女貴族
ようやくサリアを見付けた。
今日は巫女頭が月籠りに入ったと巫女頭候補には伝わっているはずなので昼からでも教会に来ているのではと他の巫女が言っていた。月籠りで巫女頭が不在の時は巫女頭候補が率先して信者を迎え入れるらしい。そんなのどうでもいいけど、サリアに会えるなら僕にとってはラッキーなことだ。随分探し回る羽目にはなったけど。
周りに巫女や信者などがいるがこれだけ離れていれば大丈夫かな。僕は聖堂の裏に続く道の半ばでサリアに声を掛けた。驚いたような顔をしてサリアは裏庭の端の木陰で歩みを止めてくれた。周りからは僕とサリアが信者と巫女に見えているだろうか。
「この前はごめん。体調良くないって聞いたけど、大丈夫?」
「、、、、うん。」
「どうしたいか決めた?」
「、、、、うん、、、。」
足元の芝を見るようにサリアが視線を外す。
もしかしたら体調が悪かったんじゃなくて僕とのことを考えてくれていたのかもしれない。だったらここは強引にでも迫るべきなんじゃないだろうか。
「今は月籠りで巫女頭がいないんだろ?聖堂に警備が偏るから今がチャンスだよ。」
「エリック、、、、私ね、実は聖霊が――」
サリアが何かを言いかけた時、突然裏庭の向こうの方でなじるような男の声がした。
何事だとそこにいた全員が一斉に声のした方へと視線を向ける。
見ると近衛と四、五人くらいのパーティーが何やら揉めているようだ。ああいうのに巻き込まれないようにしないとな。そう思ってサリアに目を移そうとした時、視界にあの女貴族が映った。
マズい!
僕は素早く深くフードを被り直し、慌ててサリアの肩を掴んだ。
「サリア、明日夜明け前に迎えに行く。孤児院前で待ってるから。」
「あ、え、エリック!」
「約束だからな!」
サリアのはっきりとした返事は聞いていない。
でも連れ出さなきゃいけないと思った。この機会を逃すと本当に身動きが取れなくなってしまう。僕は不自然にならないよう注意してその場を去った。
「サリアさーん!」
先程の近衛がサリアを呼ぶ声がする。
今、絶対に女貴族に見付かるわけにはいかない。
上手くやり過ごせたか?
建物に入ったり信者の集団に紛れたりと夢中だったが、なんとか教会前の噴水の傍まで来られたようだ。でもまさかもう女貴族がこの街に来ているとは思わなかった。こちらが一方的に確認しただけで向こうにはバレていないと思いたい。サリアの説得に時間をかけ過ぎたんだろうな。もっと早くに連れ出していれば女貴族に出くわすこともなかったのに。自分の甘さが悔やまれる。絶対に夜明け前にここを発とう。明日の段取りもあるし早く宿に戻って荷物をまとめなければ。
そっと息を吐き出し自分を奮い立たせる。
「久しぶりじゃありませんこと?挨拶は無しですの?」
背後からのその声に背筋が凍る。
やっぱり僕だとバレていたのか?だとしたらいつの間に僕に追いついたんだ?【早足】でここまで来たはずなのに。周りの音が聞こえなくなるくらいに鼓動が激しくなる。
「聞こえていないのかしら?それとも無視していますの?銀髪の殺人犯さん。」
今度は耳元で女貴族の声がした。
振り払うように拳を上げたが空を切る。振り返ると少し離れた位置で髪を弾ませた女貴族が手を後ろに少し腰を屈めて微笑んでいた。絶対に当たると思っていたのに何故だ?まさか避けたのか?この距離で?
「元気があって何よりですわ。どこかで野垂れ死んでしまったのではないかと心配していましたのよ。」
女貴族の口元が三日月のような弧を描く。
ローブッシュでの夜に見たのと同じ笑いだ。あの時の記憶が鮮明になる。口から泡を吹いた老人の顔を思い出し吐き気がしてきた。足に力が入らない。
本能的にこの女からは逃げきれないと思った。下手に動くよりは自然体でいた方が目立たずに済むだろうか。
意図せず固唾を飲む。
「わたくしの言う通りこの街に来たんですのね。忠犬は大好きですわよ。」
人差し指で軽く突かれただけなのに、僕は噴水の縁へ座り込んでしまった。
何なんだこの女は。顔や振る舞いは普通なのに、言葉では表せないほどの圧倒的強者のオーラを纏っている。こんな僕にでもわかるくらいに。皮膚に何かが刺さるような感覚だった。今までどうして気付かなかったのだろう、ただの酔狂なお忍び貴族ではなかったんだ。腰の煌びやかな剣も装飾品ではないということなのか。
最悪だ。
蜘蛛の巣に絡めとられたような絶望が広がる。もう立てる気がしないし顔も上げられない。視線の先に女貴族の美しく磨き上げられたブーツが現れた。
「あの子が意中の彼女ですのね。みすぼらしいところなんかがあなたにはちょうどいいんじゃないかしら?お似合いだと思いますわよ。」
くそっ、お前にサリアの何がわかるって言うんだ!
言葉に出したつもりが、唇を動かすことすらできなかった。恐怖で身体が言う事を聞いてくれない。
「明日、またここにいらっしゃいな。素敵な作戦会議を開きましょう。」
そう言って、俯いた僕のフードを摘まむようにそっと脱がせると、女貴族は鼻歌を歌いながら上機嫌で教会の方へと戻って行った。
もう雑踏も噴水の音も何も聞こえない。僕の頭の中であの女のねっとりとした声だけが繰り返し響いていた。




