戻りますか
元私の部屋、窓際のマットレスの上で黒モフは丸くなっている。
よく猫好きな人がエビだのアンモナイトだのと呟いているけれども、これはもうトラックのタイヤですよね?もう黒すぎてどこが顔なんだって思ってしまう。見ていて可愛すぎて鼻息が漏れてしまった。その音に反応するかのように両手を顔の前でクロスさせて、ぎゅーって眩しいよポーズをしてくれた。ああ、幸せ。
背中にそっと顔を近づけて鼻から息を吸い込む。いい匂い、お日さまの匂いだ。さらに勢いよく吸い込んだ。
さすがに誰かがいると気付いたのか、黒モフはあり得ないほどジャンプして毛を逆立ててこちらを威嚇してきた。
しっぽがふわふわダスターのように膨らんで、瞳がまんまるでめっちゃ可愛い。しかし黒モフの瞳がデレデレしている私を軽蔑するような眼差しに変わった。
「なんでうぬがここにいるんじゃ!うぬの頭でも覚えられるような部屋でも見付かったのか?」
黒モフさん、それは誤解だ。
私はバカではない。どちらかと言うと頭はいい方だ。
「我ながらいい方法を編み出したってとこかしらね。そんな事より、ヨーコさんかメリンダさん呼んできてくれない?髪をセットしてほしいのよ。」
「なんじゃ?うぬはそれだけのためにここに来たというのか?」
「それもあるけど、本当にローブッシュに帰れるか実験したかったのよ。もう成功したも同然なんだけどね。」
鼻高々に話す私を胡散臭そうな目で睨みながら、黒モフはメイドさんを呼びに行ってくれた。
しばらくしてヨーコさんが必要な物一式をワゴンに乗せて登場した。
そんなに久しぶりでもないのに再会をめちゃくちゃ喜んでくれている。嫌がられるよりはいいわよね。
ヨーコさんはご機嫌で手際よく私の髪をまとめてくれる。
今、ラハナスト侯爵邸がどうなっているのか近況報告を兼ねておしゃべりした。あれだけの出費があったにもかかわらず、このお屋敷は生活の質を落としていないらしい。こんな短期間で喫茶の純利益が出るわけでもなし、、、、。
まさか他に隠している金か事業があるのか?これはまた後でカミルを尋問するとしよう。
綺麗に髪が仕上がったところでヨーコさんには仕事に戻ってもらった。
この部屋のサニタリールームの扉のドアストッパーを外し、きちんと閉めなおす。一呼吸置いてからドアノブを握り、白い小部屋を頭に思い描く。そしてゆっくりと扉を引いた。
扉の向こうに見えるのは紛れもなくあの部屋だ。湯快ワールドのタオルが目に入る。
「どう?すごいでしょ?向こう側はローブッシュよ。」
「見たことがない場所じゃの。よくこんな納屋のような場所を見付けたもんじゃ。」
「見付けたんじゃなくて、作ったのよ。なにせここが違いますから。」
私はニヤリとしながら自分の頭を人差し指でトントンした。
「ふんっ。とにかく用が済んだのなら早よぅ去ね。」
黒モフが部屋の入口の扉の方へと向かう。
「ちょっと、なんでそんなによそよそしいの?お昼寝邪魔したから?」
「ヨーコに口止めしに行くんじゃ。カミルはねちっこいからの。わしだけに会いに来たことを知ったら顔を合わせるたびに嫌味を言ってくるじゃろうて。そんなのは御免じゃからのぅ。」
「え?もしかしてカミルは夜のこと知らないの?」
「当り前じゃ!」
その言葉を聞いた時にはもう入口の扉から黒モフのしっぽの先が見えなくなっていた。
確かに。仕事以外でカミルに会いに行ったことはないわよね。会いに行くというか一方的に呼びつけてるだけなんだけど。しかも黒モフ経由で。そりゃ意中の相手が異性と仲良くしていたら腹も立つわよね。姿形は獣でも同じ人族なんだし、意志疎通も出来るし。
でも好きでもないのにカミルに対して思わせぶりな態度はよくなくない?
いや、今でも十分思わせぶりかもしれないけれども。でもこのゲームを進めるにあたって利用するのは仕方のないことでしょ?それに私、カミルに一度も好きだって言ってないし。カミルだって私が魔族じゃなかったら眼中になかった可能性もあり得るもの。
とにかくカミルの事は置いといて、ローブッシュに戻りますか。




