子供じみて
騒がしくバルカンが聖堂を去った後、残された三人はしばらく呆気に取られていた。
バルカンに対していつも冷静で声を荒げないイメージを持っていたアードルフはかなりショックを受けたようで肩を落としている。自分が怒らせてしまったと責任を感じているのだろう。サリアはサリアで自分の置かれている状況に戸惑っているようだった。
一方、イザベラはいそいそと自分の首から炎の印のペンダントを取ると、押し付けるようにサリアに手渡している。
「ところであなた、どうして巫女服を着ていないのかしら?巫女としての自覚が足りないんじゃないの?!朝とか夜とか関係ないから!そんなのでよく巫女頭になりたいだなんて言えるわね。」
「あ、その、これは、、、、。」
棘のあるイザベラの言葉にサリアが言葉を失くす。
サリアは一応エリックとここを抜け出す予定をしていたので私服姿だった。俯いてスカートをギュッと握りしめている。
「すみません、私が慌てて連れてきたからです。ご容赦願います。」
見かねたアードルフはサリアの前に立ち助け舟を出した。
それが気に入らなかったのか、イザベラは更にヒステリックに叫ぶ。
「さっさと支度してベア観光坑道に行きなさいよ!」
聖堂の構造もあって甲高いイザベラの声が大きく反響した。
耳を覆うように身を屈め委縮したサリアをアードルフが気遣って支えている。さすがにアードルフもこの二人には確執があるとわかったようだった。
「どうせなら祭事用の巫女服を着ていきなさい。あれなら団長さんも喜んで助けてくれると思うわよ。」
それだけ言い残すとイザベラは聖堂内の私室に引き籠ってしまった。
心配してくれるアードルフにお礼を言うと、サリアは孤児院へと向かった。
心なしかサリアの足取りが軽く感じられる。首から下げた炎の印を服の上から大事そうに握りしめていた。孤児院前ではエリックが待ち構えており、強引にサリアを納屋へと引き込む。
「サリア!よかった、戻ってくれて。さあ行こう!もう夜が明けちまう!悪いけどサリアの荷物は諦めて。」
リュックを背負ったエリックはサリアの手を取った。
しかしサリアは動かない。
「サリア?」
エリックはサリアの顔を覗き込む。
眉根を寄せて床の一点を見つめていたサリアはゆっくりと顔を上げ、エリックに視線を合わせた。
「エリック、私ね、今日巫女頭になれるかもしれないの。でもね死んじゃうかもしれない。」
「どういうこと?意味が分からないよ。もう巫女頭なんてどうでもいいじゃないか!二人で坑道を通ってクラン地区に逃げよう。新しい場所で一からやり直すんだ。」
「無理だわ。今からそのベア観光坑道に行かなきゃいけないの。ご聖品も持たされた。」
そう言ってサリアは首に掛かっている炎の印を見せた。
「そ、そんなのここに捨てていけばいい!とにかく今すぐ出よう!」
エリックはサリアの腕を掴み、炎の印に手を伸ばす。
その手をサリアが乱暴に振り切った。その弾みで自身が倒れ込んだが、炎の印だけは大事そうに両手で握りしめている。
「止めてよ!私、小さいころにこのご聖品を見て巫女頭になろうって思ったのよ。キラキラしててすごく綺麗だったからどうしても欲しかったの。その後にキラキラが聖霊だって教えてもらったわ。これは聖霊そのものなのよ!捨てろだなんて言わないでよ!」
しゃくりあげて泣くサリアにエリックは掛ける言葉がない。
いつかの夜のようにそっとサリアの隣に腰を下ろす。そしてその時にサリアにしてやれなかった、ポンポンと軽くリズムをつけてあやすように肩を抱いた。
そうするうちに少し落ち着きを取り戻したサリアが独白のように語り出した。
「私ね、実はあの日から聖霊が見えなくなったの。とっても辛かった。聖霊だけが私の味方だったから。私を唯一救ってくれる存在だったから。でもね、こうやってご聖品を首から掛けるとね、見えてきたのよ、聖霊が!ほら、今もそこに。私が辱められても荒んでいってもずっと傍にいてくれたんだってわかったの。」
その言葉を聞いたエリックは少し心が痛かった。
今でも今までもずっとサリアの一番は自分ではなく聖霊だった事に。そしてサリアが巫女頭に拘っていたのは優しさでも何でもなく、ただ聖品を手にしたかった自らの欲望だったという事にも。
「だからご聖品は手放したくないわ。」
炎の印を見つめるサリアの笑顔は愛おしさに溢れていた。
巫女頭候補になる前のあの笑顔を見たエリックは覚悟を決める。
「それなら聖品を持ったまま逃げよう。」
「でももうすぐここに近衛が来ちゃうのよ。逃げたのがわかれば街を出る前に捕まってしまうかもしれないわ。」
「じゃあ他にどうしろって言うんだよ!どの道、命の保証はないじゃないか!」
焦ったエリックはつい大きな声を出してしまった。
サリアにもそれはわかっている。おとなしくバルカンについて行ったところで無事にこの街に戻れる保証はない。かと言って、ここからうまく逃げ出せる保証もない。捕まってしまえば聖品を取り上げられ、日の目を見ることも出来ないだろう。
しばらく考え込んでいたサリアだが急に晴れやかな表情を浮かべるとエリックに向き直した。
「だったらそのまま坑道まで近衛に連れて行ってもらって、クラン地区付近で巻くのはどうかしら?坑道は入り組んでいるし抜け道もあるからうまくいくと思うの。きっと聖霊が導いてくれるわ!」
炎の印に視線を移し、それを見つめるサリアは時折吐息を漏らしていた。
先程までの穏やかな笑顔が妖艶な笑みに変わっている。まるで炎の印に魅入られたかのようだった。そんな恍惚の眼差しのサリアを見てエリックの心は跳ね上がる。我慢しきれずサリアの唇を奪った。
暗く静かな納屋の中にリップ音が何度も響いている。
酔いしれた二人はその作戦があまりにも子供じみていて到底成功するとは思えない内容だということに気付けなかった。
二人とも炎の印の価値をわかっていない。
近衛が護っているということはこの国が総力を挙げてでも護る価値のある物なのだということを。そしてそれを安易にサリアに渡したイザベラも巫女頭の真の役割を、教会警護の近衛たちもそれを護ることの意義を忘れかけていた。




