですね。」
はああぁぁぁ、またウインクされてしまった。
腰の辺りからぞわぞわしたものが身体の表面を伝って上がってくる。これって気持ち悪いでいいんだよな?変な方向に目覚めたりしてないよな、俺。
「おい、あまりいじめてやるなよ。怯えてるだろ。」
「おぼっちゃんが威圧的過ぎるんじゃないですか?もしかしたらそのしかめっ面に対してかも知れませんよ。もう少し相手に対して柔らかい物腰でお話になっては如何です?」
「お前はいつも一言多いんだよ!」
あー、もうヤダよ。
なんなんだ、この二人。だいたい大神官は何してんだよ。もう召喚されてから随分と日が経つってのに顔も見せないじゃないか!
「とにかく腕だけでも服から抜いて紋章を見せてくれ。」
もう俺は言われるがままだった。
紋章を確認するときに酷くなった蕁麻疹を見て辛そうだなとか言ってたけど、それならこの魔族をどっかにやってくれよ。嫌そうな目で支配人を見てやった。
「お前も不安なようだから、とにかくこの状況を説明しようか。今の俺たちの行動や会話はこの男の張っている結界によって全て書き換えられている。だから普通に話してくれて構わないんだ。」
第三王子は不本意そうな顔をしながら、隣に座っている魔族を親指で差している。
「は???」
俺は自分の耳を疑った。
あまりにも非現実的な内容なので一瞬では理解できず、石のように固まってしまった。
「本当にいちいち可愛らしい反応をしてくれますね。おぼっちゃんでも初めての時はこんなに驚いてくれませんでしたよ、ふふふ。」
なに上品に笑ってんだよ。
いきなり理解不能なことを言われて、これ以外のリアクションが取れる奴がいるのか?
ものすごいことをサラッと聞かされたが、それが事実なら化け物じゃないか、この魔族。結界だけでそんな全ての事柄に干渉出来るわけないだろ。絶対にあり得ない。大神官でもそんなこと出来るなんて聞いたことがないんだからな。
「疑うのも無理はない。でも噓じゃないんだ。こうして俺が落ち着いていられるのも、この男が傍若無人に振舞っていられるのも、全てはこの男の結界のお陰なんだ。」
それもそっか。
そうだよな、噓だった時のリスクが高すぎるもんな。そこまでして俺に嘘を吐く理由もわからないし。でも事実だとしたら、この魔族、怖ぇえ~。
「わ、わかったよ。取り敢えずは信じる。で、俺にどうしてほしいんだよ。」
「察しがいいのは助かる。この男が魔族だということはみんなには伏せていて欲しいんだ。特にボルボにはバレないようにな。」
「それに出来ればアリス嬢が怪我をしても触らないで欲しいんですよ。我々魔族は繊細でしてね、あなた方のような粗雑な治療をされると手直しに苦労するんです。まだポーションの方がましですね。」
次から次へと注文が多いな。
内緒にしておくのはともかく、神族の治癒が粗雑だって?そりゃ確かに俺にはそんな才はないと思うけど、大神官クラスなら同じように治せると思うんだけどな。それとも治癒魔法が本当に魔族の体質に合わないのかな?
とにかく俺に拒否権はないから素直に頷いておこう。
俺が承知したことに安心したのか、二人は俺そっちのけで話をし出した。
「そう言えばアリスを運んだ時のお前の態度は何だ!ろくに近づきもしないで勝手なことをするなだの、治すのは難しいだの言ってたろ。かなり気分が悪くなったぞ!」
「全くあれはなっていませんでしたよね、お察しします。本当にお恥ずかしい限りです。」
「他人事みたいに言うなよ。」
「そうは言われましても、実際に他人事ですので、、、。でもご安心ください、前回同様粛清しておきましたら。」
なんだなんだ?内輪揉めか?
用が済んだんならこの場から解放してくれよ。もうそろそろ限界が近いんだよな。




