仲間じゃなかったのか?
広場の噴水前にありすとクラウンは立っていた。
日が昇る前なので出歩く人もいないのだろう、小鳥たちが石畳に落ちているものを啄んでいた。靄のかかった静けさの中、噴水の音だけがあたりに響いている。
トマホークと組むことを良しとしないありすはかなりふてくされていた。ユージーンから渡された上着も気に入らないらしい。透け感のある素材のボレロだ。今の服装に合うと言えば合うが、身体を守るという機能は全く果たしていない。デニムのショートジャケットあたりを想像していたありすにとっては嫌がらせ以外の何物でもなかった。
そんなお通夜の参列者のような二人にトマホークのメンバーが近づいてきた。小鳥たちが一斉に空へと飛び立つ。
「やぁ、おはようアリスちゃん。今日は上着来てるんだね。それはそれで色気があっていいんじゃない?それともお兄さんの趣味かな。」
話しかけてきたのはありすが“金髪ブルー”と命名したトマホークリーダーのグリフィスだ。
丁寧な作りのスケイルアーマーに手の甲まで覆っているアームガード、ブーツの上からはレガースを装着していた。中古品ではあろうが全てミスリル製の武具に違いない。もちろんあのポンメル部分がブルーの宝石の剣も携えている。
革靴泥男も曲りなりにも冒険者の格好をしている。軽装であることから斥候役か追跡役と考えられる。ガチャガチャ音の出る装備は着けないのが定石だ。
ありすたちが見たことのない男も立っていた。彼は名をドナシアンと言いグリフィスと同様に剣士である。切れ味のよさそうな籠状のヒルトを持つ剣を腰に差し、分厚い革の胸当て・アームガード・レガースを装備している。グリフィスよりも背が高く瞳と髪の毛は藍色、短髪刈上げで右頬に傷がある。典型的なゴリマッチョだ。後からもう一人来るらしい。このクエストに必要なアイテムの調達に時間がかかっているそうだ。
「今日は手ぶらでオッケーだから。万が一怪我しても俺らのポーションで治してあげるし、お兄さんもそんな大層な剣を振りかざさなくてもいいからね。全部俺らに任しとけばいいんだよ。くれぐれも足手まといにはならないように。」
ありすの言うようにグリフィスはかなり上から目線だ。
髪をかき上げながらキザっぷりを見せつけている。身一つで参加していいクエストなど在りはしない。終始怪しい雰囲気の中、一行は街を出た。
街道を少し反れ、脇道に差し掛かる。
その時、バタバタと後ろから走ってくる足音が聞こえた。
「おーい、待ってくれ!持ってきたぞー!」
叫びながら走ってきたのは中肉中背、これといった特徴のない軽装備の若い男だった。
クエスト前から服装がかなり汚れており、大した装備をつけていない。お世辞にもAランカーには見えない風貌だ。パーティーにAランク保持者が二人いればAランクパーティーが成立するのでおそらくはAランクに届いていない冒険者だろう。
「シモン!おめぇ、仕事がトロいんだよ。昨日手伝ってやっただろうが!」
いきなりダニーが怒鳴りつける。
ドナシアンは露骨に嫌な顔をしてシモンから離れて行った。まるで臭いのを我慢しているかのように一瞬息を止めているように見える。シモンと呼ばれた男は終始ペコペコ謝りながらも、ありすの方をちらちらと窺っている。ありすは憐みの目でシモンを見ていた。
(うわぁ、完全なパワハラじゃない。ドナシアンもあからさまに離れるなんて、、、まぁ、臭うっちゃー臭うけど。逆にスメハラか?他の人は気付いてないのかしら?でもよくこんなパーティーに入ったわね。私ならソッコー辞めてるわ。ってか、今も辞めたいけど。)
ありすと目が合ったシモンは興奮したのか鼻の穴を広げてだらしない顔をしている。
ダニーに頭を叩かれてこそこそと二人で話し始めた。
「さぁ、予定時刻を過ぎてしまう。早く進もうじゃないか。」
二人の密談を凝視していたクラウンに気付いたグリフィスは一行を脇道へと促した。
日がそんなに高くないことから時間的には朝九時頃だろうか。
この辺りはまだ人々が行き交うような穏やかな道になっており幅も十分にある。このまま進めば小さな山を越えラズ地区近くの平原に出る。そこから数時間でラズ地区アングラード侯爵領の中規模の村に着くだろう。
先頭をグリフィスが、次にありすのとその横でガードするようにダニーが、その後ろにクラウンとシモン、しんがりはドナシアンという隊列を組んでいる。隊列というより普通にしゃべりながら歩いている集団だ。全く緊張感がない。グリフィスは後ろ向きに歩いてダニーとありすに話しかけている。
「おい、ナクラマダンジョンはこの道じゃないぞ。」
そう言ってクラウンが立ち止まった。
一瞬トマホークのメンバーが顔を強張らせる。ありすも辺りをキョロキョロと見渡しだした。グリフィスがありすの肩を掴みクラウンに近づく。
「いや~、これだからトーシロは困るよ。今ナクラマダンジョン前はゴブリンの集団がうようよしてんだよね。多勢に無勢だろ。いくら俺達でも危険は冒したくない。だから迂回して反対側から入り口に向かうんだ。ダンジョン脇には大した魔物も出ないしね。お分かりかな?」
グリフィスのどや顔を間近で見せられたありすは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
よほど気持ち悪かったかムカついたのだろう。肩を抱いたまま歩き出そうとするグリフィスの手を思い切りつねって振りほどいていた。汚いものが触れたように肩を払っている。
クラウンも思うところがあるのか反論はせずに無言でそのままついて行く。その様子をしんがりのドナシアンが注意深く観察していた。
少し歩くと開けた場所に出た。
右手は枯れ木の生えた急な斜面、左手に広く開墾されたような跡のある背の低い草むらが広がっている。
「ちょっとここで作戦会議な!飲み物も飲んでいいからさ。」
グリフィスは向こうの切り株を指差して全員に告げた。
確かに小休止にはもってこいの場所だ。斜面の下にはお目当てのナクラマダンジョンが見えるらしい。ありすはダニーに連れられて斜面下を覗き込んでいる。
「どこが入り口なの?よく見えないわ。」
「今見えてる辺りは横っ腹だからな。ちょいと目を凝らせば向こうに正面からの道が見えるぜ。」
ダニーはありすに説明するように遠くの方を指差している。
どこなのかと問うているありすからしてよく見えづらい距離なのであろう。その様子を見ながら他の四人は切り株の方へと向かう。
途中後方のグリフィスとドナシアンが歩みを止めた。それに気づいたクラウンが振り返る。
「今だ、シモン!!」
グリフィスの叫び声と共に、シモンがクラウンにガラスの小瓶のようなものを投げつけた。
クラウンはとっさに剣を抜き小瓶を切りつけ粉砕した。中から液体のようなものが飛び散り周りに降り注ぐ。クラウンのカッティング・エッジにもべったりと纏わりついているが、投げたシモン本人にもかかっていた。
「えぇぇぇ、俺にもかかっちゃったよ!どうしようグリフィス!」
シモンは半泣きで振り返ったが、もうグリフィスとドナシアンは斜面手前まで離れていた。
ダニーはありすを俵のように担いでいる。パンツが丸見えだ。ありすは放せ放せと手足をばたつかせて抵抗しているがしっかりと胴を抱え込まれているのでびくともしない。
グリフィスはありすの尻に剣を向けながら話し出した。
「ちっ、やっぱウォーターガードしてるよね。でも想定内だよ。その辺りは雄のキラーコングのフェロモンだらけになったから。今この山ではキラーコングの繁殖期でね、貴重な雄に雌の集団が飢えてるってわけ。雌のキラーコングは凶暴で執着心が強いからさ、たっぷり相手してあげてよ、死ぬまでね。」
したり顔のグリフィスはドナシアンを見ながら顎でシモンを指す。
ドナシアンはシモンの脛にナイフを投げつけた。ナイフが深く突き刺さりシモンはつんざくような叫び声と共に足を抱えて転げまわった。
「痛ってーーーー!何すんだよドナシアン!助けてくれよ!キラーコングが来ちまうよ、殺されるよ!痛てぇ!痛てぇ!痛てぇよぉ!」
「あーはははは、もっとでけぇ声で喚き散らせ!そうすりゃ早く気付いてもらえるからな!てめぇは最初からただの駒なんだよ。きちんと臭いも消さずに合流してきやがって。鼻がいい俺への当てつけか?途中で魔物が出ねぇかヒヤヒヤしてたんだぞ!そいつと仲良く死にやがれ!」
無口だったドナシアンが堰を切ったように怒鳴り散らした。
おそらくは臭くて話もしたくなかったのだろう。狂気を孕んだ目で愉快そうにシモンを見ている。ほどなく三人は斜面の下へと消えて行った。
「おい、シモンと言ったな。お前、仲間じゃなかったのか?」
自分にクリーンをかけながらクラウンが尋ねた。
脛を抱えて倒れこんでいるシモンの顔は涙で崩れ青くなっている。フェロモンがかかった辺りはシミになっているのでウォーターガードをかけ忘れたのだろう。この男のアイテムポーチにはポーションが入っているようには見えない。グリフィスたちに手ぶらでいいと言われたのであろう。その時点で何かがおかしいとは思わないシモンもシモンだ。
「な、仲間に決まってるだろ。ようやく、ようやく正式にトマホークに入れたんだ。みんなともうまくやれてたさ。たくさん罵られたけど言われたことはちゃんとやり遂げてきたんだ。今回だってキラーコングの精巣を取り出したんだぜ。く、クエスト完遂出来たらお前にも女とヤラせてやるって言うから頑張ったんだ。」
痛みをこらえながら話すシモンの声は震えていた。
涙交じりで固く目を閉じているのは痛いからなのか裏切られたからなのかはわからない。横たわっているシモンの耳に地鳴りのようなものが聞こえる。
「き、来た!なぁ、助けてくれよ!頼むから!こんなところで死にたくねーよ!」
恐怖に怯えたシモンはクラウンの足に纏わりついた。
クラウンは這いずるように縋ってくるシモンを一蹴し魔物の気配のする方角に構えを取る。相当数いるであろうキラーエイプ相手に逃げ切れる保証はない。キラーエイプはAランクパーティーでも手こずる相手だ。特に雌はすばしっこくて鼻が利く、そして執念深い。遭遇したら逃げるよりは戦って確実に殺した方がいい魔物の一つに挙げられている。
「こんな数じゃ、あんた死ぬぞ!頼むから俺だけでも逃がしてくれよぉぉぉ!!」
シモンの絶叫が響き渡る。
ただでさえ雄のフェロモンで集まってきているキラーエイプにここに人族がいると知らしめているようなものだ。クラウンは冒険者というには程遠い臆病者を冷ややかな目つきで一瞥した。
「自分の身は自分で守れ。俺にそんな義理はない。」
クラウンは戦意を喪失したシモンから離れて剣を構え、土煙を上げながら向かってくるキラーエイプたちと対峙した。
山を越えた地区と侯爵の名前を訂正しました。




