舌戦
飛び散った血は広範囲で、辺りに臓物や肉片が散乱している。
その中心に口を開け、目を見開いた状態の死体があった。異様に見えるのは肩から下が全く見当たらないからだろう。少し生臭い臭いが漂い始めていた。惨い死に方である。
喰いちぎられたであろう生々しい肉の断面にアードルフは顔を顰めていた。
「あのクラスBの魔物にやられたようだな。冒険者たちは間に合わなかったってことか。この人物はサリアさんと関係があるんだろうか、、、、。」
アードルフは顎に手を当て分析している。
ここに来るまでに全くと言っていいほどサリアの痕跡が無かった。攫われたにしても、魔物に襲われたにしても何かしらの手がかりがあってもいいはずだ。
そんな答えの出ないアードルフを置いてありすが死体に近づいていく。傍にしゃがみ込んで死体の顔に貼り付いた髪をそっと掻き上げているようだ。その顔を見たありすは息を飲んだ。
「これって!」
ところどころ血に染まってはいるが銀髪で瞳が黒い。
そして額には火傷のような傷があった。ローブッシュで手配中の黒マントの男と特徴が一致する。髪に絡まっていたが首には冒険者ギルドのプレートを付けていた。
「アリスちゃん、大丈夫かい?何かわかった?」
アードルフは凄惨な現場を見ても平然としているありすに驚いている。
ありすは傍に来たアードルフにギルドプレートを渡し、この遺体がローブッシュでの殺人犯に酷似していることを告げると、クラウンにも目視してもらった方がいいと判断し戻ることにした。
「こんな魔物ごときで近衛まで連れてくるとは、いやはやクラウン様は仰々しいお方ですなぁ。少し慎重になり過ぎなのでは?それとも他に何かございましたか?」
アバルトは眼鏡の弦の部分を上げながらアードルフとありすが離れて行くのを見て笑っている。
クラウンがどうしてここに来たのかがわからないいらしい。密偵からの手紙にはその理由は書かれていなかったようだ。
「お前たちこそわざわざクラスBの魔物ごときでここまで出てきたのか?」
クラウンはポーカーフェイスを貫いていた。
「ええ、そうですとも。クラン地区の困り事はマセラティ様の困り事。こういった小さなことでも解決していくのが王位継承の評価の対象になることをお忘れですか?」
したり顔で返すアバルト。
だがクラウンは眉一つ動かさずに無表情で答えた。
「ああ、だからこうして俺もラズ地区の困り事を解決するために足を運んでいるんだ。」
「ほ~、それは殊勝なお心掛けでございますな。マセラティ様も――」
「王子殿下!申し訳ありませんが至急ご確認いただきたいことが!」
クラウンとアバルトの陰湿な舌戦は戻って来たアードルフに遮られる形で幕を閉じた。
アバルトは死体に向かって走っていくクラウンとアードルフの姿を見ながら舌打ちをする。それをニンマリしながら眺めているボルボがいた。
「何を笑っているんだ!」
「別にぃ~。面白れーなーって思っただけだよ。」
ボルボは顔の前で手をひらひらと横に振った。
「相変わらず食えない奴だな。でもまあこの金髪は使えなくもない。」
不機嫌なアバルトは斜めを向いて腕組みをして立っているマーキュリーを値踏みするように見ている。
こんな見られ方をすれば普段なら睨みつけたり小言を言うマーキュリーがしきりに後ろを気にしていた。ありすとスバルの会話に耳を傾けている。
「え?それホント?アリスちゃん。」
「うん、多分ローブッシュの黒マントの男だわ。」
マーキュリーは黒マントという言葉に一瞬ピクリと反応した。
それとなく視線を話題の場所へと移している。抱き起したり回復させた様子もないことから死んでいると判断したようで、また視線を戻した。同時に胸を撫で下ろすように鼻息を漏らす。戻ってきたクラウンも間違いないと言っているのを聞いて今度は口の端を吊り上げた。うまく口封じが出来たとでも思ったのだろう。
「お困り事は解決しましたか?クラウン様。」
薄ら笑いのアバルトがわざとらしく尋ねる。
クラウンの表情は冷ややかなままだ。
「いいや、まだだ。この坑道で巫女を見なかったか?」
「はて?どうでしたでしょうか~。見たような見なかったような~。」
アバルトは煮え切らない態度で首を傾げながら右上を見たり左上を見たりしている。
「あれだろ、さっき魔物に食われてた女だな。」
黄色のステンカラーコートを翻し颯爽と現れたのはマセラティだった。




