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笑顔

ここから第三章になります。

ありす視点ではありませんが、よろしくお願いいたします。

あの女貴族のせいでローブッシュにいられなくなってしまった。

あのままローブッシュに留まれば殺人犯として自警団に捕まっていたに違いない。でも僕は殺すつもりであの家に入ったんじゃない。睡眠薬が毒薬にすり替えられていたなんて知らなかったんだ。あの女貴族に騙されたんだ!


街道沿いでしばらく身を潜めていたのだが二日ともたなかった。

碌な食べ物が無かったから。慌ててローブッシュを出たので携帯食を持ち合わせていなかったんだ。その辺に生えている雑草では飢えは凌げない。かと言って街道から離れ、森や林の奥へ行く勇気はなかった。僕に魔物を倒す力はない。その上狩りも下手だし、食用の葉や木の実の区別も怪しい。現に初日に変な実を食べて腹を壊した。それに自慢の【早足】のスキルも短距離や遮蔽物の多い場所でしか活かすことができない。だからローブッシュを迂回して王都方面へ行くことも諦めた。

逃げ出したのがローワン方面じゃなかったらと悔やまれる。



今の僕はローワンの教会が近い観光スポットにある宿屋に泊まっている。

知り合いの目を避けるには敢えて地元の者が立ち寄らないこの辺りが一番いいと思ったからだ。皮肉なことに女貴族との仕事で金には余裕がある。数ある宿屋の中から比較的新しく出来た宿屋を選んだ。僕がいたころにはこんな宿屋はなかったように思う。

老舗の宿屋だと教会との関係も深い。その分、教会で育った僕の事を覚えている人物がいるかもしれないから避けたんだ。

ムクゲ亭という名の宿屋だが高級なせいか空き部屋があり、連泊を申し込むと支配人は上機嫌で見晴らしのいい部屋を用意してくれた。お陰で教会周辺の様子がよく見える。

今日こそは絶対にサリアを説得してこの街を出るんだ。



サリアは僕の理想の女性だ。

見た目も中身も昔と変わらない。純真で優しくて慎ましくて、口数は少ないけれど志の強い女の子だ。炎の聖霊に愛されていて、サリアも炎の聖霊を心から信仰している。僕には全く見えないけれど、サリアの傍にはいつも炎の聖霊がいるらしく、その姿を見ていると気持ちが安らぐと言うんだ。

そんなサリアはこのローワンの教会の巫女頭になることを夢見ていた。巫女頭候補になってからも人一倍勤しんでいたし、そのことを鼻にかけたりもしなかった。どんな人に対しても分け隔てなく接する態度に好感を持つ人も少なくなかったから、僕は気が気じゃなかったけど。

孤児院は教会の壁を隔ててすぐ隣にあったから、そこからサリアは週に何度かお勤めに行っていた。孤児で巫女頭候補はサリアだけだったらしいのでつらいこともあったに違いない。でもいつも温かみのある優しい微笑みを絶やさなかった。前向きな彼女に僕は引かれていた。いや、孤児院(ここ)にサリアが来た時からずっと好きだった。


そんなある日の夜、偶然孤児院の屋根裏でサリアが酷く落ち込んでいるのを見かけた。

心にぽっかりと穴が開いたように瞳に色がなかった。先ほどまで泣いていたのか瞼は腫れ、涙の跡が頬に残っていた。ぐったりしていて、熱っぽくて、こんなサリアは見たことがなかった。暗がりの中、サリアはこちらを見てびくりと身体を震わせると小さく丸くなって膝に顔を埋めた。僕はどう声を掛けていいかわからず、サリアの横にゆっくりと腰を下ろしたんだっけ。

しばらくの沈黙の後、サリアの息を深く吸う音が聞こえた。


“こんなところから逃げ出したい”


その時サリアが僕に言った言葉だ。

初めて聞くサリアの後ろ向きな言葉に僕は面食らった。何も言えずにいると、サリアは力なく立ち上がり自室に戻ってしまった。でも翌日になると何事もなかったかのように笑っていたんだ。

いつもと変わらない。ただ少し寂しそうには感じたのだけれど、僕ももうすぐ孤児院を出て独り立ちする慌ただしさもあって、その時はサリアの事を深く考えてやる余裕がなかったんだ。

思えばそれくらいからサリアの笑顔には影が付きまとっていたような気がする。



このところどうにも前と比べて観光客や巡礼者が少ない。

教会前の噴水広場はいつだって巡礼服を身に纏った団体や観光貴族でごった返していたはずだ。今は言うほど多くない。それなりに人はいるけれど、いつものような活気が感じられないんだ。やはりベア観光坑道に魔物が出たという噂は本当なのかもしれない。

いつも通りの雰囲気を期待していたのに当てが外れてしまったな。こんな様子じゃ僕がこの街に帰ってきているのがサリア以外にバレてしまうじゃないか。なるべく目立たないようにしないと。


教会周辺や中の近衛は人員が変わっているようで見知った者はいなかった。

今日もまた巡礼者のふりをして教会に入り、サリアを探す。巡礼者は自分が納得するまで何度も教会に通うものが多い。だから通い詰めても全く怪しまれることはない。注意しなくてはいけないのは孤児院のある敷地方面だけだな。みんな巣立っているとは思うけど念には念を入れておかないと。


何度も言うがサリアは巫女頭候補だ。

巫女には持ち場があるが、巫女頭やその候補は教会内を巡回しているため特定の場所にはいない。だから建物を見物しているかのように順を追って探さなければならなかった。それに見付けだしてもうまく話し掛けられるチャンスは少ない。そんなときは不自然にならないように後を追い、一人になったタイミングで話しかけるようにしている。

今日は中庭の端で捕まえることができた。


「もういいのよ、エリック。一緒に行くつもりはないわ。私、絶対に巫女頭になるって決めているの。」


サリアはあの寂しい笑顔で同じ答えを繰り返した。

もう何度目だろう。ここに着いてから毎日誘い続けているのだが、彼女は頑なに拒否するばかりだ。長年の夢なのだから巫女頭になりたいと思うのも当然だとは思う。けど、どうしても僕はサリアのあの言葉が頭から離れない。無理をしているのではないかと勘繰ってしまう。


サリアと別れ、形だけでも講堂でお祈りし一巡礼者として教会を後にする。

ふと顔を上げると噴水の向こうの通りを曲がっていくサリアの姿が見えた。教会の外に出掛ける巫女は珍しい。それに必ず巫女服の上に巫女専用の外套を羽織って、近衛を一人付けるはずだ。でもさっきのサリアは普通の服装だった。あの方向から出てきたということは孤児院で着替えたのか?でも何のために?どこへ行くんだ?


僕は何となく引っかかるものがあったので、見付からないように急いでサリアの後をつけた。



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