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過度な期待

クラウン一行は近衛の馬車でムクゲ亭まで送ってもらっていた。

なるべく衝撃がないように道中はスピードも控え目に、そしてクラウンに膝枕をしてもらっていたありすだが、それを本人が知ることはないだろう。


炎の印をバルカンに託したクラウンは急いでムクゲ亭に入った。

いつもなら支配人が出迎えるはずなのだが、今は従業員たちだけである。ユージーンの顔が見えないことにクラウンは焦っているようだ。ありすを抱えたままボルボたちをロビーに残し、一直線に支配人の執務室へと向かう。


執務室のドアを蹴り上げると、来客用のソファーの上にゆっくりとありすを下ろした。

カーテンを閉じているだけなのに執務室には陰湿な暗闇が広がっている。

薄暗い中、ありすの規則正しい呼吸音だけが聞こえていた。あれからありすは一度も目を覚ましていない。以前にも同じようなことがあったのを思い出し、クラウンは軽く眉頭を摘まんだ。深く沈んだため息を漏らす。


すると突然半開きだった入口のドアが激しく音を立てて閉まった。

クラウンは咄嗟に剣に手をかけ辺りを警戒する。


「おい!居るんだろ?!コイツを何とかしてくれ!」


静まり返った執務室にクラウンの声が虚しく響いた。

まるで外界と隔離されたような雰囲気がクラウンを不安にさせる。息を潜めてありすの傍らにしゃがみ、手を広げ庇うような姿勢を取った。


「ドアは手で開けるものですよ、行儀が悪いですね。」


ソファーの背もたれから顔を出したユージーンにクラウンの心臓が跳ね上がる。

すぐ後ろのローテーブルに背中をぶつけてしまい、ガタリと音をさせた。


「脅かすな!いい加減にしろよ!」

「今更ですか?怖がることなんてないでしょうに。」


黒のスーツに身を包んだユージーンはカーテンを開けながら薄っすらと笑っている。

眩しいくらいに大量の光が窓を突き抜け執務室に降り注いだ。クラウンは思わず目を細め、光を遮るように手を翳す。光を背に受けているユージーンの表情はつかめない。ただ窓の傍から離れずにありすの左足のえぐれた場所を遠目から見ているだけだ。

いつもとは少しだけ纏っている空気が違うユージーンに、クラウンは訝し気な目を向けている。何かを感じているようで、再びありすを庇うような姿勢を取った。

そんなクラウンには目もくれず、ユージーンはありすの左足ばかりを気にしていた。


「ん~、これは何とも、、、。その傷、神族に回復させたものですよね。困るんですよ、こんな事されちゃ。うまく復元できる気がしませんね。何度も何度も頼られていますが、あまり私に過度な期待を寄せないことですね。」


軽く肩をすくめ、ため息交じりののんびりとした口調で話している。

その様子がいつものようにクラウンを不機嫌にさせた。


「とにかく何とかしろ!この駒は王位継承において欠かせないものなんだ!約束は守ってもらうぞ!ここでコイツを失うわけにはいかないんだからな!」

「まあ努力はさせていただきますよ。それよりも現場に血の跡を残したりしてませんよね?前にも言いましたが下級魔族に見付かると厄介なので。」

「お前に言われたことは全部やってる!!」


やる気の欠片も見られないユージーンに対してクラウンは嫌悪感を顕わにすると、乱暴にドアを開けて出て行ってしまった。

残されたユージーンは鼻に皺を寄せ、心底嫌そうな顔をしている。


「ああ、本当に騒がしい。」


そうこぼすと、再びソファーの後ろに回り込み、真上からありすの左足を眺めた。

目を細め片肘に手を当てて顎を触りながら何かを考えているようだが決してそれ以上は近づこうとはしない。


「神族が触れたところを触るなんてまっぴらごめんですね。見栄えが悪くなったのだから、もう要らないでしょう。いっそのこと、ここで吸いつくしてしまおうか。」


今度はありすの頭の方へと移動すると、クラウンがぶつけて斜めになっているローテーブルを片足で入口側に押し込んだ。

なるべく左足から離れたところへとしゃがむと、ありすの唇を軽くなぞり顔を近づける。舌を伸ばしながら片手で強引にありすの唇をこじ開けようとした時、頭を何者かに鷲掴みにされた。

そのままぐっと引き上げられ、ありすの顔から遠ざけられる。

これまでに感じたことのない強い殺気に、ユージーンは身体が思うように動かせないようだ。必死になって眼だけを横に動かし己を掴んでいる者が誰なのかを確認している。

それはあろうことか、もう一人のユージーンであった。だが全く同じ作りの顔なのに同一人物とは思えないほど一切の表情がない。瞳だけが冷たく刺さるように鋭かった。


「勝手に私のお気に入りに触れないでもらえますか?」


捕まれている方のとは違い、こちらのユージーンの瞳は金色が際立っている。


「あ、主!?」

「何を驚いているんです?お前を依り代にしないとここに来られないとでも思いましたか?」

「いや、その、これは、、、お許しを!」

「言い訳は聞きません。お前には()()()()()を寄せてはいませんからね。さようなら。」


主と呼ばれたユージーンは慈母のような微笑みを見せ、握っていた手に力を込める。

ぐしゃりと音を立てて潰れた瞬間、それは黒い灰へと変化し、ユージーンの指の間からサラサラと零れ落ちた。


「自我が大きくなりすぎるのも困ったものですね。器は器だけの機能を果たしていればいいんですよ。」


手に付いた粉をパンパンと叩きながら床に広がる黒い粉を眺めている。

そして靴底でぐりぐりと擦り付けるようにすると、それは不思議と吸収されるように消えてなくなった。


「だいたい私がおぼっちゃんに対してあんな失礼な態度を取るわけがないでしょう。まず口調がなっていません。それに下級神族の上書きくらい出来なくてどうしますか。あれで私を騙ろうなんて、傲慢にもほどがありますね。まだ前の個体の方が可愛げがありましたよ。」


ユージーンは何やら長い独り言を言い終えると、横になっているありすの傍にしゃがみ、優しい手つきで頬を撫で始めた。


「さて、お待たせして申し訳ありませんね、アリス嬢。私がきちんと治して差し上げますから。と、その前に、いただくものはきちんといただいてからですけれども。」


ユージーンは眠っているありすにそっと口づけをした。



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