自警団は作るべき
どうやら応接室がある二階から上は教会関係者や近衛の領域らしく、すぐに下の階へと誘導された。
最初に上ってきたのは教会正面入口を入った中央廊下の両端にある階段だったが、それは使わずに建物の端の関係者しか使えない階段を降り、手前の部屋から案内される。
炎の聖霊関連の展示部屋やそれ系の図書館、中央廊下を挟んで反対側のなんだか精神統一をしそうな部屋、巫女といわれる女性たちが屯している部屋などを紹介され、再び中央廊下へと戻って来た。
この廊下は正面入口から真っ直ぐ突っ切る形で通っており、反対側にある中庭のドアへと続いている。そのドアの扉は開け放たれており中庭がちらりと見えていた。廊下を通って中庭へ出る。
中庭の正面には炎の大聖霊が祀られてある大きな白亜の聖堂が佇んでいた。
圧巻である。
この扉から聖堂の入口までは真っ直ぐに平らな白い石が敷き詰められていた。周りの芝生も綺麗に整えられており管理が行き届いていることが窺える。
本来ならこの場所からでも聖堂の中が見えるのだろうが今は扉が固く閉ざされていた。この中に巫女頭という人が籠っているのだという。
この芝の辺りに噴水でもあればより聖堂っぽさがマシマシになるのだが、表にも噴水があるからくどくなっちゃうかな。
その代わりに神社にある手水舎のようなものがあって、色とりどりの花が浮かべられていた。花手水というやつか。どの花も新鮮なので毎日きちんと入れ替えられているのだろう。これはこれで慎ましい感じがしていいな。
私たちはアードルフに連れられて聖堂の裏に来ていた。
正面と同じく綺麗に整えられた芝生が広がっている。裏手なのに巫女や信者、観光客が多かった。ちょうど祭壇の真裏に位置するのか美しいステンドグラスが見える。それに向かって祈りを捧げている人もいた。
「月籠り中は聖堂に入れませんので、こうして裏から信仰者たちが思い思いに祈りを捧げています。」
アードルフさんは目が合った巫女に手を振りながらそう説明した。
この人、意外と巫女から人気があるな。さっきも巫女とすれ違いざまに手を挙げていたっけ。顔は濃いけど爽やかさはあるもんね。口調も丁寧で誠実さも伝わってくるし。こうやってじろじろ観察している私に対しても笑顔を向けてくれている。
「あんな上司でお前も大変だろ。」
クラウンが裏庭の光景を眺めながらぼそりと漏らした。
え?どの口で言ってんの?あんたも大概だわよ。私をこき使うだけ使ってんじゃん!
「第三王子殿下、ボルボ様、誠に申し訳ありません。次の巫女頭がなかなか決まらなくてバルカン団長も気が立っておられるのですよ。任期が時期巫女頭就任までのようですから。それにベア観光坑道の魔物騒動もありますしね。」
なるほど、それで観光客なんかが少ないのか。
アードルフさんの回答を聞いて納得した。でもこれで少ないってことは普段はもっと多いんだよね?それはそれでちょっとしんどいな。
人混みを想像してげっそりしていると、クラウンも魔物の事は知らなかったようでアードルフさんに聞き返している。
「魔物?聞いてないぞ。」
「ええ、クラン地区側での出没ですので向こうで依頼が出されているはずです。」
「誰もまだ討伐していないのか?」
「はい、クラスBの魔物みたいなんですよ。未だに討伐されていないことを考えると割に合わない討伐報酬なのではないかと思われますね。」
「だったら教会近衛が動けよ。」
「行きたいのはやまやまですが無理ですね。信仰者からも魔物退治を要求されているのですが、我々はあくまでも教会警護です。教会自体が襲われない限りは動けません。この街の治安維持もついででやっているみたいなもんなんですよ。街のためにも自警団は作るべきだと思うんですが、昔から面倒ごとはこの教会警護団が受けることになっているみたいなんですよね。でも全部が全部受けられるわけがないじゃないですか。だから偏りは出るし細部にまで目が届かない。ある意味無法地帯なのかもしれませんね。」
アードルフさんは眉を下げ悲しそうに笑った。
もしかしたら魔物を自ら討伐しに行きたいのかもしれない。でも所属部隊の規則で行くに行けないみたいな。ものすごく正義感の強い人なのかな。
それにこんな観光地に自警団がいないっておかしくない?犯罪起きまくりなんじゃないの?それに近衛と癒着しちゃえば何でもありになりません?
「アードルフさん、この街の冒険者ギルドは動かないんですか?」
突然の私からの質問にアードルフさんは驚きながらもないよと答えてくれた。
それなりに大きな街なので観光メインの商業ギルドならあるそうだが、ローワン周辺は魔物被害も素材集めに適した場所も少ないことから冒険者ギルドはないのだそうだ。それこそアードルフさんが言ったように街中の諸問題は近衛が片付けているらしい。
それは非効率的だわ。職安ギルドはともかく、やっぱ自警団は作るべきでしょ。
「あー、これだからよー、魔族は無知で困るわ。」
両手を頭の後ろにやってボルボが叫ぶ。
そんなに大きな声で言わなくてもよくない?みんなこっちを見てるじゃん!アードルフさんまでそんな顔しないで、悲しくなるわ。
パッと見、魔族に見えないんだから言い触らさなくてもいいでしょ!嫌がらせよね、絶対。
「みなさん!お祈りの最中に申し訳ありませんでした。お気になさらず!」
アードルフさんが笑顔で周りの人たちに声を掛けた。
それを見て安心したのか少しざわついた雰囲気も収まり、みんな先程と同じように祈ったり巫女との会話を再開したりしていた。これぞ人徳ってやつか。ボルボには無いやつよね。
そんな中でアードルフさんが裏庭の端を指差した。
「あそこにいるのが巫女頭候補の一人、サリアさんです。」
そこには他の巫女とは色の違う帯をした女性の姿が見えた。




