土埃
追い込まれたセレマが魔法を放った。
それはおおよそコントロールされていない暴発のような攻撃だった。直進だったり放物線を描いたりしてあちらこちらに飛散している。威力のあるものないものまちまちで、あるものは天井や壁、岩などを破壊し、ないものは花火のような光だけで終わっていた。
「あわあわわ、あ、あ、あ、アードルフ君!!!!」
アードルフはべそをかきながら腰を抜かしているバルカンを、来た方向の通路の岩陰へと引きずり込んだ。
自身は背中を丸めバルカンを庇うようにして伏せている。幸いにも二人には怪我はなかった。
クラウンは防御壁を張っているのか微動だにしない。
再び眼鏡を掛けて戦況の確認をしている。ボルボはちゃっかりとクラウンの後ろに隠れてやり過ごしていた。そして埃を掃うように目の前で手を振りながらクラウンの横に並び立つ。
「あちらさんはド派手にやってくれたもんだな。数打ちゃ当たるってか?こんな子供だましが通用するわけないだろ、なぁ?」
ボルボは半笑いでクラウンの顔を覗き込む。
しかしクラウンは無言で土埃の向こうを見ていた。ボルボは少し肩をすくめて前を向き直し、改めてクラウンに話を持ち掛けた。
「あのな、クラウン。その、トレードの件なんだけどな、この際だからよ、怪我をした奴を送り出してやるってのはどうだ?ほら、うちには治療費もないしよ。」
ボルボにしては歯切れの悪い物言いだった。
いつもの突っぱねたような言葉もない。クラウンの顔色を窺っているような、そんな話し方だった。
「、、、、そうだな。」
少し間はあったものの、クラウンの意外な返事にボルボの顔が綻ぶ。
「おぉ?マジか?なんだよ~、それならそうと最初っから言っといてくれよ~!変に気ぃ使っちまったじゃねぇかよぉ~。」
ボルボは満面の笑みでクラウンの肩に手を回した。
クラウンから見えない位置では悦に入ったひどく醜い笑い顔を作っている。
「まあ、勝ったらの話だがな。」
クラウンのその言葉に、ボルボの動きが止まった。
ギョッとしてクラウンの顔を見返している。相変わらずクラウンは真っ直ぐ前を向いていた。しかし先ほどとは違い、眉間に皺を寄せて苦々しい顔つきになっている。ボルボも釣られてクラウンと同じ方向に目をやった。
まだパラパラと崩れるような音がしているが、土埃が収まり、だんだん周囲の状況が目視できるようになってくるとボルボの顔から一気に血の気が引いた。
「う、ウソだろ、、、、マジかよ、、、、、。」
目の前の光景を見て唖然とし、膝から崩れ落ちる。
そこには肩から血を流して倒れているマーキュリーの姿があった。
一方、マセラティも同じく自分たちの来た方向の通路の窪んだ壁に背を張り付けて被弾を免れたようだった。
先程まで立っていた場所には小さなクレーターが出来ている。後少しでも逃げるのが遅ければ、セレマの暴走魔法の餌食になっていた事だろう。
「いやぁ、肝が冷えましたね、マセラティ様!まさかセレマの奴が魔術師だったとは思いませんでした。それにしてもあんな威力の魔法は見たことがありませんよね?ね?ね?」
アバルトは無事に難を逃れられたことと、初めて目にしたとてつもないエネルギーの魔法とで気分が高揚している。
ハンカチで汗を拭いながらも少年のようなキラキラした瞳でマセラティに話しかけていた。
「肝が冷えましたねじゃないだろ!どうしてもっとセレマの事を調べなかったんだ!威力がすごいかどうかなんてどうでもいい!制御できなければガラクタと同じなんだぞ!」
マセラティは目を吊り上げてアバルトの胸ぐらを掴んだ。
「そ、そんなぁ。何も聞かなかったのはマセラティ様じゃありませんかぁ!」
「ええい、うるさい!結果はどうなったんだ!」
「お、お待ちを、今確認いたします。」
アバルトは物音がしなくなったのを確認してから少しだけ顔を出し、土埃が収まった広間をきょろきょろと見回した。
それに気付いたアビトが手を振っている。中央ではセレマが尻もちをついた形で肩を上下させていた。端の方で倒れたジェイクの前にはスバルが立っている。
「第三王子側の召喚者が二人倒れております!こちらの勝利ですよ、マセラティ様!」
「よし、でかした!では勝利宣言をして女と一緒に一刻も早く王都に帰るぞ!」
埃を掃い、襟を正したマセラティは勇み足で広間中央へと歩いていく。
アバルトはぴょこぴょこと跳ねるように後を追いかけて行った。




