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イタチのような魔物

魔除けのランタンの光が狭い通路を薄っすらと照らしている。

バルカンを気絶させたエリックとサリアは坑道の脇道を更に進んでいた。エリックが前を歩き、サリアに指示されて慎重に歩みを進めている。その甲斐あってかうまい具合に魔物とは遭遇せずにここまで来ていた。情緒不安定だったエリックも歩いているうちに落ち着きを取り戻している。しかしサリアはエリックに対して一定の距離を取って歩いていた。


ところどころ道幅の狭い通路があったものの、二人は何とか見晴らしのいい拓けた場所に出ることができた。

広さからして採掘の中継地になっていたと思われる。そこには炎が消えていたり、少し弱くなっている篝火がいくつか焚かれてあった。出口に通じる正確な道を見極めるためにも篝火に火を点けて回ることにしたのだが、その間も二人には微妙な温度差があった。


最後の一つを灯し終える頃には暗い部分もあるにはあったが、この空間の全体の雰囲気が見てとれるようになった。

天井は高く、拓けていて大きめの岩がごつごつと点在している。いくつかの出口らしき穴が見えており、その方向から風が吹いているのか勢いよく燃える篝火が少し揺らいでいた。


普段なら会話の一つでもあるはずなのに二人には沈黙が続いている。

さすがにエリックもサリアの自分に対するよそよそしさを感じたようだった。


「ねぇ、サリア。どうかした?気分でも悪いの?早くこの坑道を抜けようよ。」


近付いてきたエリックの手をサリアが避ける。


「サリア?」

「手なんて繋がなくていいから先に歩いて。」

「いいじゃないか。ここは広いし、足元にも気を付けた方がいいからさ。」


エリックが再びサリアに手を伸ばした。

その手をサリアが払い除ける。何が起こったかわからないエリックはサリアの顔をじっと見つめた。


「触らないで。、、、、、聖霊がエリックは危険だって言ってるの。」


サリアはエリックから目を逸らしている。

明らかに取って付けたようなサリアの言動にエリックが詰め寄った。


「ウソだ!今までにサリアの口から聖霊が話したなんて一言も聞いてない!」

「き、聞こえたのよ!ほら、このご聖品のお陰だわ!」


サリアは首から下げている炎の印を両手で掴み、見せつけるように目の前に翳した。

そしてエリックから少しずつ離れていく。


「ウソ吐くなよ!僕が怖いのか?僕が人を殺したからか?、、、、違うんだ、あれは僕のせいじゃない!」


興奮して掴みかかろうとするエリックをサリアが両手で突き飛ばした。

まさかのサリアの拒絶にエリックは尻もちをついたまま呆然としている。その隙にサリアはこの場所から本道に続く通路めがけて駆け出した。


「サリア!待てよぉ!!!」


エリックの絶叫がサリアを恐怖へと駆り立てる。

初めて聞くエリックの恐ろしい声に気が動転し、足がもつれ、つんのめるようにしてその場に転んでしまった。ブーツのソール部分がベロリと捲れ上がる。

エリックは俯いたまま肩を落としゆっくりとサリアに近づいていた。振り返ったサリアからは篝火の影響でエリックの表情が見えない。身の危険を感じたサリアは走りやすいようにするため必死でブーツを脱ごうとしていた。


「一緒に逃げるって言ったじゃないか、なぁサリア。」


顔を上げ、手を差し伸べてエリックが歪に笑う。

今度は遠目だがサリアにもエリックの顔がはっきりと見えた。今までの男たちと同じ目。自分の身体に執着した、人ではなくモノとしてしか見ていない目。サリアの脳裏に男たちとの逃れられない屈辱の時間が蘇る。ブーツを投げつけ、立ち上がろうとするがそれが出来ずにずるずると後退りをしていた。その間にもエリックは徐々に近づいてきている。


すると突然二人の間を大きな何かが横切った。

土埃が舞い、篝火が激しく揺れる。瞬く間の出来事にエリックもサリアも動きが止まっていた。獣が唸るような低い声が壁にぶつかり反響する。二人はどこにいるかわからない何物かに怯え、その場から動けないでいた。サリアは口に手を、エリックはじわりと額に汗をにじませている。


次の瞬間、イタチのような魔物がエリックめがけて突っ込んできた。

息を飲む二人。

エリックは一瞬にして腰から肩口をすくい上げるように切り裂かれ、そのまま真上に放り投げられた。無防備なエリックとイタチのような魔物の姿が空中で重なり合う。そしてドチャリという音を立ててエリックの上半身だけが地面に落ちてきた。

もう息はない。


「あ、あ、あ、、、嫌、嫌よ、、、来ないで!誰か助けて――――!!!!!」


エリックの無残な死にざまを目の当たりにしたサリアは大声で叫びながら無我夢中で走り出した。

イタチのような魔物はまだその場でエリックの内臓を食い漁っている。しかしサリアの逃走が視界に入っていたのかゆっくりと顔を上げた。口の周りに着いた血を長い舌でひと舐めしてからサリアの後を追う。そしてまるで遊んでいるかのようにわざとサリアに当たるか当たらないかのギリギリのところに爪を立てていた。


生きた心地のしないサリアは足の裏の痛みも忘れて必死で走っている。

向かった先から数人の冒険者の姿が見えてきた。サリアの顔に安堵の色が灯る。もう後ろからはあの魔物の息遣いも聞こえてきてはいない。顔をほころばせ、縋るように手を伸ばした。


「助けてください!!」


その瞬間、サリアの真横にイタチのような魔物の大きな口が現れた。



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