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緊張感のない二人

右も左もどこまで続いているのかわからないくらいに長く、ごつごつと岩肌や赤土が剥き出しになっていた。

遥か上の方には木が生い茂っており、山を切り崩した場所だとわかる。あちこちに切り出された大きな岩が無造作に放置されていた。他と比べるとひと際高い崖のようになっている場所に大きな横穴が開いている。

ベア観光坑道だ。

ラズ地区とクラン地区を繋ぐ道の中で唯一整備されている。

道幅も広いので対面で馬車も通れるほどだ。昔はラズ地区側で希少鉱石が出土する鉱山だったが、掘りつくしてしまったためクラン地区まで貫通させたらしい。他の採掘跡よりも岩盤もしっかりしていて崩落の恐れもない。


坑道入口付近の開けた場所に四人の姿があった。

バルカン、サリア、近衛二名。そのうちの一人はここまでの馬車を操っていた。その馬車は少し離れたところに停めてある。


坑道から出てくる者はなかった。

早朝という時間帯だからというのもあるが、坑道入口に通行禁止の看板が立っているからだろう。これは数日前にバルカンが指示したものである。もちろんクラン地区側の入口にも向こう側の街から同じような立て看板を置いてもらっている。


「お前たちはもう帰っていいぞ。」

「え?いや、しかし――」

「すぐそこに行って帰ってくるだけだ、心配は要らん。昼くらいにまた迎えに来い。」


バルカンは近衛二人に追い払うような仕草をして坑道内へと入っていった。

サリアも二人に頭を下げバルカンを追いかける。

しばらく敬礼していた二人だが、バルカンの姿が見えなくなった途端に態度を崩した。


「何だよ、あんなんだから嫌われるっての。」

「だよな。ホント団長になる奴ってあんなのばっかなのな。まあ教会警護なんて近衛のエリートコースから外れた奴等が集まるようなもんだからかな。」

「それ、俺らもな。」

「あはははは。」


なんとも緊張感のない二人。

団長が警戒すべきクラスBの魔物と対峙するかもしれないというときに軽口を叩いて大笑いしている。ぶつぶつと垂れ流していた文句はいつしか世間話に変わっていた。


「前任の団長もよ、ほとんど顔を出さないでほっつき歩いていたらしいぜ。確か伯爵家の長男だったかな。」

「何だ、お前知らなかったのか?昨日王子殿下と来てた奴だよ。」

「マジか?」

「ったく、お前、馬の事しか頭に無いのか?すんげー美人も来てたのに!」

「そんな事ねーよ、美人は大歓迎だぜ。あ、でも今日はなんか馬の調子が悪いっていうか、お前と俺とあの女の子と団長だろ?その割にはスピードが出なかったなと思って。」

「そうか?かなり早かったと思うぞ。それより途中道が悪かっただろ?あの時車体の腹から何か聞こえたような気がするんだよな。」

「おかしいな。今日はあそこには槍や長物は積んでないはずだぞ。」


馬好きの近衛が停めてあった馬車の下を覗き込む。

この馬車の下には槍など車内に乗せられない物を積む鉄で出来た荷物置きが設置されていた。前後は開いていて網状になっている。つい先ほどまでエリックが身を潜めていたのだが、よく見ると服を引っかけたのか網の部分に繊維のようなものが付着していた。小柄なエリックはなんとか荷物と身体をねじ込んで耐えていたのだろう。


「特に変わった様子はないんだけどな。凹んでもいないし。気のせいだって。」


馬好きの近衛はすぐに立ち上がって馬に近づき頭を撫でている。

網に付いている繊維に気を留める様子もなかった。荷物置きはそもそも人が入る前提で造られていない。その頭があるのか雑な目視だけで終わったようだ。

普通ならば乗車前に全体チェックをするはずなのだが、そんなところに注意を払う二人ではないだろう。


「そっか、ならいいや。ちょっと下町の方で時間潰さねぇか?こんなに早く帰ってもやることねーしな。」

「俺は眠いよ。非番だったんだぜ。少し離れたところで停めて仮眠取らせてくれよ。」

「そっか、ならそうするか。」


馬車はゆっくりと走り出しそのまま見えなくなった。

その馬車が停まっていた辺りの茂みからエリックが顔を出す。全身土埃で薄汚れていて、顔も青白かった。あまりの揺れで気持ち悪くなっていたのか、足元には吐しゃ物が広がっている。


「助かった~。この場所に居られちゃ出るに出れなかったもんな。さぁ、早くサリアを追いかけないと!」


エリックは気合を入れなおし、急いでリュックを担ぐと小走りで坑道内へと駆けて行った。



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