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イーサン

サリアは教会から随分離れた、大きいがボロい邸宅に入っていった。

もう入ってから三十分は経つ。炎の聖霊を信仰している人物の家なのだろうか。それにしても巫女が訪問するなんて聞いたことがない。それともサリアが休みを取って遊びに行っているのだろうか。にしては中途半端な時間だとは思ったが、孤児院育ちのサリアにも友達が出来たのならそれはそれで嬉しい。この街では孤児だからと蔑む輩も多いんだ。


僕たち孤児は何かといじめの対象になっていた。

特にこの街の商家の息子イーサンには孤児院の子供たち全員が嫌な目に遭ったと言っても過言ではないと思う。かくいう僕も身体的に精神的に深い傷を負った一人だ。

このイーサンというのは父親ソナーズが営むソナーズ商会の一人息子で、小さいころから傍若無人であり数人の子分を従えいつも悪さをしていた。

父親も表向きは気のいい主人で通っているが、裏ではその阿漕な商売に泣かされた人も多いと聞く。そんな父親が子を叱るわけがない。それがますますイーサンの行いを助長していた。

この街に来て何が一番心配かと聞かれれば、真っ先にイーサンに見つかってしまう事だと言える。絶対に会いたくない。

イーサンとも女貴族とも会わないで、何とか早くこの街をサリアと二人で出て行きたい。

でも連れ出すなら今サリアが会っている友達ともお別れだなと少し罪悪感を覚えた時、例のボロ家のドアが開いた。


見送りなのか玄関先まで恰幅のいい男性が出て来ている。

サリアの手をしっかりと握り深々と挨拶をしていた。やっぱり信仰者の家だったのか?友達にしては歳を取りすぎている。何か講話でもしたのだろうか?

遠目だがサリアに元気がないようにも見える。玄関を背にしたサリアの表情は無だった。いつも微笑みを絶やさないサリアが、愛想笑いでもなく、困惑気味な笑顔でもなく、無表情なのだ。瞳の光が失われたような、かと言って虚ろではなく、氷の彫刻のような、そんな顔だった。


僕はサリアがそのボロ家から見えなくなる辺りで声を掛けた。

跳ねるように驚いて振り返ったサリアの顔は妙に青白かった。昔、孤児院の屋根裏で見たのと同じ表情だ。


「サリア!何があったんだ?大丈夫なのか?」


思わずサリアの肩を掴み、道沿いのレンガ造りの壁へ引き寄せた。

僕の言葉に対して目を伏せたサリアは小刻みに震え出す。しばらくしてサリアの口から驚愕の事実を知らされた。

サリアはイーサンに指示され身体を売っていたのだ。巫女頭候補になって少し経った頃、祝ってやるとイーサンに強制的に呼び出されその場で襲われたらしい。

そして巫女頭候補という肩書を餌に身体を売る最低な女だと言い触らされたくなかったら言うことを聞けと脅されたそうだ。

そしてそれ以降ずっと定期的に不特定多数の男性と関係を持たされていると。巫女頭になれれば終了らしいが逆に言えば巫女頭になれなければ永遠に続くのだ。

だからサリアは頑なに巫女頭を目指していたのか?夢を叶えるためではなく?

教会が清純さを巫女たちには求めていないことは誰もが知っている。でも巫女頭を選ぶとすればどちらかと言うと品行方正な人物だろう。サリアは悪評が立つのを恐れたのか?だったらイーサンを訴えたらよかったじゃないか。でも当時のサリアにそんなことは無理か。訴えたところでもみ消されるに違いない。でも、誰かが助けてくれたかもしれない。誰かって誰だよ!ソナーズ商会に喧嘩を売るような奴はこの街にはいないんだ。でも、でも、でも、、、、。

イーサンに対して、サリアに対して、ふつふつと怒りが込み上げる。


“こんなところから逃げ出したい”


今更ながらあれはサリアの本音だったのだと、イーサンに犯されたのがあの時だったのだと気付く。

もしあの時サリアの手を取って街を出ていれば変わっていただろうか。サリアの真実を聞いても動揺せずに手を取ることができただろうか。

いや、あの時の僕にはどうすることも出来なかったはずだ。万が一逃げられたとしても当てもなければ職すらない。二人とも未成年だった。過去は変えられない。

そう自分に言い聞かせないと、目の前のサリアに怒鳴り散らしてしまいそうになる。

そうだ、サリアはイーサンの被害者なんだ。そして僕も。


「今でも僕とここを離れる気持ちはある?明日、もう一度教会で会おう。」


僕はそう言い残して足早にその場を去った。

これ以上話しているとサリアに酷いことを言ってしまいそうだったから。




次の日もその次の日もサリアは教会には来ていなかった。

他の巫女に尋ねたところ、具合を悪くして休んでいるという。僕のせいかもしれない。別れ際は素っ気ない態度だったという自覚はある。最後の言葉も抑揚がなく、怒っていると思われても仕方がないと思った。でも気持ちが整理できなかったんだ。大好きだったサリアがもう何人もの男に汚されまくっていたなんて。ましてや初めての相手がイーサンだなんて許せるものか。

そう思ってもやっぱり僕はサリアが好きなんだ。この気持ちは変わらない。

改めて思う、全てはイーサンが悪いんだと。出来ることならイーサンをぶちのめしたい。あの下膨れた顔を殴ってやりたいと心から思った。



今日、サリアは来ているだろうか。

ムクゲ亭で遅めの朝食を摂った後、僕はまた教会に足を運ぶ。。



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