魔族はダメなんだ
「アリスちゃん、アリスちゃん!!」
ありすの耳元でアードルフが名前を呼び続けている。
下手に動かさない方がいいと判断して触れないようにしていた。既にアードルフの手持ちのポーションは使いきったようで、空き瓶がいくつか散乱している。スバルも持っているポーションは低級品だが、それでも惜しげなく傷口にかけていた。
背中の刺し傷よりも焼け爛れた左足の方が酷いようにみえる。どちらも出血は収まっているのだが、左足の傷口は炭酸水が弾けるようにぶちゅぶちゅと音を立てていた。
「ダメだ、全然ポーションが効かない。」
振りかけても全く収まらない足の傷口を見てスバルが嘆く。
その様子を遠目で見ていたクラウンは取り残されたセレマに近づいた。
「おい、お前。」
呼びかけられたセレマは肩を震わせ、クラウンに顔を向ける。
「お前、神族だろ。」
「え、、、何で、、、。」
「あいつに回復をかけてくれ。ポーションじゃ限界がある。」
後方のありすを親指で指している。
クラウンとセレマとの会話に、この世の終わりのような顔をしていたボルボがハッと顔を上げた。セレマの方を信じられないような眼差しで見ている。そしていつしか驚きの表情は強かな笑みへと変わっていった。
セレマはクラウンに連れられ、うつ伏せで倒れているありすの元へとやってきた。
傍らにしゃがみ込み、ふくらはぎから脛の状態を触って確かめている。その傷口の様子を見て少し怪訝そうな顔をしたものの、手を翳し“ハイヒール”をかけた。もちろん長い詠唱無しの名前呼びだけだ。
あれだけぐつぐつと沸き立ったような状態の患部がだんだんと治まっていく。あっと言う間にケロイド状ではあるが傷口が塞がった。
集まった一同は感嘆の声を漏らす。
「俺に出来るのはここまでだよ。それこそ大神官クラスじゃないと欠けた部分は再生しないんだ。」
そう言って立ち上がりかけたセレマはありすの足の隣に横たわっている白いホースのようなものを目にした。
不思議そうな顔でじっと先の方を目で追っている。
特徴のあるありすのしっぽの先を目視すると、急に顔色が変わった。自身の腕や顔を擦り始め、全身をくねらせている。
「お、おい!コイツ、魔族じゃないか!!!だからあんな傷口だったのかよ、くそぉぉ!俺、魔族はダメなんだ!うわぁぁぁぁぁ、痒い痒い!!身体が痒い――――って、あれ?痒くないぞ?」
セレマは服の袖を捲り上げ、皮膚を確認している。
今掻きむしった跡はあるものの、取り立てて何かが出来たりはしていない。
「あれ?蕁麻疹、出てないぞ。どういう事だ??」
ありとあらゆる場所の服を捲って素肌を確認している。
一人で盛大に騒いでいるセレマを見てみんなは呆気にとられていた。それに気付いたセレマはもじもじしながら顔を赤くして小さくなってしまった。
「お前、名前は?」
「セ、セレマ。」
セレマは上から見下ろす感じのクラウンに背を向けるようにして小さな声で答えた。
これだけの回復の使い手なので、ここにいる全員が神族と理解しているようだった。バルカンも初めて見る神族に興味津々のようで上から下からと食い入るように観察している。
「どうしてお前はマセラティに切られたんだ?神族なら手元に残しておくと思うんだがな。」
「それは――」
「儲けもんだな、クラウンよぉ!神族がパーティーに居るってだけで国民からの評判も爆上がりすると思うぜ。継承争いに有利になること間違いなしだ。これからガンガン鍛え上げてスバルとセレマの二本柱で頑張っていこうや!」
ボルボがいつの間にかクラウンの隣に立っていた。
妙に声に張りがあり、先程までとは別人のように生き生きとしている。
「まあ、アレだ。マーキュリーを取られたのは痛いが神族を手に入れられたことはデカいと思うぜ!くよくよしてても仕方ねぇ、前を見ろってことだな。」
ボルボはバシバシとクラウンの肩を叩き、歯を見せながらサムズアップしている。
その大袈裟な喜びぶりをアードルフが訝しげな表情で見ていた。ありすの名前を口にしなかったことはおろか、ありすの事を心配すらしていない態度に疑問を持ったようだった。
「スバル君、ボルボ殿とアリスちゃんって、どうなんだい?」
アードルフは小声でスバルに問いかけた。
「あ、いや、ボルボさんが一方的にアリスちゃんを毛嫌いしているというか、、、、。」
「ふ~む、そうか。彼女が魔族だからか、、、。」
「え?」
「だってこんなに美人なんだよ、ボルボ殿が手を出さない理由はそれしか思いつかないからさ。彼の家系は古参の保守派だろ?魔族は悪だと幼少期から刷り込まれていてもおかしくないしね。」
ぼそぼそと話しているのが目に留まったのか、ボルボが二人をじろりと睨んできた。
話の内容は聞こえていないだろうが、いい話ではないのは雰囲気的に分かったのだろう。
「とにかくアリスを宿まで運ぶ。みんな手伝ってくれ。」
黙ってボルボの話を聞いていたクラウンは手を叩き、その場にいる全員を促した。
そしてありすに“クリーン”をかけ、地面に付いた血の跡は念入りに火魔法で焼却している。その一心不乱な姿は周りの誰をも寄せ付けなかった。
さすがのボルボも話しかけることができない。舌打ちをし、腕を組んだままクラウンを見つめていた。




